「で、いつできあがるのかね、『英雄』殿の電子工作は」
そんな感じに、自分と基地司令との面会の話題も「何もやっているのか」「責任は誰がとるのか」を完全に通り越した頃。
『英雄』の電子工作は、ようやくの大詰めを迎えていた。
当初、司令所のブラウン管は電子銃が故障しているものも多く、それぞれの部品のコンディションの確認、共食いするための工具の選定、足場の構築など、やるべき事は山積していた。
そして、画像表示を行うブラウン管の位置決め、修理可能なモニタの選別と入れ替え、電源の確保と電圧変換器の仕様決め。
それだけ終えると今度は必要な部品が都度不足し、その手配に四苦八苦する羽目になった。
『英雄』はどうもこの手の部品には事欠かない環境で育ったらしく、手配の遅れにしばしばあからさまに不満顔を見せた。
そして作業がおおむね大詰めを迎え、部品問題などが一通り片付いた段になり、『英雄』は愚痴愚痴とぼやき始めたのだ。
「だいたい、『少尉』さんを通さないといけないのが二度手間なんですよ」
「だからあんたが試験に受かって大尉殿になれば丸く収まったんですよ『英雄』殿?」
「ロウニンセイ! ロウニンセイ!」
モビルワーカーで運んできたバケットを下ろしながらの自分の嫌味に、ペットの玉っころにまで便乗され、『英雄』はむくれて黙り込んだ。
正直今更という話だが、この男はことが進んでいる間は寡黙に没頭し、趨勢が決まったり限界を迎えた頃にようやく愚痴を言い出すような不器用さがある。
「……いつまでも、モラトリアムしてられないのはわかってるんですよ」
がたがたと、微妙に形が合っていないモニタカバーを揺らしながら、『英雄』は呟いた。
「ここの生活は牢獄ですけど、大量殺人者が落ちる地獄としては、かなりマシな方ですし」
大量殺人者――さらりと吐き出されたその言葉。少年の口から出るには寒々しい単語に、自分の作業の手が止まる。
『英雄』の一年戦争期間中の撃墜数は、モビルスーツだけで百四十機以上、艦艇も十隻近くと言われている。その中にはガウ攻撃空母やM型潜水艦も含まれており、基地をまるごと潰したこともあるという。
死者数は……詳細は定かでないが、『彼が直接手を下した』ジオン兵だけでも千人に及ぶのではないか。
なるほど、理由はどうあれ、数値だけ見れば紛れもない大量殺人者。しかも厳密には軍属というわけではない状態での。生き延びるために戦った結果、降りかかる火の粉がどんどん大きく苛烈になった結果の戦果であると聞いているが、外部から見てそのような事情を斟酌する人間はそう多くない。
撃墜数の半数ばかりが動物相手だった自分とは、まさに桁が違う。
「勝手をしようものなら、大量殺人者として追われるか、ジオンの残党に狙われるか。僕は軍隊の枠内にいなければどうにもならない……わかってるんですけどね」
それはそうだろう、と思った。大戦の英雄の首級を上げ、反連邦活動の御旗にしたい奴はいくらでもいるだろうし、そうでなくとも隙を見せれば『魔が差した』程度で手を出してくる、そのくらいあってもおかしくはない。
以前基地司令が危惧していたように、反連邦の旗頭として掲げられるおそれもある。これを避けるには、連邦軍は『英雄』を『保護』するしか選択肢がない。
では、軍属になったならばどうなるか。モビルスーツのパイロットをさせるにしても、何らかの戦乱でもなければエースパイロットなど危険なだけだ。結局、当たり障りのない閑職に追いやるしかない。
――だとしたら。
「どうせ飼い殺しは変わらない人生のために、努力する価値はあるんですかね?」
目線を手元に落としたまま、噛み合わないやっつけの部品を弄りながらの呟きにしては、あまりにも重たい。
少し考え、グラインダーを片手に、『英雄』から部品をもぎ取った。
