或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0100 ズムシティ

 久々の半舷休暇は、サイド3・ズムシティだった。

 

 ここに来たのは第二次ネオ・ジオン戦役以来だろうか。あの頃、シャア・アズナブルの影を追って、あらゆるサイドを飛び回ったのを覚えている。

 

「なんだか、空気が変わったな」

 

 そう感じたのは、自分の気のせいではないだろう。

 

 悪目立ちしていた旧公国公邸(そう言えば噂に反して結局変形しなかった)の毒々しさが薄れた気がするし、独特な緊張感のあった住人達の顔からも、何かさっぱりしたような、あるいは諦めたような感情が見え隠れしている。

 

 そして何より大きいのは、公邸近くの展示場に浮かぶ数多くのバルーン。そして白い木馬を思わせるオブジェと、玄関先に立つ真っ赤なRX-77『ガンキャノン』だろう。かつてのジオン公国のお膝元、しかも公邸付近にV作戦機など、二十年前なら考えられなかったことである。

 

 それは、終戦二十年、そして宇宙世紀百年を記念して開催された企画展、『一年戦争展』だった。

 

 比較的新しい戦争のこと、そして機密兵器に関わる要件が多いため情報が秘匿されてきた一年戦争が、この展示会で初めて公の記録として衆目に詳らかにされたのだ。

 

 敗戦国であるサイド3(なお新年とともに自治権が返還されたため、ジオン共和国という名称も消滅した)で開催されたということで、何かと一悶着もあったと聞く。

 

 現在ではそれも概ね解決し、他のサイドや地球からの観光客も訪れるようになっているらしい。

 

 その会期もまもなく終了する今になり、ようやく自分はその展示会の門を潜ったのだ。

 

 

 

 

 会場を、歩く。

 

 展示場は、連邦サイド、ジオンサイドで展示物が区切られ、実物のモビルスーツもいくつか展示されている。

 

 話に聞くところによると、ケープ・カナベラルの『館長(ディレクター)』(既に彼は故人だが)のモビルスーツ博物館からも展示品が来ているらしい。

 

 そういえば、パンフレットに見覚えのあるモビルワーカーっぽい奴が展示されていた気もする。後継機で上下半身分離機構が検討されていたはずだが、あれは結局どうなったのだったか。

 

 興味がないわけではないが、今日の目的はこういうものではない。

 

 今回の目的地は、主にホワイトベース隊……つまりは第十三独立部隊(Indipendent Team 13)に関するブース。その奥地だ。余談ながら、今自分が所属している部隊もまた、ロンド・ベル改め第十三独立部隊(Indipendent Team 13)である。

 

 復元されたRX-78のコア・ファイターや、ペガサス級強襲揚陸艦『ホワイトベース』の乗組員を中心とした展示の数々の隙間を縫って、目的地に向かう。

 

「それにしても、ロンド・ベルの方が来られるのは珍しいですね」

 

 案内役の男……四十路を過ぎたくらいの、やや神経質そうに眼鏡を弄っている、元ジオン共和国の学芸員が、自分を先導しながら話しかけてきた。

 

「名札をぶら下げて来るには、いささか気恥ずかしいですからね。ふつうはお忍びなんじゃないですか」

「そういうものですか?」

「ホワイトベースの方々ほどじゃないでしょうが、第十三独立部隊(Indipendent Team 13)絡みの看板は、良くも悪くも色眼鏡で見られますよ。全員がエースみたいな」

 

 ロンド・ベルはホワイトベースの第十三独立部隊(Indipendent Team 13)が、言ってしまえばティターンズの権限を与えられてできあがった組織だ。構成メンバーの代表である『英雄』と司令の自称『憎まれ役(ヴィラン)』が共通しているため、両者は混同されることがしばしばある。

 

「ここで自分から名乗るには、ちょっとね」

「でも、『少尉』もかれこれ三十機以上撃墜のエースでしょう?」

 

 『ホワイトベース』隊の撃墜記録の展示を横目に見ながら、学芸員の疑問を曖昧な笑顔で流した。

 

 昔から、撃墜数の話になると後ろめたさが先に立つ。この展示パネルに刻まれた本物の戦歴に比べると、どうしても自分の数字に胸を張る気になれない。

 

 それにしても、『英雄』は当然として、『館長』といい『彼』といい、とんでもない撃墜数である。使っていたのがRXナンバー(試作機であり、クセも不具合も山ほどあったであろう機体)であったことを考えると、その戦果は奇跡と言ってもいい。

 

「そういえば、『彼』は?」

 

 RX-77のパイロットの名前から思い出して、尋ねた。自分をこの学芸員に紹介してくれたのも『彼』だ。

 

