或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0096 トリントン

 ジオン残党のモビルアーマー、トリントンに上陸――。

 

 

 飛び込んできた凶報に、自分達は無人島で取り押さえたジオン残党のパイロット達を放り出し、母艦へと急行したのだが。

 

 自分達がおっとり刀で『ラー・カイラム』に合流したとき、事態は既にだいたい決着していた。

 

 トリントンを襲撃していた大型モビルアーマー(更新されたデータベースによるとアクシズ系の『シャンブロ』)は、紆余曲折の果てに新人の『デルタ・プラス』が撃破したらしかった。

 

 本来ならば宇宙の『ネェル・アーガマ』隊に配属されていた機体とパイロットらしい。いったいどういう経緯でラー・カイラムにやってきたのかは知らないが、その結果を聞く限り、おそらくは無理を押し通せる実力の持ち主だったということなのだろう。

 

「――って大勝利の割に、なんだい、こりゃ」

 

 新人の大金星だというのに、艦の空気は最悪だった。

 

 原因は、自分たちの使っていたハンガーを占拠するモビルスーツ二機。そして我が物顔で艦をうろつき回る丸い男と、背広組である。

 

 古い機体――三年ばかり置物と化しているRGZ-91『リ・ガズィ』や、アクシズ落としの際に『憎まれ役(ヴィラン)』司令達が乗り込んでアクシズに上陸したミドルモビルスーツなど――を尻目に、奥のハンガーまで機体を移動させた後。一息ついて周囲を見回した自分の感想が、先ほどのぼやきである。

 

「……えーと、つまりこれがガンダムなのか。RX-0『ユニコーン』」

 

 エンジニアがコクピット回りに取り付いてなにがしかいじり回しているのは、本来自分のバージムが立っていたはずのハンガーに据えられた、真っ白い機体である。最新鋭のジェガン系機体『ジェスタ』というものがあるが、それの血筋を感じさせるラインのマシンだ。

 

 つまり、見た感じではただのややマッシブな白いジムにしか見えないのだが。これがあちこち開いたり伸びたりしてガンダムになるのだと聞いている。

 

 ただ恐ろしいのは、かなりの激戦をくぐり抜けてきた機体だと聞いているのに、まともな損傷の一つもないということである。どんな強度なのか、パイロットはいったい何者なのだろうか。

 

「あのゾックもどきに比べたら、名前もそれっぽいな」

 

 『信奉者(フリーク)』が、ユニコーンの一本角を見上げて言う。ユニコーンと言えば白い一角馬だ。そのくらいは自分も知っている。

 

「そっちの『バンシィ』はよくわからないが」

「角ってより鬣だな。バンシィってどっかの神話のライオンかなんかかね?」

 

 隣の黒い機体に目を向け、首を傾げる。あちらもRX-0の二号機だというのだが、真っ黒に金色のツノと、なかなか主張が強いマシンだ。この名前はなんか女の怪物だった気がするのだが、まあ似たような名前のものがあるのだろう、たぶん。

 

「……で、問題は、あの『御曹司』か」

 

 モビルスーツは後回しにして、『信奉者(フリーク)』が顎をしゃくった。顎の示す先は、どことなく見覚えのあるブランドの背広と、これまたどことなく見覚えがなくもない顔立ちの丸い男である。

 

「アレ、『お前の伝手』の若様らしいぜ。顔見知りだったりしないのか?」

 

 横柄さと尊大さを頰肉にたっぷり詰め込んだ様相の丸い男を指して、『信奉者(フリーク)』がニヤついた。自分の伝手、つまりは『財団』のことではあるが、残念ながら自分はあそこの人間との接点はほとんどない。

 

 ただ、それが『御曹司』であると言われれば、顔立ちの既視感は理解できた。頬肉を減らして目つきに意志力を蓄えれば、確かに見覚えのある『若』殿の顔になるかもしれない。

 

 だが、それはさておき自分は頭を振って、揶揄を返した。

 

「残念ながら、デートの誘いは難しそうだ。『御曹司』はガールハントに夢中らしい」

 

 自分が指さす先では、『御曹司』が黒いモビルスーツから降りてきた女相手に甲斐甲斐しく話しかけていた。その表情を見ると、尊大さというよりは「オフィスラブ志望なのに、事務的にしか相手にしてもらえない道化男」を感じるのだが。さて真相や、いかに。

 

 むしろ気になるのは、ラブコールの相手の女パイロットだった。

 

「なんだろう、見覚えがある気がするんだがな」

「『少尉』が女に覚えぇ?」

「悪いか。確かに女っ気ない人生だけどな」

 

 声を裏返す失敬人を肘で小突いた。

 

 そもそもそういう色気のある話ではない。多分、どこかで写真を見た、くらいだと思うのだが。

 

 間違いなく美人ではあるが、グラビアなどで見たにしては、反応が機械的過ぎる。ニタ研の強化人間とやらにしては、これまた年齢が合わない気がする。

 

 そのとき、馴染みの整備班長の声が飛んできた。

 

「おい、ロートル共! 班長とパイロットはブリーフィングルームに集合だとよ!」

「誰がロートルだ! 了解!」

 

 どうやら油を売っていられる時間は終わりらしかった。

 

 

 

 

