「あれが、お届け先か」
太平洋上、ルオ商会から指示された場所に飛んだ自分は、拡大モニターに映った目標に、ベース・ジャバーの進路を合わせた。
空中着艦は、カラバ時代に『アウドムラ』で慣らしたものだ。速度合わせはコンピュータがアシストしてくれるので、着艦するだけならゲームと変わりない。
苦労するのは、『
自分が操縦しているのは、『ベース・ジャバー』。『ド・ダイ』以来すっかり重用されるようになったサブフライトシステムの現用主流機だ。厳密には用途別に多数のモデルがあるのだが、一般名詞として定着しているあたりはかつてのド・ダイやミディアと同じだろう。
高い積載量と航続能力から、モビルスーツのみならず貨物一般の運搬。さらには充実した自動・遠隔操縦機能を活用してコロニー間移動にまで活用されているシリーズである。
通常ならば、上に載せているモビルスーツから遠隔操縦する方がだいぶ安全なのだが、やむにやまれぬ事情からそれは諦めている。
「さてと、ご挨拶といくか。……『リバコーナ貨物』へ。こちら『イダテン運送』。お届け物の搬入のため、接舷許可願います」
レーザー通信でお届け先にコールを送ると、すぐに返答があった。ブリッヂに待機していたのだろう。まあ、こんな荷物を乗せたベース・ジャバーが来て警戒しないはずがないが。
「『イダテン運送』、荷物確認のため目録の読み上げ願う」
それは、予め取り決められた暗号だ。こちらも約束通りの原稿を読み上げる。
「了解。目録上から花火一式、履き物一足、バニラウェハース二箱…」
……もう少し気を配った隠語はなかったものか。花火一式というには、スキウレ砲にクレイ・バズーカ一山は皮肉が過ぎるし、履き物でベース・ジャバー(つまり今乗っているもの)は今度はそのまま過ぎる。
向こうも予定表と照合したのだろう。返答は笑いをかみ殺す気配が滲んでいた。
「……確認した。しかし、妙な荷物も見えるが」
「いろいろあって持ってくることになりまして。受け入れはそちらの判断で……」
「いや、問題ない。見覚えのあるマシンだったんで気になっただけだ」
「了解。接舷よろし?」
「左ハッチ開く。直接横から着艦、いけるか?」
「問題なし」
通信が切れると同時に、お届け先の側面カーゴハッチがスライドした。
「そこから入れ、と。ジオンの方々はしれっとムチャをやらせるよな」
現在、お届け先と自分はそれぞれ時速300km以上で飛行中だ。開いたハッチから物が飛び出さないのはさすがの艦内管理といえる。
本来飛行中の搬入など正気の沙汰ではないのだが、いかんせん今は時間が惜しい。
「ほいよ……っと!」
ちょいちょいとスティックを調節し、ワンアクションでハッチに横付ける。そこから横に小さく噴射し、すいっと船内に飛び込んだ。
「着艦完了、固定よろしく」
「ナイスランディング。いい腕だ『イダテン運送』。保険はいらなかったな」
振り返ると、受け止めるためにクッションと網を持って待機していたらしい、二機の『袖付き』ザクもどきの姿が見えた。
――そう。ここはジオン残党『袖付き』の偽装輸送船『ガランシェール』。
自分は、あろうことか『袖付き』への装備横流しの片棒を担いでいたのである。
※
それは、ロンド・ベルの独自機密作戦だった。
ロンド・ベルの『
理由は明らかにしなかったが、『山猫の息子』は『
色々もの申したいのは正直なところだが、自分としてもあの二人の子供相手となれば、全力で協力する気分にもなる。
「しかし本当にいいのか? 『財団』に喧嘩を売ることになるが」
「元々コネとしては使いづらいものでしたし、あの代表面してる女の言葉通りなら、俺のコネはもうこの世にいないってことになりますからね。やってやりますよ」
……という経緯もあり、自分がその裏取引の現場を担当することになったのである。
まずは、ルオ商会から装備とベース・ジャバーを受け取った。
ルオ商会はカラバが解体された際、宙に浮いた生産ラインをかなり吸収していたようで、『英雄』が乗り回していた『ディジェ』を独自に量産していたりする。一時は『英雄』は宇宙用に改装されたアレを乗り回していたし、シャア・アズナブルもどこからか入手し、自分の専用機に仕立て上げていたとかなんとか。
今回はモビルスーツそのものは作戦の性質上持ち出せなかったが、馴染みのクレイ・バズーカやマシンガンなどの火器、さらには骨董品のスキウレ砲(ジオンが使っていたビーム機動砲台)など、剣呑さでは不足はない。