「……まあ、お前さんよりちょっと年上なだけで、戦果も階級も下の奴の戯れ言と思ってくれていいんだが」
どっかと腰を下ろし、パーツの面を見てペンでマーキングを施し、グラインダーで削る。騒音と火花が廃墟の一室を騒々しく彩る。
「俺がいた
ばちばちと散る火花の向こうに、かつての光景が思い起こされる。『竹槍で爆撃機を落とすような』とは誰の言った揶揄だったか。さすがにそこまで絶望的ではなかったと思うが、それでも最悪でなければよいというものではない。
「まあ、正直死ぬと思ってたな。生き残れるなんて思ってなかった。仲良かった同期は
あの大戦争は、そういう時代だった。連邦軍で戦う人間――とくに地球上にいた人間は、ジオンが再びコロニーを落としてくる恐怖に背中を押されて、あまりにも軽々しく死地に飛び込んでいた。そういう意味では、努力することで生き残る筋があった自分などは、かなり幸運な部類だったのだと言うこともできる。
だがそれも、I13の英雄がもたらした福音あってのことだ。
「俺達が生き残れたのは、あんたがジャブローに送ってくれたデータのお陰なんだよ。あれのお陰で、俺達はザク相手なら負けないモビルスーツを手に入れた。結果論だし慰め程度にしかならないだろうが、あんたのお陰で救われた命はたくさんあって、感謝してる奴もたくさんいるって話。俺とかな?」
「でも、本当にそんなの結果論でしょう」
「そうだな。誰かに感謝されてるから満足しろなんて、俺が言われても腹が立つ。俺が言いたいのは、もうちょっと実利的な話だよ」
「実利?」
「そ。気づいてるか? うちの基地の連中、だいたいお前さんがやること黙認してたり、こっそり応援してたりするんだぜ」
そもそも、廃棄されているとはいえ仮にも軍事施設に出入りして勝手に電子工作をするなど、そうそう見逃されることではない。『英雄』が犯罪や反体制活動に手を染めないよう行動に釘を刺すのは当然として、行き過ぎなければ相応の便宜を図っているのが、この基地の人々にほぼ共通するスタンスだ。
そうでなければ、モビルワーカーはもちろんフォークリフトやグラインダーの利用、そもそもやけに高機能なこの玉のようなペットロボットの所持すら、見逃されるはずがない。
「確かに監視もしてるけどな。人間、誰だって仕事だけやってるわけじゃない。あんたは恩人だ。なら、恩人がやりたいことがあるなら何とかするし、くだらないことをしたいなら付き合うさ。あんたもそのくらいの役得は利用しても、罰は当たらないだろ」
「役得……ね」
「貰えるもんは貰っとけよ。そもそも今は、全人類が生存率五割なんてクソ博打の後始末中だ。手札を揃えなきゃ、次のゲームどころじゃない」
「でも、また戦争が起きたら?」
「そんときゃそもそもみんな揃ってクソ博打の第二弾だ。考えても仕方ないし、勝負はクソゲーなりに貯めてた手札がものを言う」
グラインダーが、色を付けた歪みの場所を削り終わる。まあ、自分ができるのは、このくらいまでか。
「かく言う俺も、はずれクジを引かされたのを取り戻そうと足掻いてる身の上だしな?」
やけっぱちのような笑みと共に、削ったモニタカバーを投げ渡した。
「まあ、しかしだ。折角あんなクソみたいな戦争を生き残れたんだ。あと百年はドンパチしない世の中になるって、期待したいよな」
「……ほんとに、そうなるといいんですけどねぇ」
投げ寄越したモニタカバーが、噛み合い切らずにがたがたと音を立てる。さすがにこの程度の場当たり的な工作でうまくはいかないか――と思ったのだが。
やおら『英雄』が拳を振り上げたと思うと、ばこん! という音と共にカバーが嵌まった。
「――ちょっとずれたか?」
「『少尉』さんのやっつけ仕事なら、こんなものでしょう」
「お言葉ですな、大尉殿?」
しょうがないな、という苦笑顔に、自分は大仰に肩をすくめて見せた。
※
