本来予定していたUC0082編の前の挿話です。
UC0081 オデッサ(1)
自分のUC0080は、病院のベッドの上で、二足くらい遅れて始まった。
原因は、ア・バオア・クーにおける最終決戦での負傷だ。
連邦軍主力艦隊を壊滅に追いやったコロニーレーザー……ではない。あの破壊的な閃光からは辛くも生き残った自分だったが、その後の乱戦でジオンの遊撃部隊と衝突し、モビルアーマーの突撃によって機体を破損。辛うじて救護船に拾われたため命を拾った、という塩梅だ。
ちなみに同じ部隊の面々は、残らず戦死していた。なんでも、モビルアーマーをやり過ごした後、ジオンのエース『赤い彗星』の『足なし』ことMSN-02『ジオング』と遭遇し、瞬時に殲滅されたのだとか。
あくまで結果論ではあるが、自分はモビルアーマーによって命を救われた――と言えなくもない。業腹だが。
ともあれ。病院のベッドで目を覚ましたときには戦争は一通り終結し、世界はようやく穏やかな八十年代を迎えた……。
はずだった、のだが。
※
原隊が消滅し、またも行き場を失った自分は、東ヨーロッパに位置するオデッサ基地に配属されることとなった。
オデッサと言えば大戦でジオンの資源採掘基地を統括していた場所だ。ここで繰り広げられた戦いは、一年戦争でも屈指の大規模戦だったという。
そんな場所であるから、自分の仕事は戦闘による残骸整理と、申し訳程度の基地防衛だった。乗り回すマシンも警備用ジムと、工作用ザクタンク(ジオンがマゼラアタックの土台と廃棄ザクを組み合わせて作ったもの)ばかり。
いささか退屈と言えなくもなかったが、自分はそもそもそこまで戦闘好きというわけではない。H11(第十一機械化混成部隊)にいた頃は毎日のように死闘を繰り広げていたが、本来軍人の仕事というのは単調で地道なものであり、そうでなくてはならない。
そんなわけで、UC0080は、前年と比べると信じられないほど穏やかに過ぎ去った。
そして、事件は翌年。UC0081に起きた。
※
減量を兼ねた夜のランニングを終え、自分は荒い息を整えながら宿舎への道を歩いていた。
オデッサでの暮らしは平和ではあったが、いささか弛緩しているのは否めなかった。まだギリギリ十代だったH11の頃と代謝も変わってきたのか、それともオデッサの飯が贅沢なのか、身体が緩んできた――まあ、わかりやすく言えば太ってきた。実際、オデッサのパンと肉は、戦中にアメリカで食べたものよりはるかに美味い。(これはコロニー落としの影響もあるかと思うが)
そんな現実に抗うため、パイロットとしての基礎トレーニングに夜間のジョギングを追加したのは、二ヶ月ほど前のことだ。
そもそも軍人、それも曲がりなりにもエリートであるはずの機動兵器パイロットが肥満に悩むなど、言語道断と言える。だが、そうなってしまうほどに、オデッサでの暮らしは退屈で、弛緩していたのだ。
「……あっつ」
汗を拭って夜空を見上げた。薄ぼんやりとした光が空を青白く照らし、折角の三日月は霞をまとって輪郭が見えない。
オデッサ基地は資源拠点ということもあり、施設が広大な範囲に点在している。そのため照明も分散し、南海岸周辺が全体的にぼんやりと光っている。
戦争前ならば、市街地の光が明るく空に投げかけられていたのだろうが。先のオデッサ作戦にまつわる苛烈な戦闘で、この周辺の市街地の多くは壊滅した。
農地は汚染され、住居や工場も残らず更地になった。現在も自動耕作機が必死に農地の蘇生を試みているが、そこらじゅうに散らばった瓦礫や鉄くずの処理が割り込んでくるため、元の生産力を取り戻すには早くて十年かかる……と言われている。(そしてだいたいその鉄くず回収が自分たちの主な任務だ)
元々宇宙移民政策によって人間が減っていたこともあり、現在に至っても住民の帰還は遅々として進んでいない。これについてはなんでも政府の方で居住許可が出ないから……という事情もあるようだが。
そんなわけで、現在のオデッサの夜は薄ぼんやりとして暗い。そこに持ってきての、コロニー落としによる大気汚染である。月がまともに見えないのは、大気圏上層まで巻き上げられ、そのまま軌道に定着してしまった水と粉塵が原因だ。空が夜でも明るいのも同様に、地上の光が粉塵で散乱するためである。