 ブリーフィングの内容をかいつまむと、「財団のうるさいのが色々言ってくるけど我慢してくれ」と言うことだった。

 

 『憎まれ役(ヴィラン)』司令が退出の後、不満顔の乗組員が、自分を取り囲んだ。

 

「お前の伝手だろうが、なんとかしろ」

 

 などと詰め寄られたが、生憎こちらから打診できるコネの持ち合わせはないのである。それにここしばらくは、あちらからの連絡も途絶えたままになっているし。

 

 などと言い訳をしたところで、彼らの望みは愚痴を言うことであって問題解決ではない。一通りの八つ当たりを受け止めてブリーフィングルームを出たときには、すでに小一時間が経過していた。

 

「さあって、とりあえず報告書かぁ。アレ、どう言い訳したもんかなぁ」

 

 すっかり強張った肩をごきごきと解しながら、欠伸をかみ殺す。無人島に捕虜を(モビルスーツの起動キーを巻き上げた上で)置いてきた件について、それなりの筋の通った報告書を書かなくてはならない。

 

「非常食と水は置いてきたから、とりあえず干上がることはないだろうが、時間の問題だしなぁ。どっかで拾いにいかねぇと。ベース・ジャバーに載るかなぁ、あのゾック……」

 

 などと一人ごちながら艦内通路の角を曲がった瞬間。

 

 自分は、その少年を目撃した。

 

 

 

 

「あいつは……!」

 

 その少年は、『財団』の黒服に囲まれ、身動きを封じられていた。

 

 年の頃は、ほぼ『二代目』と同じくらいだろう。海水浴、もしくは砂漠でも踏破してきたのか、日に焼けた鼻の頭が痛そうに剥けている。

 

 四方を黒服に囲まれ、無力感を噛み締めるように目を伏せていたが、ふと何かに気づいたように顔を上げた。

 

 そして、自分と、目が合った。

 

(あ――!!)

 

 目を見て、わかった。かつて出会った『山猫』の息子であると。

 

 立ち振る舞い、気配、顔立ち。もちろん完全に同じではないが、細かい部品があまりにも似通っている。

 

 そして、彼女に似ていない部分。意志の強さがにじみ出ているような眉などは、今度は同じく出会った『若』を想起させる。そう言えば、そういう部品には後ろを歩く『御曹司』とも共通する気配がある。

 

 もちろん、道端で出会っただけであれば、関係を疑いこそすれ確信には至らない。だが、『御曹司』の存在と、船に乗り込んできている『財団』の関係者。これらのフラグメントは直結こそしていないが、偶然にしては絡み合いすぎている。

 

 確信した。この少年は『山猫』と『若』の息子であると。

 

「あなたは……?」

「あ、いや」

 

 視線の熱を感じ取られたのだろうか。訝しむ顔が向けられ、言葉に詰まった。なんと説明したものか。名前を聞くべきだろうか。そもそも自分に、彼に語りかける筋合いがあるのだろうか。

 

 戸惑っている間に、自分と少年の間に黒服が割り込んだ。

 

 無用な接触を許さないということか。他人の船で何様のつもりだ、こいつら。『若』のお付きの男は、もう少し振る舞いに謙虚さが……あったかな? どうだったかな?

 

 かつての『若』の護衛の頭が禿頭だったかどうかを思い出している間に、少年と黒服達は通路の奥に消えてしまった。

 

「――――はぁ」

 

 ため息が漏れた。

 

 衝撃だった。もうあれから何年になるだろう。終戦から十六年だから、それに加えてもう少し。あの様子だと、少年は終戦間際か終戦直後にはもう『山猫』の腹にいたことになるだろうか。(そう言えば『二代目』も誕生日から逆算すると戦中の仕込みになると話題にしたことがあった。真偽は不明だ)

 

 あの『若』の息子が、どのような経緯を経てモビルスーツのパイロットになったのかは知らない。そもそも軍人のような気配が微塵も感じられなかったから、少なくとも士官教育を受けてはいないだろう。それどころか、高慢さや悪い意味での知性を感じなかったので、『財団』内の育ちですらないだろうと思える。

 

 しかし、事実として彼は、『財団』の中枢に関わり、モビルスーツのパイロットになっている。しかも、RX-0は曲がりなりにも『ガンダム』だ。

 

 あまつさえ、話を聞く限りこの少年は、連邦軍とは関係なくRX-0を乗り回して戦闘に参加、『袖付き』に捕まって救出されたり、くだんのモビルアーマー・シャンブロを前に一人立ちはだかったりと、好き放題をやらかしているらしい。

 

「ったく、『若』さんよ。息子の教育ほったらかして、何やってんだ」

 

 頭を掻いた。問い質したいのはやまやまだったが、自分に『若』に繋ぐホットラインがあるわけでない。

 

 後で、『山猫の息子』に話を聞いてみようと思った。もっぱら、母親が今どうしているのか興味がある。

 

 

 

 しかし、結果として。

 

 直に『山猫の息子』と話をする機会すら、自分には得られなかった。

 

「緊急で、二人にはルオ商会からの荷物を届けてほしい」

 

 『憎まれ役(ヴィラン)』司令のそんな命令により、自分達は再び太平洋に飛び立つことになったからであった。

 

 

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