そして、ベース・ジャバーに乗り換えた自分は、パラオ周辺の離島に立ち寄り、そこでこの積み荷を引き取ったのである。
かくして、現在に至る。
「輸送船だというからモビルスーツの手持ちはないものと思っていたんだが、まさか『袖付き』の最新鋭を二機も持ってるとはね」
ベース・ジャバーを降りて両手を上げながら、銃を油断なく構えたザクもどき(『ギラ・ズール』というらしい)を見上げた。
「空中戦対応できるマシンってことで持ってきたが、要らなかったか」
「気を回して貰ったのは感謝するが、貴様、その機体をどこで手に入れた?」
ノーマルスーツを着込んだ髭面の男が、メットを片手に自分を睨み付けてきた。振る舞いから察するに船長であろうと思われるが、それにしては小回りの利くスーツを着ている。
もしかして、ベース・ジャバーに乗り込むのはこの男だろうか。だとしたら船長ではなく古参のパイロットか、それともゲリラ経験者だろうか――。そんな内心の詮索を余所に、自分はぴっと親指を立て、(多分)パラオの方を指さして見せた。
「ちょっと因縁ある相手から譲ってもらってね。なんかあんたの名前を出したら、使ってくれってさ」
本当に目の前の男の名前なのか確証はないのだが、とりあえず責任者の名前を出したのは間違いない。
「知り合いかい?」と言外に視線を送ってみるが、髭面男は応えず、何か思うところありげにそのマシン……ベース・ジャバーに載せたままの、重装型グフを見上げていた。
※
ともあれ、作戦は始まった。
作戦内容は単純で、ラー・カイラムからガルダまで護送されるユニコーンとあの『山猫の息子』を、ジオン残党が襲撃して奪取するという流れだ。
そのどさくさに紛れ、ガルダに囚われているジオン残党の重要人物(資料では古い映画のヒロイン俳優っぽい名前が書いてあった。明らかに偽名だ)を救出するのが、ベース・ジャバーの役割である。連邦の標準モデルであるため、ガルダへの接近も比較的容易であろうという見通しだ。
ユニコーンの護衛に付くのは、おそらくはガルダ搭載のモビルスーツ。普通に考えればSFSつきジェガンだが、ゼータ・プラスあたりを持っている可能性もある。
ラー・カイラムからも精鋭のトライスターが護衛につくが、そもそも『財団』の非正規戦であり、まじめに命のやりとりをする義理はない。戦闘になれば静観する予定になっている。
問題は黒いユニコーンの方だが、これはユニコーンが自分で何とかしてくれることに期待する、という流れらしい。
「割とヒロインの自助努力任せの作戦だな……」
「何もかも準備万端とはいかんよ」
そう髭面は言うが、どことなく「ユニコーンの少年ならばやってのけるだろう」という、信頼のような気配を滲ませた。
なるほど、縁浅からぬというのは本当のようだ。ならば、その判断を信じてやれることをやるだけだ。
「しかし、あんたはいいのか? 多分連邦の正規パイロットだろう?」
確認のように、操舵手の男が聞く。
予定では、作戦開始前に船を下りている手はずだったのだが、なんとなく降り損ねている。このままでは、命懸けの作戦の最前線に飛び込むことになるのだが。
「ちょっと、あの坊やの親御さんたちと縁があってね」
腕組みをしたままブリッヂに仁王立ちし、逃げ出す気はない、という態度を見せた。
「なるほど、あんたも大概はみ出し者らしい」
「あんたらも、そういう気分だろ」
にやりと笑ってみせる。この船の空気感には、軍人として作戦に参加する部隊という気配がない。なんというか、動機と責任の所在を感じる。
だからこそ、ここに踏みとどまる事を撰んだ。きっと彼らなら、『山猫の息子』と共に歩んでいける、彼が選ぶ道に寄り添うことができるだろう、という期待があった。
――自分には、そんな資格も権利もないだろう。そんな後ろめたさを誤魔化している。そう言われれば否定の余地はないが。
「間もなくガルダの防空エリア! 今更ですが艦長、本気ですか!」
「わかった、ベース・ジャバーに移る。分離したら陽動開始だ」
資格があろうがなかろうが、状況は動き出す。艦長と呼ばれた男がカーゴに、そして船が雲中に飛び込んだのはほぼ同時。
そして、ハッチに括り付けられたザクもどきが、雲中に消えるベース・ジャバーを見送って。
一角獣と姫君の救出作戦が、幕を開けたのだ。