そして翌日。すべての作業は完了した。
「プロジェクト・ヨシュア、キドウ! プロジェクト・ヨシュア、キドウ!」
口から大量にケーブルを生やしたままでも滑舌に淀みのない玉っころが騒ぎ、ブラウン管に光が灯った。
ブラウン管を並べたモニタ領域を、緑の線が縦横九つに区切る。
区切られた領域の真ん中に、○が描かれた。その隣に×が。隣にまた○が。×が。○が。×が。瞬く間に全面が○と×で埋め尽くされ、画面が暗転する。
再び、領域が区切られる。先ほどよりやや早く、書き込まれていく○と×。当然、先ほどより早くゲームセット、次の試合に移る。
さらに加速する。ゲームセット、加速。ゲームセット、加速。やがて人間の目では残光のみしか捉えられない速度となり、そして。
暗転。
沈黙。
ただ、それだけ。(映画の設定上)この場所でかつて撮影された、AIに『無益』を学ばせ、全面核戦争を思いとどまらせるための極めて単純なゼロサムゲーム。『英雄』の動機は『その場所の近くにいるから、映画を再現してみたかった』……たったそれだけのこと。
知らず、忍び笑いが漏れた。
見れば、『英雄』もまた口元をにやつかせている。心なしか、ケーブルを一杯に頬張った玉っころも笑っている気がする……いや、これはそういう形をしているだけか。
気づけばこちらを見ていた『英雄』の顔を見返し、精一杯の真顔を取り繕って、正直な感想を述べることとした。
「くっだらねぇなぁ」
「ええ、まさに『無益』ですよ」
「チェスデモドウダ! チェスデモドウダ!」
玉っころがばたばたと騒ぎ、いよいよもって我慢できなくなった男二人の呵々大笑が、打ち捨てられた地下室に響き渡った。
※
そんななんともしょうもない、事件と言うほどでもない出来事から数ヶ月。
ようやくやる気になった『英雄』は、あっさりと士官資格試験を突破した。元々地頭はいいはずという見立ては正しかったわけだ。
かくして、『英雄』は正式に大尉殿の階級と権限を得て、早速自作の飛行機(通勤に使うつもりらしい)の開発その他諸々の許可をもぎ取った。
軍上層部の意向としては、『英雄』をシャイアンから自由にするわけにもいかないため、飛行可能な距離などにはかなり厳しい制限が加えられたようなのだが。
不満そうな顔をしてはいるものの、あれは腹の底で「むしろ制限がある方が燃える」と思っている顔だった。あの調子であれば、遠からずギリギリを攻めた嫌がらせのようなスペックの飛行機ができあがることだろう。
そして目下、自分にとっての問題は。
『英雄』が正式に大尉殿となったことで、タメ口を利くわけに行かなくなった、ということだった。
※
そして年の明けたUC0083。
『コロニー運搬中の事故』による廃棄コロニー破片の落下により、地球圏の緊張感は一気に高まった。
事故でごっそり艦隊を失った宇宙軍も再編され、シャイアンの田舎で燻っていた凡庸なパイロット(自分のことだ)も、配置転換を余儀なくされたのである。
そして、治安維持部隊『ティターンズ』の結成と、それに激発され、反連邦の気運が醸造された結果引き起こされた、『グリプス戦役』。
自分が『英雄』と再会したのは、その戦いの最中。
UC0087のことだった。
▼案山子でザクと遭遇してバラバラになった同期
ヒートソード使いのザクと遭遇した結果。ちょうど、ホワイトベースが地球に降下した日のことである。
▼チェスでもいかがですか
『無益』を知ったコンピュータは、もうちょっと面白い遊戯をしようと提案するものである。
▼NORAD司令所
『英雄』と『少尉』がいじり回した結果、再利用の道筋が整い、後に『カフカスの森』と呼ばれる地下発令所に改造されることとなる。
コンピュータが『無益』を知った場所の末路が、コロニーレーザー『グリプス2』の管制施設であったというのだから、皮肉なものである。