或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0093 フォン・ブラウン(2) 

 シャア・アズナブル率いるネオ・ジオンの目的は、核の冬を引き起こすことでの地球の寒冷化だった。

 

 地球を居住不能な状態にすることで、人類の活動領域の中心を宇宙に移動させる。地球という揺りかごから人類を追い出すことで、人の革新たるニュータイプへのイノベーションを強制する、というものだ。

 

 正直な感想を言えば、宇宙に出ればニュータイプに進化できるなど、いささか楽観主義が過ぎると思う。宇宙市民であれば共感性が高まるというのであれば、例えば大量虐殺からの家族の内輪もめで滅んだザビ家は、いったい何だったというのか。

 

 グリプス戦役の頃から直接彼らに触れてきた自分からしてみれば、アムロ・レイも、シャア・アズナブルも、ひどく人間くさい男だと思う。洞察力には優れていても小さなことにこだわり、わかりあっているという割にあまりにも不器用。女に甘えるし、子供の扱いも下手くそだ。圧倒的に優れた技量があったとしても、それだけで人を革新させる力があるわけではない。――ただの、とてつもなく優秀なパイロットでしかない。

 

 ロンド・ベルに招聘されてから一年ほどが過ぎた頃、アムロ・レイ大尉は「シャアは俺と直接決着を付けたがっている」とこぼしたことがあった。もしそうだったとしたら、決着を付けるために戦争を仕掛ける男も、戦争が自分だけのために行われようとしていると感じる男も、戦争の私物化にも程があるというものだ。

 

 だが、私物化されていようといまいと、フィフス・ルナは落ちた。ロンド・ベルの奮闘もむなしく、地球連邦軍本部を直撃した資源衛星は、完全に油断していた連邦中枢を吹き飛ばし、強大なる地球連邦軍を首なし騎士へと貶めた。

 かくして、首なし騎士の指先の一つたる我らロンド・ベルは、現在保有する戦力だけで、ネオ・ジオンと相対することを余儀なくされたのだ。

 

 

 

 

「動くもんだなあ……アレ朝までまだバラバラだったろ」

 

 ジムⅢのコクピットハッチに背中を預け、栄養ドリンクを片手にタブレットを眺めながら、自分は呆れ七割、驚き三割くらいの声を上げた。

 

 ニュータイプ・ガンダム(νガンダムに名前が決まったらしい)は一足先にアムロ・レイ大尉が戦線に持ち出し、処女戦を終えた――そんな第一艦隊のニュースが届いたのは、つい先ほどのことだ。

 

 ルナツー失陥にフィフスルナ落下と、芳しくない戦況において、唯一明るいニュースと言える。

 

「ジェガンと基本構造を同じにしてたのが功を奏しましたね。ゼータ系の機体だったら絶対動きませんでしたよ」

 

 コクピットの中から、検査機を片手になぜかどや顔の担当技師が顔を出した。

 

「バロウズ系OSはユニット単位でドライバが完結してるから組み替えに強いんですよ。主力機に使うなら最高ですね。ゼータ系の量産機なんてのも計画が進んでるらしいですが、あんなめんどくさいマシン量産するとか正気の沙汰じゃないですよ。兵器は基本をシンプルにして、オプションで多様性を確保するべきです。可変機なんて技術マニアのオモチャっす」

「……あんた、ゼータ系に何か恨みとかあったりするか?」

「いえ別に。まあ、後から割り込んできて主流派の顔するなとか、サイキッカー専用のマシンとかオカルトが過ぎるとか、色々趣味に合わないとこはありますけどね」

 

 鼻息荒く担当技師が捲し立てる。(では趣味に合うのはでかい盾やでかい腕を付けるような奴なのか)などと突っ込みを入れたい気分を、栄養ドリンクと一緒に飲み下した。余計な波風を起こしていられるほど暇ではない。

 

 ネオ・ジオンの第二次作戦に備えるため、可能な限りすべての戦力を旗艦艦隊に集結する必要が生じた。試作品未完成を問わずありったけをかき集め、ラー・カイラムに送らなくてはならない。

 

 自分のジムⅢは、結局HWSを装備したまま運用されることになった。本来ならνガンダムに装備されるべきものだが、今からガンダム用に再調整するには時間が足りない。それならば、多少使いこなせない部分があろうと、どうにか動くこのマシンで運用した方がマシというわけだ。

