今日も、シャイアン・マウンテン基地に、新任の女教師がやってきた。
「ハーイ、お迎えありがとう、少尉さん」
「長旅お疲れさまです、先生」
出迎えももう何度目になるだろうか。タクシーの類を志したことはないが、今ならこれを仕事にしてもやっていけそうな気がしている。
本音を隠した愛想笑いで、興味のない客をそうと悟らせずにあしらう技術。この半年で、無駄に磨かれてきた気がする技術だ。
今回の『金髪さん』も例に漏れず美人だった。胸のサイズはまだ上がいたが、腰から下のラインについてはトップ3を争うハイスペック。仕事が絡んでいなければ、是非お近づきになりたい相手であるが。
「『英雄』くんとの対面は明日?」
「ええ、今日は自習ですね。何やってるのか知りませんが」
当然といえば当然だが、『先生』の興味は微塵も自分に向いていなかった。一人くらい、こっちになびいてくれる相手がいてもよさそうなもんだが。
「少尉さんから見て、『英雄』くんはどんな様子かしら?」
「そうですね……」
ちらりと助手席の『先生』に視線を向け、どのくらいまで教えるべきか、考える。
「今の所、試験への積極性はイマイチですね。地の頭はいいと思うんですが」
「でも、合格できないと大尉待遇取り消されるんでしょう?」
「別にそれでいいと思ってるんじゃないですかね。軍人やりたいわけではないようだし」
「そう、腕が鳴るわね」
そう言って、『先生』はポーチから化粧用具を取り出し、手鏡を相手に顔の再構築を始めた。
……やっぱりダメだな。そもそもこの『先生』方は、瑞々しい少年を籠絡すべく派遣されている。その筋で攻めようとして、既に幾人もの前任者が討ち死にしてきたというのに。上層部にフィードバックは行っていないのだろうか?
やがて、車は基地郊外の小綺麗な、避暑地を思わせる風貌の一軒家にたどり着いた。『先生』のために手配された家だ。
「それじゃ、今後ともよろしく」
「お疲れ様、少尉さん」
笑顔で手を振る『先生』――結局こちらの名前を一度も聞いてこなかった――を、既にこの半年だけでも両手の数を超える『女教師』を受け入れてきた一軒家に残して、自分はエレカを発進させた。
「今回も、名前を覚える必要、なさそうだなぁ」
預言者気取りで呟いたが、結果として予想通り。
『先生』はわずか三日で、その肩書きをかなぐり捨てた。
※
「よう、『英雄』殿。また『先生』怒らせたのか?」
「ああ、『少尉』さん。いつものことですよ」
『英雄』と呼ばれた少年は、自分のそんな呼びかけに、あぐらの上に置いたラップトップ型端末から視線を動かさないまま答えた。
癖の強い髪をぼさぼさにしたまま、薄く伸び始めた髭も適当にそのままにした格好だ。飾り気のないシャツは機械油で小汚くまだらに汚れて、下半身はトランクス一丁。
年齢にしてまだ17~8。自分も若造だが、彼はそれをさらに下回る。
薄暗い部屋で長時間ラップトップを弄っていたせいだろう。目の下には深く隈が刻まれ、目玉は焦点を彷徨わせ、まるで死んだ魚のよう。しかし一見心が死んでいるように見えるこの風体でも、実のところ彼はこれで平常運転である。
場末のバイク屋の隅くらいがお似合いの少年は、しかし渾名を『英雄』という。そして、このシャイアン・マウンテン基地で、その渾名に異論を唱える者はいない。
彼こそは、この地球連邦でもっとも『英雄』の名に相応しい人物なのだから。
「その『英雄』、何とかならないんですか?」
死んだ魚の目で、抗議がましく『英雄』は自分を睨み上げた。
「いいじゃないか。『浪人大尉』とかよりはマシだろう?」
「そりゃまあ、そうですけど」
頭を掻いて、『英雄』はラップトップに視線を戻した。
『浪人大尉』。それは、軍籍を持ち大尉待遇の俸給を受け取っていながら、士官教育を受けていないため正規の軍人になれない――そんな『英雄』のぱっとしない状況を現す渾名だった。
『英雄』と呼ばれた彼は民間人、しかも未成年の身でありながら機密兵器に関わり、機密兵器のソフトウェアをいじり回し、機密兵器で大量の戦果を挙げた。
そんな人物を、民間人のままで放置できるはずもない。しかしだからといって未成年を軍籍に、しかも機動兵器のパイロットに相当する階級へと任じる訳にもいかない。
一年戦争では『英雄』の彼のような、軍籍がない、もしくは戦地任官のままゲリラ的に戦争に参加し、戦果を挙げたような未成年がしばしば存在していた。そして戦後になり、その処遇が問題となったわけだ。
そんな彼をはじめとする英雄の立場を解決するため、軍の採った対策が『士官教育認定制度』の設立だった。
『士官教育認定制度』とは、ざっくばらんに言ってしまえば、一種の修学証明だ。正規の士官学校を出ていなくても、最低限、軍人としての教育を施されたことを証明することで、戦中に与えられた階級の裏付けとするのである。
この制度を用いることで、士官学校をきちんと出た軍人と、戦時任官で適当にばらまかれた階級の帳尻が合わせられた。士官教育認定を得ていれば(特例を除き、佐官以上には昇進できないらしいが)胸を張って軍隊の禄を食むことができるというわけだ。
――が。戦時任官でゲリラ同様の少年兵が、いきなり大尉待遇に相当する士官教育認定を得ようと思って、そうそううまくいくものだろうか? 増して、本来ならば士官学校への入学以前の、未成年の身の上で、である。
