或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0096 パラオ(2)

 標的を捕捉するのは、当然ながら『信奉者(フリーク)』のアンクシャが最初だった。

 

「なんだ、あれは……グフか?」

 

 おそらく付近の無人島を目指しているのだろう。海面を仁王立ちで進んでいくのは、灰色のジオン系モビルスーツだ。両腕を機銃に換装しており、それ以外の際だった装備は見当たらない。

 

 ぱっと見ただけではザク系とグフ系の区別は難しいが、両腕に固定武装を施している地上戦機といえば、高確率でグフである。

 

 が、そもそもグフに水面を飛行する機能があるとは思えない。いや、そういう機体も存在したが、一年戦争から十年以上が経過した今では、そのような複雑な構造の機体はほとんど生き残っていない。

 

 そもそも、ザクやドムに整備性や生産性で劣るグフ・タイプ自体が、この時代においては稀少かつ骨董品なのであるが。

 

「おそろしく軽装だな。推力を上げて装甲も減らしているか? いや、そんなことより……」

 

 重要なのは、グフの足下である。飛行していないグフが水面に直立できている理由。足場として動いている、何か巨大なものが、ある。

 

「ともあれ、見ているだけとはいかないか」

 

 レーザー通信を有効にし、オープンチャンネルで呼びかけた。

 

「そこのモビルスーツ! こちらは地球連邦軍独立部隊ロンド・ベル。所属と航行目的を提示されたし!」

 

 呼びかけてはみたが、まともな回答を期待していたわけではない。

 

 そもそもまともに回答できる立場の存在であれば、ジオン系モビルスーツに載って洋上を移動することもない。

 

 果たして、言葉による返答は得られることなく。

 

 グフが、海面を高く跳躍したかと思うと。

 

「なん――うぉわぁっ!?」

 

 グフが足場にしていた何かが、大出力のメガ粒子砲を撃ち上げたのだ。

 

 

 

「ジオン残党が、ビームを保持しているとはな!」

 

 機体を複雑にスイングさせながら、『信奉者(フリーク)』はぼやいた。

 

 今でこそビーム兵器はモビルスーツの標準装備だが、一年戦争の頃は恐怖の、そしてあこがれの対象だった。

 

 かのRX-78『ガンダム』の活躍を裏付けていたのが、当時としては最高性能のビーム・ライフルであったことは疑いはない。宇宙空間はもちろん、大気中、ともすれば水中ですら一撃必殺の威力をもつビーム兵器は羨望の的であり、同時に自分に向けられる兵器としては最悪のひとつでもあった。

 

 水中から撃ち込まれるそれは、おそらくモビルアーマーが装備していたメガ粒子砲だろう。速射性、携帯性、エネルギー効率などについてはお察しだが、威力だけは十分な脅威になる。

 

 一応、現代のモビルスーツには申し訳程度のビームコートが施されているが、それはあくまでビームに耐えられる時間が延びているだけで、ビームを無効化できているわけではない。

 

 現代の照準システムの高度化と合わさって、攻撃機や爆撃機といった航空戦力の進化を打ち止めにした理由の多くを占めるのが、ビーム兵器の普及である。

 

 つまるところ、ビーム兵器を大量に保有する機体の射程内で飛行するということは、自殺行為に等しいということだ。

 

「一度離脱を……ちぃっ!?」

 

 一気に加速しての離脱を試みた瞬間、目の前にグフが現れた。

 

 尋常ではない機動力だった。灰色の塗装のその機体は、グフ重装型と呼ばれる仕様のものに近い。両腕を強化ガトリング砲に換装しているのが特徴であるが、攻撃の選択肢を減らしたそれのどこが重装型なのかは未だに議論の対象である。

 

 このグフはとくに、装甲も減らし、機動力に最適化しているように見えた。いよいよもって軽装型なのか重装型なのか判然としないが、とりあえず重要なのは、空中での機動性についてはおそらく最高性能に近いモビルスーツだということである。

 

 もちろん、長時間の飛行ができるわけではなかろうが、事実として飛行形態のアンクシャの正面を捉えてくるだけの機動の見切りと空中機動力を兼ね備えていることは間違いない。

 

 ――そこまで『信奉者(フリーク)』が思考したところで、グフの左腕のガトリング砲が吠えた。

 

 アンクシャの装甲に、弾丸が降り注いだ。徹甲弾と榴弾の混成運用らしく、徹甲弾で装甲を弱らせたところに榴弾を炸裂させている。複数の火器を使用することが困難な、黎明期の戦闘機などで行われていた小手先のテクニックだ。(有効ではあるが、装填の手間と使い勝手を鑑みれば、普通にビーム兵器などを使用する方が効率的かつ効果的である)

 

「古くさいんだっ……!!」

 

 もちろん、黙って受ける『信奉者(フリーク)』ではなかった。姿勢制御用アポジモータで敵側に向けて全力で噴射し、ぶち当たる。『アッシマー』譲りの堅牢な装甲は、グフの機関銃の斉射にまるで揺るがぬままに衝突し、軽量化されたグフを弾き飛ばした。

