『イフリート・ナハト』のパイロットは、実のところ『少佐』だった。
とある、未達に終わったジオンの反抗作戦の一つ。これを完遂すべく力を蓄え、ついに実行に移した。その嚆矢としての、『イフリート・ナハト』の奪回である。
こんな初手で、連邦の量産機に足止めされている場合ではない。
(だが、この『ジム』は手練れだな)
素直に思う。普通の雑魚であれば、最初のクナイの一撃で終わっていた。ナハトの加速を見誤り、タイミングを外したのは確かだが、的確に機銃でこちらのウィークポイントを狙って足を止めてきた。動きも、踏み込みも、機体性能が劣ることを承知の上で、『少佐』の意図を汲み取り最大限の嫌がらせを働いてくる。
ナハト・ブレードを抜いたのは賭けだった。スピードが乗ったカタナの一撃は、ビームサーベル以上の切断力をもってモビルスーツを切り裂けることとなっている。しかし、果たしてそれが本当に想定通りの性能を発揮できるかは未知数だ。
だから腕関節を、確実に斬り落とせるタイミングを狙った。対赤外線欺瞞システムも使用したが、これは使う側としてはどの程度効果があるのか実感できないものだ。しかし幸いにしてナハト・ブレードを損なうことなく『ジム』の腕は切断されたので、おそらく効果はあったと思って良いだろう。
(さて、どうするべきか)
片腕とマシンガンを失った『ジム』は、もはや脅威というほどのものではない。そもそも、『イフリート・ナハト』が全速力で走れば、丸腰の『ジム』相手ならば簡単に振り切ることができるだろう。
ならば、こんな雑兵は相手にせず、味方の撤退支援に回る方が正解だ。それは間違いない。
だが。
(こんな雑兵を仕留められずして、大願を成就させることができようものか)
ここで背を向けることは、彼の目的と『イフリート・ナハト』の花道に土を付けることとなる。それは『少佐』としては許容できることではなかった。
手段を目的としてしまった人間特有の視野狭窄とも言える。
しかし、彼のその拘泥を嗜められる人間はその場にはおらず、『少佐』は目の前の『ジム』を仕留めることに決めた。
抜いたままのナハト・ブレードをちらつかせて、『ジム』の動揺を誘った。先ほどあの『ジム』に、ビームサーベルでやられたことの意趣返しだ。盾で手元は見えないが、サーベルを抜いていないところを見ると、先ほどの斬撃の際にサーベルを落としたか、故障させたと見るべきだろうか。
ならば、あの盾を剥ぎ取れば、勝ちだ。
カタナをちらつかせて盾に意識を誘導し、敵の重心を右に揺らめかせる。
瞬間、赤外線欺瞞装置をアクティブ。左にステップした。
相手には、一瞬ナハトが消えたように見えたことだろう。腕を喪失してガラ空きの胴体に向けて、ショルダースパイクアーマーによるタックル。『イフリート・ナハト』の推力であれば、それだけでもモビルスーツを粉砕し得る。
その一撃で姿勢を崩させ、ナハト・ブレードで斬り捨てる。それが『少佐』の腹づもりだった。
果たして、『ジム』は――
「――――――――っ!!」
読まれていた。いや、誘われていた。ガラ空きの右半身をわざと晒し、突進の角度を絞り込ませた。しかも機体の姿と距離が見えなくなっていたはずだと言うのに、タイミングまで完全に読みきっている。
盾に――機体が衝突する。
スパイクの形に穴が空いた。機体が密着し、盾ごと『ジム』が跳ね飛ばされる。
その瞬間、『ジム』の盾の、ちょうど『イフリート・ナハト』のコクピット前あたりが、赤熱した。ビームサーベルの先端が、ナハトのコクピット前で盾を自ら貫き、顔を覗かせる。
(盾の後ろでサーベルを握っていたか!)
