「まだ現存していたとはな。そんなに数作ってなかったろ、あれ」
コンソールを繰り返しタップして観測データを精査させる。
このゾックは、通常機とはずいぶんと仕様が異なるように見えた。
まず、両手が撤去されている。格闘戦は無理そうと評価されていたそれの代替として装着されているのは、ウォータージェットノズル兼ペイロードだろうか。つまるところ、おそらくこちらのポンツーンユニットと同じ役割のものだ。
さらには、脚部が変更されている。大きなスカートのある脚部はウォータージェットノズルと熱核ジェットの兼用ユニットであり、見たところズゴックの脚部の改造品であると思われた。それが、四本。
火力的には、原型機のメガ粒子砲が8門あるいは9門(頭頂部にあるものがメガ粒子砲なのか超音波砲なのかは未だに判然としていない)が備わっているはずで、それに加えておそらくはポンツーンに魚雷の類いがある。他にも何かしら追加されていてもおかしくはない。
そして、何より大きな特徴は、頭頂部に相当する場所に据えられた『皿』だろう。真ん中から頭頂部の怪しげな突起物(一説には超音波砲)が飛び出しているので、シャンプーハットのようであるとも言えなくもない。これのせいで、ペンギンまがいのシルエットが、ユーモラスな『河童』(尻から手を突っ込んでくる怪物だと、昔『パン屋』に聞かされたことがある。恐ろしい)のような姿に変わっている。
『皿』は、グフを運搬するために追加されたものだろう。見るからに急造品であり、これのせいでゾックは機動力を相当に制限されているようでもあった。
「『グラブロ』あたりかと思ったが、とんでもないのが出てきたな」
記録によれば、ゾックの撃墜記録は『英雄』のRXー78『ガンダム』のビーム・ライフルによる一撃必殺である。はっきり言って、水中戦になった以上、前例としては役に立たない。
本物のモビルアーマー相手よりはマシであろう、と割り切って、自分はぺろりと渇いた唇を湿らせた。
「データが少ないんだよな。さて、どう攻める……!」
※
口火を切ったのは、ゾックの砲だった。
標的の周囲が、一瞬で白く泡だった。何かの水蒸気爆発。とっさに左のジェットを噴射し、軌道をスイングさせる。水中では抵抗が大きいため、大気中のようにスムースな横移動を行うことはできない。航空機戦に近いマヌーバをすることになる。
ビシャーという古めかしい合成音が聞こえて、ついさっきまでアクア・バージムが存在した座標を、メガ粒子砲が薙ぎ払ったとわかった。
出力に任せて強引に放つメガ粒子砲。水中で有効打になるのか疑問だったが、少なくとも有視界距離では効果ありと考えるべきだろう。
ただし、密度の高い水を押しのけながらとなるので、エネルギーの減衰は大きいし、速度も落ちる。見て避けられるものでもないが、発射の前兆として高熱が水蒸気爆発を起こすので、それを見て判断するのが妥当か。
「なら、こちらも挨拶といくか」
潜水艦モドキ同士の戦いであれば、一撃離脱を繰り返すのが正解である。しかし、今の自分の役割は、アンクシャの行動オプションを拡大することだ。ゾックの対空砲をフリーハンドにするわけにはいかない。
深度を下げてゾックの下に回り込み、ポンツーンを土台に腕を上げる。その先の、ハープーンガンのトリガーを引いた。
水泡を纏って、銛がゾックのスカート(?)の中めがけて迸る。
その瞬間、ゾックの全身が泡だった。
「うぉっ?」
ウォータージェットによる急速回転だった。四脚により複雑に制御される推進力で機体を回転させ、腕部で銛を弾き飛ばす。シールドと推進器を共用する構造ならではの曲芸である。
しかし一般的に、不用意な回転は無防備になりがちな背中を晒すことにもなり、望ましいことではない――
背中の顔の、メガ粒子砲が火を噴いた。
「うぉわったぁっ!?」
とっさに機体を加速し、ビームの射線から逃れる。そうだった。どういうコンセプトかは知らないが、ゾックは前後両方が正面で、メガ粒子砲もそれぞれに四門ずつ装備されている。
しかしコンセプト倒れだろうがなんだろうが、ゾックに背後という概念がないのは間違いない。しかも水中での回転速度を向上されたことで、射角の自由度はおそろしく広がっている。
ハープーンガンが弾かれた以上、そのままでは他の武器も通用するまい。問答無用で通じるのはビーム・ジャベリンだろうが、これは数がないし、投げて使うにはまだ思い切りが悪い。
――と、距離を置いて考えていた自分をよそに、ゾックが急加速した。
牽制だろうか、ビームを自分のバージムに発砲しつつ、あらぬ方向に向けて水平に泳ぐ。たぶんゾックは本来頭頂部を前にして推進するマシンだと思うのだが、水平に移動しているのは、脚部の強化と腕部のフロート化、そして頭上の『皿』の事情だろうか。
そして、水面ぎりぎりで停止したゾックの機体が急激に沈み込むのを見て、自分はゾックの移動の理由を理解した。
