一発目のビームによって、ビグ・ザム標的Aの『意識』が乱れ、『英雄』は包囲を飛び出した。
ビグ・ザムの砲撃は脅威ではあるが、一機であれば攻撃を仕掛ける人間が一人であるため、対処はできなくもない(『英雄』の基準での話であるが)。包囲を飛び出したゼータ・プラスの頭を押さえるべくビームが乱射されるが、その隙間を縫うようにして『英雄』は標的Fに肉薄した。
ビグ・ザム一機と接近戦になれば、もう一機からの砲撃はもちろん、ドムやグフによる攻撃も控えざるを得なくなる――そう推測していたのだが。
ビグ・ザム標的Fのコクピットを狙い、左右のバズーカを構えた瞬間、『英雄』の背筋を殺意がぞわりと撫でた。
(――来る!)
反射的に変形しようとして、グフの指バルカンで変形用シールドが破損したことを思い出す。まったく、腕利きのグフはいつでも厄介だ。とっさに機体の身を翻すが、一瞬の遅れでビームが右手のクレイ・バズーカを捉えた。
ぐにゃりと溶解したバズを投げ捨てる向こうで、メガ粒子砲の飛沫が、標的FのIフィールド表面でばちばちと弾ける。標的Aの仕業だ。単体の威力が知れている、そしてIフィールドに守られているとは言え、味方を巻き込んで撃つとは割り切ったものだ。
だが、その割り切りは功を奏したと言わざるを得ない。『英雄』のゼータ・プラスの装備は、もはや対装甲には不向きな炸裂弾頭のクレイ・バズーカと、酷使によりそろそろ動作の怪しいビームサーベルだけだ。相手がMAとなれば、威力に乏しい頭部機銃と腰のビームガンは数に入れなくてよかろう。
さて、どう攻めるか。標的Aは体勢を立て直したし、副砲がIフィールドで弾ける確証が得られた以上、標的Fが遠慮する理由はない。つまり、ビグ・ザム二機の砲撃に警戒しながら、それぞれに白兵戦を仕掛けなくてはならない。
少々厄介だ、と思った瞬間、背後からのビームが標的Fの表面で弾けた。
ビームの色と気配で、『少尉』によるものとわかった。そして気配から意図までを読み取れたが故に、『英雄』は即座に行動を起こしたのだ。
Iフィールドに負荷がかかった瞬間、標的Aにためらいが生じた。Iフィールドも無敵ではない。出力が低下した瞬間にビームを撃ち込んで、万が一にも味方を破壊してしまったら? ――そんなところだろうか。
そしてビームを撃ち込まれた標的Fも動揺しているとなれば、『英雄』にとっては無防備に等しい。
だから、ゼータ・プラスは跳躍した。さすがに先程までの高機動は発揮できないが、そこは腐ってもゼータであり、『英雄』はこの倍近くの重量の機体で空中戦を演じたこともある。苦し紛れの標的Fの迎撃を難なくやり過ごし、蟹めいたその頭上に舞い降りる。
そしてサーベルを突き立て、切り裂いて、そこにクレイ・バズーカの先端をねじ込んだ。
自動射撃モードを設定した上で、だ。
――果たして、飛び退いたゼータ・プラスの影を飲み込むように、装甲の内側で榴弾が炸裂し、バズーカ諸共標的Fの上半分が吹き飛んだ。
背後で、複数の爆発音。CG合成の破壊音は敵味方のそれに変化を加えており、音だけで爆発音がダイクン派MSであることを判断できる。
だから『英雄』は、バズーカすら失った徒手空拳のままで標的Aへと疾駆した。
「中尉! 落とせ!!」
それだけを指示して。
そして、指示したからには場を整えねばならぬ。標的Aの連装メガ粒子砲が光を撒き散らすのを、一発、二発と身を翻して掻い潜った瞬間、ゼータ・プラスの右脚が悲鳴を上げた。
警告内容はバーニヤのオーバーロード。『英雄』の無理な噴射と、先程機体を掠めたビームの影響で、噴射装置に異常が発生したようだ。やはり、『英雄』の動きに追従するには、機体の最適化が足りない。
「ちぃっ、無理が祟ったか!」
止まるほどではない。止まるわけにはいかない。三発目、四発目、回避はできる。しかし五発目、一瞬の沈黙を経てチャージされるそのビームは。
「主砲……! Iフィールドを切ったか!」
本来出力不足で併用できないはずの、機体中枢のメガ粒子砲が煌めいていた。『英雄』は見てもいないが、OSが警報と砲撃予測範囲を示す。
左に飛べば、おそらく回避はできる。右は足の不具合があるので怪しい。真っ直ぐ跳ぼうと思うと、左右のバランスが狂っているのは致命的だ。おそらく、ビームをやり過ごすには高度が足りない。
だが、それを承知で『英雄』は、真っ直ぐに機体を走らせた。標的Aのビームが光で満たされた瞬間跳躍し、左右の足を縦一列に並ぶようにしてモーメントを揃え、両足のバーニヤを全開で噴射する。
ビームが、迸った。
『英雄』の頭上、ド・ダイの上から、ジムⅡのビームライフルが。
「大尉!」
「それでいい!」
それはIフィールドを手放したビグ・ザムの分厚い装甲で弾かれたものの、生じた揺らぎで照準がわずかに下がり。
そこでようやく解き放たれたビグ・ザムのビームが、アデンの荒野を白く染める。
(――ここだ!)