 

 ブースター付きシールドのジョイントの換装も終わり、後は輸送艦への搬入を待つばかり。現在はνガンダム用の装備である新型バズーカや、フィン・ファンネルとかいうサイコミュ兵器の搬入を見守っている状態だ。

 

「おい、これも搬入頼む! チェーン・アギ准尉宛に、サイコフレームのチューナー!」

 喧騒に紛れ、そんな男の怒鳴り声が聞こえた。ジェラルミン色のケースを振り回しながら騒いでいるのは、確かアナハイムの……。

「ガンダム開発主任のサランっすね。例のメールの」

「ああ……」

 

 オクトバー・サラン開発主任。メールではさんざんやりとりしていたが、顔を見たのは二度目か三度目だ。

 今にも死にそうな顔をしているが、いったい何日寝ていないのやら。νガンダム開発主任ということは、パイロットとその愛人の無理難題、加えて赤い彗星によるスケジュールの乱れにもっとも振り回された人物ということになる。いささか、同情を禁じ得ない。

 

「しかしあの顔色で暴れてたらそのうち……あ、言わんこっちゃない」

 

 担当技師の懸念が終わらぬうちに、オクトバーが転倒した。

 

 月面の低重力環境では、足元を失うと始末が悪い。つんのめってバランスを崩したオクトバーは慌てて手足をばたつかせたが、迂闊にも地面を蹴ってしまい、空中にふわりと投げ出されてしまう。

 

 問題は、その瞬間、彼が手にしていた銀色のケースの行方である。

 

「……おわっ」

 

 自分の鼻先を引っ掻く至近距離で、銀色のケースが通り過ぎた。

 

 オクトバーが勢い余って手放してしまったのだ。低重力環境ならではのゆるやかな弧を描いて飛来するケースが、ジムの装甲に衝突するのを、何をするでもなく見届けてしまった。

 

 中身が、飛び散った。

 

 徹夜の連続は、ケースにちゃんとしたロックをする緻密さすら失わせるらしい。ケースの中に収まっていた書類と情報記録媒体がぱあっと宙に広がる。

 

 そして、その中に紛れて金属質のものが飛び出していくのを、何を考えるでもなく手に取った。

 

 

 ――一瞬、世界が“それ”の中に吸い込まれるように感じた。

 

 

 もちろん、錯覚だ。自分の体は愛機ジムⅢの前に確かにあるし、“それ”を握りしめる手の感触も、“それ”の不思議なほの暖かさも、紛れもない実感としてそこにある。

 

「――何だ、これは」

 

 手の中の“それ”を、まじまじと見つめた。

 “それ”は、金属質な何かの塊だった。形状はアルファベットの「T」のように見える。吸い付くような表面のきめ細かさと、ほんのりとした暖かさが奇妙に気をざわつかせる。

 

「ああ、それですよ。謎の新素材『サイコフレーム』」

 

 担当技師がぽんと手を打った。

 

「あー、例のガンダムのコクピットに仕込まれたって奴」

「そうそう、サイコミュによく反応する上に、下手な複合材よりよっぽど軽くて強いらしいって話ですよ」

「よくそんな怪しいもん、実機にいきなり突っ込む気になったな……」

 

 しげしげと眺める。見た目ではただのアレイに過ぎないのだが。

 

「おい、ケースとチューナーを返してくれ! 急いで積まないといけないんだ!」

 

 下で、オクトバーが血相を変えて騒ぐのが見える。自分は担当技師と顔を見合わせてから、まき散らされた書類をかき集め始めた。

 

 

 

 後に、自分はその瞬間を、何度も思い起こすことになる。

 

 軍人としてはあり得ないことだが――もしも、あのオクトバーがチューナーと呼んでいたものを、アムロ・レイ大尉に届かないようにできたならば。

 

 彼は。あるいは、その後の世界は――。

 

 

 

 

 ベース・ジャバーの速度を、コロンブス改に合わせた。

 

 補給物資を山ほど積んだ輸送艇は、もともとそんなに加速が出る艦艇ではないにもかかわらず、最高速度で加速を続けている。割増料金上等の特急便だ。シャア・アズナブルの次の一手までに、主力艦隊に装備を届けなくてはならないのだから、このくらいの無茶はやって当然と言うものではある。

 

