『少尉』がまだ十代の若者であり、モビルスーツもまだこの世に現れて間もない時代。
ジオンの地球最後の拠点にして大工廠、キャリフォルニアベースを舞台に、物語の幕は再び上がる。
自分たち、H11(Hybrid Team-11)……第十一機械化混成部隊に属していたMSパイロットにとって、アムロ・レイという人物は特別な意味を持つ。
H11は、ジャブロー司令部の直轄で、モビルスーツ運用の実地試験チームだった。
ジオンが開発した新兵器であるモビルスーツを、地球連邦軍のドクトリンに則って運用するためのノウハウを蓄積する――『人形遊び部隊』『モルモット部隊』などと揶揄されたそれは、当事者からすればまさしく泥縄で編成された人柱の集団だった。
考えてみて欲しい。宇宙世紀0079年1月に優位性が決定的と見られた新兵器を、そこから半年で複製し、軍で運用する――まともにやって、間に合うはずがない。パイロット、試作機、装備、すべてが粗製。負け戦の真っ最中に、そんなものでノウハウを蓄積する部隊。士気が高いはずもない。
加えて、ソフトウェア面がどうしょうもなかった。鹵獲したジオンのザク、そのデッドコピーであるザニー、そして初期試作型のRX-79。自分達が扱うMSは、連邦の部品が増えるごとに操縦性が劣化した。
鹵獲ザクとの模擬戦を行う度に、積み上がる黒星。突きつけられる、技量では補いきれないソフトウェアの完成度。部隊員から『ブリキの案山子』と揶揄された機体は、その名の通りの無様な人形ぶりを曝け出す。正面からの撃ち合いであればジオンと拮抗できても、人型故の三次元機動や柔軟な格闘戦のモーション、ミノフスキー粒子影響下での情報解析や、電子戦のノウハウについては、歴然の差があった。
ゆえに、H11のモルモット達の間には、ある種の諦観が蔓延していた。「自分達は、実戦投入とともに、なすすべもなく死んでいくのだろう」と。
――その状況を、アムロ・レイが変えた。
厳密には、彼が経験し、教育型コンピュータにより最適化された、莫大な実戦の経験値である。
A・Rとタグの書き込まれたデータセットが配布され、それが適用されたRX-79に乗った時の感動は、今でも忘れられない。それまで「転ばないことで褒められる」程度の幼子が、夜明けとともにムービースターまがいのアクションを演じるようになった。
RX-78ガンダムが経験した数々の死闘と、そこから洗練され続けたモーションパターン。アムロ・レイ本人の偏執的とすら言えるチューニングにより研ぎ澄まされたデータを注ぎ込まれた時、『ブリキの案山子』は本当の『機動戦士』として生まれ変わったのである。
そしてその日から間もなく。自分達のマシンは試作実験機のRX-79から正式量産機のRGM-79へと移り変わり、各地に投入されたH11の部隊は目覚ましい成果を上げた。
もちろん戦死者ゼロとはいかなかったが、全滅の諦観は過去のものとなり、自分達は反撃の嚆矢となったことを誇らしく実感した。
モルモット達は、アムロ・レイによって、命を救われたのだ。
*
さて、かくも連邦軍の命運を変えた教育型コンピュータだが、もちろん連邦の独自技術というわけではなく、モビルスーツ操縦のために開発されたものというわけでもない。
莫大なパターン情報(いわゆる『ビッグデータ』)を解析し、特徴点から最適な情報を抽出するAI技術は宇宙世紀以前から存在した。もちろん産業の形態が進化した宇宙世紀ではAI技術も正当に発達し、これを産業機器の開発に利用することにかけて、ジオン公国……その国策企業であるジオニック社は、その時点で地球圏最高の技術を保有していた。
関連するビッグデータと、必要な条件を入力されたとき、その特徴点を抽出して最適な回答を導き出す……古くはインターネットの検索システムで活躍した技術を発達させ、要件を入力すると『条件を満たす設計データの吐き出し』『シミュレータで妥当性の検証』『実際の工場ラインに製造データを送り込み試作機を製造する』……これらを自動で行う開発製造システムを構築してしまったのである。
この技術について説明してくれた技術者の言葉によれば、こうだ。
「早い話、人間が『こんなこといいな、できたらいいな』ってシステムに入力すると『はい、アッグガイ!』と出してくる、そういう機械っす」
まるで古いコミックのような話だが、それを実現するのがジオンの通称『ビルダー』と呼ばれるシステムだった。良くも悪くも似たり寄ったりのジム系ばかり作る連邦に対し、正気を疑うレベルの多様性を誇るジオンのモビルスーツラインナップは、この『ビルダー』によって産み出されていたのだ。
