或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0105 ストラトスフィアの淵(3)

 高々度を、二機のモビルアーマーが駆け抜ける。

 

 史上稀に見る、モビルアーマー同士の高機動戦だ。

 

 いつかの、ビグロもどきを相手にした時を思い出す。そう言えば、あの時もシールドブースターを担いだマシンに乗っていたのだったか。

 

 コンポジット・シールドブースター(CSB)のライフルは、あの時のメガビーム砲ほどの射程も威力もないが、その代わり速射性には(比較的)優れるし、何と言っても二本ある。

 

 だから、牽制に二発、ギャプランの尻目掛けて撃ち込んだ。

 

「動けよ……!!」

 

 ロックオンなしのヤマ勘射撃だ。通常当たるものではないが、判断を強いる事はできる。

 

 果たして、狙い定めたレティクルから、ギャプランが消えた。

 

「来たな……っとぉ!!」

 

 すかさず機体をロールさせ、背後から撃たれるビームを回避する。

 

 してくることは予想できていた。ビームを撃って再装填まで火力がなくなるなら、その隙に背後を取って撃つのは定石だ。

 

 問題は、この交錯によって変化する速度。急減速からの位置取りに推進力を消費したギャプランと、ロールでアポジモータを消費しただけのアンクシャのポテンシャルの差である。

 

「ぐ、ぬぅ……!!」

 

 強烈なGがのしかかる。余力をキープしておいたメインスラスターをぶっ飛ばし、ギャプランに被さったのだ。

 

 腕だけを伸ばし、CSBの銃身に熱を帯びさせる。ヒートブレードモードだ。溶断武器としては威力も重量もビームサーベルに劣るが、射撃体勢から即座に白刃戦に転換できる即応性こそが強みである。

 

「死んでも恨むなよっ!!」

 

 長所を最大限に活かし、真横に伸ばしたブレードを、ロールの勢いに乗せてギャプランに叩きつけた。

 

 しかし。

 

「そのくらいで――」

 

 開きっぱなしの回線から、『信奉者(フリーク)』の苦しげな声が聞こえて。

 

「死ぬかよぉっ!!」

「ぐぉっ!?」

 

 言葉と同時に、衝撃が機体の腹を貫いた。一瞬暗転した視界の向こうで機体がシェイクされ、回転しながら上に舞い上がる。

 

 どうにか姿勢を整えて見下ろせば、いつの間に変形したのか、人型になったギャプランが、蹴りの姿勢のまま落下している姿が見えた。

 

「あの野郎、あの一瞬で――!!」

 

 悪態と一緒に血の味が滲む唾を吐く。アンクシャのブレードは、円盤形態での運用は仕様外であることと、大型武器であることにより大振りであることは否めない。キャプランはその隙を突いて、変形中に伸びた足をアンクシャの懐に叩きつけ、ブレードを無効化して見せたのだ。

 

 相変わらず、確かな腕だ。だが――。

 

(再変形が遅い。何かトラブルか?)

 

 バキュームクリーナーの風を顎に感じながら、機体を降下させ、ようやくMA形態に戻ったギャプランと併走する。

 

 見た目では、機体に異常はない。二十年近く前のマシンで、しかもやっつけで組み立てられたであろうものなのに、恐ろしく頑丈だ。さすがは強化人間用のマシンである。

 

 だが、翻って中身はどうか? 真人間向けのアンクシャで、これだけダボダボの保護服を着込んだ自分が青息吐息だというのに、おそらく装備も十分でないギャプランではどうなのか?

 

「無理が利いてるみたいだが? ここらで投降する気はないか?」

 

 併走しながら、無理は承知で問いかける。

 

「……愚問の……教科書だな!」

 

 当然、拒絶とともにギャプランが動いた。焼け焦げた右のバインダーが動き、ビームがアンクシャを狙う。ギャプランは腕周りの変形はアンクシャよりシンプルなので、動きが速い。

 

「――言うなよ、おまえが!」

 

 歯噛みする。ハウンゼンジャックなど、極刑か終身刑の二択くらいの重罪だ。投降するくらいなら、最初からやっていない。そのくらいはわかっている。わかっているのだが。

 

「それでも止まれって、思うだろうがよ!」

 

 わかっているからこそ、ビームに叫びを乗せるしか、ない。

 

 交錯する光。お互いが機体をダンスさせ、必殺の一撃を応酬する。

 

 しかし、お互いの手口は知れている。模擬戦の回数も二桁では足りない。だいたい負け越しているが。

 

