或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0096 シャイアン(4)

 ――それは、唐突に始まった。

 

 『システム』警備室に陣取り、守備隊が悪さ(査察隊のエレベータを途中で止めるとか)をしないように見張っていた自分だったが。

 

 後から聞いた話だが、それは『システム』の指示で放たれた光線砲が、『山猫の息子』達のいるコロニーに撃ち込まれた、ちょうどその瞬間だった。

 

 おそらく自分の通信機も、それに関する内容をがなり立てていたのだろう。しかし、自分にはそういった声を何一つ聞く余裕がなかった。

 

 なぜなら。

 

 (う、が、がぁぁぁぁぁっ!?)

 

 唐突に全身を焦がす痛みに悶え、外界に構っている余裕などなかったのだから。

 

 それは、あのガランシェールの時と同じ、しかしそれを数倍する痛みだった。

 

 全身を、魂を焼かれ、薪にされる感覚。何かを成し遂げるために、代償とされるものたちの、痛み。

 

 何が起きているのかは、見えた。繋がっている『何か』越しに。

 

 淡くエメラルドめいた輝きに満たされた、白いユニコーンの背中が見える。その前方にあるのは、何だろう? 盾だろうか?

 

 続いて状況も理解した。盾が、そしてユニコーンが身を挺して、光を阻んでいる。

 

“コロニーレーザー“

“グリプス2“

 

 誰かが、口々にそれの名前を呟いた。なるほど、グリプス戦役の名前の由来、最終決戦の要となったあれが、今もなお稼働している。その制御基地こそが、シャイアン基地に設置された『システム』なのであると、わかった。

 

 他人の思い出の場所を、よくも無粋な代物にしてくれたものである。

 

 だがそれよりも重要で信じがたいこととして、ユニコーン達は、あろうことかモビルスーツでコロニーレーザーを受け止め、防ごうとしている。実際受け止めている事実もあるが、それにしても試そうという段階で正気の沙汰ではない。

 

 それを裏付けているのが、この不可思議な現象と、そこからもたらされるエネルギーなのだろう。実際、ユニコーンの盾と本体は、よくやっている。コロニーレーザーの七割ほどは彼らが防ぎ、あと少しで全てを相殺しきることができるのではないかと思える。

 

 しかし、残り三割でも背後に控えるコロニー(正確にはコロニービルダー)を撃ち貫くには十分だ。

 

 そこでようやく気づいた。自分の視点は、ユニコーンではない。その後ろにいる誰かだ。

 

 広げた両手を見れば、それが黒いユニコーン……バンシィであると知れた。

 

 バンシィはサイコフレームを黄金色に輝かせ、ユニコーンがしているのに倣って力場を放とうとしている。目的はユニコーンと同じであることは明らかであり。

 

”くそっ! まだだ、もっとやらなきゃ……!!”

 

 胸の内から聞こえる、自らの力不足を罵る声は、『新人』(ルーキー)のものであるとわかった。

 

 ああ、まったく。あの『新人』(ルーキー)は、いつも力が入りすぎている。分不相応と自ら思いながらも突っ走り、失敗を重ねる。若さとはそういうものであり、力で流れを押し通ろうとするのが間違いで、流れを泳げるようになるのが成長であると気づければよいのだが。

 

(――ああ)

 

 そこで思い至った。自分がここにいる理由を。

 

 自分には、この『力』を使うことはできない。それができるのは、様々な思いを背負い、時代の転換点に立つ『新たなる人』でなくてはならない。『力』そのものが、そうであると欲している。

 

 そう、『ガンダム』に乗っているような。そうあらんと選んだ者だけが『力』――人々の想念を背負うに値する。

 

 ――だとしたら、『新人』(ルーキー)はその資格を十分に満たしており。

 

(気負うなよ)

 

 自分の……バンシィの胸の中で苦悩する『新人』(ルーキー)に、語りかけた。

 

(どうせお前一人の力じゃない。そうあれかしと願えば、皆がそれに寄り添ってくれる)

