『英雄』御用達の部品表のチェックを終えたのは、もう日付が変わろうという頃だった。
「部品と目的がわからない」と言いつつ、それだけで済ませられないのが発注責任者の辛いところである。万一『英雄』が本当に危険なものを作っていた場合、責任はそれを見抜けなかった自分に回ってくるのだ。
シャイアン基地の主計課は妙なところにコネがあるらしい老人で、まるでチェックをしてくれない上に問題があるとこっちに責任が回ってくる。保身のために、自分でなんとかするしか術がない。
……そもそも、モビルスーツパイロットであるはずの自分が、なぜこんな事務仕事をしているのか。
それは有り体に言えば、モビルスーツがないからである。
北アメリカ大陸のど真ん中に位置するこの基地は、戦略的な価値はきわめて小さい。配備されている守備隊も極小で、モビルスーツは『ジム』一機すらも配備されていないのだ。
名目だけにしても二十機撃墜のエースパイロットが、何が悲しくてこんな基地に配置されたのか。全ては、オデッサ司令の謀略のためであるが……これは言っても始まらない。
そんなわけで、今の自分の仕事と言えば、『英雄』殿の小間使いのほか、様々な事務仕事と……。
今乗り込んでいる新型機の試運転くらいのものだった。
※
「ミドルワーカー、挙動テストパターンD2実行。起動から第一挙動へ」
レコーダーに操作ログを録音しながら、自分は機体を立ち上がらせた。
シャイアン・マウンテン基地のかつての中枢が置かれていた場所の付近。
基地機能も移転して久しく、核シェルターも兼ねた地下施設はフェンスで囲まれ、今や手付かずの廃墟に等しい。
そのため、入り口付近のコンクリート舗装された広場は、かなりの広さがありながら打ち捨てられており、モビルスーツやそれに類する機材の練習にはもってこいの場所となっていた。
そこで自分が動かすのは、全高十二メートルほどの人型ロボット。ただし脚部は無限軌道と二脚を複合させたもので、腕も三本爪のクローアームに精密作業用の補助腕が付いているだけ。
電源は背中に背負ったバッテリーで、パイロット保護は透明な強化プラスチックのケージで覆われているだけだ。
これは、ミドルワーカー……ミドルモビルスーツと呼ばれる、新機軸の作業機械である。
ジオンのプロトタイプモビルスーツが同じようなルックスをしていたと聞くが、このミドルワーカーはもっと小さいし、核融合炉も搭載していない。あくまで作業用、民生用に開発された機体だ。
ジムの一機も配備されていないこの基地での、自分の仕事がこれだった。どこからともなく送りつけられてきた作業機械のデータ取り。普通に考えると、軍人のやる仕事ではない。
基地のほうでも寝耳に水だったようで、作業プランから何からすべてを、基地人員で唯一こういうものを扱える自分に丸投げされた。結果、今はH11の頃にやっていた基礎モーションの検証や作業の実証を中心にやっている。
「こら、言うことを聞け。起動にまだなんかバグがあるのか?」
起動し損ねてぐずる機体を再起動する。今度はシステムがきちんと立ち上がり、モニターに、最近とみによく見るようになった『アナハイム・エレクトロニクス』のロゴが浮かび上がった。
「よし、もういちどだ。立ち上がりから第一挙動、テスト開始」
コクピットへのリフトなしでの搭乗ができる降着姿勢からの起立、そこからの『モビルスーツ体操』。両肩から腕までの可動範囲の確認と、手首の動作検証をまとめて行う奴だ。まさに人間の体操の最初あたりにあるやつと同じコンセプトのものである。
怪しい名前は『パン屋』銘々であるが、なかなか的確な比喩を繰り出したものだと思う。ジオンのマニュアルを元にH11で制作されたこれは、一応技術的に理にかなった動作試験マニュアルになっており、完成度は高い。おそらく小改良を重ねて今後のモビルスーツの基礎訓練やテストに活用されていくことだろう。
「次、プリセット切り替え、第二挙動から第七まで実行……?」
上半身を捻って全周の視界を確認(モビルスーツなら首と腰の可動の複合で実現するが、モビルワーカーでは腰が180度回転する)している途中、夜闇に紛れた小さな光に気がついた。
小型の軍用車両の灯だった。わざわざ照明を弱くしているように見える。とすれば、余人に見咎められたくない身の上ということになるが……。
