或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0093 フォン・ブラウン(3) 

「コロンブス、こちらインディア4、減速して迎撃する。そっちは全速力で振り切れ!」

『ちょっと、少尉!?』

「相手はジオンのモビルアーマーだ! なんとか時間を稼ぐから、とにかく逃げろ!」

 

 通信を切断し、ベース・ジャバーをスイングさせる。主艦隊へのモーメントは維持しつつ、後方から追撃してくる物体を迎撃するには、ほどほどに減速して会敵を早めるしかない。

 

 しかし、減速するということは、相手に鈍重な機体を晒すということだ。それはつまり……MAのような大型メガ粒子砲を持つマシンを相手にする場合、いいカモにされるということでもある。

 

 果たして、即座にロックオン警報が鳴り響いた。

 

「そりゃ、そう来るよな!!」

 

 ベース・ジャバーを射線方向に蹴り飛ばし、同時にブースターシールドに点火する。強烈なGが全身を押し潰すが、構ってはいられない。MAにロックオンされたからには、当然メガ粒子砲が飛んでくる。

 

 果たして、視界の半分がぱっと光に覆われ、続いて直撃を受けたベース・ジャバーが爆発する合成音が聞こえてから、最後に爆発の衝撃波が機体を揺らした。すっぽ抜けそうになるアームレイカーを必死に握りしめ、インメルマンターンの要領で機体を転回させる。

 

 果たして、元の軌道に戻る寸前、目の前をモスグリーンの蟹のような鳥の頭のような、珍妙な戦闘機が通過していった。

 

 見間違えるはずもない。かつてのア・バオア・クーでの戦いで、自分のジムを半壊させていった、ジオンのモビルアーマー『ビグロ』だ。

 

「ええいクソ、なんでビグロなんだよ! 一年戦争期の骨董品だぞ!?」

 

 ブースターシールドを左腕に付け替え、機体を加速した。

 

 ビグロは一年戦争終盤にジオン公国が戦線に投入した、高機動型モビルアーマーだ。ほかの著名なMA(ビグ・ザムとか、ジオングとか)がほぼワンオフでしか生産されていないこともあって、現場においてジオンのMAといえば、だいたい水中用のグラブロか、このビグロのどちらかを指す。

 

 ビグロの長所は、その大推力を活かした一撃離脱戦術だ。その速力は一般のモビルスーツや艦船の追従を許さない。かのアムロ・レイのRX-78ガンダムですら、互角に戦うのにガンダムの脚部を高機動ユニットに交換する必要があったと聞いている。

 

 つまり、全速力でコロンブスが逃げたとしても、このMAが相手ではまず逃げきれないということだ。

 

「くそ、追いつけるか……!?」

 

 ジムのブースターシールドを全開で噴射させた。こちらが高機動仕様の重装ジムだったことだけは、幸運だったと言えるだろう。この機体のコンセプトは、言ってしまえばあのMAとほぼ同じだ。つまり、ビグロの加速にこのジムが追従可能だということになる……あちらがカタログ通りの性能であれば。

 

 幸い、程なくして彼我の距離は縮まってきた。ビグロの尻目掛けてメガビームライフルの照準を合わせると、ガンカメラがビグロの姿を拡大し、その細部が明らかになる。

 

 基本的には一年戦争の骨董品のようだが、長距離移動のためだろうか、大型のプロペラントタンクが追加されている。さらに、記憶によれば機体側面に一対のクローアームが取り付けられているはずだが、どうも形状がおかしい。クローアームであるはずの腕先は機体背後、つまりはこちらに向いているはずなのだが、そこには爪はない。赤く角張った屈強な腕の先に、何やら筒がサイコロの五の目のように並んでいるように見える。

 

「コロンブス、敵機の形状がデータと違うぞ」

『こちらでも確認! 基本はMA-05ですが、両腕が見たことのないものに変わってます! なんだあれ、サイコ・ガンダムの奴に似てるけど……』

「具体的には!!」

『指が全部メガ粒子砲です!』

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 信じたくない話だったが、五条のビームが空間を縦横に切り裂いては認めざるを得ない。ビグロもどきの右腕がわきわきと蠢き、ビームを撒き散らしたのだと理解するのと、メガビームライフルのトリガーを引くのと回避運動を取るのはほぼ同時。