俗に『ジオン脅威のメカニズム』と言われるヤツである。
――という事情を自分が知ったのは、戦後のこと。
あの頃の自分は『ジオンにはものすごい工作機械がある』という程度の理解しかしていなかったし……。
まして自分がそれを盗みに行く羽目になろうなどとは、思ってもいなかったのである。
*
宇宙世紀0079年12月15日。のちの歴史書によれば、この日、連邦軍によるキャリフォルニアベース奪還作戦が開始されたと言われる。
何をもって奪還作戦の開始とするかは戦争学者とかに任せるとして、自分達H11が、キャリフォルニアベース奪還のための作戦を開始したのがこの日である……ということには、間違いはない。
奪還部隊は北米大陸各地でジオン軍と交戦していた北米方面軍を中心とした、旧来の機甲部隊と航空部隊、そして新規配備のモビルスーツの混成だった。
先日のジャブローへの無理筋めいた侵攻作戦で大きく戦力を失ったキャリフォルニアベースに対し、連邦軍は士気、装備、兵力全てが優っており、奪還作戦は何事もなければ一日で決着するだろうというのが、H11内での下馬評だった。
「……と、勝てる戦争だってわかってたとして、エースをこんな所に回すたぁ、余裕だね、我が軍は」
早朝の薄闇の下。立ち膝で屈んだRGM-79『ジム』のコクピットハッチを開き、身を乗り出して双眼鏡を覗き込みながら、『パン屋』がぼやいた。
ここは、キャリフォルニアベースに程近い山中。北米大陸西海岸の入り組んだ地形に身を潜めながら、作戦開始まで暇な時間を持て余しているのが、自分たちH11第四小隊と臨時編成の数名の現状だった。
『パン屋』はその臨時編成の一人で、H11の第一小隊に属するパイロットだ。普段から「退役したらパン屋になる」と言い続けているために、そうあだ名で呼ばれるようになった。甚だお調子者だが、A・Rパッチ前からRX-79でザクを撃破して見せたなど、エースを自認するに相応しい腕前のパイロットである。
『パン屋』の視線の先には、キャリフォルニアベースの施設があるはずだった。連邦軍の接近に備えて高濃度のミノフスキー粒子が散布されているため、通信の類はほぼ壊滅。光学測量についても撹乱されているため、パイロットの目と双眼鏡の組み合わせがもっとも長距離を観測できる。
「それだけ重要な任務ということでしょう。文句を言っても始まりませんよ」
隣のジムの足元で、『優等生』がタブレットを撫でながら応えた。彼もまたH11第一小隊からの臨時編成組だ。堅実な操縦が自慢の男で、H11のモーション作成における成績は全パイロットの中でもトップ。H11のジム全てに、彼の調整したモーションパターンが書き込まれている。
『優等生』が見ていると思わしい地図に、自分も視線を落とす。キャリフォルニアベース中枢に近い、港湾部から少し離れた工場施設。そこに、自分達の『目標』があるはずだった。
「あー畜生、角度が悪くてやっぱ全然見えねぇな」
『パン屋』が匙を投げた。ここからの視界は極めて不明瞭だ。キャリフォルニアベースから視認されない代わり、こちらからも基地の様子はまるで確認できない。同行している作戦指揮車が音紋探知で警戒しているが、ちょくちょく打ち上げられるHLVの爆音に紛れてなかなか基地の状況が把握できないようだ。
そのため、現在第四小隊のメンバー(自分を除く3名)はジムを纏って偵察に出ていた。自分は編制としては第一小隊の2人の補佐となっているので、彼らと共に留守番である。
……正直、居心地は良くない。馴染んだ第四小隊の同僚ならともかく、第一小隊とは接点が少ない。それに加え、『パン屋』はよく通る声でよく喋る。それを適当にあしらう『優等生』との会話は何かのコントのようだ。
「おい、『ブービー』、四小隊の面々はまだ戻らねぇんだよな?」
そして、苦手意識の最大のものが、これだ。『パン屋』は遠慮なく他人に渾名を付ける趣味があるのだが、自分に付けられた渾名がこの『ブービー(びりっけつ)』なのである。
もちろん渾名の理由は、不本意ながらH11内での自分の成績に起因する。
「……まだです。本隊との中継機持って行ってますから、作戦開始まで戻らないはずですよ」
