「見つけたな」
MSK-006『ゼータ・プラス』のコクピットで、『英雄』と呼ばれる男は一人ごちた。
ゼータ・プラスは、昨今急激に発達する
その要素の一つ、高機動であるがゆえに備えられた敏感なセンサーが、巨大な影を六つ、捕捉していた。
OSが、巨大な影を困惑混じりにMA-08『ビグ・ザム(?)』と告げている。ビグ・ザムが極めて稀少で、データが少ないマシンであるため。そして細部で形状が異なるためだ。
「対象をビグ・ザムと確定。概形をデータベースにフィックス。視差補正」
コマンドに応じて、拡大映像のビグ・ザムのフォルムがデータ通りの……雪中迷彩の白黒模様で塗られた二足蟹まがいの姿を映す。モビルスーツのOSは、ミノフスキーによる可視光攪乱による乱れを諸元からCG補正しているものだが、観測したビグ・ザムのカラーをデータベースにある同機のモデルに貼り付けた結果だ。
「砲門の位置と射界を表示。……全部出せ」
音声でOSに命令する。全天視界モニターのビグ・ザムの群れに、砲塔を示すマーカーが無数に点り、そこからの射界を示す錐状の光帯が画面を埋め尽くす。これでは、普通は画面が見づらいだけだ。
パイロットが普通であれば、だが。
「やはり隙が多いな。ソロモンの時よりだいぶ射界が制限されている。重力のせいと、それから……」
射界の色の重なりから、砲撃範囲を測る。一見一面を光帯に覆われ隙間もないように見えるが、『英雄』の目はその濃淡から巨蟹の死角を見いだしていた。
「あれのせいだな、ミノフスキー・クラフトか」
それぞれのビグ・ザムが抱える巨大な球体を見る。ビグ・ザムが蟹であれば、あれはさしずめ抱えた卵か。蟹の類は雄の背中に卵を産み付けると聞いたことがあるが、まあどうでもいい。
要点は、その卵が浮遊ユニット、つまりはビグ・ザムの機体そのものを支える柱でもあるということだ。つまりは、急所である。
そんな球体を抱えたビグ・ザムが合計六機。本来ならばさらに二機がこの戦列に加わっていた。これほどの大戦力、あの絶滅戦争でもお目にかかったことはない。
「――量産の暁には、か」
ふと、古い記憶から声が蘇った。彼が討ち取った、ジオンの将の言葉。実際に聞いた声ではないはずだが、あの頃の拡大しすぎた認識が拾っていたのだろうか。
そして、連鎖するようにして、爆散していく支援機の姿が思い起こされた。
(今回は、俺一人か)
本当に噛みしめたことなどありはしないが、苦虫めいた渋みが口の中に広がる錯覚。
「まったく――」
今の同僚の二機は、どちらも手練れではあるものの、『英雄』に追従できるほどの技量も機体性能もない。無駄な犠牲を出す可能性を考えれば、彼一人で仕掛ける方がよほど合理的だ。そう理性は判断しているのだが――
「毎度毎度、こういうのの始末は俺に回ってくる!」
いつも通りの土壇場の愚痴を吐き出して、『英雄』は機体をロールさせた。
――蹂躙のサイドチェンジが、始まった。
※
(どうして、こうなった)
燃え盛るアデンの町並みの中で、ビグ・ザムの『三番機』は、不幸にも正気を取り戻してしまっていた。
市街地に向け、トリガーを引いてしまったのは覚えている。閃光の中に街が呑み込まれた瞬間、頭を満たしていた熱がさっと醒めた。
そして、自分が何をして、自分に釣られて仲間達が何をしているのかも理解してしまった。
街を焼き払ったことで、彼らジオン残党軍『ダイクン派』のモビルアーマー部隊は、完全に理性のタガが外れてしまった。
『やっていいのだ』『やってしまったのだ』という認識は、彼らの鬱屈した精神に宿った破壊衝動に火をつけた。それはビームのトリガーを通じてメガ粒子砲となり、アデン近傍の市街地を焼き払った。
ビグ・ザム六機による蹂躙は、都市を炎海に沈めるのに五分と必要としなかった。