 

 ジムのライフルが火を吹き、メガ粒子が迸る。ビグロの指ビームが空間を切り裂くが、出力ではこちらが上だったらしく、衝突したビームは全てこちらのものに飲み込まれ、消える。飛び散った飛沫のいくつかが回避したジムを捉えるが、こちらはブースターシールドのビームコートに弾かれた。なるほど、これなら裏に推進剤があっても大丈夫そうだ。

 

 だが問題は、こちらが放ったビームの行く末である。回避運動を取らないビグロは、その機体の尻にビームの直撃を受けるかと思われたが、左腕の指が光ったかと思うと、メガ粒子の塊が破裂し、千々に飛び散ってしまった。

 

「くそっ、当たったはずだろ! 今のIフィールドか!?」

『おそらく指先のメガ粒子砲のフィールドを束ねて盾にしてます! 多分あの指、ファンネルと同じ原理で動かしてますよ! 畜生、積層干渉フィールドはこっちの特許だぞ!』

「知るか! ファンネルならそう長くは使えないよな!?」

『見た感じサイコ・ガンダムと同じだから、ジェネレータから都度動力を供給されてるはずです。動力切れは期待しない方がいいかも!』

「絶望的なコメントどーも!!」

 

 慇懃な悪態を吐き捨てつつ、ライフルの射撃を繰り返す。効かないのは承知だが、Iフィールドをこちらに向けておかないと、機体正面のメガ粒子砲がコロンブスに向けて撃たれてしまうからだ。ビグ・ザムくらいの大型機ならともかく、ビグロ程度のMAだと、主砲とIフィールドの両立は困難なはず、という希望的観測であるが……。

 

「やはり元が旧式ならっ!」

 

 ビグロの反応を見る限り、こちらの想像は概ね正鵠を得ているようだった。あちらの目的はコロンブスの撃沈であろうから(そりゃいくら遭遇戦でも、普通はMS一機よりは輸送艇を狙う)、コロンブスに追いつけるよう加速し続けなくてはならない。

 

 しかし推進とIフィールド、そして主砲を同時に運用するには、莫大なジェネレータ出力が必要だ。今時の新型ジェネレータならあるいは可能かもしれないが、ビグロの駆体に突っ込むには、いささかコストがかかりすぎた、というところか。

 

 そう考えると、あのビグロのジオング紛いの両腕も、本来は別のMA(それこそ新型のジオングとか)に搭載する予定のものを、無理やり取り付けてあるものではないか。そう考えれば、本体と装備の世代のちぐはぐさも納得がいく……もちろん推測に過ぎないが。

 

「お互い、やっつけ仕事で辛いところだなッ!」

 

 同情はしなくもないが、弱みを見つけたなら、そこに食いつくのが戦いというものだ。

 

 接近するジムに、ビグロは尻を向けたまま右手の指ビームで迎撃してくる。もちろん、左腕はIフィールドを展開したままだ。こちらが大火力のメガ粒子砲を持っているとわかれば、そしてそれをフィールドで防げるとわかれば、盾を手放すオプションは選びづらいだろう。

 

 ここで、ビグロは明らかに戦術を間違えた。自分のジムを排除するつもりならこちらに、コロンブスを沈めるつもりならそちらに全力を注ぐべきだったのだ。

 

 あるいは、こちらの機体をジムと侮ったのかもしれない。実際、普通のジムⅢと最新装備のビグロならば、ほぼビグロの圧勝で終わったろう。

 しかし、こちらは宇宙世紀最速のジム(暫定推測)である。そして更には……。

 

「ロンド・ベルのMSにゃ、全機にアムロさんの対NTマニューバが書き込まれてんだよ!」

 

 モードスイッチを、対サイコミュ戦術に切り替えた。

 

 モニターの向こうから、ビグロの指ビームがまき散らされる。普通であれば、このビームの雨を回避するのは困難だろう。そして一発が急所に当たれば、あとは残りのビームが集束して機体を完全に破壊する。それがオールレンジ攻撃の恐ろしさだ。