業腹だが返答する。ミノフスキー粒子の散布下では長距離通信がことごとく無効化されるため、自分達のような分隊が本隊と連絡を取るには、通信中継機を持って中継ポイントまで移動しなくてはならない。そのための移動を察知されて襲撃を受けることもざらにあるため、中継機を持っていくにも小隊行動が必要になる。
「そうだったな。コンテナの装備、あと何が残ってる?」
『パン屋』が聞いてくるが、これは自分のジムが背中に武器コンテナを背負っているからだ。小隊の『
「新型の折り畳み180mmが1丁、ロケットランチャーが1丁、90mmの新型が2丁、グレネードが8つ。マガジンは90mmが4つと180mmが2つ。シールドは行きであんたが投げたんで予備はありません」
「しょうがねえだろ、あの丸い水泳部、装甲の分厚いこと。『スコップ』でもなきゃ抜けねぇって」
『丸い水泳部』はここに来るまでの遭遇戦で撃破した、ジオンの水陸両用モビルスーツのMSM-03『ゴッグ』のこと。『スコップ』とは陸戦用シールドの先端のことだ。塹壕掘りや簡易バリケード作りを目的としたものだが、格闘戦での有効性も緒戦で証明されている。
「少尉、スプレーガンはどうです?」
『優等生』はこちらが渾名を嫌っていることを察してか、自分を階級で呼ぶ。こちらが『優等生』呼ばわりしているのが申し訳なくなってくるが、まあそれはそれ。
「あれは今回、水陸両用機が多い見通しなので、持ってきてません。大気中じゃ厳しいですね」
ジオンの水陸両用機は水圧対策なのか、強靱な装甲を持つ傾向がある。ビームスプレーガンは広範囲に高熱量のメガ粒子を散布する強力な武器だが、大気中では熱の損失が大きいため、重装甲相手では満足な威力を発揮できない。メガ粒子をIフィールドで封じ込めたRX-78用のビームライフルであれば有効なのだろうが、いかんせんあれは数が揃わず、あってもジムのジェネレータでは満足に使用できない。
「ジオン星人としてもあんなもん持って帰っても使えねぇし、羊を狙う狼が来たとなりゃ、在庫一掃セールしてくると見といた方がいいだろうしなぁ」
『パン屋』がふざけて獣の耳らしく手のひらをぴこぴこと動かしてみせる。似合わない。実際にはジオン宇宙軍は水陸両用機を無理矢理宇宙で再利用していたらしいのだが、その時点の自分たちが知る由もなかった。
正直、水陸両用機は堅いので苦手だ――他の面々に気づかれないように小さくため息を吐こうとして、山麓の向こうからの爆音にかき消された。HLVが上がったようだ。
「またひとつ……」
白く空を切り裂く軌跡を見上げて、不安げに『優等生』が呟いた。
「実際、羊はまだ小屋にいるんですかね?」
「そこは安心して。今も何か作ってるから、搬出にはまだ時間がかかる見通しよ」
自分たちに共通する不安を払拭するように、女の声が割り込んできた。
「おっ、『山猫』ちゃん! 待ちかねてたぜ」
『パン屋』が喝采を上げて機体から飛び降りる。見ると、ホバートラックに横付けされたバイクから、『山猫』と呼ばれた女が降りるところだった。
▼ジオンビルダー
ジオニック社が開発した、半自動設計開発支援AIシステム。
『ジョニーライデンの帰還』で登場した、複合CADの設定を反映したもので、現実の3DCADおよび3Dプリンタを含むラピッド試作のイメージを取り込んで拡大解釈を行っている。
例えば、グフとアッガイのデータがある状態で『ジャブロー内の施設や兵器を破壊するのに有効なモビルスーツが欲しい』と要件を入力した場合、アッガイの素体を流用した上で、正面空間をヒートロッドで制圧できる『アッグガイ』が出力される。
▼RX-79
連邦軍量産型モビルスーツの試作機。RX-79[G]陸戦ガンダムとは別物で、ペットネームはない。敢えて表現するなら、ジム・テスターとなる。
あくまでRGM-79開発のための試作機であり、モーションパターンの開発や強度試験などに使われた。生産数は3機のみ。それぞれガンダムタイプ、ジムタイプ、コマンドタイプの頭部を持つが、性能に違いはなく、試験課程で都度破損しては、ジムタイプに統一されていった。
練習機としての側面もあるため強度はRGM-79より優れている(部分的にRX-78ガンダムと同じ部品が使用されている)が、ザクのデッドコピー部品も多く、総合的な性能はRGM-79に劣る。
連邦の促成パイロットの技量の低さを浮き彫りにした機体であり、この機体で得られたデータから、RGM-79の宇宙での主火器がビームスプレーガンに決定された。
RGM-79ロールアウト後には、ジム・トレーナーに改修されて訓練機として使用された。