 

 肩に手を触れるように。自らがそう伝えるように、心でそうとイメージして。

 

 すると、自分の手を通じて、数多の想念が『新人』(ルーキー)に触れるのがわかった。

 

 二人の女性を先頭に、自らの行い――自らの手で息子を殺す選択をしてしまった事実に、戦き怯える議会議長の姿を鍵として。

 

”親父――!! ああ……”

 

 イメージを受け、『新人』(ルーキー)の身体が震えた。

 

 脳裏を駆け抜ける、いくつもの記憶。憤懣、憐憫、哀切。様々な感情が吹き上がり、燃え上がる。

 

 しかし。

 

”まったく……! いつだって親の尻拭いは、子供の役目だよな!!”

 

 渦を巻く感情は一瞬で吹き散らされ、見開かれた『新人』(ルーキー)の双眸は、まるで覚者のように澄み切っていた。

 

 口元に小さく笑みを浮かべ、光を見据え。

 

「――バンシィ!!」

 

 力強く呼びかければ、バンシィの纏う光が、ユニコーンを模したように虹を帯びた緑色に煌めいた。

 

 そして、三枚の光の壁が宇宙に連なれば。

 

 憎しみしか呼ばない光の剣は吹き散らされ、新たな罪を紡ぐことなく、かき消えたのである。

 

 

 

 

 ――意識が、途切れていた。

 

 光の盾が揃った瞬間、より一層自分を焼く炎が強まった。おそらく、奇跡の代償として、魂とかそんな感じの何かが燃やされているのだ。さしずめ自分は、炉へ焼べられる薪に混ざった生木……というところだろうか。

 

 まったく迷惑な話だが、死者達は生きている側の都合などはお構いなしらしい。身体を失い、痛みや悲しみから解放されているとなれば、そうなるということなのかも知れないが。

 

 ゆえに、幻覚まがいの超常現象の真っ最中でも、意識が遠のくということになるし。

 

「おい、待て、行くな!!」

 

 『新人』(ルーキー)の叫びに、眠りからたたき起こされるようなことにもなる。

 

 見れば、虹色を帯びたユニコーン(何やら歪に変形している)が、単機でどこかへ飛翔しようとしていた。それを、『新人』(ルーキー)がバンシィで追いかけている。

 

 いや、ユニコーンは変形しているのではない。変質しているのだ。

 

 おそらくは、死者達の視点なのだろう。白いユニコーンに重なる魂の形とかそんなものが、『人間ではあり得ない』ものになっていた。

 

”ニュータイプ”

”ニュータイプ”

”ニュータイプ”

 

 死者達が、『それ』を讃える声を上げた。

 

 ニュータイプ。それは『英雄』のことだ。他にも沢山のニュータイプが存在したと言われているが、自分はお目にかかったことがない。誰よりも『英雄』こそがニュータイプに近い存在だと言われていたし、そう思っていた。

 

 だが、あれは何だ。この有様の自分が言うのも何だが、人間ではあり得ない。モビルスーツと一体化し、明らかに生き物の範疇を飛び越えている。

 

”ニュータイプ”

”ニュータイプ”

 

 死者達が、ユニコーンだったものを繰り返し讃える。彼らにとっては、あれこそがニュータイプだというのか。

 

 人と機械、あるいは生命の境界すら飛び越えた、あの『新しい何か』こそが。

 

 彼らは、『ニュータイプ』という言葉に踊らされ、死に至らしめられた人間の集合体だ。良きにつけ悪しきにつけ、その死には『ニュータイプ』の概念がつきまとうし。

 

 『新しい何か(ニュータイプ)』は、その死に意味を与える存在として、歓迎すべきものなのかもしれない。

 

 ――だが。

 

(それは……ダメだろう!!)

