或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0087 アデン(2)

「これは……!!」

 

 アフリカ大陸東海岸からアデンに向かった『アウドムラ』は、その途上であるソマリア上空で、早々に不吉な兆候を発見していた。

 

 偵察のモビルスーツからの映像だ。砂漠の真ん中で、煙を上げる機械の残骸。炎は早々に鎮火したようだが、黒くくすんだ塊から、灰色の煙が立ち上っている。

 

 拡大してみると、残骸の中に見慣れたド・ダイの翼と、灰色の手足が混じっているのが見えた。

 

「あれは……モビルスーツだな?」

「偵察のネモが確認。アクトザクです」

「どっちのかわかるか?」

 

 『館長』の問いに、オペレータがコンソールを叩く。『アクトザク』はジオン公国が戦争終盤に開発した機体だが、実戦運用が少ない上、現在では連邦に接収され運用されている。

 

 『どっちの』とは、連邦とジオン残党軍どちらのものかという主旨だろう。実際のところ、アクトザクはザクの系列機でありながら、ジオン残党よりも連邦軍で見ることの方が多い。

 

「確認中……連邦軍の識別コードを確認。アデン基地所属部隊のものです」

「ティターンズではないな?」

「はい、基地直属です」

「やってくれたな、連中め」

 

 『館長』は呪詛を吐き捨てる。これで、ダイクン派をカラバと協調させる道筋は極めて困難になった。

 

 元々カラバはティターンズ以外の連邦軍ともしばしば交戦していた。指揮権はティターンズの方が上位であり、現地部隊を徴発できるためだ。

 

 だが、現在はダカール演説によって事情が変わっている。ティターンズの暴虐を告発したことで、連邦が彼らを切り離しにかかっているためだ。ティターンズを反乱部隊であるとし、エゥーゴとカラバを連邦の一部門であったという名目で取り込みを行おうとしているのである。

 

 逆に言えば、反連邦軍事組織として立ち上がったカラバの人間が連邦の支配下で生き延びるには、連邦軍の一組織であるという立ち位置が必要だ。

 

 そのため、ここにもってきてエゥーゴやカラバ(に属する事になっているダイクン派)が連邦軍に攻撃を仕掛けたという状況は、今後の立ち回りに大きく影響する。

 

 放置しておけば、戦後において自分達は、ジオン残党軍と同じ立場に堕ちることになるだろう。当然、エゥーゴが期待している『シャア・アズナブルが連邦大統領選に出馬』というシナリオも消滅する。

 

「どうする? 『館長』」

「『ダイクン派』がアデンを直接攻撃する前に、思いとどまってくれるよう説得するしかないな」

「間に合うか?」

「間に合わせるさ」

 

 旧知の戦友の問いに、地平を見やる『館長』の目を見れば、いかな鈍い自分でも察せられた。

 

 口ではそう言うものの、その実現は相当に厳しいものになるだろう、と。

 

 

 

 実際のところ、状況は自分たちの想像を更に越えて悪化しようとしていた。

 

 もう何をどうしても、取り返しがつかないほどに。

 

 

 

 

 その男は、ビグ・ザム三番機のコクピットに座っていた。

 

 男は、かつての独立戦争において義勇兵として公国軍に参加し、初期に地球に降下した部隊の生き残りだった。開戦当初は連邦の版図を一方的に蹂躙したが、ほんの半年ほどですり潰される側に回ることとなった。その時に失ったものは多いが、それは戦争という行いの結果であり、怨嗟は――ないと言えば嘘になるが、殊更憎悪を撒き散らすほどではない。

 

 だから、憎悪に狂って四年前の『デラーズの乱』に参加することもなかったし、現在も山賊まがいの暮らしをするアフリカの部隊に参加することもなかった。ダイクン派に参加することで宇宙に帰る道筋も得て、実際一度は故郷に帰還したのだ。

 

 だが、故郷に戻った彼を待っていたのは、莫大な屍の山だった。

 

 ティターンズによる粛清――ではなかった。彼の故郷はサイド1にありながら親ジオンであり、ジオンによる大量虐殺を免れたコロニーであったが、それが故に戦後に連邦からの疑心暗鬼を浴びることとなった。それが反連邦、反ティターンズの気運の高まりによって激発され、住民同士の暴動が発生した――と記録には残っている。

 

 だが、彼は『信頼できる筋』からの噂を聞いていた。彼の故郷は、同じコロニーの住人によってリンチを受け、虐殺されたのだと。連邦軍が鎮圧に出るのが極端に遅れたのと、実行犯が未だに特定されないのは、連邦によって()()()()()()()であったためであると。

 

 それが事実であったかどうかは不明だが、彼にとってはそれが真実となった。彼はダイクン派にパイロットとして帰還し、いつの日にかやってくる蜂起の日のため牙を研ぎ続けることとなったのだ。

 

 そして、数日前。ようやく時は満ちた。彼と彼らは封印されていた巨大兵器ビグ・ザムを用い、ティターンズの拠点であるキリマンジャロを殲滅せしめた。

 

 だと言うのに。

 