 

『サイコミュ兵器のオールレンジ攻撃というのは、事実上複数相手の戦闘を強いることで、パイロットの対応力を飽和させるものだ』

 

 アムロ・レイのレクチャーが、耳朶に甦る。

 

『一方で、オールレンジ攻撃をする側も、複数の装備を同時に制御しているため、莫大な集中力が必要だ。そのためサイコミュを使用しているパイロットは、近接戦に集中力を割きづらい。基本的に若者が多いこともあって、割と簡単なフェイントに引っかかるし、突発的な状況変化に対応できない傾向がある』

 

 シールドでビームを受け止める。大型で推進剤タンクを抱えたブースターシールドの対ビームコートは、ダブルゼータガンダムに使用されていたものよりも更に強力だ。もちろん火線を集中されればいずれ貫通されるものであり、実際ビグロは命中したとみて指ビームを一斉に集束させてくる。

 

 その瞬間、スロットルをまとめて一気に押し込んだ。

 

「グッ……!!」

 

 両足、尻、背中、そして盾を総動員した突撃だ。急加速で息が詰まった。ジムがシールドを文字通り盾にして、一気にビグロの尻に肉薄する。

 

 殺気を読まれないよう、システムが勝手にランダムに軌道を修正し、指ビームの集束を許さない。一般的にサイコミュ兵器のビームは、威力そのものはそう強いものではない。長時間の照射、もしくは急所を狙われなければ、装甲のビームコートでかなりの割合まで凌ぐことができる。

 

 牽制にシールドに搭載された小型ビームガンを発射しつつ、目指すは怪しく光る左の掌――Iフィールドジェネレータ。  

 

 ビグロもこちらの意図に気づいたのか、機体を加速してジムを振り切りにかかる。しかし、Iフィールドと指ビームを併用しながらでは、最大加速を出すことはできない。そして最大加速でなければ、史上最速のジム(暫定)を振り切ることはできない。ジグザグの軌跡を描きながら、ビグロとジムが宇宙を駆ける。

 

『なので、対サイコミュ戦術は、相手が集中しているフィールドを振り切り、戦術の変更を強いてパイロットを飽和させることが基本になる。ビット型のものならダミーバルーンで惑わせた上で焦点から離脱するなどが有効だし……』

 

 MAが肉眼で見えるくらいまで肉薄したところで、メガビームライフルのエネルギーをこれ見よがしに最大出力でチャージ。ビグロのIフィールドが起動したのを見届けて、発射。メガ粒子がフィールドで拡散され、ビームコンフューズが発生する。

 

『素手での格闘戦や武器の誘爆など、相手が全く予想しない、リスクの高い行動を取るのも有効だ』

「そんなんできるのぁ、あんただけですよ!」

 

 レクチャーの最中、その場にいたパイロット全員の内心を、改めて叫んだ。

 

 ビームコンフューズの光を隠れ蓑に、メガビームライフルの砲身を、Iフィールドジェネレータであるビグロの左腕に向けて突き込みながら。

 

 メガビームライフルは、メガ粒子タンクの塊だ。それを限界までチャージし活性化させた状態で崩壊させたら、どうなるか。

 

 ――当然、爆発だ。

 

 こちらは特大のシールドでビームのハレーションを防ぎつつ、わずかに機体の軌道を逸らす。狙いは、ビグロの腹だ。懐に飛び込めさえすれば、サーベルでも機銃でもミサイルでも、やれる手はいくらでもある。

 

 瞬間、『ブッピガン』が鳴り響いた。

 

「がふっ!?」

 

 横殴りの衝撃に減速が合わさり、全身が打ちのめされる。急速に転回したビグロの右腕が、盾を強引に掴んだのだ。そういえば、ビグロの旋回性能は極めて高いと聞いたことがある。

 

 旋回のトルクと見た目以上の握力で、赤い指が盾を軋ませ、歪ませ、貫く。舌を噛んでしまったおかげで意識は保持されたが、口の中に鉄錆の味が広がる。

 

 口元から漏れた血がメットのクリーナーに吸い込まれていく向こうで、盾を貫通したビグロの指が、メガ粒子を蓄えているのが、見えた。

 