「……なるほど、グフの飛行限界か!」
『
指定のポイントに確実にたどり着くゾックも、まさにモビルスーツ一機分しかない足場に着地するグフも、なかなかの腕前だ。腕前なのだが。
「腕が良くても、水上戦なんてやりたかなかったろうにな。悪いが、弱点を突かせてもらう!」
※
『
彼の操るゾック改は、『クラーケン』と渾名されている。地上での運用を放棄し、水中でのモビルアーマー的運用に最適化したものだ。
クラーケンの名前は、両腕部から前後に伸びるフロートと、脚部に二本ずつ装備されたズゴックの脚部によって、一見八本の足を持つように見えるためだ。伝説のクラーケンが
だが、それがどんな怪物に似ていようが、クラーケンが水中を本領とする兵器である事実に変わりはない。だというのに。
「連邦に、水中でこいつより早い奴が……!!」
基本的に、連邦軍の水中戦力はあまり強力ではない。脅威となるジオン残党の戦力が乏しいこともあるが、結局反連邦が水中でどれだけ強力な戦闘力を発揮しようと、地上に上がれなければ連邦の機能にダメージを与えることはできないためだ。脅威度が低いものを制圧するために、大枚をはたいて兵器を用意する必要はない、ということである。
連邦がその傲慢と油断のツケを支払う羽目になったのが、数日前のダカール襲撃であるが、ともあれ。
そういう事情から、ジオン残党もまた、連邦の水中戦力を甘く見ていたところがあった。『アクアジム』以上のモビルスーツが出てくることはまず考えられないと思っていた。
だが、実際には連邦の新型がやってきた。しかも、見るからに水中に特化した装備の機体だ。
「連邦はどこまでも……!」
機動性に振り回されながら、歯噛みする。莫大な資金、世界を支配する者という傲慢。そういうものが彼らの領土である水中にまで侵入してくる。
――彼ら自身が、二十年あまり前にやってきた侵略者であるという事実からは、いつものように目をそらす。身勝手の極みだが、そんな冷静な自己分析ができるようならジオン残党などやってはいない。
「次、足場2-10!」
無線通信で、『
とっとと陸地にあがってもらわねば、あのジムもどきの相手もままならない。
「陸地まであとどのくらいだ!? あの足手まといめ!」
通信を切って、悪態を吐いた。
※
連邦のジムもどきは、一回目は様子を見てくれたようだったが、二度目のジャンプには遠慮なく割り込んできた。
何しろ、動きの止まるタイミングが明らかなのである。おそらくは、空中の円盤TMSと連携して、落下を始めたタイミングを見計らったのだろう。クラーケンが移動を開始した瞬間、機体の前面を泡立たせて加速してきた。
「速いっ……!」
整流効果の少ないモビルスーツは、水中ではどうしても機動力が乏しくなる。しかしこのジムもどきは、この泡を利用してか、大気中にあるかのような加速力を見せつける。
『
何しろ、クラーケンの加速に合わせ、進路に先回りして見せるほどだ。アクアジムでは逆立ちしてもできないことである。
「このジムが……っ!」
苛立ち紛れにメガ粒子砲をばら撒くが、真下に潜り込まれては当たらない。そもそもゾックの砲は、水中では真横になって撃つものだ。水平姿勢のままでは、下半身が射角を制限する。
やむなく、フロートの魚雷をばらまき、短い足で蹴りつけて牽制する。その隙間を縫って銛が射出されるが、これは
だが、動けない限りはじり貧だ。
「くそっ、早く落ちてこいよ!」
この姿勢を維持する必要がなくなれば、やりようはまだあるのだ。いっそ見捨ててやろうかという思考が過るが――それをするには、『
手をこまねく間に、ジムが着込んだ大仰なコートから、何かが射出された。
ミサイル……を撃つには距離が近い。ワイヤーが伸びたアンカーのようなものだ。先端にクローアームがあり、それが身動きの取れないクラーケンの足の一本に食いついて……。
「うがっ!?」
機体が弾け、『
『海ヘビ』と渾名されるテーザーである。装甲を貫通する杭打ち機を通じて高圧電流を流し込み、内部回路にダメージを与える武器で、役割としてはグフの使用するヒートロッドと同じものだ。
古いアニメと違い直接パイロットに電撃が走るようなことはないが、電撃によって生じる衝撃は伝わってくる。そして、電撃を受けた脚部が動作不良を起こし、機体が応答しなくなる。
そして動きが止まったクラーケンを仕留めるべく、ジムもどきが銛を抜く。いや、あれは先端にビーム・サーベルを仕込まれた、いわゆるビーム・ジャベリンだ。
「やばい……っ!!」
とにかく逃げなければ。ビーム・サーベルの類に耐えられるほど、クラーケンの装甲は頑強でない。
操縦桿をめちゃめちゃに振り回し、反応しない機体で無理矢理回避を試みる。しかし、海蛇の毒は機体の自由を奪ったままだ。
ジムのビーム・ジャベリンが、クラーケンの胴体中央を狙う。万事休す――。
かと、思われた瞬間。
クラーケンの機体に、下向きの衝撃が走った。