 

 衝撃で安定を崩したグフは空中で姿勢制御を試みるが、推進力には限界がある。無理をして死に体になるのを避けたのか、重力に従ってそのまま海面へと落下した。

 

「逃がすか!」

 

 アンクシャを変形させ、落下するグフへと両腕のビームガンを撃ち込む。落下のモーメントを照準に加算して補正するのは、現在の火器管制システムにとってはお手のものだ。的確に補正された射撃がグフを捉える――かに見えたが、グフは小刻みに噴射して宙を舞ってみせる。余裕のあるうちに降下したのはこれを目してのことであったか。

 

「だが、こいつなら追いつける!」

 

 『信奉者(フリーク)』もそれは織り込み済みだった。背部バーニヤを噴射させて重力方向に加速し、グフに肉薄する。その隙に引き抜くのは両腕のビームサーベルだ。空中で推進器を使いすぎたグフに、ましてビームサーベルを携えたアンクシャの白兵戦を凌ぐ術はない。

 

 だが、その瞬間、海面が沸騰した。

 

「……つぅっ!?」

 

 とっさに、束ねたビーム・サーベルを一閃する。Iフィールドで形成された刃は、それ自体にビームに対する反発力がある(ビームサーベル同士で鍔迫り合いができるのはそのせいだ)。二本を束ねればIフィールドはそれなりの面積になり――。

 

 その刃が形成するフィールドによって、海面から迸ったメガ粒子砲が弾き散らされた。

 

 モビルスーツ戦の教本に(バッドノウハウとして)掲載されそうな離れ業である。『信奉者(フリーク)』自身、二度目をやれと言われてもできる自信はなかった。

 

「くそ、危なかった!! あの野郎、誘ってたのか!」

 

 さらに追撃で放たれるメガ粒子砲から逃れるため、アンクシャを円盤形態に変形させた。ガトリング砲による追撃を避けるため、変形中に複雑なモーメントを加え、木の葉が舞うようなマヌーバを見せつける。

 

 そして、一気に上昇。横目で、グフがメガ粒子砲の発射源――つまりは『足場』に着地したのを確認しつつ離脱する。

 

 一見無防備な落下は、追撃により『足場』の必殺の間合いに踏み込ませるための誘いであったということか。これは、相手は予想以上の手練れである。

 

「足場を崩せば一発なんだが……」

 

 追い打ちに撃ち込まれるメガ粒子砲をやり過ごしながら、『信奉者(フリーク)』はぼやいた。

 

「お前のイカ野郎の出番だぞ! まだか、『少尉』!!」

 

 

 

 

 自分がたどり着いたとき、既に戦闘は始まっていた。

 

 謎のモビルスーツは、グフだった。確か、グフ重装型と呼ばれているタイプだ。シールドもヒートソードも排し、両腕のマニピュレータも外して機銃に換装している。前に見た資料のものより無骨で間に合わせ感のある部品構成になっているのは、戦後に修復されたか、現地で場当たり的に改装されたからだろうか。最近目にする一年戦争期のモビルスーツにはよくあることだ。

 

 それが、空中を飛び回って、『信奉者(フリーク)』のアンクシャと撃ち合っている。

 

「手こずってるな。性能じゃダンチの差があるはずだが」

 

 今年運用開始され始めたばかりのアンクシャと、初期開発の骨董品。両者の性能差は論じる価値がないほど大きい。が、それはあくまで、アンクシャがグフの得意領域で戦わなければの話だ。

 

 TMSで通常のモビルスーツと戦う場合、一部の極端な例外(変形すると格闘戦武器が出てくるような奴)を除けば、近接戦闘を挑むのは得策ではない。多くの場合、TMSは近接戦でも通常機に見劣りする性能であることはないのだが、それ以上に一撃離脱戦術が有効なのだ。機動力を活かして一方的に攻撃を繰り返す方が、まともに近接戦を挑むよりも安全で勝率が高いのは考えるまでもあるまい。

 

 逆に言えば、TMSを相手にする側は、TMSの機動力を殺して近接戦に持ち込むのが妥当ということになる。

 

 見たところ、このグフは空中戦に特化した性能になっているようだった。極限まで軽量化し、照準性能に優れる腕部機銃で空中物を捉える。その飛行性能は、見たところかつてのRX-78をすら凌駕しているようだ。

 

 もちろん飛行時間は限られているが、そのバーニヤの冷却時間を、謎の『足場』がフォローしている。メガ粒子砲を数多く搭載しているらしいそれが、的確にビームを放ち、アンクシャによる機動を制限しているのだ。

 

 モビルスーツにとって、射程内で直線運動をする航空機はカモでしかない。必然、航空機のマヌーバをするアンクシャは、回避のために複雑怪奇な機動を強いられる。

 