『英雄』は『Z』と描かれたレバーを引いた。変形シーケンスが起動し、前方に盾を――変形時には機首となる部品を放り出す。
そこで、強制的にレバーを戻す。機体を前方に加速し、ちょうど盾を踏みしめる形になる。
ビグ・ザムのビームが、盾をかすめた。
メガ粒子はプラズマ化した重金属の塊だ。それを受け止めた盾には、ビームコートによってちょうど浮力に似た反作用が生まれる。
もちろん、ゼータ・プラスのそれは『盾の形をしているだけのセンサーユニット』であるという問題もあり、長く耐えられるものではないのだが――。
『英雄』にとってはその一瞬で十分だった。
エネルギーを受け溶解する盾をあとに、さらに高く跳躍するゼータ・プラス。
それが手を伸ばすと、クレイ・バズーカが飛び込んできた。
上を飛行するド・ダイのジムが上下反転し、機体に乗せていたバズーカを落としたのだ。
そして、ゼータ・プラスは無防備になったビグ・ザムの頭上に着地して。
あとは語るまでもあるまい。
*
「やれやれ、なんとかなったか」
棍棒に使われ、手首はもちろん肘の関節までが再起不能になった愛機の左腕を眺め、自分は深々と息を吐き出した。
視線の先では、ド・ダイの上で『
ビグ・ザムは六機全てが沈黙した。ドムは二機とも『
機体の鹵獲を忌避しつつ、パイロットを回収したという流れだろう。仕留め損ったのが後に祟らなければいいのだが、今はとやかく言っても仕方がない。
「おい、『毒蛇』。グフはどうなった?」
ド・ダイを降下させながらの、『
「どうやら逃げられた。奇襲の手管といい、思い切りのいい奴だな」
「そうか、近くにいないならいいんだが、あのニンジャ・グフめ」
油断ならねぇ、とライフルを左右に振りながら吐き捨てる。『
かのグフは、おそらくは昔遭遇したイフリート・ナハトに近いステルス性能を持つ、あるいは小手先の細工によってその機能を再現していたのだろう。故に距離を詰めるのが得意であるし、そして現在においても、近距離の土俵でグフに勝てる機体はそう多くない。なかなかタチの悪い組み合わせと言えるだろう。
「――で、なんでお前『毒蛇』なんだ、『少尉』?」
そこまで言われて、自分が妙な渾名で呼ばれていることに気がついた。はて、あれは無指向性通信でぶちまけられたのか。道理で格闘戦の真っ最中に聞こえたわけである。
「知らん、あのグフが勝手に言ってたことだ」
言うに事欠いてサタンの使いとは、とっさの悪口としては人聞きの悪いことだ。わざわざネモで肩を竦めて見せると、通信に手持ち無沙汰であろう『英雄』が割り込んできた。
「まあ気持ちはわからんでもない。『少尉』の相手は蛇に噛みつかれてる気分にはなる」
「ああ、わかります大尉。こいつとにかくしぶとくて、隙を見せるとちくちく武器とか足を削って来ますからね」
上官達が揃いも揃って酷い評価である。こちとらどうにか頭を絞って非才の身で食い下がっているというのに。
「そういえばお前パーソナルマークもなかったろ。今度でっかい蛇でも書いてやろうか」
「マムシはどうだ? 俺の故郷では有名な武将の二つ名でもあった奴だが」
「俺はそっち見たことないんですよ。わかりやすくコブラとかどうです」
「普通にジオンのエースパイロットにいそうだな……」
当人の意見は慮外で盛り上がる上官二人を余所に、自分はため息混じりで周囲を見回した。
被害は市街地と基地の居住施設、そして防衛隊に集中しているようだった。幸い――などとは口が裂けても言えないが、打ち上げ施設には、おそらく深刻なダメージはない。
遠くで、消防隊が走り回るサイレンが聞こえる。
これまでは出動したくてもできなかったのだろう。面目躍如とばかりに火中に飛び込み、消火剤をぶちまけている。元凶も駆逐されたことだし、これ以上災禍が広がることもあるまい。
しかし、打ち上げ基地をモビルアーマー六機が襲撃し、焼き払うなど、空前の大惨事である。
しかもそれをやったのが、ジオン公国の残党(厳密には旧ジオン共和国らしいが、そうするとさらに厄介)である。この光景を見れば、ティターンズの存在意義そのものは正しかったと言わざるを得ない。
まったく、どうにかできたからいいようなものの。例えば一年戦争中、ドズル・ザビのビグ・ザムが出撃してから数分の間に、どれだけの犠牲が出たのだったか。
