「お、起きたか」
目を覚ますと、見覚えのない男が、自分の顔をのぞき込んでいた。
いや、正確には見覚えがあるのかよくわからない。太陽に逆光なので顔がよく見えない。ただ、声に覚えはあまりないし、気配もなじみがない。
「あんたは……」
「こいつのパイロットだよ、あんたらに分捕られる前までの、ね」
肩を竦めながら、男は足元を指さした。
そこで思い出した。この男は、ジオン残党のゾック乗りだ。
『
そして、その際の打ち合わせで、ガランシェールとガルダの邂逅点付近の海上に、ゾックを控えさせておくことになった。
もちろん戦闘目的ではなく、ガランシェールから脱出した自分や、ガランシェールに何かあった場合にユニコーンを拾うのが目的である。
つまり、自分が寝転がっているのは、河童ゾックの皿の上であった。
なんとなく床(ゾックの皿)を撫でると、妙にぬとぬとした感触が手に絡みついた。
「なんだこれ」
「貴様を受け止めるのに撒かれたフリージーヤードだ」
皿の上に仮設されたテント(サバイバルキットの中身のちょっとした応用)の下から、本来のグフの持ち主がねばねばの正体を明かした。
「うえ、アレこんなになるのか。確か自然分解しないんだろ?」
「海洋汚染だな。それに見合う価値が貴様にあれば良いが」
「言うけどな。これ俺のジェガンモドキじゃなくて、お前らのゾックのだろうが。確か戦闘中にもぶちまけてたろ」
適当に言葉を交わすついでに、状況を思い起こす。
何とかデルタ・プラスを追い払うべく突撃を仕掛けた自分のグフだったが、結果としてビームの直撃を受け、空中で大破した。
コクピット周りにだけ施されたビームコートが役に立ったのか、なんとか中枢は破壊を免れた(敢えて致命傷を避けられた節もある)グフで、どうにか落下の減速を試みたこと、ぎりぎりのところで機体を飛び降りたところまでは覚えている。
水面に叩きつけられた衝撃で気絶し、そこを待機していたゾックに拾われた、ということか。
そこで、電子音とともに、ヘルメットの視界にコールランプが灯った。側面のアクションボタンを叩くと、ヘルメットのマイクから耳馴染んだ声が聞こえてきた。
「よう、お目覚めかいジオン残党のグフ使い。相変わらずなんであれでほぼ無傷なんだお前」
なるほど、予定通りゾックの操縦は『
「いやぁ、確率的に致命傷は避けられるつもりだったんだが、あの『新人』すげぇな。変形と網切りとビーム・ライフル狙撃を同時にやりやがった。本当に人間かあれ?」
やられた側だが、あの腕前には感心するしかない。変形している最中にビーム・サーベルを抜き、網を切断してその隙間からビームを撃ったのである。
どんな挙動予測と反応速度だろう。プログラム済みの機会挙動にしてはニッチすぎるし。
「優しく育てれば、ロンド・ベルの新たなエース誕生か?」
「期待はしたいが、頭がもうちょっと柔らかいといいんだがね……」
空を見上げる。夕刻の近づいた空には、赤く尾を引く火球と、それに追従する光点が見えた。
「ありゃ、もしかしてネェル・アーガマか?」
推測した。当初計画では、ガランシェールがユニコーンと関係者を救出の後、大気圏ギリギリに降下したロンド・ベル艦がピックアップする流れになっていたはずだ。
あの艦、ネェル・アーガマには一時滞在し、若手の指導をしたことがある。当時とはもう艦長も交代しているはずだが、世話になった艦医の先生は健在だろうか。
そこでふと、思い出した。バンシィの女の面影を。
どこで見たのかと思ったら、あの艦医の飾っていた写真だ。確か第一次ネオ・ジオン戦役で、あの船に乗り込んでいたネオ・ジオンの強化人間だと聞いている。
あの目元の厳しい感じなど、あの少女が順当に育ったなら、あんな風になるのではないか。
あの表情を見る限り、あまり順当に育っているようには見えなかったが。彼女は今頃はガルダの中だろうか? ガランシェールがあの高度にいると言うことは、彼女がユニコーンを取り逃したということになる。できれば、怪我などしていなければ良いのだが。
「……ん、妙だな」
思考を、通信越しの『
「どうした?」
自分の言葉に怪訝そうな顔をする残党二人に目配せし、スピーカを開放設定に切り替えた。
「輸送船の高度が予定より低い。エンジントラブルか?」
皿の上の三人が、揃って再び空を見上げた。見た限りでは異常かどうかはわからないのだが、言われてみると赤い点と光点の間の距離が離れたままであるようにも見える。
「ランデブーポイントは間近だろう、間に合うのか?」
「この調子だと、足りないかもな。……変な加速してるから、何か頑張ってはいるんだろうが」
『皿』から突き出したトンガリに、ゾックのモノアイが、ぎょろぎょろと巡る。ラー・カイラムなら状況を逐一確認しているのだろうが、ゾックからでは大まかな情報しか捉えられない。
「ダメなら、地球をもう一周ですか」
「『財団』の追っ手が追いつく可能性もある。あれはザンジバル系のミノフスキー・クラフト型とはいえ、あの手の中では小型艦だ。燃料が足りればいいんだが」
ジオン残党の二人が交わす話を斜めに聞きながら、空を睨む。赤い光点はより大きくなり、今一つの光点とほぼ交錯しているように見える。
(上がれよ……!)