 だから、お互い仕掛け方は読めるし、返し方も心得ている。両者が必殺のマヌーバを応酬しても、決着にいたらない。

 

 早晩、空戦は舌戦を織り交ぜたものに移り変わった。

 

「何か、あったんだろう!」

「何がだ!?」

「大尉が帰ってくる場所を守るとか宣ってた奴が、テロリスト風情に誘われて、ほいほい『そうだよ、君の言うとおりだ』なんて言うわけがないだろうが!」

 

 『信奉者(フリーク)』呼ばわりは伊達ではない。信仰心にも等しい『英雄』への執着があるからこその渾名である。それが、少々の理由で変節するなど考えられない。

 

 それを指摘すると、ギャプランの動きが覿面に鈍った。

 

 隙は逃さない。人型になり、ギャプランに飛びかかった。

 

 襟を掴む要領で、拘束する。空中では投げ飛ばせるものでもないが、懐に入れば長物同士、武器は使えない。

 

 ギャプランは拘束から逃れんと身を捩り、思うに行かないと見てかサーベルを引き抜くと、切りつけるのと同時に血反吐混じりのような声音を吐き出した。

 

「責任が……あるんだよ、俺達には!」

「責任!?」

「あいつを、マフティーにしちまった、責任が!」

「――――!?」

 

 意味が分からなかった。なぜここで責任が出てくる?

 

 動揺が、回避運動の指先を震わせた。本来ならばどうという事のない揺らぎ。普段なら難なく打ち払える。

 

 しかし、そのときに限っては。

 

 強化スーツによる、指先の、鈍りが。

 

「まず――!?」

 

 ――言い終わる前に、ギャプランのサーベルが、アンクシャを切り裂いた。

 

 回避に失敗した。直撃を受けた。空気が吹き出る。コクピットギリギリを引き裂いて、アンクシャが半分になる。

 

 吹き飛んでいく、機体の半身が、見えたのは、一瞬。

 

 そして――機体が、回転した。

 

 高速機動の最中、質量の半分にも及ぶ巨大なモーメントを失った機体が、ぐるりと転回する。

 

 問題は――半分になったアンクシャが、ギャプランを掴んだままということで。

 

「――――――――――!!」

「がぶっ!? ごぶぁっ!」

 

 数十トンのモーメントを失い、遠心分離機よろしく回転する機体の中で、通信回線から、何か濡れた音が聞こえたような気がしたが。

 

 確認する余裕もなく、自分の意識は肉体から吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 辛うじて脱出できたのは、奇跡としか言いようがない。

 

 気がついたときには、地上千メートルほどだった。猛スピードで流れる荒野に向けて、ギャプランと半クシャが落下していた。

 

 脱出レバーが利かなかったので、銃で固定具を撃ち抜いた。九分通り博打だったが、なんとか体がリニアシートから浮き上がる。

 

 一瞬だけ、ギャプランを見た。サーベルはアンクシャを切り裂いたときのまま発振しており、操縦者に何かあったことが伺える。

 

 だが、間に合わない。何かできるのでは、と思ったが、その前に。

 

 体が、空中に放り出された。

 

 機体が、森に突っ込む。それに続いて生身で落下する。この速度で樹にぶつかれば、それだけで自分は潰れたトマトだ。覚悟を決め、体を丸める。

 

 サーベルが、何かを灼く音に続いて、自分の身体が森に突入し――

 

 ――呆気なく、突破して。

 

 目に飛び込むのは、広大なオアシス。

 

 そして、モビルスーツが湖に落着し、巨大な水柱を立てるのに続いて、自分もまた。

 

 全身を水面がひっぱたく感覚と共に、自分は再び意識を失った。

 

 

 

 

「ああ、クソッ! 痛ぇっ!」

 

 悪態と一緒に意識が覚醒した。

 

 目が覚めたのは、湖畔の水際だった。ヘルメットのバイザーに開いた穴から、湖水が流れ込んでいる。この冷たさのおかげで意識が覚醒したようだ。

 

 泥に半分埋もれた体を起こし、ざばぁ、と体にまとわりつく水を振り払う。

 

 起こす上半身はあった。右手、左手よし。見た感じ右足も左足も健在。捻挫くらいはしているようだが、とりあえず怪我の勘定からは除外する。

 

 片目が見えていないが、頭を打ったせいか、それとも血が固まりでもしたか。面倒だが、当面致命的な問題ではない。あとは指に罅くらい入っていそうな痛みはあるが、それくらいか。

