結果から言えば、自分達はまるきり間に合わなかった。
首都ダカールに弾道飛行で急行した我らロンド・ベルだったが、さすがに地球の反対側にいたのでは間に合うものも間に合わない。
だが、真っ赤な巨大蟹がビームで議事堂を焼き払った直後に到着というのは、いささか間が悪いにも程があった。
しかも、負傷しながらもしぶとく生き延びた連邦上級官僚に、あの忌まわしい元オデッサ司令(政治家に転身していたらしい)が混じっていたとなれば尚更である。
そして、何故か矢面に立たされ、病床の元司令の揶揄を一身に浴びた翌日のこと。
「もうちょっとしっかり狙えとか、照射時間一秒延ばせとか言わない理性を誉めたたえて欲しいね!」
「…………はいはい」
太平洋上のアンクシャの背中の上。渾身のジョークだったが、接触回線越しの『
ことのはじまりは南太平洋パラオ近海の哨戒機が、洋上を移動するモビルスーツを発見したことだった。
機種ははっきりしないが、未登録のモビルスーツが移動しているというのは、それだけでも座視できることではない。
しかも、ダカールが攻撃された直後のタイミングである。加えてほぼ同時に、ニューギニア近海で潜水艦が消息を絶ち、ラー・カイラムはそちらの調査に向かうことになった、その矢先であった。
かくして、実験装備を扱い慣れている自分と『
「そんなことよりそろそろリリースするぞ、『少尉』」
「そんなことたぁ何抜かす。……了解、ディフェンサー展開する」
やるべきことはきちんとやるのが流儀だ。顔面に真面目さを取り繕い、機体のコンディションを確認し、是を返す。
愛機の背負った複合水中推進ユニットが、左右からそれぞれ脇下に装着される。MSZ-006『ゼータ・ガンダム』のウェーブライダー変形機構に近似した、背部ユニットを機体前面に向けるための構造だ。
「展開よろし。ユー・ハブ」
「アイ・ハブ。高度よし、カウントスタート。……『バージム』、リリース」
「リリース!」
機体に衝撃が走った。
機体の各所のロックが外れる。カメラの下部を占拠していたトリコロールの円盤が、前方にスライドしていく。かわって、視界を一杯に埋め尽くす、夕日で赤く染められた太平洋。
その水面に、自分の搭乗するRGM-87BA『バージム』は着水した。
そう、落着ではなく着水。機体が装備しているディフェンサーユニットが、筏となって機体を水上に支えている。
地上用可変モビルスーツであるアンクシャと共に、独立任務に回された理由がこれである。このバージムは、水上・水中用オプション『ディフェンサーm型』のテスト機なのだ。
「ホバーユニット、ディフェンサーとの同期OK、作戦行動可能を確認した。『
「了解、精々ゆっくりついてこい」
上空で、三色円盤が機体を振って、加速した。飛行機雲を残して、見る間に水平線に消えていく。さすがに通常機、しかもGパーツ装備の重MSでは、TMS相手に追従のしようもない。
だからこそ、宇宙用の『リゼル』共々、TMSをサブフライトシステムとして通常機を運搬させるスタイルが模索されているのだが……。
「さて、こっちはこっちで仕事するか」
自分のバージムのコンディションを確認した。ただでさえ試作機、しかも実験装備を全身に纏った機体であるため、目視によるチェックが欠かせない。
RGM-87BA『バージム』。連邦が次世代量産機として開発したRMS-154『バーザム』をモデルとしたマシンだ。
グリプス戦役後にバーザムを量産機として採用するにあたり、ルックスをGM系に寄せる改修を行った機体と聞いている。つまりは、自分が乗っていた
『
この機体はとくに、アナハイムのフォン・ブラウン工廠に残されていた『アクア・バーザム』と呼ばれるコンセプトを踏まえ、機体各所に独自機構が盛り込まれている。頭部のゴーグルや各部のシーリングなどだ。それに加えて両脚には踵から展開する水上・水中用ホバーユニットも追加されている。
何でも、大元はRGM-89『ジェガン』の開発過程でGMシリーズとバーザムの技術的融合を検証していた機体らしい。そのためやたら変な装備のドライバが充実しており、現在装備している『ディフェンサーm型』も、バーザム用の『アクア・ハンブラビ』とかいうコンセプトを模倣したところ、ほぼポン付けで動いたと聞いている。
……いつも思うのだが、フォン・ブラウン工廠はどうしてこう、変なもののデータを抱えているのだろうか。
「……っと。ソナー起動よし、標的はどこだ?」
シートの股間からせり上がるコンソールを叩き、海域をスキャンする。TMSのアンクシャだけで済ませなかった理由がこれだ。航空機用のレーダーだけでは、水中に潜むモビルスーツや潜水艦は探知できない。
果たして、ディフェンサーユニットのフロート部に装着されたソナーが、移動体を検出した。
「ソナーに感あり。そこそこのデカブツが移動してる」
「例の赤蟹か?」
