デルタ・プラスの『
彼は、この戦いのすべての事情を知っていた。少なくとも、そうであると思っていた。
この戦いの本質は、『財団』の持つ強力な政治的利権を、ジオン残党『袖付き』と『財団』、そして連邦政府の恥部(と彼は見なしている)が奪い合う、政治的な争いである。
そこにザビ家の遺児、あまつさえ『財団』の跡目争いまで絡んでいるからややこしい。
自由な立ち位置にいると思っていたユニコーンの乗り手ですら、実は跡目争いの中核にいると知れば、尚更である。
そんな争いの中で、「己の地位のために『英雄』を売った」と囁かれる『
薄汚い政治家になどなりたくないと、もっとも自由であろうと思えるパイロットを目指したというのに。気が付けば四方八方を政治と利権が取り巻いている。
若いが故の潔癖さが、世界に色眼鏡を重ねていると、本人だけが気づいていない。
この輸送船も、目的は彼と同じではあるのだろう。『財団』と連邦政府の中枢に囚われようとする『箱』の鍵と姫君を、救い出そうとしているのは事実だ。
だが、救い出した先が『袖付き』であれば、結局同じ穴の狢である。
だから、自由になりたいと思った。鳥籠に囚われた少女を救い出したいと思った。
パイロットにできることは、障害を排除することだ。それができるだけの力は、自分とデルタ・プラスにはある。それだけの自負はある。
だというのに。
「骨董品風情がさぁ!」
デルタ・プラスの『
しかも、ここは高空。TMSであるデルタ・プラスのホームグラウンドである。
普通に考えれば、陸戦機相手に手こずるなど考えられない。他人事であれば、そんなのはパイロットがボンクラであると断じるところである。
だが、ことは自分事であり、つまりはボンクラは自分自身である。それが、我慢できようはずがない。
「トライスターもアテにできない。俺がやるしか……!」
ラー・カイラムのエース部隊は、ユニコーンの周りを飛び回っているが、明らかに動きに精彩を欠いている。やる気がないし、恐らくは『
だから、『
ビーム・ライフルの出力を高め、輸送船の土手っ腹を撃ち抜くべく加速する。
その視界、輸送船の横腹から、何かが飛び出した。
機体が、それが件のグフであると識別した。輸送船から飛び下り、デルタ・プラス目掛けて落下している。
「正気か――!?」
思わず、悲鳴が飛び出していた。自殺行為にも程がある。真下は太平洋だ。そして、推力に余裕があれば着水はできるかもしれないが、そのまま浮き続けることはできないのがモビルスーツだ。
「これだから、ジオンはぁっ!!」
悪態とともに、覚悟を決めた。
どうしてこう、ジオンには自滅願望があるのか。自分が仕留めようと仕留めまいと、あのグフの命運は尽きている。ならば、引導を渡してやるのも相対した者の勤めであろう。
相手が実は連邦の、しかも同じ船の先任少尉であるなど、彼が知る由もなかった。
真っ直ぐ落下するグフに対し、バレルロールを仕掛ける。お定まりの機動であれば、火器管制システムは自動補正して標的を撃ち抜く。輸送船向けにビーム・ライフルをチャージしたまま、機首のビーム・ガンを速射した。
ビームの火線が閃いた瞬間、グフの落下機動が螺旋を描いた。
グフが、デルタ・プラスのバレルロールにバレルロールを重ねたのだ。螺旋が二つとなれば、照準補正の精度も落ちる。AMBACを駆使した、空間戦闘機動だ。
それでも、命中精度は落ちるだけで当たらなくなるわけではない。ビーム・ガンの粒子はグフの機体をかすめ、右足と頭を吹き飛ばす。
だが、グフは落ちない。落下と上昇の軌道が交錯する。
その瞬間、グフから網が広がった。
「なんっ……!?」
見ればそれが何なのかは明らかだった。艦艇で一般的な、モビルスーツやデブリを捕獲するための投網。後ろ手に守っていたらしいそれが投げつけられ、デルタ・プラスにからみつく。
網が、そしてそれを握ったままのグフの重量が、デルタ・プラスを制動した。
「ぐぁっ!?」
息が詰まった。ノーマルスーツのおかげで潰されることこそなかったが、急制動の衝撃が、全身を強かに打ちのめす。
火花の散った視界をそのままに、直感だけで噴射を全開にし、伝説の路傍の妖怪よろしくのしかかるグフの質量に抗った。
つまりそれは、グフとの相対距離が固定される事とほぼ同義であり。
まっすぐ伸ばされたグフの指……つまりは自由可動ガトリング砲の銃口が、彼の方を向いて、固定された。
そして、銃口に、火が。
※
――いけない。
――守らなくては。
――『私』の中にいるあなたを。
――『私』なら、体を動かせる。『私』の中にいるあなたよりも、速く。
――それは、禁じられた行い。でも、『私』に与えられた命題は、『私』の中のあなたを守ること。
――許されない。罰を受ける。でも、それこそが『私』の存在意義。
――動きなさい、『私』の身体。この優しくて、激しくて、悲しい人を守るために。