 あのダカールに現れたエゥーゴの代表は、キャスバル・『ダイクン』を名乗った。

 

 ジオニズムの祖、ジオン・ダイクンの息子である。ダイクン派である自分達の旗頭となるべき人物である。それが、法に基づきティターンズを糾弾する。それは連邦の法に基づく行為であり、連邦におもねるあり方でもある。

 

 手ぬるい。生ぬるい。そうではないのだ。連邦は根本から打砕されねばならないのだ。

 

 だから、彼らは立ち上がった。キャスバル・ダイクンに、ダイクン派の意思と力を見せつける必要があった。

 

 だから――彼らは、宇宙への階段(きざはし)を手に入れねばならないのだ。

 

 ――ピピピッ

 

 再び鳴り響いた警報音に、『三番機』は意識を現実に引き戻された。

 

 レーダーを確認する。彼の搭乗するビグ・ザムは、かつて一年戦争でドズル・ザビが運用したときは三人で操縦するものだった。しかし現在のそれはソフトウェアが改良され、ワンマンオペレーションが可能となっている。

 

 結果、無駄に広くなったコクピット空間には、やっつけのように通常モビルスーツ用の全天視界モニタが設置され、今は全球を砂漠と海の二色に塗り分けられている。まっすぐ伸びる海岸線に沿って、彼を含む一団が東進していることを、モニターが知らせている。

 

 「落ち着かないな」と男は思った。全方位から差し込む光、通常のモビルスーツを遙かに超える高さ、見慣れない莫大なステータスの数々。

 

 ――そして、遠巻きにして近づいてこない、地球連邦のモビルスーツの影。

 

 警報音の原因はこれだった。彼らの目指す、アデン基地所属の迎撃モビルスーツの群れである。

 

「鬱陶しい狗どもだ。……いや、あれなら蠅だな」

 

 ビグ・ザム五番機のパイロットの嗤う声が、レーザー通信越しに聞こえた。ド・ダイに乗って飛び回る小さな影は、確かに狗というよりは羽虫の類に見える。

 

「撃ち落としますか? ビグ・ザムの砲ならいけるでしょう」

 

 飛び回る蝿に苛立ち、『三番機』の彼は提案した。

 

 先だって、連邦の偵察モビルスーツを叩き落としたのも彼だ。あの時点ではまだアデン基地に捕捉されるわけにはいかなかったという事情もあるが、苛立ち紛れの殺戮であったことも否定はできない。

 

「やめておけ。モビルアーマーのエネルギーを無駄に使うな」

 

 だが、渋みのある声が、昂ぶる彼らに冷水を浴びせた。ビグ・ザム部隊に並走するモビルスーツ部隊の隊長――ド・ダイの上で初期型装備のグフを未だに乗り回す『懐古趣味者(アナクロ)』――のものだ。

 

「お前達の機体では、飛びながらビームはリスクが大きい。それで味方を落とされたのを忘れたか?」

 

 言われて、『三番機』は舌打ちした。腹立たしいが、『懐古趣味者』の言葉は正しい。キリマンジャロ攻略の際、一方的に蹂躙できるはずの戦いで、彼らは虎の子のビグ・ザムを、パイロット諸共に二機も失ったのだ。

 

「近付いてくれば私が落とす。おまえ達の機体は我々ダイクン派の象徴で希望だ。無駄に消費してくれるなよ」

 

 ド・ダイの上で蝿どもを指して、『懐古趣味者』のグフが隊列を離れていく。連邦部隊に対する牽制のつもりだろうか。

 

「……ハッ、連邦の蠅に、俺達がやられるもんかっての」

 

 五番機のパイロットが嘯くが、『懐古趣味者』に届かないよう『囁き』で粋がるのは、さすがにみっともないと思えた。

 

 

 

 連邦とダイクン派、静かにお互いを圧迫する行程は、アデン市街地が見えてくる頃になって変化した。

 

 蠅ども……ド・ダイに乗った連邦のモビルスーツが加速したかと思うと、アデンの市街地前に集結したのだ。

 

「全軍、停止。ビグ・ザムは着地の後主砲を準備。司令の交渉を待て」

 

 『懐古趣味者』の指示で、ビグ・ザムの足を延ばした。ミノフスキー・クラフトの出力を落とし、Iフィールドと主砲に動力を回す。

 

 今頃は潜水母艦の司令から、アデン基地への降伏勧告が行われているはずだ。ビグ・ザムを見せているのは、戦闘が無意味であることの示威である。

 

 普通なら、基地一つの戦力で、彼ら『ダイクン派』のモビルアーマー部隊をどうにかできるとは考えない。アデン基地は降伏し、無傷で彼らに宇宙港を提供するはずだ。

 

 だというのに。

 

「馬鹿どもが」

 

 『懐古趣味者』が吐き捨てる声が聞こえて、蠅どもの動きが変わった。

 

 散開し、彼らダイクン派の陣営に向かって飛行を開始する。

 

 編成は、ビグ・ザムのOSによればアクトザクおよびジムの改良型と、今やすっかり連邦でも普及したド・ダイの組み合せが四対。

 

 もちろん、ビグ・ザム相手に太刀打ちできる戦力ではない。

 

