ミノフスキー粒子の普及から八年。戦争の様式を一変させたこの新技術によって、戦争は二百年分後退したと言われている。
もっとも大きな影響は、通信技術の後退だ。光ファイバーケーブルを通じた公共回線はともかく、機密性の高い暗号通信などは電波攪乱の影響で思うように通信品質を確保できない。近距離では信頼性の高いレーザー通信も、傍受が簡単な上に、地球上では射線が確保できないため活用が難しい。結果機密作戦に従事する部隊などは、連絡を原始的な通信筒に頼るようになっている。
『カラバ』で情報収集を担当する『シーカー』と呼ばれる部隊との交信が、まさにそれだった。『シーカー』は毎日定期的にコンタクトポイントに通信筒……つまりマイクロチップや手紙を詰めたカプセルを落とし、それを艦載機で拾う。それが宇宙世紀最新の通信様式だった。
そんな『お使い』のため、自分のネモはド・ダイに乗って、ソマリア南東部近海を飛行していた。
併走する赤い航空機に向けて、レーザー通信を発した。
「大尉、間もなく『シーカー』とのコンタクトポイントです」
「わかっている。まだビーコンは掴めないな。そっちはどうだ?」
「航空機のセンサーで取れないものが、ゲタ乗りに取れるはずもないでしょう」
航空機のパイロットは、すっかり昔馴染みとなった一年戦争の『英雄』である。成人して渋みを増した声は、大尉という階級の重みも加わり、見違えるような貫禄を身につけていた。
航空機は高速で移動するため、一般的に前方に対するセンサーの品質がモビルスーツより優れている。自分のネモは狙撃型であるため通常機よりは高性能のセンサーを積んではいるが、それでも航空機には及ばないはずだ。
予想を覆し、自分のネモのセンサーの方が、先に警報を鳴らした。
「ありゃ」
「同じ指向性センサーのはずだが、狙撃型以下か」
「案外ですな。噂のゼータも実態はそんなもんですか」
全天視界モニター越しに目を向ける。そこにあるのは、赤と白を基調に塗装された航空機……否、可変モビルスーツの姿。
MSK-006『ゼータ・プラス』。それがあの機体の名前だ。
エゥーゴで『英雄の再来』などと呼ばれる少年パイロットが操る可変機『ゼータ・ガンダム』の設計を引き継ぎ、簡略化を経て量産を目指した機体であると聞いている。
カタログスペックだけを見れば、オリジナルの『ゼータ』に比べて余分を省いたおかげで性能が向上しているということなのだが。いかんせん、こういうものは多くの場合、カタログに見えないところで手を抜かれ、オリジナルに及ばない性能になっているのがお約束である。
「本物を見た後だと、ゼータ『プラス』というのは技術者の諧謔を感じるな」
数日前、『英雄』はキリマンジャロ攻略戦の最中に、宇宙から舞い降りたゼータ・ガンダムと遭遇した。MSA-100『百式』を積載し、MSだけでの大気圏突入を成功させ、そのまま戦闘に参加したのだという。
自分は基地攻略参加のジオン残党軍を世話していたため目にする機会がなかったが、『英雄』のMSK-008『ディジェ』と共にティターンズのモビルアーマーと戦い、これを駆逐したと聞いている。
「諧謔?」
「マイナスと1を重ねたら『+』に見えるだろう?」
「ああ……」
脳内で文字を重ねて納得した。プレゼンでは優位性をアピールしつつ、本音をひっそりとアピールしているということか。
ピピピ、と通信の向こうで、『英雄』の機体のアラームが鳴った。
「こちらもビーコンを捕まえた。位置を特定、ダイブからのピックアップを試す」
「了解、チェイサー入ります。気をつけて」
機体のカメラがロックする向こうで、ゼータ・プラスが機首を下げた。目標は前方の無人島のようだ。ビーコンの発信位置を見る限り、山肌に引っかかっているように見える。
そのまま、TMSが加速する。急速に高度を下げ、島の目前まで接近。そこで機首を上げて減速し、即座に変形。人型のまま慣性で山肌に沿って飛行し、伸ばした手で着地しないままにカプセルを拾い上げた。
そして、バーニヤを吹かして地面から離れると、そのまま変形。再び高度を上げたかと思うと、ワンスイングで自分のネモの隣に戻ってきた。
「マジかよ、あれでTMSは初めてっていうんだからな」
なんたる淀みないマニューバ。『英雄』の技量に舌を巻いた。