「――――――ッ、らぁぁぁぁぁ!」

 

 スロットル全開に加え、フットレバーをまとめて蹴り飛ばし、強引に機体を加速させた。盾のブースターはもう制御が効かないので無視。先程の急制動とこの急加速で、元々壊れることが保証されていたジョイントが弾け、ブースターシールドがもげる。束縛から解放されたことで、蓄えられた運動エネルギーで機体が弾かれて、くるくる回転してビグロから離脱する。

 

 そして遠心分離よろしく掻き回される視界が捉えるのは、ビグロの指が食い込んだ、無防備な推進剤の塊。

 

 まったく意識をしなかった。トリガーを引こうとも思えなかった。ただ(今撃てばいけるな)とだけ思考が閃いた。

 

 何故か脳裏で『チューナー』が煌めく姿が浮かび上がって。

 

 ――HWSの強化装甲に仕込まれたミサイルランチャーが、一斉に火を噴いた。

 

 三度目の大爆発。

 

 ビグロはもちろん、ジムの機体も回転したまま炎に飲み込まれ、自分の意識はぷっつりとそこで刈り取られた。

 





▼RGM-86RE[HWS-B] ジムⅢHWS(プランB)

 ロンド・ベルでHWS装備のテストベッドとして運用されたジムⅢ。機体そのものはジムⅡの改修機であるが、ジェネレータなどはヌーベルGMⅢ相当のものに換装されており、バックパックもガンダムMk-Ⅱのものと同規格。その気になればGディフェンサーの装備も可能であり、さらにシールドブースターの装備も可能。

 ティターンズTR計画部隊技術班を吸収したフォン・ブラウン工廠で、手足をνガンダム相当に延長するエキスパンダーが装着されており、これによりHWSの運用が可能となる。

 加速力についてはジム系最速と搭乗者は自負しているが、HWSプランBのシールドブースター(ヘイズルの技術の流用。制御系はほぼヘイズルで培われたドライバを使用している)は確かに高性能であり、その後にジムシリーズの発展機が存在しないこともあって、確かに史上最速のジムである。

 HWS装備にはサイコスイッチ機能が導入されており、パイロットのサイコミュによって自動的に推力と兵装の運用が可能。しかしテスト段階ではそれらの機能はすべてオミットされており、搭乗者のニュータイプ適正のなさもあって、ただの回路の無駄に終わっている、はずだった。


▼MA-05NP サイコ・ビグロ(仮)

 ジオン公国モビルアーマー『ビグロ』の改修機。ア・バオア・クーで残存した機体をネオ・ジオンが入手したが、いささか旧式化していたこと、隠密作戦に不向きであったことから使用されることなくお蔵入りになっていた。

 実は、ジムⅢパイロットがア・バオア・クーで遭遇し、機体を破壊された相手と完全に同一機体。

 破損していた両腕のかわりに、試験段階で期待する出力が確保できずにお蔵入りした『αアジールの腕』が取り付けられており、サイコミュ制御のIフィールドと拡散メガ粒子砲を使用する。この装備で得られたデータをもとに、のちのネオ・ジオングが製作されている。(この装備が完成しなかったこともあり、αアジールはネオ・ジオングになり損ねた)

 基本スペックは一年戦争当時のそれと変化はなく、サイコミュ対応のための小改造が施されているのみ。長距離輸送を目的とし、大型プロペラントを追加している。

 指は一応インコムとして射出も可能だが、ビグロの高機動戦闘と相性が悪く、もっぱら腕に固定したまま使用された。

 腕の開発とビグロの改装主任はアルレット・アルマージュであり、サイコミュ適正のない彼女が運用できるように有線式サイコミュの技術を取り込まれている。ファンネル適正がなかったと思われるフル・フロンタルがネオ・ジオングでこれが使用できたのも、彼女の基礎プログラムの影響があったのかもしれない。

 ジムⅢHWSとの遭遇時の操縦者は不明だが、まさにこの腕をシャアに届けることを目的とした出撃ゆえの遭遇戦であり、戦力外であり、かつ機体を熟知していたアルレットが搭乗していた可能性がある。
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