或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0087 アデン(5)

 定員オーバーのド・ダイでは、土台TMSに追いつけるものではなく、自分達はだいぶ出遅れることになった。

 

「すげぇ、もうビグ・ザムが半分に減ってるぞ」

 

 基地防衛線の概況をいち早く観測した『信奉者(フリーク)』が、快哉半分、戦慄半分の声を上げた。彼のジムはカメラを破壊されているが、ド・ダイのカメラとリンクして代用している。

 

「だが、調子は悪そうだ。グフと、残りのドムはこっちに来てたか」

 

 『英雄』のゼータ・プラスは人型のまま地上を飛び回り、グフとビグ・ザムの砲を二組、そしてドム二機を相手にしていた。さすがにこの数が相手では、『英雄』も回避が手一杯のようだ。

 

 変形して離脱するのが最善手かと思われるが、それをしていないところをみると、変形機構のどこかを破損したと見るべきだろうか。

 

「ド・ダイがもうちょっと速けりゃ、合流される前に……!」

「文句があるならお前が降りろ『信奉者(フリーク)』。定員オーバーだ」

「生憎目をやられてるんでな。悪いが降りるのはお前だ、『少尉』」

「ちっ、あのグフ、恨み骨髄だな」

 

 メインカメラがなくとも、胴体他にあるサブカメラで外界を観測することはできる。しかしそれではどうしても測距や射撃の精度は出なくなる。不満はあるが、航空機向けセンサーを借りられるからには、ド・ダイを使うのは盲目の『信奉者(フリーク)』の方が合理的だ。

 

 ならばついでに背中のメガカノンも押し付けたいところだが、悲しいかなこいつはジムとは規格が合わないし、着脱している暇もない。

 

「仕方ない、突っ込む! 遅れるなよ『信奉者(フリーク)』!」

「了解……っ、こういう時、号令は上官じゃないか!?」

 

 苦情を黙殺し、ネモを飛翔させた。

 

 『英雄』のゼータ・プラスは、ビグ・ザム二機の砲撃をやり過ごしながら、グフとドム二機の連携攻撃を捌いている。

 

 攻勢に出られないもっとも大きな理由は、ビグ・ザムの砲撃だ。これだけ近距離のビーム砲だと、足を止めた途端に撃ち抜かれる。それを避けるためには、残党軍のモビルスーツと乱戦を形成し、同士討ちを誘発するのが手っ取り早い。

 

 しかし、それはつまり不用意に敵機を撃墜することもできず、離脱することも難しいということになる。正直、自分があの場にいても、三分持ちこたえられる気がしない。

 

 なので、状況を変える一手を撃ち込む。

 

 ビーム・カノンをフルチャージして、空中で姿勢を整える。残党軍もジムとネモの接近には気づいているだろうが、あちらも『英雄』を疎かにして雑魚に構う余裕はあるまい。

 

 付け入るなら、そこの迷いだが。さて、どちらを狙うべきか。

 

「『少尉』、ビグ・ザムを狙え!」

 

 レーザー通信で、『英雄』のオーダーが聞こえてきた。はて、あのでっかい蟹にはIフィールドがあるはずなのだが。

 

「大尉殿のお願いじゃ、やるしかないよな!」

 

 ビーム・カノンの照準を、とりあえず近場のモビルアーマーに合わせる。主砲ならともかく、副砲が相手なら射程はこちらのカノンが上だ。

 

 照準の向こうのビグ・ザムが、姿勢を揺るがせた。おそらくあのコクピットでは、騒々しくロックオン警報が鳴り響いていることだろう。

 

 トリガーを、引いた。コンデンサーから莫大な電力が引き出され、コイルが泣きわめく。ビームが自分から見て左手側のビグ・ザム(『英雄』機とのデータリンクによれば、標的A)に向けて迸り――予想通りIフィールドで弾けて散った。

 

「やっぱ効かないじゃないか――!」

「問題ない!」

 

 声が聞こえたときには、ゼータ・プラスが囲みを飛び出していた。標的Aの火線が緩んでできた隙をついた形だ。

 

 ビームを撃ち込んでいない方のビグ・ザム(標的Fらしい)が、ビーム砲を乱射する。しかし『英雄』は射線が見えているかのように光条の隙間をかいくぐり、砲撃の源へと疾駆する。

 

 当然、グフとドム二機がそれを許すわけもないが。

 

「おらおらおらおらっ!」

 

 ドムの背中めがけて、ド・ダイの上からビームライフルを撃ちまくる『信奉者(フリーク)』と。

 