(ふざけるなよ)

 

 怒りがこみ上げてきた。

 

 以前の『デラーズ・フリート』の武人気取りの連中であれば、捨て身で町を守ろうという姿勢を評価もしたかも知れない。

 

 しかし、彼らは復讐者である。しかも、見逃された殺戮の犠牲者である。

 

 どうして、あれは命を懸けて守られる。どうして、自分たちの家族は守られなかった。どこに違いがあるのか。自分達が何を間違えたというのか。

 

 否定しなければならない、と思った。目の前を飛ぶ蝿のごとき輩の高潔さも、蠅どもが身を挺して守ろうとする人々も。

 

 そう考えると、地平に見える町は糞便の塊に、モビルスーツはそれにたかる羽虫にしか見えなくなった。

 

「蠅どもが……!」

 

 だから、『三番機』は、主砲の安全装置を解除した。

 

 腹の中で煮えたぎる熱に煽られて、視界が赤く揺らめく。揺らぐ世界で、飛び交う蝿どもに照準を合わせる。

 

 ――否、羽虫を一つ一つ叩き落としたところで意味はない。もっと根本から、すべてを一掃しなくてはならないはずだ。そして、今の彼はそれができるほどに巨大である。

 

(羽虫がタカる、聳え立つ糞便の山を、掃除しなくては)

 

 照準が移動する。主砲のターゲットが、羽虫ではなく、その向こうに堆く積み上がった糞の山に重ねられる。

 

「おい、三番機、何をやっている!」

 

 そんな『懐古趣味者』の叫びが耳朶を撫でるが、熱に浮かされた脳には届かない。

 

 蝿が、蝿が来る。絶え間なく飛んでくる。止まらない。連邦の蝿は、本当に、いつまでも、無尽蔵に飛んでくる。

 

 糞便にたかる蠅が、人間様に抗わんとしている。まるで、人を守ろうとするように。実態は己の餌場にしがみついているだけだというのに。

 

 視界が、そして思考が、真っ赤に、染まって。

 

「蠅が、人の真似を、するなぁーーーー!!」

 

 煮えたぎる赤い衝動に任せ、トリガーを引いた瞬間。

 

 さっと引いていく血の気とともに、『三番機』は理解した。

 

 なぜ、ビグ・ザムは三人乗りだったのかを。

 

 それが、巨大な力を操る上での安全装置でもあったのだということを。

 

 

 ――全てが手遅れになった、町を飲み込む閃光を見つめながら。

 




▼MA-08G ビグ・ザム(地上対応量産型)

 ジオン公国の拠点攻略用モビルアーマー。基礎設計は一年戦争中に完成しており、戦況の悪化により建造されずに終わった機体。
 しかしながらキャリフォルニアベースなどに設計は残っており、陥落時に脱出したジオン軍により捲土重来を目して密かに建造されていた。
 地上での運用のためミノフスキー・クラフトが搭載されているのが最大の特徴だが、これを内蔵するスペースがないため、本体の腹下に専用ユニットの球体(アッザムの中身を装甲化したもの)を抱えている。
 原型機が三名で運用されていたのに対し、本機はソフトウェアの改良によってワンマンオペレーションが可能なように改装されており、コクピットには全天視界モニターが搭載されている(完全にジムIIと同じものであるため空間に余裕があり、モニターの外側には隙間がそのまま残されている)
 本来の設計であればミノフスキー・クラフトに取られるエネルギーを節約するため、本体外周に大量に装備されていたビーム砲はオミットされるはずであった(MA-09仕様)。しかし、『ダイクン派』の設計力の問題で排除するに至らず、『装備しているが使わず運用でカバー』する(予定だった)。
 ただでさえ稼働時間が短いところにもってきてミノフスキー・クラフトを追加したため、慢性的に動力が不足している。直立するだけでもミノフスキー・クラフトを使用して浮力を得る必要がある上、飛行などしたものなら主砲は使用不能であるし、陸上でも副砲と主砲の併用をすればiフィールドが停止する。

 キリマンジャロ基地で実弾砲台を忌避したのも、地上での運用では地上を移動中に実弾砲撃で破壊される可能性が高いと判断したため。
 キリマンジャロ基地で最低8機が確認されているが、後に第二次ネオジオン戦役で機体が確認されていないため、予備を含めてUC0093までに全てを喪失したと考えられる。
 UC0084に宇宙で数機が使用されたとも言われるが、これは仕様が本機とは異なる。


▼見逃された殺戮

 真偽は不明だが、コロニーや地球の市街地に対する殺戮行為が存在したという噂は広く流布されている。
 一年戦争期にジオンによって行われたコロニーに対する虐殺と、『ティターンズ』によるテロ鎮圧を名目とした殺戮と、さらにそれ以外の混乱に乗じた破壊活動が渾然となっているため、個別の真相の特定は極めて困難。個人がそれぞれ信じたい真実に縋っているのが実情である。
 ただし共通する問題として、どの時代、どの要件であれ、多くの人が死に至らしめられ、地球連邦にそれを阻止する力がないという事実だけが横たわっている。
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