『懐古趣味者』が抑止する声などまるで聞こえていなかった。『三番機』の暴挙を引き金に、我も我もと火線を閃かせ、腹の底に煮えたぎる憎悪をぶちまけた。
結果がこの有様だった。ビグ・ザムは現在も、『三番機』を除き、すべてが主砲・副砲を駆使してアデン市街を消滅せしめんとしている。
無意味だ。無益だ。大変なことになる。『三番機』の血の気の引いた頭にそれだけが反響する。
もはや『ダイクン派』も何もない。大量虐殺者に何の正義を語る資格があろうか。
だが、最初に引き金を引いた人間が、どの面を下げて仲間を諫められるというのか。諫めたところで、もはや止まれない。止まることは、許されない。
それは、ミノフスキーによるパイロットの孤立と、人の器を越える力による感覚の錯乱故のことであったが、それを認識できるほど彼らに知識も余裕もなくて。
だから、彼は間に合わなかった。
視界の端を紅白に塗られたモビルスーツが飛び去っていくのと、続けざまに三機のビグ・ザムが爆発するのに、反応できなかった。
そのモビルスーツが手にしたバズーカ砲が行きがけの駄賃とばかりに自分の方を向き、目もくれぬままの一撃で、ビグ・ザムの主砲を爆破していっても。
ただ、一瞬視界に飛び込んできた特徴的な角とツインアイの面差しから、直感的に一つの名前を口にすることしかできなかったのだ。
「――ガンダムッ!!」
※
『英雄』は、まず彼から見て左から二番目のビグ・ザムを狙った。
ビグ・ザムは扇状に展開し、アデン基地に向け進行していた。
左から二番目――適当に左から標的AからFと割り振り、これは標的B――を狙った理由は、最も後ろにいたから……ではなく、もっとも後ろに向けた『意識』が薄かったからである。
『英雄』がニュータイプ的であると自負するのは、この『意識』の性質と方向を把握するのが得意であるということだった。それは目で見ているものだけでなく、周囲に存在するものすべて、ともすれば仕掛け爆弾や悪意をもって動かされた石など『その場に存在していなくても意識を向けている何か』『その場にいない何者かが意識を向けている物体』にまで及ぶ。
経験上、この『意識』の濃いものを、薄い方向から仕掛けると、だいたいうまくいくのである。
だから、標的Bの後方から
そのまま、背中(機体上面)に装着した二丁のクレイ・バズーカを、右、左とわずかにタイミングをずらして発射した。
クレイ・バズーカは通常、標的の動きを止める粘着弾を装填している。しかし今回、右の中身は対装甲貫通破砕弾だ。弾頭はビグ・ザム標的Bの背面から蟹めいた胴体の傘下あたりに着弾し、集合バーニヤを粉砕し、装甲をめちゃめちゃに引き裂いて。
そこに、左からの二発目――榴弾が着弾した。
蟹体の後方半分を爆散させ、標的Bは沈黙する。間もなく、バランスを崩して前のめりに倒れるだろう。
そして、『英雄』は手を止めない。そのまま、『意識』を標的Bへと向けた標的Cに、ウェイブライダーのまままったく減速せずに突っ込む。
先ほどと違い、すでにゼータ・プラスは脅威として認識されている。柔らかいところを狙う余裕がないので、大きな標的を狙う。
この量産型ビグ・ザムは、腹の下に卵状のミノフスキー・クラフト用ジェネレータを抱えている。そのため、腹の下の空間は原型機よりも小さい。地上ということ、市街地であるということもあり、股下の空間はわずかだ。
しかし、『英雄』は構わず突っ込んだ。否、それどころか、股下をくぐる瞬間に人型へと変形してすらみせる。
右腕部に増備した増設グレネードランチャーが、ありったけの弾頭をぶちまけた。
ゼータ・プラスが股下から飛び出した直後、標的Cの『卵』が弾け飛んだ。
ミノフスキー・クラフトが途切れ、1Gが容赦なく巨蟹にのしかかった。足場が重量に耐えかねて砕け、足が地下構造物にめり込んで機体を傾がせる。