赤蟹とは、ダカールを襲撃したジオン系モビルアーマーだ。サイコミュ兵器を装備していたという情報もあり、脅威度はAAAとして最優先捜索目標とされている。
今の編制でそんなものに遭遇しては、さすがに手も足も出ない。その場合はトライスターの新型チームにでも任せて、こちらは『
「音響パターンは不明。もう少しデータを取らないとわからんな」
「座標確認。到着予想時刻送れ、なんとか合わせる」
「了解」
『
あちらが水中用ソナーを備えている場合(むしろ水上を移動している段階で、持っていないと考える理由がない)、すでにこちらの接近は感づかれている。とすればなんらかの動きがあるはずであり、それを追尾して牽制するのがアンクシャの役割と言うことになる。
果たして、対象は急速に動きを変えた。まっすぐにこちらから離れる方向に加速している。
「案の定だな。先行して足止めする」
「了解、逸るなよ」
アンクシャのシグナルが加速したのを横目に、自分はバージムにIFBCの起動を指示した。
Iフィールド・ビーム・キャビテーション。水中用ビーム・ライフルやサーベルに使用されている、Iフィールドで形成したビーム膜で空洞状態を作り、水や大気によるビームの熱量損失を防ぐ技術だ。
ディフェンサーm型では、これを左右ポンツーンユニットの表面に形成し、ビーム膜のサーフボードで水の上を滑走することで、高燃費での高速機動を実現する。
原理的にはIフィールドそのもので機体を包み込み、大気や水中での機動力を担保するところまでいけるらしいが、現時点ではまだ実現には至っていない。
ともあれ、自分のバージムは海面を滑走し、標的の座標に急行した。
たどり着いたときには、既に戦闘は始まっていた。
※
『
男はかつて、旧態依然としたMS-07を乗り回すと言うことで揶揄されていた。しかしUC0096現在に至ってもそれを続けているのは、正真正銘の時代錯誤である。
自覚はしていた。第一次ネオ・ジオン戦役はもちろん、シャアの反乱にすら馳せ参じることができず、地上に燻る主義者。それでもなお、ジオンの旗を掲げてかつての理想にしがみつく老骨。
「現実を見ろ」「ジオンの誇りなんて幻想だ」そういう言葉は飽くほど聞かされた。その数だけ、仲間はいなくなった。
言葉の全てを振り払って、ようやくたどり着いた場所が、この有様だ。
ささやかな揶揄も、時を経れば骨身に染み付くということか。
――――ピピピッ
自嘲する『
「連邦のモビルアーマーです。たぶん新型の足付き円盤。それと、高速艇っぽいのが近づいてきます」
『足場』から、『
「高速艇?」
「データベースによると水中翼船みたいな音紋なんですが、機種特定ができないみたいで」
「フム、連邦が水中用モビルスーツの新型を作るとは考えづらいが」
唸る。地球連邦は基本、地球での物事に無関心だ。
地球連邦政府の立場から言えば、地球には一部の特区を除いて人間は居住してはいない。つまり仮にジオン残党などがいたとしても、それによって害を被る人間は特区の中にしかいないということになる。
もちろん大規模な軍事行動を行われるならばその限りではない(例えば『
加えて、ジオン残党が保有する水中型の数は減少の一途を辿っているし、そもそもミノフスキー粒子の恩恵を受けづらい水中においては、モビルスーツの脅威度があまり高くは見積もられていないという事情もある。
戦中戦後はともかく、現在の地球連邦に、地上用のモビルスーツ――とくに水中型を熱心に開発する動機はない、ということだ。
――だが、理屈をこねたところで実際に何かが水上を走っているのは確かだし、それがモビルスーツに類する脅威でないと考えるのは馬鹿でしかない。
「どちらにせよ、来るなら迎撃するしかないか」
「北東の島に寄せます」
「頼む。空中戦はできるが可変機相手では分が悪い」
『足場』が転進し、水平線に見える孤島を目指す。
そして、島にたどり着く直前に追いつかれた。
■トリコロールのアンクシャ
地球連邦が開発した、初の量産型気圏内用可変モビルスーツ。ガルダやシャイアン基地などに配備されたものより先行して生産されたテストモデル。
テスト機ということで、色彩はガンダム系の機体と同じくトリコロールに塗られている。結果、無駄に派手。
ロンド・ベルにいち早く実験配備されたものの、円盤形態とMS形態の両方を使いこなせる器用なパイロットが多くなく、納品されたのが一機だけということもあって、編制外の実験機を扱う『少尉』と『信奉者』のチーム『
なお、可変機を扱えないなどと『少尉』は愚痴るが、それでも他のパイロットよりは試験操縦のスコアが高い。のちにこの機体を改修したアンクシャ・ラーを駆り、とある機密作戦に参加することになる。
何事もなければラー・カイラムにおいて、空中用のディフェンサーを装着したバージム、アンクシャ、そしてデルタ・プラスといった規格外の寄せ集め部隊が編制されていたのかもしれない。