 『英雄』の背中に追いすがるグフへと、自分がビーム・カノンを撃ち込み進路を塞ぐことで、包囲網は崩壊した。

 

 行く手を阻まれたグフが、お邪魔虫のネモに相対し、明確に殺気を滾らせる。

 

 さて、ここからが本番だ。ジオンの隊長機相手に、自分がどこまで粘れるか。

 

 自分は乾いた唇をぺろりと舐めた。

 

 

 

 

 『懐古趣味者(アナクロ)』は焦っていた。

 

 瞬く間に味方のビグ・ザム四機を戦闘不能に追いやった、恐るべき紅白のモビルスーツ。確かゼータと呼ばれるアナハイム・エレクトロニクスのモビルスーツだ。エゥーゴではガンダムと名付けられた同系機が活躍しているらしいし、彼らが目にすることこそなかったものの、キリマンジャロ攻略戦にも参加し、大型モビルアーマーを撃退して見せたと聞いている。

 

 紅白のカラバのモビルスーツということで、よもやの可能性も疑ったが、今のキャスバル・ダイクンは金色のモビルスーツを操っているはずである。恐るべき手並みは最強クラスのエースの気配を感じるが、幸いにして彼らの神輿たるジオンの継嗣という訳ではないらしい。

 

 だとすればこのパイロットは連邦の『英雄』――彼らジオンの最悪の宿敵と考えるべきだ。

 

 その最強の『英雄』を、あと一歩まで追い詰めた。ビグ・ザムの火力と彼のグフと指揮下のドムが合わされば、いかなあの連邦の悪魔といえど、仕留めることは十分に可能だったはずだ。

 

 ジオン風の機体を着込み、自分たちの機嫌を取っている連邦の『英雄』の姿を見れば溜飲も下がったが、実際にはー利用するだけ利用したあとは『ガンダム』を着込んで自分たちを排除しようとする。許しがたい。ここで確実に、仕留めておかなくてはならない。

 

 だが、たった一発の粒子砲によって、囲みが砕かれた。火線の緩みを的確にすり抜けた紅白のゼータは、変形こそ封じられたようではあるが、自在に空中を舞ってビグ・ザムの始末に向かっている。

 

 彼らのようなジオンのモビルスーツ風情を、『英雄』が相手をするまでもないとでも言うのか。

 

 『懐古趣味者(アナクロ)』は憤慨した。何としても、あの『英雄』には思い知らせてやらねばならぬ。しかし、その憤慨の行く手を、再びビームが迸って阻む。

 

 舌打ちし、機体を翻らせる。どうやら、先に仕留めるべきは、あの大砲持ちの緑色の雑兵のようだ。

 

 頭上を通過する、盲目のはずのジムを無視して、『懐古趣味者(アナクロ)』はグフを奔らせた。

 

 

 

 グフの機動力は元々高い。地上においては、陸戦強化型のザクよりも加速力に優れ、ドムをも瞬発力で大きく凌駕する。

 

 モビルスーツ戦において、等速直線運動は死を意味する。火器管制システムが、単純な動きは自動で補正して命中させてくるからだ。ミノフスキー電波攪乱の効果が弱い近距離戦では、いかにして敵機の上半身を動かさせ、自動照準機に計算のやり直しを強いるかが生存の鍵を握っている。

 

 グフはそういう『近距離での決闘』に特化した思想を持つ。連邦がモビルスーツを完成させ、それがビーム兵器を使用することまでは予測されていた。グフはそういう機体に対し、接近して攪乱し、ビームの使用を封じるのが役割の機体なのである。

 

 そしてもちろん、決闘ができるのであるから、ビームの抑止のみならず、そのまま相手を仕留めてしまっても一向に問題はない。

 

 だから、『懐古趣味者(アナクロ)』はグフの本懐である、ビーム使いを制圧にかかった。

 

 背中に装着したビーム・カノンを小刻みに射撃するカラバのMS(確かネモと言ったか。技術者がガルバルディの外装替え(リパッケージ)だと揶揄していたのを覚えている)に向けて、ステップ、ステップ、ジャンプ。

 

 長距離狙撃型のビーム・カノンは、小刻みに動く機体に当てるのは難しい。銃身がぶれるのを止めた瞬間に大きく動けば、概ね回避できる。ついでに無駄撃ちまでさせられれば僥倖だが、さすがにあのネモの乗り手は、そこまで素人ではないようだ。

 

