或るパイロットの年代記   作:DOH

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終焉編
UC0105 ストラトスフィアの淵(1)


 宇宙世紀0105。

 

 人類が生存の場を宇宙に移してより、百年の時が流れた、その後の時代。

 

 宇宙世紀の申し子たる、地球連邦という枠組みへの反抗は、ジオン公国の勃興と一年戦争で頂点を極めた。

 

 全人口の半分を失うという狂乱の一週間を皮切りにして二十年以上、様々な災禍が地球圏を荒れ狂ったが、基本的にはジオン的なものへの後始末だったと言って過言ではない。

 

 それが終わった後。新たなる宇宙世紀は、怠惰で幕を開けた。

 

 ラプラス事変で暴露された宇宙世紀憲章の欺瞞。一度はジオン的なものを再燃させるのではと恐れられたそれも、箱を開けてみれば何のことはない。新人類が実際に政治の舞台に上がってくることはなく、ラプラス憲章も箱のスキャンダルも、まとめて忘却の川をたゆたうこととなった。

 

 そして、『新たなる者(ニュータイプ)』もまた、諦観の流れの中に消えていくこととなったのである。

 

 

 脅威を取り除かれた連邦は、急速に腐敗していった。

 

 元々地球連邦は『連邦』と言うだけあり、その政治体制は加盟国の自治を基本としている。

 

 そして、人口の多くを宇宙に追い出したことで、労働人口もまた激減した地球上の地方国家は、生産力を大きく衰えさせ、緩やかな貧困と怠惰な安寧に身を浸した。

 

 度重なるコロニー落としによって傷ついた地球においてなお、余りに巨大な大地に守られた人々は、戦争を忘れ、脅威を忘れ、泥濘の眠りを貪った。

 

 しかし、同じではいられないものもあった。ジオン的なものへの恐怖は、地球の連邦加盟自治体に深く刻まれた。――「自分達では、ジオン的なものをどうすることもできない」という諦観とともに。

 

 自分達にどうにもできないなら、他者にアウトソーシングするのが人類の叡智であるが、これが最悪の展開を誘発した。

 

 そのひとつが、弾圧者『マンハンター』の台頭である。

 

 『マンハンター』はあくまで俗称であり、本来は地球上の不法居住者の摘発を行うための、連邦警察の一部門にすぎなかった。しかし一年戦争による混乱と、モビルスーツで武装したジオン残党の取り締まりの必要性から武装化が進行した。

 

 監視が緩く、力を蓄え、脅かすものの衰えた権力がどうなるか。諫めるもののない武装組織は、UC0090年代にはすでに暴力性で知られていたが、宇宙世紀も百年目を超えた今では、モビルスーツによる住民弾圧を行うに至っていた。

 

 そして、権力の行う蛮行は、他の権力にも伝染する。それは緩やかに拡大し、確実に連邦という巨人を臓腑の奥から腐らせていった。

 

 結果、連邦市民の間には連邦への不信と反発が蔓延し、それを打破する何らかの流れが待望されるようになった。

 

 ――皮肉にも地球上の人々により、『ジオン的なもの』を求める土壌が育まれたのである。

 

 

 そしてそんな地球に、閃光のように現れた悪漢がいた。

 

 『マフティー・ナビーユ・エリン』。反連邦活動を行う組織の名であり、その指導者の名でもあるとされるそれは、腐敗した連邦の閣僚を粛正するという鮮烈なパフォーマンスで衆目を集めた。

 

 美しい断罪の剣は、暴力によって抗うことへの赦しとなり、抗う意志を持つ人と人を繋げた。

 

 かくして、UC0105。連邦の暴虐に抗する意志は、由来の別を問わず『マフティー』を名乗るようになっていた。

 

 

 ――その行いの是非と、その弥終(いやはて)を、省みることなく。

 

 

 

 

 ORX-005『ギャプラン』は、単独で成層圏まで上がれる性能を持つ。

 

 倉庫に残されていた部品ででっち上げたブースターによって、低速ながら超高々度まで上がったギャプランは、ハウンゼンとのランデブーコースに乗った。

 

 使い終わったブースターを切り離す。身軽になった機体の機動を安定化させ、本体の推進器を起動。速度を上げて、ハウンゼンを追いかける。

 

 両腕に抱えた『荷物(ハロウィンボックス)』を潰さないよう、細心の注意を払いつつ。

 

 やがて、頭上に大型のシャトルが見えてきた。政府専用客船『ハウンゼン』である。

 

 軌道を交差させ、シャトルの背中につける。すでにシャトルの操縦士には気づかれていることだろうが、ハウンゼンはその性質上、迂闊に回避行動を採ることができない。

 

「そこの連邦機! 本機は政府専用機ハウンゼン。接触は禁じられている。どのような目的か! 回答せよ!」

 

 このように、がなり立てるしかできはしない。

 

 お構いなしに、ハウンゼンの上に回り込み、『荷物(ハロウィンボックス)』をセット。優しく合図をノックすると、『荷物(ハロウィンボックス)』――揚陸ポッドから激しい金属音が響いた。

