或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0096 シャイアン(3)

 落下制動の噴射により、自分の視界が白く染まった。

 

 噴煙を割り裂いて、トリコロールの戦車のようなものが発進する。それは履帯独特の騒々しさを後に残して自分の目の前を通過し、シャイアン基地の地下司令部へと疾走する。

 

「このまま全速で行く! バージムは予定通り道案内!」

 

 ア・バオア・クーとアクシズで癖にでもなったのだろうか。先をいく戦車からレーザー通信で届くのは、ややテンション高めに感じる『憎まれ役』(ヴィラン)司令の声。

 

「あんたも好きだね、まったく……!」

 

 悪態混じりに、自分はバージムでそれを……『ガンタンク』ことF-50『ガンタンクF(フォーミュラ)』を追いかけた。

 

 ガンタンクFは、『ガンタンク』と名前が付けられてはいるが、実のところこれは厳密にはガンタンクではない。

 

 RXナンバーを持つ戦車型モビルスーツではない、という意味だ。それどころかサイズ的にはあらゆるモビルスーツより小さい。

 

 F-50は、フォン・ブラウン工廠で開発された、発展型(フォーミュラ)ミドルモビルスーツだ。系譜としては自分がここシャイアンで乗り回していたミドルワーカーの血筋となる。モビルスーツでは活動困難な建築物内、狭隘地での作業や人員輸送を目的としている。

 

 ミドルワーカーとの決定的な違いは、小型の核融合炉を搭載していることだろう。かつてはこのサイズのマシンはバッテリーを背負うことで動作していたが、近年どこぞの部署が、小型高出力の核融合炉を実用化したらしい。

 

 ただし、小型化の弊害でプラズマを封じ込めるための力場が壊れやすく、誘爆の恐れがあるため大出力なものを運用できない。そのため出力を小さく抑えられる小型車両へ搭載するに至った……というわけだ。

 

 この誘爆の問題がクリアされれば、いずれこのガンタンクサイズのモビルスーツが飛び回ることになる(小型軽量を極めれば空中機動も容易になるはず)だろう。だが今は、このガンタンクはビーム兵器を搭載していないし、飛ばないし、そもそも武装そのものも最低限の制圧装備だけだ。

 

 そう、中に乗り込んでいる人間こそが、最大の戦力なのである。

 

 シャイアン基地司令部ゲート前に停止したガンタンクの腰部ハッチが開き、中からコンバットスーツ姿の海兵が飛び出した。

 

 ガンタンクFの最大の特徴がこれだ。小型軽量ながら、最大五人の戦闘装備の兵士を輸送でき、その気になればそのまま戦闘すら可能なのである。

 

 ア・バオア・クーでも、これと同じような改装を施されたガンタンクが戦線投入されていたという話も聞いたことがある。モビルスーツが登場してからそろそろ二十年近くになるが、戦争の最後の一押しは、未だに生身の兵士の職分だ。

 

 そういう兵士の運搬と支援を役割と割り切ったのが、このガンタンクFというわけだ。

 

 そして、曲がりなりにも強制査察で基地戦力と交戦中なのが我らロンド・ベルの立場であり、敵の侵入から基地を防衛しなくてはならないのが基地守備隊の立場である。

 

「こちらはロンド・ベル。連邦法に基づく査察である。査察団の受け入れが成されない場合、強制執行の用意がある!」

「当基地は連邦政府の独立権限に基づき作戦行動中である。ロンド・ベルの査察権の対象外であり、権限濫用の容疑で追及するものである!」

 

 ガンタンク内の臨時司令室と基地守備隊の間に、見事な平行線が引かれた。

 

 トーチカ代わりのガンタンクの腕シールドと、守備隊が展開した即席バリケードを挟んだ交渉は、お互いが一方的な要求を訴えるばかりだ。

 

 まあ、お互い妥協の余地がないのも事実である。交渉は決裂するしかないのだが、もう少しくらいは間がありそうだ。

 

 自分は片膝を着いた姿勢のバージムで、シャイアン基地地下施設のゲートを見回した。

 

