或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0093 フォン・ブラウン(4) 

 メットをノックされ、自分は目を覚ました。

 

 最初に目に入ったのは、白いノーマルスーツの拳。そして、ヘルメットの中から覗く、自分よりやや年上くらいの東洋人らしい顔。

 

『意識はあるか?』

「あ、う、ぐ、げほっげほっげほっ」

 

 返事をしようとして、気管に引っかかっていた何かで咳き込んだ。吐き出したそれが、クリーナーに吸い込まれていくのが見える。どうやら、スーツの機能は問題ないらしい。

 

『焦らなくていい』

「げふ……ここは……そうだ、ビグロはどうなった。俺のジムは……」

 

 胃酸が逆流したのだろう、喉がひりついて痛い。背中をぽんと叩くノーマルスーツの東洋人に手だけで謝意を示し、視線を巡らせる。

 

 まず、周囲は真空だった。ジムのハッチが開かれ、空気が流出している。自分がメットを外していたらどうするつもりだったのか、と思ったが、ハッチのドアがひしゃげているのを見て納得した。これはそもそも、メットがなければ即死している。

 

『ロンド・ベルのコロンブスからの救難要請で回収に来た。交戦対象は確認できなかった』

 

 東洋人の男は自分の手足の反応を見ながら、そう説明した。

 

 どうやら、自分のジムはビグロもろとも吹っ飛ばされて漂流していたらしい。救難要請はあの担当技師によるものだろうか。また会えたら飯でも奢ってやらなくてはなるまい。

 

 コロンブスが無事で、ビグロを確認できなかったということは、奴は戦闘不能になって離脱したということだろうか。まあ、重装甲の自分のジムがこの有様なのだから、火元にいたビグロが戦える状態であったとは考えにくい。

 

 サイコミュを使っていたということは、パイロットはおそらく、強化人間かニュータイプ。ネェル・アーガマに配属されていた際に、艦内で見たネオ・ジオンの少女の写真を思い出す。

 

「……殺さずに追い払えたなら、満点だよな」

『同感だ』

 

 歪んで外れなくなったハーネスをナイフで切断しながら、意外なことに東洋人の男が同意を伝えてきた。一見最低限のことしか口にしないタイプかと思ったが、意外と饒舌なところもあるのだろうか。

 

 男に手を引かれ、自分はジムのコクピットを抜け出した。男の乗機はRGM-89『ジェガン』であり、自分のジムを掴んで完全に静止させている。宇宙での物体の回転はそう簡単に止まらないので、爆発で吹き飛ばされた機体を静止させた、東洋人の男の操縦が卓越したものであることが窺える。

 

 振り返ってみると、自分のジムはひどいものだった。左腕は上腕部で千切れ、右足はへし折れてかろうじてくっついている状態だ。増加装甲は半分が吹き飛び、半分は穴だらけになった残骸が張り付いている。割と美形だと思っていた顔もぐしゃぐしゃで、まあ、再起不能と言っていいだろう。

 

「捨てていくしかないな。タクシー頼めるか?」

『了解した』

 

 差し出されたジェガンの掌に、スーツから引き出したワイヤを引っ掛けた。ザイルがわりであり、『お肌の触れ合い通信』用の通信経路でもあるやつだ。

 

「救難要請からどのくらい経ってる?」

 

 相手がコクピットにいるのは承知の上なのだが、ジェガンの顔を見上げながら問いかけた。

 

『およそ二十時間ほどだ。今頃はロンド・ベルがアクシズを攻略している頃だろう』

 

 東洋人が説明してくれた。彼はルナツー所属の軌道防衛艦隊所属であること。中枢が消滅しているためアクシズ迎撃に参加する命令がないが、いつでも対応可能なよう付近に待機していることを。

 

「そうか、もう始まってるか」

 

 地球の方を見る。火花の類いはここからではわからないが、おそらくシャアとの決戦が始まっていることだろう。できることならなんとか馳せ参じたいものだが……。

 

 その時、自分は地球の方から、何か淡い光を放つものが近づいてくるのに気がついた。

 

「……ん?」

 

 それは、緑の光だった。光を放ちながら、何かが宇宙を駆け抜けている。

 

『青い……光?』

 

 ジェガンの東洋人も、飛来するそれに気がついたようだった。自分と東洋人が見つめる前で、光は地球の方から迫り、すぐ側を掠めて駆け抜けていく。

 

 なぜか、その光の先端に、あの『チューナー』があることが、わかった。

 

 なぜそこにあるのか。どうして飛んでいるのか。どうやって光っているのか。理屈は何一つわからないままだったけれども。

 

 どういうわけか(行かなければならない)という使命感、あるいは焦燥感だけが確かなものとして、胸で燃え上がっていた。

 

『ブルー1、キャプテンより帰還命令。あの光の帯の発生点を追跡するって』

『了解、すぐに戻る』

 

 おそらく母艦と通信したジェガンが、バーニヤを吹かして加速する。

 

 母艦も、おそらくはジェガンの東洋人も。誰もがあの使命感に突き動かされているのだろうと、なんとなく感じられた。

 

 宇宙を滑るジェガンの掌の上で、自分は宇宙を真一文字に切り裂いて残る緑の光帯を、ただ魅入られたように見つめていた。

 

 

 

 

 自分は、ジェガンの東洋人の母艦に回収された。

 

 母艦は、まっすぐにアクシズを目指して移動していた。司令部の命令もなく。命令違反も承知で、何一つ意に介することもなく。後になって考えるととんでもないことをしているのだが、その場にいる誰もが、それが異常なことだと思いもしていなかった。

 

 まるで、誰も彼もが”悪魔に魅入られた”かのように。

 

 艦載機のMS部隊が、先行するべくベース・ジャバーで飛び立った。

 

 自分も、当然のように先行部隊に志願し、余っていたジェガンを借りた。東洋人のジェガンのベースジャバーの隣に着機し、発艦する。

 

 目指すは、アクシズ。今にも地球に落下しようとする小惑星。

 

 そこで何が起きているのか。行ったからといって何ができるというのか。誰一人理解も想像もしていなかっただろうけれど。

 

 ――結果として。

 

 

 

 光帯に導かれた先で、自分たちは、ガンダムの奇跡の一部となったのだ。




▼ジェガンの東洋人

 『少尉』は面識がないと認識していたが、実際には第十一機械化混成部隊においてエースパイロットであった人物であり、『少尉』とは同じ部隊で戦っていた。
 ただし、エース部隊である第一小隊に対し『少尉』の第四小隊は目立った活躍はしておらず、拠点防衛や輸送部隊の護衛などが主であったこともあり接触は最小限だった。
 そこにもってきての14年ぶりの顔合わせであったため、お互いを認識することはできなかったようだ。

 なお、ラプラス事件が終わった後に『パン屋』の店で同窓会が行われたが、『パン屋』が振る舞った自慢の商品の味に、この東洋人と『少尉』を含む同窓一同が一斉に黙り込んだという逸話が残っている。
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