 

 合図に合わせ、ポッドがハウンゼン外壁に対してブリーチングを仕掛けているはずだから、それであろうと思われた。

 

「任務完了、離脱する。マフティーと共にあれ」

「マフティーと共にあれ」

 

 『中身』からの返答を確認して機体を離脱させると、用済みとなった揚陸ポッドが切り離され、成層圏に放り出された。

 

 燃え尽きるには高度が低い。変な場所に落着しなければ良いのだが――などと気を配っている場合ではなかった。このままの高度を維持するには、相応の加速が必要になる。

 

 ギャプランを変形させ、『三角形』と渾名される飛行形態に変じた。

 

 あとは、ハウンゼンの機動に合わせ、『荷物(ハロウィンボックス)』の輩が成し遂げるのを待つばかりだ。予定では、マフティーを名乗る一団が連邦高官を人質とし、身代金を要求する――そんな内容の犯行声明が発せられる段取りとなっている。

 

 それを見届けて、『一仕事』を果たせば、この不愉快な任務も終わりだ。

 

「……遅いな」

 

 時計を確認する。予定の犯行声明時刻はとうに過ぎた。このまま降下すれば、地球軍の防空圏に捕らわれてしまう。

 

 『ハロウィンボックス』が失敗したのだろうか。ハウンゼンの護衛がそれだけの手練れだとは考えにくいのだが、そうとしか解釈できないことでもある。

 

 ならば、役割は決まっていた。いや、どちらにせよそうすることは決まっていたのだ。

 

 ギャプランがロールし、ハウンゼンの後方につく。両翼のメガ粒子砲をアクティブにし、照準をハウンゼンの推進器に合わせた。

 

 『荷物(ハロウィンボックス)』がマフティーを名乗り、誘拐を働いたという事実が作られた。

 

 ならば『荷物(ハロウィンボックス)』と、そして人質になった連邦高官は、もはや必要ない。ここで確実に始末するのが、当初の計画である。

 

 彼らを粛正したのち、正しいマフティーがそれを公表する。そうすることで、亜流の蛮行を許さぬ清廉なるマフティーをアピールすることができる。

 

 各地で暴走しつつあるマフティー追従者との違いを示し、その上でハウンゼンの連邦高官を一掃できる――というのが、黒幕の青写真である。

 

 笑わせる。誰の考えた計画かは知らないが、マッチポンプにも限度があろう。

 

「恨むなよ……!」

 

 自分でも「無理がある」と自覚的な祈りを呟きながら、大量殺人のトリガーを引く――

 

 

「――――――――『信奉者』(フリーーーーーーーーク)!!」

 

 

 その瞬間。

 

 強制入力チャンネルから懐かしい、『信奉者(フリーク)』にとって聞き慣れた声が飛び込んできた。

 

 聞き間違えるはずがなかった。そもそも、この渾名の元凶であり、延々と本名を無視して唱え続けた声である。

 

「お前か、『少尉』!!」

 

 そして、ハウンゼンとギャプランの間に、これも懐かしさを帯びたトリコロールの円盤が飛び込んだのだ。

 




■ハウンゼン襲撃計画

 連邦政府専用高級旅客船ハウンゼンは、極秘のルートで飛行して連邦政府高官を輸送する船である。
 その護衛が離脱し、成層圏を抜けるまでのわずかな時間。それは確かに弱点であるが、これまでそれは問題にならなかった。
 それを可能とする兵器を保有し、それを運用する組織力を持つ存在が、姑息なテロリズムに走らなかったからである。
 
 この作戦に投入されたギャプランは、かつてティターンズが保有していた未組立の機体を接収し利用したものである。
 この誘拐作戦は、反連邦政府を旗印としたマフティー・サンズ(と何者かによって仮称されていた集団)が、当面の活動費を集めるために行ったものとされている。
 しかし、相手が連邦高官の詰め合わせとはいえ、これだけの兵器を投入してしまえば、要求できる身代金と釣り合うものではない。
 まして、政府高官の誘拐作戦ともなれば、連邦も早晩マンハンター的な専門部隊を投入することだろう。
 後のマフティー研究家には、この時点でギャプランを入手可能で、誘拐作戦を行う動機があり、マフティーを名乗る集団を扇動できる存在は「やはりマフティーしかあり得ない」という者がいる。
 ただし首魁とされたマフティー・ナビーユ・エリン、つまりはハサウェイ・ノアではなく、それを旗頭とした黒幕『偽医者(クワック・サルヴァー)』であろうと。
 しかしそうだとして、その目的は何だったのか。ほぼ時を同じくするキンブレー部隊による掃討作戦のスピードを鑑みるに、マフティー・サンズと連邦閣僚をともに一掃する作戦であったというのは穿ちすぎであろうか?
 そしてその作戦が肝心のマフティー・ナビーユ・エリンの身を危うくしたのは――果たして誤算であったのだろうか?
 結論を得るには、今後のさらなる研究を待つ必要があるだろう。
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