人類最悪の戦争の爪痕は、終戦から一年以上が経過した現在においても、まだ癒える兆しすら見えない。
「おや、少尉。今日も自主トレですか。精が出ますね」
自分の側を通り過ぎるかに見えた四駆が停止し、窓から顔見知りの整備班の曹長が顔を出した。
「やあ、曹長。これから一服したら夜間巡回だよ。そっちは上がりかい?」
「それが、上から『お宝』の鑑定をするって指令が来ましてね」
うんざりという顔で、曹長は頭を振った。
『お宝』とは、オデッサ基地に残されたジオンの置き土産のことだ。
オデッサの司令官であったマ・クベは、美術品の愛好家であったそうで、彼の倉庫には(撤退時に相当数は宇宙に打ち上げたようだが)多数の美術品や産業遺産が集められていた。
それらのほとんどは各地の美術館が引き取った(あるいは元の場所に戻された)が、その中で行き場がないものがあった。モビルスーツである。
『ザク』の高機動試験型や空飛ぶ『グフ』、砂漠戦用『ドム』のテストタイプなど、「技術的挑戦の成果だが使いどころがなくお蔵入りした」ようなモビルスーツの数々。いつぞやキャリフォルニアベースで見かけた連中の親戚のようなものが、ここオデッサの倉庫に残されたままになっている。
自分たちオデッサ基地防衛隊の仕事の三割くらいは、そういうジオンのトンチキメカの性能評価だった。
「今の評価試験は……あの『サムライグフ』だっけ?」
記憶を呼び起こす。マ・クベコレクションのモビルスーツの中でも、格別趣味性が強いものだ。おそらくは『グフ』系の発展型と思われる機体を夜間迷彩に塗装し、何を思ったか刀を背負い手裏剣を左右の腿にぶら下げたマシン。日本人形の類いと考えられなくもないが、モビルスーツでやるのは狂気の沙汰だ。
「『イフリート』ですよ。『イフリート・ナハト』」
曹長が訂正した。以前と違い、自分たち現場の人間までモビルスーツの型番や正式名称が伝わっている。自分が適当な名前で呼ぶのは、だいたい『パン屋』の悪影響だ。
「ああ……なんでモンスターの名前なんだ? 時々ゲームで聞く奴だろ」
「知りませんよ、全部ジムジム言ってるよりは華やかでいいんじゃないですか」
「まあ確かに、ジムコマンドに改にスナイパーにストライカーに……ってどれがどれだかわからないよなぁ」
実際自分が以前乗り回していたH11仕様ジムが『ジム改』と呼ばれるようになっていた事を知ったのは、割と最近のことである。確か以前は『ジム』とだけか、『ジムコマンド』と書いてあったと思ったのだが。せめて名称は一貫してほしいが、そうなると全部の資料に『ジム』と書かれそうな気もする。
ていうか、どこで使われてたんだ、ストライカーとやら。話に聞くところによれば、キャリフォルニアベース戦のエースの多くが乗り回していたみたいだが。オーストラリア戦線だのルナツー駐留艦隊にはスナイパーⅡとかいう高品位機が供給されていたとも聞くし、そんなに新型が供給されていたというなら、最前線部隊の自分たちにも回せというのだ。
……今となっては、すべては過去の話だけれど。
ちなみに現在の自分に与えられているのは、オデッサ基地製造の一年戦争期の売れ残り、いわゆるただのRGM-79『ジム』だ。一応ジェネレータや一部機構は後期型相当になっているとも言うのだが、体感でH11で使っていたものより全体的に鈍い。
「……ま、そんなわけでこれから、あのサムライだかニンジャだかって感じの奴の評価試験です」
「面倒臭そうだな……」
「諸元表見る限りは、面白そうですよ。赤外線欺瞞コーティングとコールド・ブレードの組み合わせは、敵に回したら厄介でしょうね」
理屈はよくわからないが、軍曹は楽しそうな様子だった。どうもサムライ・マシンはMSパイロットの『男の子』を刺激するらしい。かつて、火事場泥棒の時の『パン屋』のはしゃぎ振りを思い出す。
あの時の『パン屋』の体たらくを考えると、モビルスーツが刀を振るうというのは、いささかナンセンスなのではないかと思うのだが。