「こんな形で戻ってくることになろうとはねぇ」

 

 紛れもなく、自分と『英雄』が一緒になって、くだらない遊びに興じた場所だ。自分がモビルワーカーで跨いだフェンスは撤去され、再舗装の上でより強靭なバリケードとモビルスーツ陣地に入れ替えられている。

 

 その陣地にバージムを降着させ、ガンカメラでトンネル内に睨みをつけた。

 

 頭部カメラだと角度的に見通しが悪く、胴体カメラや脚部カメラに切り替えるよりガンカメラを使ったほうが手っ取り早いのでそうしているだけなのだが、トンネル陣地の基地防衛隊が覿面に算を乱した。まあ、ガンカメラには漏れなく銃口が付いてくるので、当然の反応ではある。

 

「『少尉』! ライフルを引っ込めろ! 交渉にならん!」

 

 『憎まれ役』(ヴィラン)司令の苦情だが、正直交渉の難航はそれ以前の問題だと思う。しかしさすがにそれを口走るほど蛮勇ではない。大人しくライフルを引っ込め、カメラアイを光らせるだけに留めた。

 

 さて、しかしこのままでは埒があかない。普段ならばロンド・ベルの強制査察となれば両手を上げて降参してくれるのだが、今回の相手は連邦議会議長と『財団』の代表代行の後ろ盾を得ている。

 

 これだけの相手だと、権力側のゴリ押しが罷り通る。いや、本当はそんなものの通らないのが法治国家というもののはずなのだが、一定以上の力が集まると、ルールそのものが書き換わるのはブラックホールと似たようなものか。

 

 チリチリと、焦燥感が胸の中を焦がす。時間とともに、何かが焼き付いて、失われている気がする。早く何とかしなくてはならない。この場所から『彼らが狙われている』。そんな不確かな、しかし確信が頭の中を反響している。

 

「こうなりゃ……埒を開ける!」

 

 後から考えると我ながら有り得ない行動なのだが、事実として自分はやってしまった。

 

 バージムのホバーユニットを展開。足首を限界まで後ろに倒し、股関節を直角に折り曲げる。

 

 司令たちが乗り回すガンタンクと同じ要領だ。強引な、変形と言うのもおこがましい代物だが、こうすることで機体頭頂高を低くしながら、装甲厚を損なうことなく前進後退ができる。

 

 ホバーユニットによる重心変化から、構造的には可能であるとしてテストされた、『バーザムタンク』モードである。

 

 高さはギリギリ。原型機のように立派な角がついていたらアウトだったろう。トンネルの寸法はかつて自らの手で測っているし、機体の高さも確認済みだ。そもそも、バージムがガンタンクの護衛についているのも、いざとなればコレが可能だから、というのが理由である。

 

 そして、その『いざ』は今であると、判断した。

 

「おい、『少尉』! どうする気だ!?」

 

 司令の制止が聞こえるが、構わずスロットルを押し込んだ。

 

 結果、40トンばかりの装甲の固まりが、基地トンネルの暗がりにつっこんだ。

 

「は? モビルスーツが?」

「いや嘘だろ、うわ、うわあぁぁぁ!?」

 

 当然、挽き潰されたくない基地守備隊は、覿面に算を乱した。彼らが逃げ出して空になったバリケードをバージムが吹き飛ばし、進路を切り開く。

 

 その隙を逃さず陸戦部隊が突入し、瞬く間に守備隊を制圧する。それを完全に事後承諾の構えで指揮しつつ、『憎まれ役』(ヴィラン)司令が叱責を直振した。

 

「なんて無茶を! 後でどうなるか」

「んなことより急いでください! 今ならまだ止められるかも!」

 

 直振に返す。不思議と確信があった。今が分水嶺だと。『彼ら』を狙う殺意を押し留める、最後の機会だと。

 

 そう、それはきっと、あの時と同じだった。アクシズ・ショックの時。誰もが落下するアクシズに馳せ参じ、あれを押し止めるのが正しいと思った、あの時。

 