「……って、ありゃ大尉殿じゃないか」
モビルワーカーをナイトビジョンモードに切り替えてわかった。軍用車両は廃墟化した基地のトンネルを取り囲むフェンスの側に停車し、その運転席から見慣れたタンクトップの人影が降りるのが見える。
大尉殿……つまりは『英雄』は、フェンスを超える方法を思案しているようだった。しかし軍事施設のそれは(廃墟であろうと)有棘鉄線を頭上に掲げた本格的なもの。簡単に登って超えられるものではない。
少し思案して、『英雄』は何か工具を取り出した。どうやらフェンスに穴をあけるつもりらしい。相手が廃墟なので脱走とか破壊活動ということはなかろうが、放っておくと間違いなく後腐れがありそうだ。
「何やってるんです、大尉殿」
仕方ないので、声をかけることにした。
「うわ……、ああ、『少尉』さんか」
背後から地響きを鳴らして歩み寄る巨体に、『英雄』はたたらを踏んで振り返った。地盤はしっかりしているし、モビルワーカー程度では足下が揺らぐことはないと思ったのだが。
後から知ったことだが、『英雄』はとっさに横に飛び退き、そのまま軍用車両の物陰に身を隠すつもりだったらしい。聞こえたのが知り合いである自分の声だったので、その場で足踏みをして勢いを殺したというわけだ。
ともあれ、その時点ではそんな事情を知る由もなく、自分はモビルワーカーに降着姿勢を取らせた。これにより、全高十二メートルのモビルワーカーは半分ほどの大きさにまで縮まることができる。その姿はその昔『体育座り』と呼ばれていたものに近いし、そのままの姿勢で無限軌道を走らせることもできる。
「不法侵入か? やっぱ爆破テロとか考えてるのか?」
挨拶代わりに、昼間の冗談の続きを投げる。モビルワーカーの照明から眩しそうに掌で視界を庇いつつ、『英雄』はふて腐れた顔を返した。
「しませんって。そもそもこんな歴史的建築物を爆破してどうするんです」
「歴史的……?」
「これ、宇宙世紀以前、アメリカ合衆国のNORADの司令所があった場所ですよ」
NORAD――確か、ここへ着任した頃に見た。アメリカ合衆国航空宇宙防衛軍のことだ。
なるほど、かつての軍事施設か。確かに歴史的建築物と言えなくもない。
ちょうど、今で言うところのジャブローのようなものだ。一年戦争でのジオンによる破壊からの再建は遅々として進んでおらず、軍事ドクトリンの激変も手伝って、完全放棄も検討されていると聞いている。もしそうなれば、あの地下洞窟も、いずれは遺跡と同じようなものに変わっていくのかも知れない。
「で、その司令所跡に何の用があるんだ?」
「中でちょっと、試したいことがあるんですよ」
「何やりたいのか知らないが、穴なんて空けたらセキュリティがすっ飛んで来るぞ」
「そうなんですよね。乗り越えられないかと試してみてたんですけど……」
『英雄』は有刺鉄線を見上げる。あれを超えるのは少々骨が折れるだろう。
……人間の身であれば、だが。
自分からは、有刺鉄線もそう高いものではない。せいぜいが高さ三メートル弱のそれは、十二メートル級のモビルワーカーのコクピットから見れば、はるか下に転がる衝立に過ぎない。
少し、悪戯心が湧き上がった。同じ検証作業に退屈していたのは間違いないし、あの『英雄』の『やりたいこと』に、興味がないかと言えば嘘になる。
「しょうがないな。『英雄』殿、この三本指に乗っかる度胸はあるかい?」
がしがしと、モビルワーカーの指を動かして見せる。
『英雄』は少しきょとんとしたが、すぐに得心したようで、指をパチンと鳴らした。
※
モビルワーカーにとっては、対人のフェンスなど文字通り一跨ぎだった。
両足を伸ばし、片足で立つ。優れたバランサーのお陰で、モビルワーカーは片足立ちをしても安定を崩すことはない。そのまま片足だけを縮めて前に出し、伸ばす。
「膝周り、いい伸縮機構してますね。これジオンの水中用モビルスーツのやつじゃないです?」
「お、わかるのか?」
「中身を見たことはないですけど、構造的にはこうなるだろうって感じのフレームしてますし、動きがそっくりですよ」
「なるほどな……っておい!」
フェンスを跨ぐ最中、モビルワーカーの三本指に掴まっている『英雄』の顔が見えて血の気が引いた。不安定な三本指の間からぼさぼさ頭が首を伸ばし、モビルワーカーの下半身を見物している!