ゼータ・プラスはまだまだ改良中の機体であり、『英雄』によってテストが行われている真っ最中だ。アウドムラにもまだ送られてきて間がない。キリマンジャロ攻略戦においても、作戦の特性の問題もあったが、まだ機体として信頼できないという理由で使用されなかった経緯がある。
それを、あっという間にここまで乗りこなすとは。七年のブランクもまるで感じさせない。
「本物のエースは違うよなぁ」
「そうは言うが『少尉』、今の『アウドムラ』で俺の次はキミなんだが」
「数も質も『館長』の方が上でしょう。それに、白兵戦の腕前なら『
元I13の『ガンタンク』乗りだった『館長』はさておいても、ニューギニア基地で共闘した別のグループを思い出す。『ジム』の改造機でTMS『アッシマー』とやり合ったり、巨大モビルアーマーと戦えるようなエースを数多く抱えていた。あんな連中と比べられるほど、自分は腕利きではない。
「……それのおかげで動きが慎重なのもあるか。それじゃ帰投する。付いてこい」
「了解、大尉」
なんだかレーザー通信の向こうでため息を吐かれている気がするのだが、構っている余裕はなかった。
遠慮なしに先行するゼータ・プラスに追いつくべく、自分はゲタを加速させた。
※
「ビグ・ザムが行方不明?」
ガルダ級航空母艦アウドムラのブリッヂ。『館長』と呼ばれるカラバの首魁は、通信士に手渡された半ピラのメモを読み上げ、顔をしかめた。
自分たちが持ち帰った通信筒から出てきたメモである。
先だってのキリマンジャロ攻略戦に参加した、八機の巨大モビルアーマー『ビグ・ザム』。カラバと協力関係を構築したジオン残党軍が提供してきた、恐るべき兵器の群れだ。戦闘中に二機が喪失したものの、それでも六機の巨大モビルアーマーは、圧倒的な威圧感を放っていた。
偵察部隊『シーカー』の残したメモによれば、その一団がキリマンジャロ攻略戦の後、行方不明となっているのだという。
「そもそも拠点も明かされていないんだろう? 実はマダガスカルあたりに基地があるとかいうことはないのか?」
『英雄』の疑問に『館長』が頭を振った。この二人は自分以上の昔なじみであり、端から見ても会話のテンポが良い。
「それは考えにくいな。作戦への合流途中、『シーカー』がインド洋上で部隊を確認している。それに、キリマンジャロ基地のお膝元で、あんな機動兵器を整備できる基地を確保しているとは考えづらい」
「ガルダ四機分は必要だからな……まともに扱うならそれこそジャブロー、キリマンジャロ、ニューギニアクラスの拠点が必要か。かつてのジオンの勢力図を考えると、あるとしてもアメリカ西海岸から太平洋のどこか、かな」
『館長』と『英雄』の会話から、キャリフォルニアベース奪還作戦を思い出す。あの時基地を脱出したジオンの潜水艦部隊は、そのまま太平洋のどこかに身を隠したと聞いている。
今回キリマンジャロ攻略戦に参加した残党軍は、その中でも筆頭クラスの規模があるらしい。まあ、ビグ・ザムなんて巨大兵器を八機も抱える組織が最大級でないとか、勘弁して欲しいのが本音だが。
「どちらにしても、そちらに帰ったという筋はなさそうだな。M型潜水母艦も一緒か?」
「おそらくな。補給の関係で、あの大物には必ず母艦が随行しているはずだ。『少尉』、ジオン残党のモビルスーツ戦力は何機だった?」
水を向けられ、記憶を掘り起こす。残党軍の世話をしていたのは自分なので、一番詳しいのは多分自分だ。
「『ドム』改良機が五機、『グフ』も一機いましたが、初期モデルに見えましたね。全部隊が上がってきてたかは不明ですが」
「すると、最低でもビグ・ザム六機にモビルスーツ六機の編成か。これが行方不明は……危ないな」
「フゥム……とりあえず失踪したという前提で、何を狙っていると思う?」
『館長』の問いに『英雄』は少し思案顔になる。
ジオン残党軍は、今回はティターンズを打倒するためにカラバに協力したが、今度は宇宙でエゥーゴに合流しようとしている……などという甘い話ではあるまい。そうだとしたら、カラバと連携して、大手を振って宇宙港を使う方が賢明だ。
『カラバ』から身を隠しての行動、そして大量のビグ・ザムという切り札を披露した直後の一手である。ティターンズの勢力が弱まった今、ジオン残党軍が大きな軍事行動を起こしたとしても、それを止められる勢力は極めて少ない。
最終目的がなんであれ、彼らが活動をより自由にできるようにするため必要なのは、宇宙港だ。アフリカ界隈にはまだ中規模なジオン残党軍が抵抗を続けているとも聞く。