 避けに徹すれば死にはしないが、反撃するにはリスクが大きい。そしてグフは的確にアンクシャの機動を見切り、至近距離から機銃を撃ち込んでいる。

 

 アンクシャが撃墜されずに済んでいるのは、細かな小回り性能の高さと、『アッシマー』譲りの強靱な装甲のおかげだろう。『信奉者(フリーク)』が下手なのではない。相手の(ニッチな)戦術が上手いのだ。

 

「だとすりゃ、俺の相手は!」

 

 フロートを傾斜させ、浮力を落とす。瞬く間に視界が青に満たされ、カメラが水中モードに切り替わる。

 

 ディフェンサーm型の機能で、このバージムは水中でもかなりの機動力を発揮できる。可動アームの先にポンツーンユニットを装着して浮力や推進力のコントロールを行うコンセプトは、ティターンズが開発していたアクア・ハンブラビと、さらには一年戦争期にあったアトラス・プランとやらが元になっているらしい――まあ、どちらも実際には製造されなかったらしいのだが。

 

 ともあれ、コンセプト倒れの前例をよそに、ディフェンサーm型は有効に機能した。水中に潜るとともに両足に追加されたウォータージェットが駆動し、加速する。速度自体はIFBCが使用できる水上の方が出るのだが、水中から接近すればメガ粒子砲の火力を抑制できる。

 

 そして標的に接近するにつれ、ポンツーンユニットの先端に備わる音響ソナーが、『足場』の正体を映し出した。

 

「ありゃ……? おいおいおい、まさか、アレか!」

 

 そのずんぐりした、水族館のペンギンぬいぐるみのようなシルエットには覚えがあった。

 

 モビルスーツの歴史を紐解くにあたって、避けては通れないマイルストーン的な機体がある。ザク、ジム、ガンダムはもちろん、アッガイやズゴックのような水中用モビルスーツの代表格などだ。

 

 その中でも、モビルスーツとモビルアーマーの過渡期に位置するマシンがあった。まだジオンでは未成熟であったメガ粒子砲を使用するため大型のジェネレータを搭載し、その結果二桁近い砲門を有するに至った機体。一年戦争期の機体としては突出して巨大であり、モビルアーマーとの境界線上に存在すると言われるレア物である。

 

 どこかユーモラスな姿でありながら、火力そのものは当時のモビルスーツとしては最強クラスのそれは、ジオン公国軍水陸両用モビルスーツ、MSM-10『ゾック』であろうと思われた。

 




■ディフェンサーm型

 ロンド・ベルのフォン・ブラウン工廠で開発された、第二世代Gパーツのひとつ。
 第二世代Gパーツは、リゼル・ディフェンサーが使用しているものと同じ系統のものであり、他には宙間強襲用のa型や砲撃支援のb型などがある。
 このm型は水上・水中用のオプションパーツであり、ジェガンと同一規格のモビルスーツすべて(新規設計型ジムIII、リゼルなど)が装備可能。
 左右のポンツーンユニットは背部から腰部へとスイングし、水上を水中翼船の要領で滑走することが可能。これにより航続距離の短さをフォローする。
 海ヘビ(ヒートロッドの後継装備であるワイヤーテーザー)とハープーンガン、水中型ビームジャベリン(電磁フィールドでビームを水や大気から隔離し熱量の損失を抑えたもの)をそれぞれ左右のバインダーに搭載しており、Gディフェンサーでミサイルポッドのあった場所はドップラーセンサー型魚雷に入れ替えられている。
 特徴は初期開発段階のIフィールドビームコントロール技術の産物である『IFBC(Iフィールド・ビーム・キャビテーション)』が導入されていることであり、ポンツーンの表面にビームの微粒子膜を形成することで水面との間に空洞状態を形成する。これによりキャビテーション効果が見込め、水上を高速で滑走できる。(本来は機体全体を包み込むのが目標だが、この段階ではそこまで至っていない。完成時には大気中を滑走することが可能となり、すなわちペーネロペー、クスィーガンダムが有するビームバリアシステムに到達する。つまりは、ペーネロペーのミノフスキー・フライト・ユニットはこのディフェンサーm型の子孫にあたる装備である)
 思想的にはTR計画のアクア・ハンブラビIIと同じものであり、外観もかなり近く、フリージーヤードによる保護機構も踏襲している。
 この装備の登場によって、水深100メートルほどまでながら、連邦軍の汎用モビルスーツすべてが水中戦対応が可能となった。
 欠点はユニットのコストと、先述の通り航続距離の短さであり、水上を滑走して推進剤などを節約する。その関係もあり、潜水MSに要求される隠密性は乏しい。(隠密作戦用のディープ・エムと呼ばれる特化機も計画されているが、UC0096のジオン残党軍の勢力縮小に伴い必然性が薄れている)
 他にも目的別のGパーツの計画はあったものの、主導して開発していたフォン・ブラウン工廠の閉鎖とロンド・ベルの権限縮小により凍結。
 このGパーツの発想そのものは、後のF90に踏襲され、結実した。
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