 しかし、長物を使うが故の、機体の重さが仇になる。そして、この手塩にかけてチューンしたグフは、瞬発力においてはアナハイムのマラサイに比べても遜色ない(そもそもアレも口の悪い技術者曰く、アクトザクの外装替え(リパッケージ)である)。

 

 だから、視界内をジグザグに飛び回って照準を揺らしつつ距離を詰めれば、あっという間に彼我の距離は二百メートル……つまり腕のフィンガーバルカンの有効射程に――。

 

 視界を、濃緑の盾と、その真ん中のやけに鮮やかな黄色い飾りが、満たした。

 

「くっ!?」

 

 機体が激突し、グフが浮いた。ネモが接近戦に持ち込まれると見た瞬間、逆に距離を詰めたのだ。本体重量はグフの方がずっと重いはずだが、ビーム・カノンと盾を合わせれば、かろうじてネモの方が重くなる。グフが盾を手放した攻撃型の構成であることが災いした。

 

「舐める……なっ!」

 

 全身のバーニヤで姿勢制御。空中で機体を右に回転させ、その勢いでネモの左側に回り込む。盾を掻い潜り、フィンガーバルカンでカメラと手首関節の破壊を目指す。

 

 盾の裏側に、ビームの光が、見えた。

 

「――――ッ!!」

 

 スロットルを踏み込んだ。全身が予期せぬ急加速に軋む。それでも避けきれなかったビーム・サーベルの熱剣が、グフの胸部装甲を擦過する。胴体装甲にだけでも、流行りのビームコーティングを施していたのが幸いした。

 

 牽制にフィンガーバルカンを撒き散らしつつ距離を開くと、ネモはグフが盾を回り込んでくることを予測して、密かにサーベルを構えていたのだとわかった。ネモのサーベルが腰裏にマウントされているので、ビーム・カノンに隠れて抜いていた形だ。

 

「この、姑息な手ばかり上手い……!」

 

 こいつは厄介だ、と『懐古趣味者(アナクロ)』は歯噛みした。これは、おそらく単体ではさほど優秀なパイロットではない。しかし、落とされず踏みとどまることと、集団においての自分のロールを理解し、最大限の嫌がらせをすることに長けている。

 

 言ってしまえば、『懐古趣味者(アナクロ)』がこのネモに関わり、ゼータや先程のジムを無視している段階で、彼らは大きく勝ち点を失っているのだ。このネモは、そういう手合いである。

 

「隊長! ジムが、うわぁあ!?」

 

 後方から、指揮下のドムの悲鳴が聞こえた。レーダーを見ると、先ほど見逃したド・ダイのジムと配下のドム二機が交戦し、一機が撃破されたことが伺えた。

 

 確かに対空戦は、ドムにとってあまり得意とは言えない。ドムはあくまで対モビルスーツを主とした機体で、跳躍高度や武装の射程と速射精度はグフと同等、もしくはそれ以下だ。ド・ダイに対して地上からバズーカを撃っても、おそらく対地機銃かレーザーで迎撃されるだろう。(現代の迎撃火器は二秒も照準時間があれば砲弾を撃墜してしまう。そしてロケット弾は、おおよそ秒速1kmほどだ)

 

 だとしても、鈍重なド・ダイの上の、あまつさえメインカメラが潰れているはずのジムに、ドム二機が後れをとるとは。

 

 いや、そもそもダイクン派の手練れである三機のドムが、この二人を相手に瞬殺されたのだ。侮るべきではなかった。一刻も早くこのネモを仕留め、味方の支援に回らねばならぬ。

 

 ならば。『懐古趣味者(アナクロ)』は左腕のヒートロッドを起動した。

 

 同じ名前で熔断型やワイヤー型など多様な形態を持つ装備だが、このグフが装備するのはかつて『青い巨星』が使用したものと同型の、熔断型ヒートウィップである。

 

 違いは、ヒートソードやフィンガーバルカンとのコンビネーションを想定し、左手に装備していることだ。

 

 絡みついた対象を熔断するのに加え、熱と磁場により変質した装甲材を通じて強力な電流を流し込む機能がある。これが命中すれば、精密機器であるビーム・カノンは確実に無力化できる。

 

 欠点は、展開から予熱までの間に、ヒートロッドを使う意図を簡単に見抜かれるということだ。

 

 だからだろう、グフの左腕から銀色のメッシュパイプめいた鞭が伸びたのを見て、ネモは明らかに警戒体勢を取った。半身を退けたあたり、無意識にビーム・カノンを庇ったのだろうと思える。

 

 意図が通じる相手ならば、利用して仕掛けるのみ――『懐古趣味者(アナクロ)』がそう判断して機体を突っ込ませようとした瞬間。

 