 誰かが、縁の糸を手繰り、人々の心に必要なことを告げて回っているような。そのイメージには何故か、優しい、そして少し寂しげな微笑みを浮かべた女性の面影が重なって感じられた。

 

「――――わかった。『少尉』、案内頼む!」

「了解!」

 

 バージムのハッチを蹴り開け、飛び降りる。ここからは勝手知ったるかつての遊び場。少々の改造で構造は変わらないし、裏道も山ほど知っている。

 

 恨みがましい守備隊の視線を一身に浴びつつ、司令に先んじてゲートを潜った。

 

 そして、数カ所に仕掛けられた隔壁を、かつて『英雄』と共に仕掛けたバックドアの数々(今でも通用したことに吃驚である)で突破して。

 

 途中の警備室に自分を足止めに残して、『憎まれ役』(ヴィラン)司令率いるロンド・ベルの強制査察団は、『システム』制御室……かつての司令室のなれの果てに突入したのだった。

 

 

 

 結論だけ言えば、結局自分たちは、間に合わなかった。




■カメラアイの発光

 ロンド・ベルのバージムは頭部のカメラアイがモノアイのままになっており、カメラを発光させると真ん中だけ赤く丸く光る。
 カメラアイの発光機能はレーザー通信の発信通知を兼ねており、発光パターンに暗号鍵を乗せて光る。受信側は暗号鍵を受け取ったのち、指向性の強いレーザー通信を受信し、解読する。
 この通信プロトコルはユニバーサル規格であり、一般的にモビルスーツは「目と目を合わせれば通じあう」ようにできている。(通信の意図があれば)

 もちろん、機密性の高い会話は直振回線を使用する。

■兵員輸送型ガンタンク

「そういうのがあれば、ア・バオア・クー揚陸戦ももう少し楽だったんだがな」
「そもそもジャブローでいらないからと下ろしたのが失敗でしたね」
「宇宙で揚陸作戦やる羽目になると誰が思う」

■F-50『ガンタンクF』

 ロンド・ベルのフォン・ブラウン工廠で開発された、最新独自規格のモビルスーツ。ミドルモビルスーツ級のサイズながら熱核融合炉を搭載し、簡易変形機構と兵員輸送機能を併せ持つ。

 構造的にはマンハンターが運用したD-50『ロト』とほぼ同一であるが、こちらが原型機。試作機のセオリー通りトリコロールカラーで塗装されていることもあり、かつてのRX-75『ガンタンク』を彷彿させる外観となっている。

 基本設計がミドルモビルスーツであり、降着姿勢や車輪駆動モードなど、モビルスーツらしからぬ機能が多い。結果としてガンタンクのように振る舞うようになったが、それでガンタンクの名を冠するに至ったのは、そう名乗れば売れるのではと考えた開発担当者の面の皮の厚さゆえである。が、その気質は当代のルナツー司令からすこぶる嫌われ、正式採用は見送られた。(その気質は後に技術とともにS.N.R.I. に受け継がれることとなる)

 武装は少なく、ビーム兵器も運用できない。これはモビルスーツを稼働させる程度の動力は確保できたものの、それ以上を求めると核融合炉が不安定化する問題が発覚したためである。
 このため、装備は機関砲と小型迫撃砲など動力に依存しない実弾系で固められ、トーチカとしての運用を目して大型のシールドを両腕に備えている。

 核融合炉を搭載しない民生用ミドルモビルスーツとの境界線上に位置する機体となり、法律の抜け穴を利用してモビルスーツの投入に問題がある様々な工作や作業に投入され、活躍した。

 ロンド・ベルの権限縮小とフォン・ブラウン工廠の閉鎖に伴い、関連技術の多くはS.N.R.I.に引き継がれ、様々な小型核融合炉搭載機開発の下地となった。

 後のロイ・ユングの博物館に収蔵された『ガンタンクR-44』は、この機体そのものか、かなり近しい段階の試作機(GFタンクなど)をレストアしたものであったと思われる。
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