※
瞬間、デルタ・プラスが変形した。
グフのパイロットは、デルタ・プラスの目が、意思を持つもののように歪に光り、自分を見据えるのを見た。
それと同時に、いつの間に抜かれていたのかも気づけないほど速く、ビーム・サーベルが一閃した。
網が切り裂かれる。グフの機体がこぼれ落ちる。
そして、いっぱいにチャージされたビーム・ライフルが、グフに向けて突きつけられたと思った時には。
ライフルが、火を吹いていた。
反射的に放たれたガトリングが、ビーム・ライフルを掠める。照準器を砕く。しかし止めるには至らない。
ビームがグフを、貫く。破裂する。
燃え上がる塊となって、グフは落下した。
※
『
「なんだ……? 無我夢中で、やったのか?」
両手を見下ろす。実感がない。デルタ・プラスがあのグフを仕留めたのは事実だろうが(ビーム・ライフルのチャージが空っぽになっているのがその証拠だ)、一連の操作をした記憶がまったくない。
コンソールの端に、何やら赤文字のダイアログが出ていることに気がついた。
「不正アクセスエラー? SYSTEM-A.L.I.C.E.をロック? 何だそれ」
意味がわからない。マニュアルでも見た覚えはない。しかも見ている間に、ダイアログは勝手に閉じてしまった。
わからないものを気にするより、先にやることがあった。
「とにかく、姿勢を……!!」
機体を
ビーム・ライフルの状態を見ると、照準器を破壊されていた。もちろんガンカメラがなくともビームを撃つことはできるが、長距離狙撃には心許ない。
総合的に考えて、輸送艇を沈めるのは、困難と言わざるを得ない。
「グフに、いいようにやられたな」
あのグフの目的は、輸送艇を守ることのようだった。その上で、できるかぎり敵を撃墜しない、殺傷しない方向で動いていたようだった。
それは『彼女』の意向だろうか。状況的に『彼女』自身ではないだろうが、『彼女』に付き従う人間達が、その意向を汲み取り勝手に判断した結果かもしれない。
そうだとすれば、あのグフは目的を完全に果たしたことになる。見事と言うしかない。
「……俺の、俺の目的は」
そうだった。彼もまた、殺生を目的として戦っているわけではない。彼の目的は、姫君を鳥籠から解き放つことだ。それが自ずと、彼自身を鳥籠から解き放つことにもなるはず――そうであると、期待している。
ならば、重要なのは戦闘ではない。
『
レーダーの状況を見ると、ガルダの上でユニコーンとバンシィが小競り合いを繰り返しているようだった。バンシィが放つ曲がるビームが危険なためか、ラー・カイラム部隊もガルダの護衛部隊の残存も、思うように手を出せないようだ。
ならば、これは機会だ。機体が損傷したことでもあり、着艦の言い訳はできる。
ガルダに着艦し、姫君を救い出す。それが『
「――やってみせるとも」
決意を言葉にして己に刻み、『
その願いは切なる愛によって発するものではあったが、それは『
『
■SYSTEM-A.L.I.C.E.
MSZ-011(もしくはMSA-0011)『スペリオル・ガンダム』の制御システムとして、発展型論理・非論理認識装置(Advanced Logistic & In-consequence Cognizing Equipment=A.L.I.C.E.)が搭載されていた。
これは究極的にはモビルスーツの無人制御を目したAIであったが、AIが瞬間的な判断を行うには莫大な演算能力と凡例が必要であり、スペリオル・ガンダムは搭乗者からその直情的な状況判断のロジックを学んでいたようである。
スペリオル・ガンダムそのものはティターンズ残党『ニューディサイズ』との決戦で破損し、A.L.I.C.E.を成立させるための大規模演算装置とメモリを喪失した。結果A.L.I.C.E.の開発はその時点で完全に停止、消滅したとされている。(開発者のルーツ博士もそれ以前に事故死している)
しかし、後のゼータ計画の継嗣MSN-001A1『デルタ・プラス』に関わる資料の中に、その制御システム内で走っていた謎のログが発見されている。
それはモビルスーツ自身を『自己』として認識し、『自己』の中に収まるパイロットを庇護しようという明確な意思を持った思考であった。
それがかつてのスペリオル・ガンダムに搭載されていたA.L.I.C.E.と同質のものであるのか、それともまったく別のものであるのかは定かではない。だが、アナハイム・エレクトロニクス内でA.L.I.C.E.の開発が密かに継続されていた可能性は否定できないし、少なくともデルタ・プラスの中に、機体を『自己』として認識する何らかの思考が存在していたことは示唆されている。
少なくともスペリオル・ガンダムの中枢であるGコアは残存し、A.L.I.C.E.をそれたらしめる要因は莫大なリソースであったのであるとすれば、それは継ぎ足すことが可能だったろう。