或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0105 オエンベリ

 『信奉者(フリーク)』を小高い丘に埋葬した。

 

 本来、テロリストの遺体は身元調査などのために回収される。勝手な埋葬は許されることではない。

 

 だが、現在位置がどこなのもわからない現状、回収を求めるのは難しい。周囲の気温は高く、見たところ野獣も多い。早晩、屍肉漁りの類がやってくるだろう。

 

 長年の相棒を、蛆の塊や無惨なミートパイにするのは、我慢がならなかった。

 

 有り合わせの道具でどうにか作った墓には、石を積み上げることで墓標とした。戦場では小銃を突き立てる話をよく聞くが、残念ながらお互い拳銃くらいしか持ち合わせがない。

 

「悪いな、『信奉者(フリーク)』」

 

 せめてもの手向けにボトルの水を引っかけ、片膝を突いた。

 

 気がついたときには、空が薄暗く沈んでいた。

 

「……そろそろ、信号出すか」

 

 墓から離れ、サバイバルキットから発信器を取り出した。クシャクシャからどうにか引っ張り出したもので、水のボトルもここから取り出したものだ。ギャプランにはそれ向きのものは積まれていなかったため、自前のものを使うしかない。

 

 程々に離れた地点で発信機を起動する。救難信号には複数の経路があり、微弱ながら衛星まで届く電波を使うのがスタンダード、上向きの発光信号を使うのが次善の手段だが、天候とミノフスキーの気分次第で使えたり使えなかったりするのが難点だ。

 

 アンテナを立て、スイッチを入れる。衛星からの信号を受け取ったらランプが点灯するはずだが、しない。そういえば、以前監視衛星網をマフティーが破壊したと聞いた。その中に救難信号監視衛星が混じっていたのかもしれない。あるいは、ミノフスキー濃度インジケータがイエローを示しているので、電磁波妨害で通信ができないだけかもしれないが。

 

「……ダメか」

 

 ミノフスキーは自然消滅するものなので、待っていれば通信回復の目もある。ひとまず諦めて、別の手段を考えることにした。

 

「しかし今時なのに、やけにミノフスキーが濃いな。ここ、どこだ?」

 

 四方を見回しても荒野。上は曇天で視界がない。サバンナのような雰囲気なので赤道からほど近いくらいだろうか? あちこちに大型の金属片が見えるのは、コロニー落としの残滓だろうか。

 

「ってことは、アメリカ大陸? いや、そこまでは飛んでないはずだ。……オーストラリアか?」

 

 ハウンゼンはオーストラリア南のアデレード(現在の連邦議会の中枢がある)を目指していたので、その軌道からおそらく東。オーストラリアを越えると南アメリカまで大きな陸地はないし、飛行時間を考えても海越えするほどではないはずだ。

 

 明るい地平を背にすると、薄暗闇に沈んでいる森が見える。あれがさっき突っ込んだ森だろう。他にそれらしいものはない――。

 

「ちょっと待て、東が明るい?」

 

 振り返り、地平を睨みつけた。てっきり薄暮の明かりかと思ったが、自分が東向きに落下してきたからには、森は西側にあるはずだ。今の時間帯に東が明るいのは道理に合わない。

 

 ……そもそもあの色、炎の明かりじゃないか?

 

 慌てて取って返し、サバイバルキットをひっくり返した。キットに含まれるスコープが使えるかどうかが問題だが。

 

「ち、ダメか」

 

 さすがに精密機械はダメだった。レンズが破損し、見通せない。

 

「なら、プランBしかないか」

 

 気は進まないが、やむを得ない。

 

 自分は、地面に半ばめり込んだままのギャプランに目を向けた。

 

 

 

 

「……なんだ、これは」

 

 幸い(そして驚くべき事に)動いたギャプランの、まだ『信奉者(フリーク)』の血の臭いが立ち込めるコクピットで、自分は唖然として呟いた。

 

 ギャプランには、高機動機ゆえの高解像度の望遠カメラがある。これで明かりの源を確認すべく、機体の高度を上げた。

 

 そして。

 

 ――虐殺を見た。

 

 

 ジェガンが、カールが隊伍を組んで進んでいた。

 

 足元に、機銃や火炎放射器を向けながら。

 