彼らがどういう目的で宇宙に上がろうとしているのかは知らない。しかし、『
その瞬間、何かが、聞こえた気がした。
“悪いな、『少尉』”
それは、懐かしい声で。もう聞くことのないだろう、思い出の中の声で。
かつて、触れてしまったことがある、あの不可思議な感触のアレイ。冷たいようで熱いようだったあの感触が、右手に蘇る。
そこから意識が、体が崩れ落ちていく。世界が遠くなっていく。右手の掌から、自分がどこかに吸い出されていくような。そんな錯覚。
“巻き込むが、我慢してくれ”
――そして、その声が聞こえたような気のしたその瞬間。
自分の意識は、粉々に消し飛んだ。
※
見えたのは、懐かしい船。
巨大なバリュートを纏い、赤熱したヴェールに覆われた、かつての住処、ネェル・アーガマ。
そこから、テザーが自分へと伸びている。
テザーを掴んでいるのは自分だ。自分の手が船からのテザーを握りしめ、またいまひとつの腕で、濃い緑色の船のホルダーを掴んでいる。
わかる。さっきまで、自分はここに立っていた。これは、ガランシェールの上部甲板だ。
自分が、ネェル・アーガマと、ガランシェールを繋いでいるのだ。
(嘘だろ、なんだこれ!?)
よく見れば、それは明らかに自分の手ではない。白くて、そして隙間から赤い光を放つ機械の腕。これはもしかして、あの白いRX-0、ユニコーンではないのか。
(俺が、モビルスーツに!?)
“落ち着きなよ、あんた”
誰かが、混乱する自分にささやいた。
(誰だ、あんた!? 俺はいったいどうなった?)
“俺は、俺達は、誰でもないさ。でも、あんたは違うみたいだ”
別の誰かの声がした。ひとことひとこと声が囁くたびに、声音は別のものに替わっていく。
“悪いな、生きてる奴が巻き込まれるとは思わなかったが、しょうがない。少し迷惑かけるが、我慢してくれるか?”
(迷惑って……)
困惑する自分に、男の声がどこかを指さしたように感じた。それは、今にも千切れそうな……ガランシェールの重量をそれ一本で支える、ユニコーンの腕。
“どうか、彼を助けるために、少しだけ力を貸して欲しい”
“あの子の命と、願いのために”
聞き覚えのある男の声と、女の声が聞こえた。
……ああ。
何となく、理解した。
きっとこれは、あの時。『アクシズ・ショック』の再現だ。
そう、あのときも自分は、こんな風にガンダムの中にいた。あの空間に満ちていた数多の魂が、ガンダムを通じてひとつになっていた。
ならば、成すべき事はわかった。呼び起こすべきは、ほんのひとときの、ほんのわずかな奇跡。
自分たちの魂が、燃え上がるのがわかった。燃え上がり、力となって、ガンダムからあふれ出す。
全身が炎の中で炙られるような感覚。痛みはないのに、何かが削られる、消し飛んでいく。
そのすり減っていく意識の片隅で、自分は、溢れんばかりの緑と虹色の輝きに飲み込まれ――いや。
その一部となって、我が家と、友と、友人の息子を支えたのだ。
※
「――おい! 『少尉』!」
身体を揺り動かされ目を開くと、またジオン残党のゾック乗りの顔が見えた。
「あ――、ん、なんだ? 俺はどうして」
「いきなり倒れたんだよ。やっぱダイブの影響か?」
問いには答えず、身を起こした。頭の奥底がじんじんと疼くが、顔をしかめるだけで黙殺する。
「どのくらい倒れてた? ……いや、ガランシェールは!?」
時間を確認するより、目で見た方が早かった。ゾック乗りを振り払うようにして立ち上がる。
意味もなく数歩を歩き出し、空を見上げれば、そこには黄昏時の空。
その闇色にぽっかりと、虹色の――いつか見た、そして今し方も目にしたような、不可思議な光が浮かんでいて。
「あれは――」
「懐かしいな、あの光、アクシズ落としの時にも見た気がする」
「綺麗な、もんですね」
グフ乗りとゾック乗りが、ともに魅せられたように見上げるのを、意識の片隅に感じながら。
しかし、自分がそんな言葉をまとめる程度の時間もなく、光は消えて。
炎の尾を引いて散らばるいくつかの光を残して、それは見えなくなってしまった。
奇跡は、また闇の中に消えてしまったのだ。
■ネェル・アーガマの少女
第一次ネオ・ジオン戦争を戦い抜いたエゥーゴ艦ネェル・アーガマは、過去の歴史上でも最大級の数の『ガンダム』タイプモビルスーツを運用していたことで知られている。(数だけで言うなら第一次ネオジオン戦争期のペガサスⅢが最大とも言われるが、FA-010A『FAZZ』をガンダムに含めていいのかという点が常に議論の的となる)
その戦いの過程で、ネェル・アーガマは多数のニュータイプ、あるいは強化人間と接する機会があった。その結果、船内には乗組員が撮影したと思わしい彼らの写真がいくつか残されている。
『少尉』が見た写真は天真爛漫な少女のものと病床のそれのものであり、彼はその二人とバンシィの女を同一人物と認識していた。