「オブザーバーの仕事が終わったら、それっきりです。あの時もそうですが、何かと一方的なんですよね」

「『彼』らしい。カラバでも色々世話になったし、0087のダカールの時とかは散々振り回されました」

 

 目を合わせ、不思議な親近感に苦笑した。

 

 

 

 今日に至るまでここに来れなかったのは、機会がなかったのは確かだが、言い訳でもある。

 

 『ロンド・ベル』の規模縮小に伴う大規模な人事異動により、多忙を極めていたのは事実だ。

 

 だが、それでもその気になれば、顔を出すことは可能だった。会期の間でも、サイド3に立ち寄る機会は幾度もあった。

 

 なのに立ち寄らなかったのは、興味がなかった……と言うわけではない。そんな言い訳もしていたが、本当の理由はそうではない。

 

 自分に、失われたものたちと向き合う勇気が足りなかった――それだけのことだった。

 

 

 

「ここです」

 

 たどり着いたのは、出口近くのお土産コーナーに近い、物販兼遊具展示場だった。

 

 展示会などでしばしばある、子供向けの展示物を並べてある場所だ。

 

 RX-78をモデルとした玩具、派生して作られたらしいよくわからないモビルスーツなどが並んでいる。RX-178やゼータなどの実在機のみならず、頭にマゲのついてる奴とか胸回りが赤黒くキラキラしてる奴、でっかい羽のついてる奴まである。何だこりゃ。

 

 ふと、その中に白黒の、巨大なマントのような部品を背負ったモビルスーツが見えて、慌てて目を逸らした。

 

 ――『英雄』の最後の機体だ。

 

 まだ、直視できない。正体のわからない感情が渦巻く。あの不可思議な緑の輝きが、瞼の裏に蘇って脳がチリチリする。

 

 その時。

 

「――久シブリダナ! 『少尉』!!」

 

 唐突に呼びかけられた、ひび割れた声が、自分の脳のひりつきを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 見れば、スタンドに据えられた三つの球状の物体が、揃って自分の方を見つめていた。

 

「ええと……どいつだ、『玉っころ』?」

 

 右から順繰りに見る。どれも面構えは同じなので、区別がつかない。

 

「『玉ッコロ』デハアリマセン!」

「私モデス!」

「何度イッタラオボエルンダ『少尉』!」

「……わかった、そっちの一番態度の悪い、一番オンボロな奴だな?」

 

 苦笑する。こんなに同型機がいるとは知らなかったが、自分を『少尉』と呼ぶのは一機しかあり得ない。

 

 オンボロと言われて、憤慨したように目をつり上げる(両目のライトのシャッターで再現していたはず)『玉っころ』が、耳から腕を伸ばして抗議した。ああ、そういえばそんな機能もあった。

 

「失敬ダゾ、『少尉』!」

「悪い悪い、だが、久しぶりだな。アイツに聞いてはいたが、よく俺だってわかったな?」

 

 その球体を……すっかり古びたが、(多分)自分が手配して換装した外装を撫でながら、自分はその『玉っころ』に笑いかけた。

 

 

 自分の訪問の理由はこれだった。この一年戦争展のオブザーバーを務めた男が発見したという、『英雄』のペットロボット。それが、雑談の合間に自分の名前を口にしたという話が、自分のところまで届けられたのだ。

 

 どういう経緯で『玉っころ』が一年戦争展に収蔵されるに至ったのかは、自分にはわからない。シャイアン基地付近の『英雄』の自宅に置きっぱなしだったのか、それとも自分と別れてカラバで再会するまでの間に、何かの手放す事情があったのだろうか。

 

「一年戦争展が終了したら、また倉庫に仕舞われちまうからな。会ってくるなら今だぜ」

 

 そう連絡してきたのは、オブザーバーの『彼』だった。何でも大元は旧知の人物の提案だそうだが、まあそういうことであれば、旧交を暖めるのもやぶさかではない。

 

「ソレニシテモ老ケタナ『少尉』! ソノ帽子ハ禿ゲタカ?」

「禿げてねぇよ! ちょっと生え際が後ろに下がってきただけで」

 

 そう言うのを一般的に禿げてきたというのだが、敢えて目を逸らす事にする。しかしそんな特徴の変化まで捉えて、なお自分を自分であると看破したあたり、やはりこの『玉っころ』は尋常ではない。

 

 ブースの担当者らしいメーカー制服の女(結構可愛い)が微笑ましげな面持ちで見守り、自分の同行してきた学芸員が背後で何か『玉っころ』を弄っているのを余所に、自分は『玉っころ』ととりとめのない話を交わした。

 

 不思議と、『玉っころ』は『英雄』についての話題を出してこなかった。

 

 あるいは、あいつがいなくなったことを、事前に『彼』が伝えていたのだろうか。いくら何でも、ペットロボットにそんな感情の機微を察する機能があるとは考えづらいのだが。

 