 ビーム・カノンが火を噴き、直後に撃ったネモ自身が爆発した。

 

「なんっ……!?」

 

 とっさに機体を跳躍させ、迸るビームから身を翻した。そして、爆発の正体を探る。もうもうと吹き上がる噴煙で、ネモの機影が見えない。熱映像も、巻き上げられた砂がちの地盤でかき乱される。

 

 爆風は、携行型のグレネードによるものかと思えた。発砲とともに足下に投げつけ、爆風で土砂を巻き上げたのだろう。視界を塞ぎ、グフの接近を阻む算段か。

 

 ――小賢しい。そんなもの、『懐古趣味者(アナクロ)』くらいの腕利きとなれば、熱分布だけからでも位置を特定できる。盲目で切りつけるだけでもネモの一機斬り捨てるくらいは造作もない。『懐古趣味者(アナクロ)』はそう判断し、噴煙の中に機体を飛び込ませる――と思ったのだが。

 

 今度はネモが、二つに分かれて転がった。

 

(どういうことだ?)

 

 熱分布でしか姿を確認できないが、ネモが二つに分かれたのは間違いない。問題はどういう分かれかたをしたのかということだ。見たところ、部品はそれぞれそれなりの熱を持っている。盾を投げ捨てただけというわけではないようだ。

 

 ならば、どういう意図か。当然、攪乱であろう。どちらかに気を取られて動いた瞬間、カウンターを入れてくるつもりと考えられる。

 

 選択肢は三つ。右の、熱量が大きなものを攻撃するか。もしくは、左の塊を攻撃するか。あるいは相手にせず、距離を取って体勢を立て直すか。

 

 普通に考えれば、熱量が大きい方が本物だ。ネモが投げ捨てられるものといえば、盾と武器くらいのもの。だとすれば、機体そのものの方が当然ながら発熱は大きい。

 

 だが。先ほどまでこのネモは何をしていたか。()()()()()()()()()()()()()()()のではなかったか。

 

 だとすれば、熱量が大きい方が武器である可能性は高く、そして。

 

(どちらであれ、確実に仕留めれば損はない――!!)

 

 左の、熱量の小さい方の塊に向けて踏み込み、ヒートソードを叩きつける。

 

 途端に、左の塊が転がり、跳ね上がった。その先端が煙を切り裂き、ビームの光刃がグフの顎を掠める。なるほど、やはり熱を隠蔽して偽装していたか。オーバーヒートを覚悟して排熱を止めれば、一見機体の熱量を小さく見せることができる。

 

 まるで毒蛇の類いだ、と思った。かつて派兵されていた極東に、茂みに隠れて獲物に飛びかかる、打鞭めいた蛇がいたと聞いたことがある。この男の挙動は、『懐古趣味者(アナクロ)』にその蛇の振る舞いを想起させた。あれは確かホイップスネーク……あの地の種は確か鞭蛇(ハブ)と言ったか。

 

 しかし、蛇と言えば確かに蛇、所詮は獣の浅知恵である。ヒートロッドを伸ばしたままの左腕を突き出し、ネモの離脱を阻止。そのままフィンガーバルカンのトリガーを引き、ネモの頭部を吹き飛ばす。

 

 火花が散り、ネモの顔が吹き飛んだ。

 

(――違う!!)

 

 吹き飛んだのは顔ではなかった。おそらくは長距離狙撃用のマスク。古い暗視スコープめいたそれが身代わりとなって弾け飛び、下からネモの連邦MSめいた顔が露わになる。

 

 そして、一瞬動きの止まったグフの左手に、ネモの左手が組み付いた。半身で睨み合う形だ。この状態ではフィンガーバルカンは使用できないし、ヒートソードもビームサーベルによって牽制される。『懐古趣味者(アナクロ)』は古い海賊が、お互いの腕を綱で繋いで決闘をしたという逸話を思い出したが、だいたいそのような姿勢だ。

 

「離れてくれりゃ好都合だったんだけどなぁ!」

 

 組み合った腕を介したお肌の触れ合い回線で、搭乗者の叫びが聞こえてくる。なるほど、グフとの近接戦を避けるため、距離を開く工作をしていたということか。

 

 ならば、狙いが迂遠な上、詰めが甘い。

 

 最小限の手首の動きで、延ばしたままのヒートロッドがうねった。くるりと空中に弧を描き、ネモの左腕に絡みつく。即時に、スタンショックのトリガーを引く。

 

 瞬間、躊躇いなくネモの右手首が回転し、手にしたビームサーベルで自らの左手首を切り落とした。

 

 もちろん、組み合っていたグフのフィンガーバルカン、そして絡みついていたヒートロッドまでもが巻き込まれ、切断される。

 

(――この男!!)