「落ちる落ちる落ちる、身を乗り出すな! ちゃんと掴まってろ!」
「大丈夫ですよ。心配しすぎなんです『少尉』さんは」
「シンパイショウ! シンパイショウ!」
「心配するわ! こっちがうっかり手首回したらどうなると思ってる! あとその騒々しいロボット黙らせろ!」
ぴょこんと『英雄』の背中から飛び出して騒ぐ丸い球体を指さして、自分は頭を掻いた。電子合成めいた声が騒がしい。
それは『英雄』が持ち込んできたペットロボットだった。以前、自分が交換用の外装を調達してきたやつだ。丸い球体に、ユーモラスな目と口が描かれている。口の中はコンソールになっているらしく、『英雄』が何やらカタカタとキーを叩いていたのを覚えている。
耳(?)から腕を伸ばせるようで、その腕でしっかりと『英雄』のシャツに掴まっているようだった。いや、もしかしてあれは、もう片方の腕でモビルワーカーの指に身体を固定しているのか? だとすれば、『英雄』はあの玉っころがサポートしているから無茶をしているということなのだろうか。
そうだとすれば、とやかく言うことでもない。せいぜい腕をうっかり回転させないように注意しつつ、フェンスを跨ぐ作業に復帰した。
「うーん、でもこの構造でも、腕を二十メートル伸ばすのは無理そうだな……どうやってるんだろう」
「それってもしかしてジオンの『ゾゴック』のことか? あれそんなに伸びるのか?」
「そういう噂もあるんですけど、どうだか。見たことあるんですか?」
「一機落としたこともある」
「やりますね。僕は見る機会なかったんですよ。で、伸びました?」
「パンチの途中、エースがヒートホークでぶった斬ったんでわからん」
「残念……あ、その辺で降ります」
「了解、大尉殿」
上官(仮免)の要請に応じ、自分は機体を再び降着させた。ここからは基地施設のトンネルだ。
旧時代のトンネルは見るからに窮屈そうに見えたが、限界までモビルワーカーを降着させればどうにか侵入できそうだった。電源や光源、さらに作業を行うには是非ともモビルワーカーが欲しい。多少無理してでも中に入れる価値がある。
「が、もうちょっと天井高く作れなかったのかね。窮屈でしょうがない」
「この基地が現役の頃は、まだまだ機械の二足歩行とか考えられなかった時代ですからね。ジャイロ制御ができあがるまでも二十年はかかったはずです」
「そんなでっかい機械が入ることを想定してなかったってことか」
やけにこういうことに詳しい『英雄』の解説を聞きながら、モビルワーカーのライトで先行する手元を照らした。
廃墟となったトンネルは、管理者が連邦軍になってからも申し訳程度には整備されているようで、崩落の恐れはないように見えた。
正直一番の不安要素が拭われたことに安堵する。万一大尉殿が負傷でもすれば責任を問われるのは周囲の人間であり、全責任が降りかかって来るのは(たとえ不法侵入の片棒を担いでいなくても)自分になるという確信がある。
毒を食らわば皿までの精神で追従する自分の気も知らず、『英雄』はずんずんと施設を進む。道筋は事前調査済みなのか、その足取りは淀みない。
「目的地はどの辺なんだ?」
やたら厳重な扉(曰わく、旧時代の対核防護扉らしい)に例のペットロボットを繋いで何かしている『英雄』に問いかけた。そもそも、まだ目的を聞けていない。
「この先に、NORADの司令所があるはずなんです」
「……そんな古いもの、連邦の指揮網には繋がってないよな? 何するんだ?」
「だからハッキングやテロじゃないですって。使いたいのはモニターです」
「宇宙世紀以前のモニターだろ? 使えるのか?」
「時期的に電子銃型のブラウン管のはずです。構造は単純ですから、電圧さえ何とかできれば絵を出すのはこいつでできるはずなんですよ」
ぽん、と後ろを転がって付いてきていた丸い玉っころを叩く。なるほど、あの古めかしい電気回路の部品は、この玉っころと遺跡の回路を繋ぐための変換器と、モニターの補修部品か。
「……古い映画でも映すのか?」
「悪くない推理ですけど、ちょっと違いますね」
「ゲートオープン! ゲートオープン!」
それ以上の話は、玉っころが対核防護扉を開いてしまったので中断となった。
しかしハッキングはしていないと言ったが、何をどうやって通電していないはずの耐核扉を開かせたのか。何らかの理屈はあるのだろうが説明されてもわかる気がしなかったので、自分は黙って『英雄』の後を追った。