本人のやる気のなさも手伝って、『英雄』の試験結果は惨憺たる有様だった。
普通の兵士なら、そんな試験も合格できない人間を厚遇はできない……などと言って放逐もできた。(そもそも自分は、この制度の目的の八割くらいはそちらにあると見ている)
だが、『英雄』だけはそういうわけにはいかなかった。ジオン残党軍からの暗殺なども危惧されたし、最悪ジオン残党軍……例えば無神経な連邦軍上層部が飛ばしたジョークによれば……
「ジオン・ダイクンの遺児であるらしい『赤い彗星』と合流されでもしたら、いったいどんなことになるか」
……実際、ありえなくもない気がするし、そうなった場合を想像するのも恐ろしい。あの『足なし』こと『ジオング』と『英雄』の白いモビルスーツが肩を並べて襲ってくるなど、世界がそのまま滅んだとしても驚かない。
かくして、ここシャイアン・マウンテン基地。北米のど真ん中、僻地も僻地に作られたここは、現在においてはほぼ無用の長物と化したレーダー施設の残骸だ。しかし現在この施設に与えられたもっとも重要な役割は、『英雄』を『士官教育認定試験』に合格させるための学習施設なのであった。
誰が呼んだか、『ニュータイプ予備校』。しかしその予備校の機能も、未だ芳しいとは言い難いのが実情だった。
「で、今度の先生は『英雄』殿のどの逆鱗に触れたんですかね?」
「別に何もありませんよ。夜中に部屋へ入ってきて『個人指導』とか言い出したから、追い出しただけです」
「あー、またそのパターンか」
『先生』が長続きしない理由の半分くらいはこれだった。『英雄』の家庭教師役は軍上層部が「思想的、経歴的に優秀な人間」を選んで送り込んでいるらしいのだが、ここ半年で自分が知る限り、『女性』『金髪』『美人』の三要素のいずれか一つでも欠いた人物がやってきたことはない。
正直自分であれば是非お近づきになりたい美貌の『先生』のお歴々であったが、『英雄』にとっては過干渉のうざったい年増でしかないようだった。
そして塩対応の『英雄』に業を煮やし、色仕掛けに走った結果追い出され、女としてのプライドを粉砕された『先生』方は職務を放棄する――だいたいこれが、自分が知る範囲で繰り返されてきた、個人指導の顛末である。
ちなみに「金髪年上」という嗜好については、『英雄』に絡むゴシップ記事ですっかり世界的に知れ渡っている。そういうところも、『英雄』としては気に入らないのかもしれない。
「年上の金髪が好みなんでしょ? とか言ってすり寄られても、迷惑なだけです」
ラップトップから顔のひとつも上げないままのそんな物言いを聞いていれば、こいつ意外と女慣れしているな? とも思う。女が近づいてきても物怖じせず、適当にあしらいながら自分のテリトリーを死守する、という意味で。
そもそも、こんな薄暗い部屋に籠もって、いつもいつも寝食を忘れて機械を弄っている。ラップトップが繋がった機械……丸い、やけに饒舌なロボットを改良しているようなのだが、それのいったいなにが楽しいのやら。
少なくとも、世間一般が求める『英雄』の姿として相応しくないことには、疑いはない。
「ま、俺の知ったことじゃないがねぇ」
「それで『少尉』さん、何しに来たんです?」
ラップトップから顔も上げずの『英雄』の問いに、自分は鼻白んだ。
「おいおい、大尉殿のお呼びということで、急ぎまかりこした次第でありますが?」
「……あ、そうでした。この1970年代もののカプラとか手に入りません? それからH8あたりのレベル変換ICひと山と長めのユニバーサル基板と。トランスはその辺から共食いするとして」
「いや待て、口で言われてもわからん。部品リスト出せ」
『英雄』は一瞬めんどくさそうな顔を見せるが、すぐにラップトップを操作して自分の端末にデータ一覧を送ってきた。今日はミノフスキーが薄いので無線もご機嫌だ。
タブレットで一覧を眺めて、自分は渋面になった。要求されているものの大半が、旧世紀の骨董品だ。
「お前な、人を便利屋か何かと勘違いしてないか?」
「自分で手配できるならやってますよ。この基地でこんなもの調達しようと思ったら、士官権限がないと」
「まあ、他ならぬ大尉殿のご要望とあれば、何とかしますがねぇ……何に使うんだこんなもん」
自分が妙に『英雄』と気易いのは、こういう要望を何とかしているからだった。ペットロボットの外装を調達(室内用ロボットを宇宙に出したせいで宇宙放射線で劣化したらしい。何が起きてそうなった)したのを始まりに、彼が欲しがる様々な部品を手配しているのだ。
何しろ、一応シャイアン・マウンテンは連邦軍の基地施設である。そこに私物を仕入れるには、ある程度の権限持ちが承認しなくてはならない。暇を持て余している自分は、無茶振りをするのに格好の的だったというわけだ。
「一応聞いておくが、爆弾作ってたりしないよな?」
「この部品でそんなことできると思います?」
「ものが古すぎてわからん」
「通信変換用の回路ですよ。古いものは、今と違ってかなり高電圧使ってるんです」
「あー、そーかい」
適当に聞き流しながら、自分はタブレットに並ぶ部品の物量に、密かに嘆息した。