となると、インド洋周辺で、迅速に制圧が可能な宇宙港といえば……。
「アデンだな」
自分より先に、『英雄』が結論を出した。
アデンはアラビア半島の南西部に位置する連邦軍基地で、大規模な打ち上げ施設を持つ。
余談ながら、かつて自分のジムを破壊した『イフリート』は、その基地で仲間の打ち上げを守るために特攻し、破壊されたと聞いている。
「しかしアデンはティターンズ支配下って訳でもないでしょう?」
「一応部隊は駐留しているし、言い訳はできるだろうな。ジオン残党軍としては、まず事実としてアデンを制圧した上で、後で我々を通じて連邦と交渉し、キリマンジャロ攻略の対価としてアデンの割譲を要求する……という感じかな」
『館長』が自分の疑問に応え、自分自身の推測に唸った。
ジオン残党軍――『館長』によれば『ダイクン派』と言うべき集団らしい――は、対ティターンズという一面では協調が可能だが、今後の地球圏の勢力図を考えたとき、彼らが最後まで味方でいる可能性は、極めて低いと考えられる。
現状、彼らがカラバと協調しているのは、ティターンズという明確な脅威があるからだ。しかしもし共通の敵がいなくなったなら、彼らは当然、本来の目的であるジオンの再興に邁進するだろう。
そして厄介なことがもう一つある。ダイクン派にとって大きな追い風である、シャア・アズナブル、つまりはキャスバル・ダイクンの台頭だ。
ダカールの演説で、エゥーゴのクワトロ大尉がジオンのシャア・アズナブルであることが知らしめられた。ダイクン派が、これを旗印に動かないはずがないし……。
「むしろ、シャアの尻を叩く方に動く可能性も高いな」
彼の人となりを知る『英雄』が呟く。
なるほど、シャア・アズナブルが首魁となったエゥーゴと合流し、ダイクン派の発言力を確固たるものとする。巨大MAを複数擁するダイクン派を、エゥーゴは無視できない。最終的にはエゥーゴをダイクン派で乗っ取るところまで視野に入っているだろうし……。
「彼らも切り札を切ったんだ。取れるだけのものは取りたいだろう」
「そのために、シャアの名を盾にやらかして、後に引けない状態まで追い込むか」
シャアのダカールの演説『程度』で、ダイクン派が満足するはずがない。シャアには連邦の政治家などではなく、新たなジオンの旗頭として立ち上がって欲しいのが彼らの立場だ。
「折角シャアが立ち上がってくれたところにこれは、厄介だな。妨害するか?」
「曲がりなりにも味方だ。今邪魔に入るのは得策じゃない……が」
得策ではないが、放置しておけば間違いなく将来に禍根を残すだろう。
「どうも嫌な予感がする。あの手の大きな力は、人を狂わせる」
『英雄』が唸った。彼はつい先日も、ティターンズの巨大モビルアーマー(ガンダムの顔をしていたらしい)と交戦したばかりだ。
「お前の勘は恐ろしいからな」
『館長』が溜め息を吐き出した。
「わかった。ならばこれからアウドムラは、アデンに向かってダイクン派の行動を監視する。『少尉』、ダイクン派の上に確認を取る」
「了解です、『館長』」
当然、機密通信となる。自分は再び通信筒を持って、ゲタ履きでお使いに出ることになった。
▼MSK-006『ゼータ・プラス』
カラバが開発した可変機。数多くのマイナーチェンジバージョンが記録されており、本章に登場するものはA1型と呼ばれる試験機である。
▼シーカー
長距離秘匿通信が困難となった時代に、通信筒を通じて情報をやりとりする専門部隊。多くの場合はシンジケートなどの出資で組織されているが、そもそも『カラバ』や『エゥーゴ』も似たようなものである。
シーカーには日付によって通過するルートが複数あり、コンタクトポイント一覧がカラバなどの組織に渡されている。このポイントに通信筒を置いておけば、シーカーが回収して連絡先に届けてくれる仕組みだ。
シーカーそのものは雇われの郵便屋であり、実のところ連邦やティターンズの通信についても請け負っている。そのためシーカーを襲撃するなどの行為はあらゆる組織において御法度である。
カラバが運用しているチームはホンコンシティのルオ商会が主に出資しており、キャリフォルニアベースの裏工場などで製造したゼータ・プラスやリック・ディアス量産型(つまりはディジェ)の部品手配や輸送などもこなす。