 

 判断が早い。自分の左手首ひとつと、グフの手首と武器二つ。確かにネモとしては大黒字であるが、そうそう思い切れるものではない。

 

「しかしっ!」

 

 咄嗟に足が出た。バランスを取り戻すついでに右足で、ネモのサーベルを持つ手を蹴り上げる。とっさに手を引っ込めたおかげでマニピュレータの破損は免れたようだが、蹴り足がサーベルを捉え、光刃が宙を舞った。

 

 そこに、強制的にバーニヤで姿勢を安定させ、そのまま横薙ぎにヒートソードを叩きつける。

 

「――取った!」

 

 取れなかった。刃の軌跡からネモが消える。爪先立ちで両足のバーニヤだけを吹かし、後ろ向きに転倒して見せたのだ。

 

 相当の衝撃だったはずだが、ネモは委細構わずそのまま受け身をとり、グフの左手側で立ち上がる。

 

 つくづく頑丈な男である。不死身と呼ばれるジムパイロットは何人かいるらしいが、この男はそのどれかなのかも知れない。

 

 立ち上がるなり、ネモの機銃が火を噴いた。当然のように、モノアイを狙っている。顔を左腕で庇いつつ、『懐古趣味者(アナクロ)』はヒートソードを握り直す。

 

 武器を準備するため距離を取りたいのだろうが、許さない。一方的に武器を手にした有利を活かし、一気に勝負をつける。

 

 地面を蹴り、距離を詰める。ヒートソードを振り上げ、袈裟懸けにネモを切り捨てる。

 

 ――その瞬間、『懐古趣味者(アナクロ)』が振り上げたヒートソードが、ぐっと重くなった。

 

(――!?)

 

 見ると、ヒートソードに何かが絡まっていた。いや、見れば自明だ。鈍く銀色に輝く蛇腹。触手のようにうねるそれは、つい先ほどまでグフの腕にあったはずの、ヒートロッドの成れの果てである。

 

 ――ネモの腕に絡みついたままだったはずの、熱熔断兵器である。

 

「――しまった!」

 

 熔断型ヒートロッドは高熱で標的を焼き切る、構造的にはヒートソードと同じ熱武器である。つまり、その蛇腹は、ヒートソードの高熱を帯びても破壊されない耐熱性を持つ。

 

 それが、ヒートソードに絡みつけばどうなるか。熱では斬れず、剣に赤熱された蛇腹を引き剥がすこともできはしない。

 

 かくして、愛剣は棍棒まがいのなまくらに成り下がった。

 

 振り払えばいけるか、と思考する暇に、徒手空拳のネモが踏み込む。距離を詰め、グフの剣戟の間合いを殺す。

 

 武器もないのにどうする気なのか。その疑問の解答は、カメラいっぱいに映し出されたネモの手首断面であり。

 

「おのれ、毒蛇め――!!」

 

 次の瞬間、棍棒がわりに撃ち込まれたネモの左腕によって、『懐古趣味者(アナクロ)』のグフの頭部は粉砕された。

 

 




■不死身と呼ばれるジムパイロット

 不死身の第四小隊など、同じジムを扱っていながら生還力がやけに高いパイロットというのはいるものである。
 多くの場合はチームワークで損害をフォローした結果であったり、機体特性を熟知しているがゆえにダメージコントロールに優れていたケースが考えられるが、ネメシス隊のゾンビー・ジムなどは単純に本人のタフネスのみに頼っていたと言われる。
 なお、『少尉』の場合はだいたい『英雄』によるハードウェアへの講釈と、現在ではほぼ最長クラスのモビルスーツ搭乗経験に依る。

■ヒートロッド

 元々は溶断兵器として開発されたが、モビルスーツが手斧を標的に命中させるだけのデクスタリティを獲得した結果、より扱いやすいヒートホークやヒートソードによって代替され、用済みとなった。
 しかし今度は装甲表面の状態を熱により変化させ、電流を電子回路に流し込みスタンさせる用途が開拓された。グフでの使用はこれを主に想定しており、後のB3型で知られるタイプはワイヤーによる拘束とスタンショックのみに用途を絞り込んだ。
 なお、アッグガイがヒートロッドを使用するのは、主に狭隘地における格闘戦と、岩盤の溶断破砕が目的であったと考えられる。
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