 

 総括して、ほぼ無傷と言ってよい。『信奉者(フリーク)』の「なんでそれで無傷なんだお前」という呆れの声が思い起こされる。

 

「そうだ、『信奉者(フリーク)』――!!」

 

 弾かれたように頭を上げ、頭痛に顔をしかめた。だが、構っていられない。バキュームが故障したらしく水の溜まったままのヘルメットを投げ捨て、歩き出した。

 

 ざぶざぶと水面をかき分けて、モビルスーツへと向かう。

 

 浅瀬の泥に突っ込む形で止まってくれたのは幸いだった。これが湖の真ん中だったなら、とても今の自分ではたどり着けなかっただろう。

 

 自分のアンクシャは半クシャを通り越してクシャクシャになっていたが、ギャプランは五体を保持していた。テロリストによるやっつけの組立でもこれなのだから、基礎構造が相当しっかりしているのだろう。これなら百年くらい水中に放置しても形を保っているのではなかろうか。

 

 開かれた形跡のないコクピットハッチに取り付いて、連邦軍共通コードで強制解放する。

 

 ――開いた。そして、むっとする臭気が鼻を突いた。

 

 血臭だ。

 

「『信奉者(フリーク)』!!」

 

 久々に見る相棒の顔は、顔も何も血まみれだった。口から吐き出したもの、目鼻から吹き出したものが入り交じっている。

 

 古めかしいノーマルスーツ(ティターンズモデルだった)を着込んだだけの『信奉者(フリーク)』の身体を抱き起こそうとするが――

 

「う、ぐっ……!」

 

 『信奉者(フリーク)』の苦悶に手を引っ込めた。

 

 触れた手に鮮血がべったりと張り付いていた。加えて触った感触がおかしい。

 

 息はある。それはいい。しかし――スーツの下は、人型を留めていないかもしれない。

 

「なんて……ことだ」

 

 普通人が強化人間機を乗り回した結果がこれだというのか――いや。そんな問題ではない。

 

 ――自分が、これを、やったというのか。

 

 こちらが勝負に負けた結果ではある。しかし、自分と戦った結果、相棒がこんなにも無惨なことになってしまったのは事実だ。

 

「すまん……『信奉者(フリーク)』っ」

「うるせぇ……」

 

 傲慢かつ筋違いの謝罪に反発するように、か細い呻きが聞こえた。

 

 

 

 

「『少尉』か……ちっ、こんなときくらい本名で呼びやがれ」

 

 『信奉者(フリーク)』は薄く目を開こうとしたが、目は見えていないようだった。

 

「何がこんなときだ、馬鹿野郎。末期みたいなことを」

「馬鹿は……てめぇだ。これで生きてたら俺はバケモンだっての……」

 

 笑おうとして咳き込み、血の塊を吐いた。

 

「てめぇは……相変わらずろくに怪我はねぇんだろうな」

「おかげさんでな。多分、お前に助けられた」

 

 落下したとき、抜きはなったままのサーベルが、木を切り裂く音が聞こえた気がした。意識してのことではなかろうが、結果としてギャプランが露払いをしてくれたのだろう。

 

「そっちは、やっぱりバケモンだな」

 

 笑う代わりに、喉だけを鳴らした。

 

「なあ、何でこんなことになったんだ。一体何のために」

 

 聞きたいこと、問いただしたいことは無数にあったが、とにかく確かめたかったのはこれだった。『信奉者(フリーク)』がマフティーに参加するに至った理由。馬鹿正直に連邦軍をやってきた人間が、ここにきて変節するだけの理由があったはずなのだ。

 

 だが、『信奉者(フリーク)』は喉を鳴らすだけで。

 

「わからねぇなら、そのままがいい。もう――」

「言いたいことがあるなら言え! 黙って持っていくな!!」

 

 言葉が途切れる。もう、何だというのか。呼びかけ、罵倒しても、失われていく熱を留めることはできない。

 

「傷は負っても――いつかは、意味が――」

 

 言葉が、また咳込みで途切れる。命の残り火が、血反吐と一緒に吐き出されていくようだった。

 

 そして、ひときわ大きな塊を吐き出したのが、最後だった。

 

「――ああ――――――」

 

 一杯に蓄えた嘆きと一緒に深く、深く息を吐き出して。

 

「――『信奉者(フリーク)』!!」

 

 呼びかけても、その潰れた肺が息を吸い込むことは、二度となくて。

 

 自分は、十八年もの時を過ごした相棒を、失った。

 

 

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