 しかしそうだとして、自分と『玉っころ』の間には、常に『英雄』の存在があった。言葉では避けたとしても、その話題を避けていけば、そこには不自然な空白が生まれる。

 

 目に見えない空白の縁をなぞるような会話の中、ふと『玉っころ』が提案した。

 

「ソウダ『少尉』、 久々二、チェスデモドウダ!」

 

 『玉っころ』がぱかっと口を開いて、中のモニターに映し出したチェスの盤面。それは、かつて『英雄』と共に組み上げ、気晴らしに遊んだソフトウェアそのもので。

 

 その時、きっと自分は見られたものではない顔をしていたことだろう。

 

「――――ああ、やろうか、『玉っころ』」

 

 帽子を目深に被り、自分はポーンに手を伸ばした。

 

 

 『玉っころ』の手筋は、腹立たしいくらいに、かつての『英雄』のやりくちにそっくりだった。

 

 

 

 

「――データは回収できましたか?」

「ええ、チェス・プログラムのセキュリティホールから、カーネルにアクセスできました」

「ようやく取り出せましたね、テム・レイのH・A・L・Oカーネル」

「教育型コンピュータとアムロ・レイの度重なる改良によって成長したAIカーネル、このまま失われてしまうかと思いましたが」

「ハードコピーはどちらに?」

「一つは私が。一つはそちらで運用を」

「よろしい。それでは、この技術がいつか『救世主(SAVIOUR)』とならんことを」

「はい、ジョン主任によろしく」

「ええ、ごきげんよう。ミスター・ボー」

 




■歴代のRX-78玩具

 一年戦争後、様々な玩具企業がこぞってモビルスーツの模型や関連商品を売り出した。とくにRX-78は、当時機密兵器であったにもかかわらず市場の欲求によって商品化が急がれた結果、模型開発担当者の想像力が遺憾なく発揮され、発売された製品には本物のRX-78とは似ても似つかぬものが数多く含まれていた。
 肩にキャノン砲や巨大な斧槍を持つものなどが広く知られているが、そのうちに架空機を勝手に商品化する流れが生まれた。挙げ句の果てに現在では『全く異なる歴史を辿った世界のモビルスーツ』シリーズが展開され、これまた根強いファンを獲得している。
 しばしば『黒いRX-78のような何か』や『RX-78を名乗るブーストポッド装備機』などが発売されては連邦政府に回収されており、シリーズの中には本物の機密漏洩品が混じっているのではないかと噂されている。


■H・A・L・Oカーネル

 アムロ・レイが所有していたペットロボット『ハロ』には、テム・レイの開発した教育型コンピュータの初期モデルが搭載されていた。
 これとアムロ・レイ自身による度重なる改良と莫大な経験値により、『ハロ』は極めて高度な自律型AIとして成長している。
 一年戦闘展の準備中に発掘されたこれは、S.N.R.IなどのAI研究家たちの目に留まり、そのカーネルの複製が求められた。
 無事ハードコピーに成功したカーネルは、限りなく原型機に近い『ハロ』の複製や発展型の開発、さらにはより成長させた自律思考AIの開発に利用された。
 少なくともUC0150年代に二つ、UC0220年代に一つ、この『H・A・L・Oカーネル』を利用したと思わしい自律思考AI端末が確認されている。


■救世主とならんことを

 宇宙世紀0110以降、モビルスーツ開発の主役はアナハイム・エレクトロニクスからS.N.R.Iへと移行することとなるが、S.N.R.IはF97~F99の開発失敗などによる損失を補うことができなかったのか、ザンスカール戦争に至るとその存在はほとんど見ることができない。
 しかし、リガ・ミリティアが民兵組織でありながらLM312V04(俗に言うヴィクトリー・ガンダム)を、しかもマルチプル・モビルスーツという革新的な構造を持たせて開発・量産に成功した背景には、S.N.R.Iの技術者の影が見え隠れしている。
 この時期、F89開発者フランク・オズやF99開発者オーティス・アーキンズやミューラ・ミゲルなどが身を寄せていた技術者集団が存在する。連邦軍のリストラクチャや戦争による技術後退を恐れ、技術継承と発展を目的とした同組織は、『未来の救世主とならんことを』というフレーズを掲げていた。

 同組織との関連は不明だが、宇宙世紀0220年代、秘密組織イルミナーティが保有していたモビルスーツ『G-SAVIOUR』は、オリジンフレームにオプションを装着することで様々な環境に適応するマルチプル・モビルスーツであり、その設計思想はF90やヴィクトリー・タイプのそれを色濃く残している。
 この『G-SAVIOUR』の開発は、ジョン・セイバーなる正体不明の技師を中心とした『セイバー(SAVIOUR)チーム』によって行われたとされている。
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