しかし増設器を破壊しただけでは、機体を無力化できたとは言えない。左の逆手に握ったまま抜いたビーム・サーベルで、目もくれないまま背面の標的cのバーニヤを斬りつけ、噴射による姿勢制御も封じた。
そこで、標的Eが『英雄』の方を向いた。
距離が遠い。バズーカでは間に合わない。相手の主砲は既にチャージされ、あとはおそらくトリガーを引くだけだ。
だが、相手は逡巡している。このまま発砲すれば、標的Cを巻き込むことになるだろう。
もちろん、それを計算に入れた上での立ち回りであり、そして。
(弾を節約するか)
頭部機銃で、標的Eのメインカメラのあたりをノックした。
あちらからは、視界いっぱいに火花が散ったように見えただろう。逡巡が拭われ、『意識』が『英雄』に向けて重く伸びる。
トリガーが引かれるより早く、両足のバーニヤを全開にしながら変形し、射線から飛び退いた。
主砲が、ゼータ・プラスのいない空間を通過し、標的Cを粉砕する。これではただの味方殺しだ。標的Eの意識が千々に乱れるのが感じられた。
その隙を逃す理由もない。『英雄』のウェイブライダーは最小限のロールで標的Eの頭上に肉薄すると、
(確かこのあたりだったな)
再び人型に変じ、かつて同じように貫いたことのあるコクピットであろう場所に、左手に握ったままだったビームサーベルを突き立てた。Iフィールドに守られた巨蟹といえど、この距離からであればビームも有効であると、『英雄』は経験で把握している。
ダメ押しに右手にも握った光剣を突き立て、『意識』が霧散したのを感じるのと同時に離脱。行きがけの駄賃に、混乱したまま『意識』が定まっていない標的Dに肉薄し、バズーカの一発で主砲を黙らせておく。
その瞬間、強い思惟が『英雄』の思考に飛び込んだ。
”――ガンダムッ!!”
一瞬、手が止まった。
馬鹿言え、と思った。この機体はゼータ・プラス。製造元はアナハイム・エレクトロニクスで、最新鋭の可変機だ。確かに白地で二ツ目で角があるが、
なのに『ガンダム』呼ばわりされる。何故だ? そもそも人は何をもってモビルスーツを『ガンダム』と呼ぶのだ?
「――今はっ!」
標的Fの殺意が『英雄』に向けて収束していくのが感じられた。惑いを振り払い、意識を戦闘に集中させる。
「あと一機、いけるかッ!?」
靄のように広がったまま押し寄せる殺意は、副砲である多砲塔ビーム砲を使うつもりだろうと『英雄』は判断した。
対応されている以上、ビグ・ザムの火線にノープランで挑むことはできない。故に、ここで打つ一手は、反応が確定する前に距離を詰め、死角となる主砲真正面からの一点集中。
――という『英雄』の青写真を、背後からの鋭利な殺意が切り裂いた。
「ちぃっ!!」
脳内で閃光が弾けるような感覚。握ったままだったサーベルを発振させ、振り返りざまに一閃する。いや、足りない。とっさに、靄のように覆い被さる『意識』に向けて、顔を覆うように左腕をかざす。
直後、左腕の盾(厳密には変形用補助具およびセンサーユニットの塊)から、無数の弾丸に抉られる衝撃が伝わってきた。
「ちっ――グフか!」
盾――ではないのだが便宜上盾と称する――越しに、空中をバーニヤを吹かしながらジグザグに離脱してゆく青い機体が見えた。
おそらくあれが、ダイクン派モビルスーツ部隊の隊長機だろう。『英雄』はビームガンで追撃を検討したが、背後のビグ・ザムから火線が迸るのを感じ、高度を落とした。
どうやら、奇襲はここまでらしい。ここからは、援護のグフの対応をしつつの真正面仕合になる。
「三機と半分、鈍ってるな。あの頃ならもう一つくらいは食えたぞ」
建物の遮蔽を飛び移りながら『英雄』は、『少尉』が聞けば噴飯もののぼやきを吐き出した。