タックルの直後であり、推進剤のチャージを使い切っている。そこにビームサーベルの熱剣が突き立てられれば、回避は困難だ。追いつけないから、誘い込む。当然の策略とも言えるが、『少佐』はここに至るまで、相手が雑兵であると言う先入観を拭いきれていなかった。
――咄嗟に、ナハト・ブレードを振り抜いた。
半ばまで、盾ごとジムが切り裂かれた。盾を支えていた左手が、そして握られていたサーベルが断ち切られる。
完全な両断とはいかなかったが、盾の後ろでフルパワーのビームサーベルが破壊され、蓄えられたエネルギーが暴走し、そして。
――爆発した。
「しまっ――――」
衝撃で、『イフリート・ナハト』が吹き飛ばされた。
『ジム』の盾が今度こそ二つに割れ、がらんと落ちた。機体のシステムが、ブレードが歪んだことを警告してくる。
その向こうでメガ粒子に炙られて黒焦げになり、煙を上げる『ジム』の姿が露わになる。
装甲を断ち切られ、炎に炙られ、そして今、うつ伏せに地面に倒れ込む。
パイロットは、即死だろうと思えた。あれで生きているようなら、それはもう
「……ちっ」
『少佐』は舌打ちした。
勝ちはした。しかし華やかな勝ち星とは言い難い。たかだか雑兵にこれほどまでに手こずらされるとは。
ナハト・ブレードにも相当無理をさせてしまった。少なくとも整備をしなければ使い物にはなるまい。
撤退ルートを探して周囲を見回す『イフリート・ナハト』の頭上に、信号弾が上がった。色と数は、彼の所属する部隊の流儀で、「強敵と交戦中、増援求む」という意味だ。
急がなくてはならない。大義と怨念返しのために。誰一人として、仲間を失うわけにはいかない。
『少佐』は最後に、倒れ伏した『ジム』へ視線を向けた。
この『ジム』のせいで、『イフリート・ナハト』はこれ以上戦えなくなった。時間を稼がれ増援が合流し、陽動部隊が危機に陥っている。結果として、オデッサ基地を蹂躙していく選択肢も消えた。
「……その戦いに、敬意を」
小さく瞑目だけで黙祷を捧げて、ついでに『ジム』のマシンガンを拾い上げた『イフリート・ナハト』の『少佐』は、夜闇の中へと闇色の機体を踊らせた。
※
「……死んでねぇっつの」
記憶ははっきりしていないが、救出された時の自分の発言が、それだったらしい。
ビームサーベルが盾の後ろで爆発し、黒焦げになった『ジム』だったが、幸いにして操縦者保護は完璧に機能した。
ビームサーベルが爆発したときは正直、命があればめっけものくらいの気分だったのだが、よもや骨折と打撲と火傷程度で済むとは。
あそこでカタナを振り抜かれるとは、そしてほぼ死に体の腕力だけでジムシールドを切断されるとは、さすがに予想外だった。あの条件であれば、斬られても『パン屋』の不始末の再現になるという確信があったのだが。
――ともあれ、土壇場の判断ミスで勝ちを逃した結果、『イフリート・ナハト』は奪われた。
たまたま付近を調査中だった、ジャブロー直属のゴーストバスターズだか何だかという部隊の応援がなければ、そのまま基地戦力を壊滅されていたのでは、とも言われていたようだ。
オデッサ基地司令の面目は丸潰れである。
……そこで、どうやら基地司令は大惨事の言い訳に、自分の戦線離脱を使ったらしい。
自分が命令通りに部隊に合流していれば、『イフリート・ナハト』を奪われることもなく、基地の被害も最小限にできたのだ、と。
その後あの闇色のモビルスーツを奪ったジオン残党が、あちこちの基地を襲撃し、月面のマスドライバーまで制圧して地上を撃とうとしたというのだから、責任回避に腐心するのはわからんでもないのだが。
確かに懲罰房でも好きにしろとは言ったが、人が病院で生死の境をさまよっている間に、よくもやってくれたものである。
そんなわけで、命がけで戦った自分に与えられた報酬は、新たな左遷だった。
くだんのお化け掃除部隊の隊長には防衛行動の働きをえらく気に入られ、現場復帰したら部隊に来ないかと誘われていたらしいのだが。
復帰したときには既に部隊は解散していたし、遺憾ながらオデッサ基地司令の恨みはいささか強力だった。
かくして。
負傷の癒えた自分は、オデッサを超える僻地送りとなったのだ。
※
「ド田舎にも限度ってもんがあるだろ」
輸送機から降り、背の高い山とレーダー施設の山(現在は補助的な役しかない骨董品)を見上げるのも飽きた自分は、タンブルウィードが空々しく転がるのを見送って、深々とため息を吐き出した。
そこは、北アメリカ中部、山岳地帯に張り付くようにして存在する、小さな基地。旧世紀にはそこそこ名の知られた映画の撮影に使われたこともあるというが、今はただの田舎基地である。
転がる草が引っかかった古い標識は色あせて傾き、連邦成立前の基地の名前が書き殴られている。
「シャイアン・マウンテン・アメリカ宇宙軍基地、か」
それが、自分の新たな職場の名前。
誰が呼んだか『ニュータイプ予備校』。
それが、自分の人生を変える大きな出会いの待つ場所だった。
時に、宇宙世紀0082の初旬のことだった。
▼ゴーストバスターズ隊
正しくはファントムスイープ隊。ジオン残党軍の掃討を目的とした独立遊撃部隊で、ある意味ティターンズのプロトタイプ。
隊長のユーグ・クーロ大尉は戦死者、被害者を出さないことを至上とする人物であり、もし負傷がなければ、『少尉』はこの隊に参加してRX-81『ジーライン』や、場合によってはRX-78-7『ガンダム』七号機に搭乗する機会もあったのかもしれない。
しかし、この物語は『或る少尉』の物語である。彼がガンダムに乗ることは、ない。
▼空中での斬撃
コールド・ブレードは速度が乗っていなければ切断性能を発揮できないのは自明だが、イフリート・ナハトなどのコールド・ブレード使いの機体は、手足のアクチュエーターやブースターなどを使用し、最短の加速で刃筋に速度を乗せられるよう最適化が行われている。
これは空間戦闘においてもコールド・ブレードを使用することを想定したモーションパターンの応用である。結果、タックル直後の空中の死に体の状態でありながら、推進器とアクチュエーターにより、居合いに近い斬撃が可能。
『少佐』による『少尉』のジムへの斬撃は、実のところ本来のスペックが発揮できていれば盾もろともジムを両断できていて然るべきであった。実際その後のイフリート・ナハトの戦績では、盾ごとモビルスーツを両断した記録が数多く残っている。
イフリート系のコールド・ブレード用モーションの完成度は高いものの、コールド・ブレードの扱いが難しいという問題は結局解決できなかった。結果、この推進器を推進力に転換するモーションパターンはもっぱら機動性の絞り込みに転用され、UC0080以降のモビルスーツでコールド・ブレードを使用する機体は皆無か、極端に少ない。