 そして、宇宙特急便に護衛として並走しているのが、我が愛機ジムⅢHWS(仮)の現状だ。長距離航行のためにプロペラントを増設したSFS(サブフライトシステム)を、ジムのコクピットから遠隔制御している。腕に装備していると邪魔になるブースターシールドを背中に背負い、見てくれはさしずめボートに捕まり、波に向かうサーファーというところか。

 

「あとは何事もなければ半日くらい、か」

 

 自分はジムのコクピットの中で、眠気覚ましのチョコバーを齧った。

 

『何事もあって貰っちゃ困りますよ。こちとら火薬と推進剤の塊です』

 

 開きっぱなしのインカム回線から、担当技師のぼやきが飛び込んできた。

 

 彼はアナハイムのHWS担当の技術者だが、ロンド・ベル主艦隊で数々の新装備の調整を行うために同行している。「なんで鉄火場に出向なんて」「あんなオカルト装備の調整とか無理だ」などと愚痴を吐き散らしていたが、いざ船が出港してしまえばそっちの覚悟は決まったらしい。

 

「だから全速力で突っ走ってるんだろうが。数値上、この速度ならムサカ級やSFSを使ったとしても追いつかれる心配はないからな」

 

 宇宙空間では、相対速度を合わせていない物体の会敵などはまずあり得ない。ミノフスキー粒子による撹乱もあり、高速度で交錯する機動物体同士の攻撃が命中する確率は、天文学的だ。必然、襲撃を受けるとすれば、発進直後か、目的地到着のため減速するタイミングということになる。

 

「……たまたま、月から同じ軌道でネオ・ジオン艦隊に向かってる奴でもいない限りは、な」

 

 ごくりとチョコバーを飲み干してから、不吉な予測を呟いた。その場合に限り、両者の相対速度はきわめて小さいものとなる。白兵戦が可能になる程度に。

 

『やめてくださいよ、ただでさえグラナダ組の連中、様子がおかしいのに……』

「やっぱ本当なのか、グラナダでネオ・ジオンのMS作ってるって噂」

『あり得ない……ってことになってますけど、今のジオン共和国にあんな新規設計できるはずがないってのが、うちの班の総意っすね』

「何とかならないのか、アナハイムの内輪揉め――」

 

 その瞬間、インカム越しに鳴り響いた警報が耳朶を貫き、一呼吸置いてジムのOSが追従してがなり立てた。

 

「……まさかっ!?」

 

 自分の中で戦士のスイッチが入った。レーダーを確認すると同時に、聞こえてくるBGMに耳を澄ませる。ジムのOSが接近する物体を識別し、データベースに該当する機体があった場合、それに割り当てられたBGMを演奏する仕組みだ。

 

 そして、自分は、そのBGMに覚えがあった。

 

 ――よりにもよって、一年戦争の最終決戦、ア・バオア・クー宙域で。

 

「おいおいおい、冗談だろ……」

 

 モニターは、識別した未確認機動物体を、『MA-05(?)』と表示していた。




▼機体内BGM

 モビルスーツの操縦は複雑な操作が必要であり、目視による識別が要求されることもあって、パイロットは常にレーダーを睨み付けているわけにはいかない。
 このような操縦士の負荷を低減するため、接近した新規の機体、とくに敵機体を音楽で識別する方法論が確立した。
 例えばザクの一部モデルが隊伍を組む場合、機体内では一斉に勇壮なテーマが流れ、士気高揚に一役買っていたという。

 戦後、そのBGMが思い出の曲として公開され、紆余曲折を経て歌詞までつけられ 市販されることとなる。特に人気だったものが、赤い彗星と呼ばれたシャア・アズナブルの機体に割り当てられていた(という謳い文句の)『シャアが来る』である。

 他には、北極圏のジオン部隊などで愛聴されていた曲が、後に歌詞をつけられRX-78ガンダムのテーマソングになったという噂もある。


▼バロウズ系OS

 バロウズ系OSはTR-6のBUNNySの前身であり、TR計画機およびバーザムで使用されていたシステムである。
 莫大なドライバが存在しているのが特徴であり、フルドド、シールド・ブースターやギガンティックアームなどの様々な装備がわずかな調整で動作する。
 さらに0096年代には基本OSへのプラグインとして切り出されており、各種ディフェンサーユニットの橋渡しを行うユニバーサルプラグインとして規格化された。
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