 炎は、火炎放射器のものだった。基本的に、モビルスーツが火炎放射器を使うことはほとんどない。モビルスーツに通常の火炎は効果がないからだ。モビルスーツ用の火炎放射器は、原子火薬のスーパーナパームか、そうでなければ対人用のものに限られる。

 

 つまり、あのジェガンが手にした火炎放射器は、街を、そして人を焼いているのだ。

 

 ジェガンやカールに相対するモビルスーツの姿は見えなかった。抵抗しようにも、モビルスーツのサイズに頭上から火を放たれては、人に抗う術はない。

 

 とすれば、あれは紛れもない、一方的な虐殺である。

 

「何……やってんだ、あいつら……!!」

 

 ギャプランのコンソールを叩き、連邦の公開戦闘チャンネルに通信機を合わせた。この機体は曲がりなりにも連邦機なので、特に問題なくモビルスーツ部隊の会話が聞こえてくる。

 

「Cチームよりコントロール、Cエリア掃討。逃亡するマフティーが多数。対応の確認を」

「コントロールよりCチーム、アリ一匹残すな。キンバレー部隊の名にかけて、ゲリラは根絶やしにしろ」

「……Cチーム了解。完全制圧に移る」

 

 キンバレーと言えば、確かダバオ空軍基地の司令の名前だ。ダバオの部隊が、なぜこんな虐殺まがいの攻撃を行っているのか。

 

 相手はマフティーだというが、組織的な反抗もなく、一方的に蹂躙されるままだ。

 

「Dエリア掃討中。学校に立て篭もられている」

「コントロールより各機、無差別攻撃を許可。相手はマフティーだ。遠慮はいらん」

「了解。……攻撃開始」

 

 とっさにカメラを動かした。幸いと言うべきか、Dチームらしき部隊はそう遠くない場所にいたようで、望遠映像で行動を捕捉できた。

 

 なぜそうであると判別できたのかと言えば。

 

 その部隊のジェガンの銃口が、まさに学校のような大きな建物に向けられていたからである。

 

「おい……やめろ」

 

 ジェガンが、一歩を進む。学校らしい建物の窓には、小さな人らしき影がちらついており、無人ではないことが見て取れる。

 

「待て、やめろ、馬鹿なことを」

 

 制止したところで、聞こえているはずもないし、聞こえたところで止まる理由もない。ジェガンの銃の照準が合わせられ、学校を消し飛ばすべく凶暴なエネルギーを蓄える――そんなイメージが手に取るようにわかった。

 

 感情が荒れ狂った。

 

 マフティーを名乗り集まった以上、彼らはテロリストであり、排除されるべき危険因子である。

 

 だが、集まった人間が全員戦闘員ではない。その家族や生活を支える者達もいる。誰もが殺し殺される立場を選んだ訳ではない。

 

 それが区別もなく抵抗もできないまま、害虫のように嬲りものにされていい理由にはならない。そうでなければならない――!!

 

 気がつけば、ギャプランはMAになっていた。空中を滑り、駆け抜け、ジェガンの背中に肉薄する。

 

「やめろって――言ってるだろうが!!」

 

 そして、自分は。

 

 その瞬間、マフティーになった。

 

 

 

 

 疾駆したギャプランがジェガンの背中を捉えるまでは、一瞬だった。

 

 完全に油断している背中に照準を合わせ、トリガーに指をかける。

 

 引くのに躊躇いはなかった。

 

 シールドバインダーから放たれたビームは、ジェガンの背中に狙い過たず吸い込まれ。

 

 ジェガンが、動かなくなる。

 

 ジェガンの装甲強度は熟知している。背中からの直撃でも、誘爆も貫通もさせるはずがない。

 

「おい、なんだ!?」

「マフティーだ! チャーリー2がやられた!」

「ギャプランだと!? マフティーはモビルスーツを持ってないんじゃなかったのか!?」

 

 キンバレー部隊の混乱が聞こえる。

 

 ――そうか、お前達は。

 

 モビルスーツを持たない、抵抗できないとわかっている人間相手に、モビルスーツを振りかざしたのか。

 

 立ち止まる理由も余裕もなかった。『敵』のモビルスーツは、近くだけであと3機。構成はジェガン1機と、カールが2機。

 