※
辿り着いた司令所らしき場所は、壁一面にガラスの窓が埋め込まれ、それを監視するように古めかしいコンピュータらしい機械と座席がひしめいていた。
高いところからお偉いさんや報道陣がスタッフを見下ろし、スタッフは正面の大型のモニターらしいものを見ながら手元の端末を弄る。今も昔もこういう場所の構造はあまり変わりがないようだ。
ガラスの窓は、破損したものの中をのぞき込むと、旧式の排障レーザー(コロニーや艦艇がデブリ除去に使っている奴)を小型化したようなものが見えた。なるほど、どうやらこれがブラウン管というものらしい。
「思ったより壊れてますね」
「ガラスが劣化してるみたいだな。いけそうか?」
「とりあえず真ん中の9枚が生きてたらいいんで、共喰いですかね」
「あ、そこまでやる気なのか大尉殿」
「そりゃやりますよ。ここまで来たからには」
何を思ってのことかは知らないが、やる気だけはあるらしい。まあ、そういうことなら乗りかかった船、沈まないように手助けするのも役目と言うものだろう。
「んじゃ、とりあえずサンプル持って行くか。この辺の奴なら今外しても問題ないな?」
「大丈夫でしょう。お願いします」
「よーし、おら……よっ」
隅っこのブラウン管(正面ガラスが割れて電子銃が見えている)を力任せに剥がそうとした瞬間のことだった。
「お前ら、何をしてるっ!!」
罵声とともに、司令所を複数のライトが照らした。
振り向けば、基地の警備部の制服を着た顔なじみが、眠そうな目を擦りながら不審者二人(自分たちのことだ)を睨み付けている。
そりゃあ、廃墟のトンネルの奥からモビルワーカーのライトが漏れてりゃ、警備部として見に来るのは当然のこと。道理ではあるが、こんな時だけ真面目に仕事をしなくても良かろうに!
「やべぇぜ兄貴っ!!」
思わず素っ頓狂なセリフが飛び出した。
「ヤベエゼアニキ! ヤベエゼアニキ!」
「誰が兄貴ですか! お前も変な言葉覚えるな!」
「すまん勢いだ! それよりずらかるぞ!」
「逃げたらまずいんじゃないんですか!?」
冷静に考えれば『英雄』の言う方がもっともだったのだが、まあ、セリフ共々その場の勢いというものである。
結局、自分たちはそのままトンネルを抜け出してモビルワーカーをぶっ飛ばし、フェンスを走って飛び込むテストを余儀なくされた。
そして翌日、不法侵入とモビルワーカーの濫用、とくにジャンプしてコンクリート舗装を盛大に粉砕した件について、基地司令に(俺だけが)こってりと絞られることとなったのだった。
▼モビルワーカー
アナハイム・エレクトロニクス製、小型作業用モビルスーツのコンシューマモデル試作機。
後にコロニー『シャングリラ』でZガンダムと対決したモデルの原型であり、市販モデルでは手足の伸縮機構はオミットされている。(狭隘地作業ではプチモビルスーツが別系統の市場として開拓された)
なぜそんなものがシャイアン基地に送られてきたのかと言えば、アナハイム・エレクトロニクスの上層部に、『少尉』の現況を見つめている何者かが存在していたということなのだろう。
その意図の所在は不明である。
▼モビルスーツ体操
基本テストのマニュアルとして優れているため、おそらくモビルスーツという概念が存在する限り継承されていくことだろう。
例えば、全ての歴史が再メッキされたような時代においても。
▼対核扉
ペットロボットの予備電池を使用して通電し、回路を動作させたと思われる。デジタルから大電力のアナログに変換する回路はすでにできあがっていたようだ。宇宙世紀のバッテリーは、旧世紀のものとは次元が違う性能を持つ。
▼やべえぜ兄貴
『英雄』の持つペットロボットは、外装こそコンシューマ機そのものだが、手足がついていたり拡張スロットが大量に備わっていたりと、通常と異なる仕様が多く追加されている。
高度な学習機能もそのひとつで、他者と日常生活を過ごす過程でかなり多くの語彙を学習していたようだ。
さらに連想からの語彙選択、しかもそれをジョークとして繰り出す知性は、単純なペットAIの領域を明らかに超越している。
一説には、このペットロボットにはRX-78の教育型コンピュータシステムと同様の機構が組み込まれていたのだという。