 

 憤りが噴き出した。

 

 『英雄』は言っていた。彼が認識するニュータイプとは、ただ勘の良い人間にすぎない。宇宙という全方位に感覚を配らねばならない環境において、生きていくために身につけた能力の一つでしかないと。

 

 そうでなければならないのだ。人は人の幸福の為に生きる。そうでなければならないし、そうであって欲しいと願っている。増して、それがユニコーンの乗り手……あの二人の息子であるならば、なおさら。

 

 それを、変えてしまった。あのモビルスーツが。

 

 そう、あの時もそうだった。アクシズ・ショックのあの時、『英雄』が望んでいたのは、戦いを収めることだけ。彼は願わくば、かつて酒を酌み交わしたあの時のように、『赤い彗星』と手を取り合うことすら目指していた。

 

 だが、モビルスーツが、その願いを壊した。

 

 決着の執着。戦いへの希求。自由への渇望。そういった、願いの器としての、白いモビルスーツ――『ガンダム』!!

 

(待てよ、連れて行くな。また、『お前』(ガンダム)が連れて行くのか!!)

 

 バンシィが手を伸ばした。それは、『新人』(ルーキー)が操作したものであったかもしれないが、その行いは自分の願いと同じだった。

 

 だが、その手は届くことはなく。

 

 ただ、伸ばした手に触れる、誰かの思惟を感じるだけで。

 

”大丈夫”

”後は、私たちの役目だ”

 

 そんな、懐かしい声を聞いたような気がして――。

 

 

 そこが、自分の意識の限界だった。

 




■感応現象

 サイコフレームに発光性能はなく、念動力の類いを発現させる回路なども存在しない。
 しかし事実としてサイコミュの発現として、念動力に相当するエネルギーが発生し、アクシズ・ショックをはじめとする様々な超常現象を引き起こしている。
 だが、超常現象であったとしても、物理空間に作用するにあたり、何らかのエネルギーを消費しているのは間違いない。
 では、コロニーを破壊しえるほどのレーザーを弾き、中和せしめるエネルギーの源は何か。宇宙世紀以前に存在しなかった力が、なぜこんなにも奇跡を起こすのか。
 ニュータイプと呼ばれた人々は、しばしば死者が力を貸してくれたと語る。
 なるほど、仮にそれが死者によって紡がれた力であると仮定しよう。
 だとすれば、その力は有限、無限か。なぜ、宇宙世紀にその力が現れたのか。
 もしもそれに理屈をつけるならば。有史以来、もっとも多くの命がごく短時間に失われた瞬間がある。
 もし、死者の魂がエネルギーに変わるとしたら。それを実現するためのエネルギーは、あるいは生命時空の向こう側に滞留しているのかもしれない。
 50億という、有史以来単位時間あたりもっとも多くの人間が死に至らしめられた、一年戦争の成れ果てが。

 『少尉』の感応現象は、彼自身にニュータイプの素養があるわけではなく、たまたまサイコフレームに触れてしまったために『向こう側』に何割か精神体を吸い取られているために発生している。
 それは永続的なものでなく、例えば『向こう側』が失われることで繋がりを失うものと思われる。

 『ラプラス事変』以降、いくつかの大きなサイコフレームによる事故が発生したものの、それ以降急速にニュータイプによる超常現象は形を潜めていく。
 原因は未だ不明ながら、結果として宇宙世紀0100年以降、サイコフレームの発光現象は観測されていない。
 『不死鳥狩り』以降、世界に何が起きたのか。『向こう側』に仮定される『何か』の存在がどこかに消えたのか。あるいは仮説そのものが間違っているのかは不明。
 ただ結果として世界はサイコフレームの光を失い、『少尉』は欠けた魂を取り戻せないまま、宇宙世紀0100年以降の世界を生きることとなる。


「このガンダムにはサイコフレームは入ってないのか?」
「反応がよくなるんで入れてはありますが、そんな劇的な性能差は出ないですね」
「光ったりはしないのか?」
「俺が仕事するようになってからは見たことがないです。昔は光ったって噂ですけどね」
「――そうか」

「もう、光らないのか」
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