事件の後、自分は軍附属の精神病棟に放り込まれた。
幾度も発生した心神喪失。それに付随する錯乱(ということになった)による、モビルスーツの施設突入。それらを何らかの心因性ストレスによる幻覚症状に由来するものとしたのである。
自分としても、こうも正体不明の幻覚を見るようでは、パイロットとしてやっていくことはできない。
強いられた入院と数ヶ月間の経過観察は、丁度いい機会とも言えた。
これを機に自分は長期休暇を申請し、モビルスーツから離れることにした。
※
ほとんど初めての長期休暇にあたり、自分は何もやることがないことに気がついた。
一年戦争で前線に飛び込んで以来、ひたすら人生をモビルスーツという兵器に捧げてきた。それ自体に後悔はない……と言うと嘘になるが、そうしなければ生きていけないくらいには不器用であった自覚はある。
だから、自分は目的のある人間に便乗することとした。
「本当に、いいのか。『少尉』」
窓の向こうに、これから我々が搭乗予定の火星往還船『オリンポス3』が見える。
それを背にした地球圏外航路の搭乗口前で、『懐古趣味者』が念を押した。
彼ら……かつて『ダイクン派』であり、パラオ近海で自分達と戦った二人は、地球圏外に旅立とうとしていた。
ダイクンの遺児たるシャア・アズナブルはもはや行方知れずとなって久しく、いま一人の遺児も決起の意思がないと判明した(らしい)ことで、彼らは地球圏で果たすべき目的を見失ってしまった。
『
そこに、一年戦争後に火星に逃亡し、そこで生存圏を確保した残党一派が、『
何でも『
「孫の顔を見に行くようなものさ」
とは、やや気恥ずかしそうに笑う『
それに、自分は随行することにしたのだ。
「別にジオンの応援に行くわけじゃない。ちょっと気分を変えてみたくてね」
建て前であり、本音でもある。
ラプラス事変と呼ばれるようになったあの件によって、ジオン残党最右翼だった『袖付き』は勢力を大きく衰えさせた。地上の残党勢力も多くが戦力を喪失し、脅威度を失っている。
加えて、間近に迫ったジオン共和国の自治権返還。これらにより、宇宙世紀から『ジオン』という存在の残滓が消えようとしている。
そうなると、事実上『ジオン的なもの』に対応するため特権を与えられているロンド・ベルもまた、そのありかたを変えていかざるを得ない。
おそらくは、自分の休暇が終わる頃には、ロンド・ベルはその規模を縮小することになるだろう。その後の去就については隊員によってさまざまになろうが、万年少尉の自分の行く末について、あまり楽しい展望が見えないのも事実だ。
結果、自分は旅に出ることとした。
久々に集まった、元
――そこまでは勧められていなかったのだが、折角なので、地球圏の外まで。
「行き先が見えないんなら、行けるところまで行っちまうのも面白いだろ」
などと、早々に除隊し渾名の由来を成し遂げていた『パン屋』が煽ったせいとしておこう。
「間違いなく、荒事になるぞ」
『
殊更ジオン勢力に与する気もないが、ことを穏便にまとめるために力を貸すには、吝かではない。
「なんだって連邦の、しかもあのときのネモ乗りを」
と、不安と不信と不満の三つを揃えた顔でぼやくのは、ゾック乗りの『
「ま、色々思うところはあると思うが、よろしく頼むぜ、『
「馴れ馴れしく呼ぶな、万年少尉め。階級はこっちが上だぞ」
「へいへい、閣下殿」
ジオン残党軍の安売りされまくった階級と比べられてもと思うのだが、言わない程度の配慮は持ち合わせている。苦笑交じりに申し訳程度の敬礼を返しつつ、自分は港の行き先案内板を見上げた。
そろそろ火星往還船の搭乗時間だった。
※
船の二等個室に荷物を下ろし、寝台に横たわった。
小さなキャビンと寝台だけの、安い下宿のようなものだ。気合の入った乗客には船賃を切り詰め雑魚寝の共同船室で暮らすものもいるらしいが、自分は仮にも勤続二十年以上の正規軍人である。個室を借りる程度の貯金はあるが、贅沢をするほどの動機もない。
そもそもこのくらいであれば、ガルダ級やカイラム級の個室よりちょっと狭いくらいである。軍人の身としては慣れたものだ。
ちなみに『
「さて、と。暇になるな」
火星までの航路は、木星航路ほどではないにせよ、百日以上の長旅となる。否応なしの休暇だ。
今頃、ロンド・ベルの皆はどうしているだろうか。おそらく『袖付き』残党の捜索に飛び回ってはいるだろうが、『袖付き』もあれだけの戦力を喪失した直後であるし、軍事行動に出ることは困難だろう。次に動くとして、また事変クラスの大仕掛けが見つかったのでもなければ二年、どんなに早くても一年かかるのではないか。
「大仕掛け、か。ユニコーンみたいな」
溜息を吐き出す。
結果、自分には『山猫の息子』があの後どうなったのか、知る機会を得られなかった。
無事であればよいと願ってはいるのだが、ニュースではビスト財団が崩壊したことと、代表代行と前代表の息子に関するスキャンダルを弄ぶばかりで、前代表の隠し子についてはどのメディアでも見ることはなかった。
そもそも、あそこまで『違うもの』に成り果てた存在が、元の人間に戻れるとも考えづらい。
かつてアクシズ・ショックの器となった『英雄』が、結局還ることはなかったように。
「――違うな。俺は」
自分は、それだけのネガティブを積み重ねていようと、それでも彼が戻ってきたと信じたいのだろう。
その希望に、『英雄』が生きていることへの逆説的な証明になるのではという願いを、勝手に託して。
ユニコーンの少年がもしも帰ってくることができたのなら。あれだけの奇跡を引き起こしてもなお、帰ってくることができるのであれば。
『英雄』もまた――どこかで生きているのではないか。
わかっている、わかっているとも。仮定に仮定を重ねたこじつけだと、理性では理解している。
が、仕方がないではないか。色々探し回って、自分が見つけた理由が、それくらいしかなかったのだから。
「……ま、探すだけならタダだしな」
独りごち、自分はタブを叩き、ありったけ買い込んできた電書の一冊目を開いた。
――よりによって、一ページ目で火星で遭難する宇宙飛行士の物語だった。
そして色々あって、自分が古巣であるロンド・ベル――権限が縮小され、本来の第十三独立部隊に戻った――に戻ったのは。
宇宙世紀0100を間近に控えた頃のことだった。
※
「オリンポス3コントロールからアングラー1へ。Nシールドに接触軌道のデブリ捕捉任務、情報更新」
「アングラー1了解。……ふむ、デブリのサイズは小型ポッド級、慣性軌道で併走中か。地球軌道からはじき出されたゴミかな」
「コントロールよりアングラー1へ、軌道変更レーザーの使用を許可」
「アングラー1了解。……ん? 待ってくれ。救難信号?」
「何だって?」
「発信源特定。デブリから微弱ながら救難信号を検出。地球連邦軍標準仕様だが、ずいぶん古いな。解析回せるか?」
「コントロール了解、ちょっと待て。データベースに照会する」
「アングラー1からコントロール。デブリにコンタクト。……戦闘機だ。それもかなり古い。パイロットはいない。ハッチが開いてる」
「死体の処理はなしか。ちょっとは気が楽になるが」
「型式が読めるな。ええと……FF-X7?」
そのデブリは、たまたま船に同乗していた『少尉』によって正体を看破され、そこから摘出された情報が、いくつかの新たなモビルスーツを産み出すこととなるのだが。
それは、ずっと未来の物語である。