「ま、うっかり蹴り飛ばされたりしないようにな」
冗談めかして言うが、夜間訓練中の事故死の原因として、うっかり見えない相手に跳ねられたというのは筆頭クラスだ。高濃度ミノフスキー粒子の影響下であっても半径五十メートルくらいまでであれば、赤外線カメラで正確な対象の像を捉えることができる。しかしその程度の距離では、時速百キロで走り回るモビルスーツが急停止するには不足している。
「そんな間抜けはしませんよ。パイロットだってあんたとどっこいのベテランばかりだし」
「俺はそこまで腕利きでもないんだけどな」
「撃墜数二十機超えで謙遜は嫌味ですよ」
うぐ、と言葉に詰まった。その半分以上は猿が操縦する小型モビルスーツとか重偵察機とか、そういう変なものに偏っているのだが。あの辺のものは機密事項に分類されているため、詳細を語れないものが多い。
しかし、『ザク』や『ズゴック』はともかく、『アッグ』や『プチアッガイ』の類を含んで比較してしまうと、何というか他のエース達に申し訳ない気がしてしまうのだ。
しかしそんな葛藤をいちいち説明するのも嫌みったらしい。
「すまない、少し邪魔をするが、いいか?」
渋面で唸る自分の背中から、割り込む声がした。
振り返ると、声の主は銀髪の男だった。年齢は自分と同じくらいだろうか。おそらく士官だろう、佇まいが整っているというか、気品すら感じさせる。階級章は、少尉か。
政治家かいっそ元貴族のボンボンって感じだな、と思った。少尉というよりは、少佐くらいで指揮を執っている方がしっくり来る。
「ジオンのモビルスーツの評価試験に参加するよう指示を受けてきたんだが」
「ああ、それならこちらですよ。乗って行かれますか?」
曹長が、「それじゃこの辺で」とこちらに会釈して、男を四駆に乗せて行く。それに小さく手を挙げて応え、自分は本分……夜間警備の前に宿舎で着替えるべく背を向けた。
足早に宿舎に向かう途中、何かがチリチリと首筋のあたりを引っ掻いた。違和感がある。
――さっきの顔、知らないパイロットだったな。
あの風貌なら、一度見たならばそうそう忘れることはないと思う。だがオデッサ基地はそこそこの規模があり、防衛部隊も分散してはいるものの、総数は決して少なくない。
故に自分が知らないパイロットがいてもおかしくはない。ない、が。
では、そんな奴が評価試験に突然参加してくる可能性は、どれほどあるか。
ないことは、ない。だが、だが。
携帯端末を取り出した。まず無線通信を試す。――繋がらない。ミノフスキー粒子の影響だろうか。だとすれば、もう警報が出ていなければおかしいのだが。
レーザー通信モードに切り替える。周囲の通信中継塔を探して端末との視界を確保する。そして司令部をコール。繋がらない。通信網のどこかが寸断されている可能性がある。
自分は駆け出した。目的地は宿舎ではなく、直接格納庫に向かう。振り返ってあのパイロットを問いただすことも考えたが、もしも『そう』であった場合、おそらく生身ではもはや為す術はない。
遠くで、爆発が聞こえた。その段階で、危惧は確信に変わった。
「モビルスーツが二機、破壊活動中。ジオン残党と思われる。ただちに迎撃を――」
ようやく事態を把握したらしく、放送とともにサイレンが鳴り響く。基地への直接攻撃など、知っている限りでは終戦後初めてだ。対応が後手後手に回っている。
格納庫に駆け込み、混乱するハンガーを縫ってジムに飛び乗った。これから夜間警備で、整備班が予めエンジンに火を入れていてくれたのが幸いした。
「センチュリオ4、ただちにザクの迎撃に参加しろ、手練れだ! ……何をしている、センチュリオ4!」
「おそらくそっちは陽動だ! ハズレたら懲罰房でも何でも入ってやる!」
司令部が迎撃指示を飛ばすのを無視して、『お宝』倉庫にジムを走らせた。
そして、自分は間に合わなかった。
「くそがっ――!!」
自分のジムのカメラが捉えたのは。
『お宝』倉庫の灯りに照らされた『イフリート・ナハト』の闇色のブーツが、逃げ損なった整備曹長を蹴り飛ばし、血袋をぶちまける瞬間だった。