「いや、そもそもおかしいだろ、あれだけのモビルアーマー部隊を犠牲なしで殲滅とか」
加えて言うなら、ほぼ単騎で、である。多少のヘルプは入れたものの、基本的には『英雄』のゼータ・プラス一機の仕業だ。
これまでも『英雄』の恐るべき技量を目にすることはあったが、今回は極めつけだ。連邦軍ならかなり上位の勲章ものである。カラバに勲章制度がないなら報奨金にでもなるのだろうか。どうであれ、『館長』が頭を抱えることになるだろう。
「それにしてももの凄いですね、大尉。今回だけでモビルアーマー六機ですか?」
「まあ、性能は知っていたし、前の時の反省で対策も考えていたからな。上手くいってよかった。中尉もドム四機か?」
通信越しに、『
その感想は、恐らく自分だけのものではないだろう。『英雄』が恐ろしいことを再確認した世界が、どんな反応を見せるか。
ティターンズは、恐らくは間もなく滅ぶ。ダカールの演説で行いを暴露された以上、連邦はどんな手を使ってもティターンズを切り離すだろう。過程はどうあれ、結論は変わらない。
だが、ティターンズは必要だ。より正確には、ティターンズの役割を持つ何者かが必要なのだ。
そして、それを果たせるのは誰か。極秘裏にモビルアーマーまで量産して抱えているような集団を、確実に駆逐せしめる抑止力とは。
「――俺達、だよな」
厳密には、自分たちカラバとエゥーゴである。
反連邦を旗印に集まったその組織を取り込み、首輪を付けて飼い慣らす。そしてそれをして、新たに勃興する反連邦の芽を摘ませる。それが連邦にとっての最適解であろうし……。
ティターンズを自ら浄化する力を持たなかった連邦には、他に打てる手がないのだ。
だから、途中経過はどうあれ、自分達はティターンズへの憎悪が焼き付いた世界で、ティターンズの役割を強いられる。特に『英雄』は、その最先鋒に据えられるであろうから、彼に付き従う限り、自分たちに待っているのは世界で最も苛烈な戦場だろう。
行き着く先は、宇宙最悪の最前線。長生きできるはずもない。賢く生きるなら、最低このティターンズ絡みが終わり、カラバが連邦に取り込まれ、戦争犯罪的な話が有耶無耶になった瞬間に雲隠れするのが正しいのだろう。
だが。
「では、中尉と先に戻っている。悪いな『少尉』、後を頼む」
『
夕映えに照らされる、白いマシン。『ガンダム』ではない、しかしそれ以外の何者でもない『英雄』の乗騎。
アウドムラを目指して飛び立つそれは、白く、赤く、たまらなく美しく見えた。
「ああ、まぁ……あんなムチャクチャな奴を見てられるなら、なぁ」
辟易を極めたあとに、決まってやってくる台無しの結論。そう、結局これなのだ。
連邦最強の『英雄』が、その能力を遺憾なく発揮してやらかす事件の数々。それを下支えし、特等席で眺められるのは、命を懸けるに値する特権ではなかろうか。
(大概だよな、俺自身も)
こんな有様で、『
「さて、と。それじゃ、いつものお仕事と洒落込みますか」
いつもの、『英雄』の尻拭い。戦場の後始末。救護活動の支援。やることは無尽蔵にある。
不思議なほどに瞳に焼き付いた、白と赤の肖像を苦笑で打ち消して。
自分のネモは、夕日の中に消えていくド・ダイの機影に背を向けた。
■Zレバー
この時期のゼータ計画機の変形モードシフトレバーに採用されたデザイン。瞬間的な判断が要求されるため、わかりやすさ優先のデザインになっている。
後継機であるダブルゼータではZZと描かれていたが、その後のスペリオルではS、もしくはZZZと描かれていたのだろうか。可変機の急速な衰退もあり、後にはっきりとした記録は残っていない。
■爆発音
モビルスーツ識別音と同じく、実際の音にOSに設定された音が合成される。宇宙では基本音が伝わらないこと、地上でも生音をそのまま通すと衝撃音などが鼓膜を破壊するなどを引き起こすおそれがあるため、基本的に外界の音は衝撃波共々遮断され、合成音に変換されている。
味方の撃墜は敵機のそれよりも重大な情報であるため、爆発音などは意識的に特徴的な音が採用される。
ある時期の試作機には、わかりやすさ優先で『ティウンティウン』などのくせのある電子音が採用されたものがあったが、乱戦で神経に障る音が鳴り続けるのが甚だ不評であり、すぐに刷新された。