 大きく機首を上げ、上空で変形、再変形で急速反転。学校に銃口を向けていたもう一機のジェガンを、真上から撃ち抜く。

 

 そこで人型に戻り、着地。息を吐き出そうとしてせき込んだ。やはり、強化人間機はとんでもない。わずかな動きでも身体に信じられない負荷をかけてくる。

 

「……っ、今だ、逃げろ!」

 

 学校の窓から覗き込む顔に向けて、呼びかける。見たところ、それは子供に見えた。

 

 マフティーに子供を参加させているのか、そしてそれを丸焼きにしようとしたのかという、ふたつの憤りが混じり合い、喉からせり上がる。

 

 が、それを飲み下すしかなかった。ビームが容赦なく撃ち込まれたからである。

 

 右のシールドバインダーで受け止めると、腕が爆発した。

 

「んなっ!? くそっ!! 結構撃ち込んだもんなぁ!」

 

 シールドを貫通されたのだ。ビームコートには限界があるし、身に覚えも山ほどある。

 

 自業自得への悪態と同時に、爆煙に紛れて突っ込んだ。

 

 ビームを撃ってきたのは重装のグスタフ・カールだ。昔は軽装のドーラ・カールもいたが、最近はその役割は専らジェガンに譲り、重装モデルだけが跋扈している。

 

 それを、可変機の推力任せに蹴り倒し、踏みつけ、サーベルを突き立てた。出力はいつかのバージムと同じだが、ビームの曝露時間が長ければ問題なく貫ける。

 

 動かなくなったカールから視線を上げる。

 

 あと、1機。

 

 

 

 

「マフティーのモビルスーツだと!?」

 

 指揮機のケッサリアでキンバレーが状況を把握したとき、チャーリー小隊のモビルスーツは壊滅していた。

 

「たった一機にどういうことだ! ガンダムか赤い彗星でもあるまいし!」

「機体識別はORX-005、強化人間用の高機動TMSです。搭乗者が強化人間の可能性も……」

「強化人間は大方消費期限が切れているだろう! 油断しおって、このキンバレーの顔に泥を塗る気か!」

 

 虐殺を命じておいて今更、と言わんばかりの副官の表情は、幸い憤怒でモニタに釘付けのキンバレーに気取られる事はなかった。

 

「それで、そのマフティーのMSは!」

「現在は戦線を離脱、オエンベリ市街地から西に20キロほどで停止中です」

「ふん、補給でもしているのか? こんな近くで?」

 

 キンバレーが唸る。モビルスーツにとって、20キロはそう遠い距離ではない。キンバレーが命令ひとつすれば、部隊を殺到させてすり潰せる間合いだ。

 

「単純に機体を損傷しているために動けないのでは?」

 

 破壊されたカールの映像で、腕が破壊されているのを確認したという管制士の意見に得心して、キンバレーは嗜虐的に笑った。

 

「そうか、そうだなぁ! よし、グスタフ・カールを全機マフティーMSに回せ! ジェガンは蟻の駆除を継続せよ!」

「よろしいのですか? 火炎放射器装備のジェガンはTMSからは一方的に……」

「我が部隊は、たった一機のモビルスーツも抑えきれないとでも言うのか?」

 

 鼻を鳴らすキンバレーに、管制士は密かに嘆息した。それができないから、TMSは恐ろしいというのに、そんなことすら理解していない。

 

 要職を得るのに実力や経験は考慮されず、ただコネクションだけで役割がトレードされる組織。それが現在の地球連邦軍であり、キンバレーはその宿痾の化身のようなものだった。

 

 そして、その浅はかさは、程なくモニターに現れた。

 

「マフティー機、グスタフ・カール部隊の包囲を突破! ジェガンの掃討部隊に向けて急速移動……!」

「なにぃい!? カール部隊は何をしていた!」

「ケッサリアを狙い撃ちにされました! ジャンプフライトではTMSは捕捉できません!」

「うぬぅうううう!!」

 

 歯ぎしりするキンバレーの目の前で、ジェガンを示すマーカーが次々と消えていく。

 

 火炎放射装備のジェガンは、モビルスーツに有効な火器を持たない。サーベルは有効だが、巨大な燃料タンクのついた火炎放射器が邪魔になる。

 

 そして、相手はTMS、その中でも高性能で知られるギャプランである。ジェガンは射的の的も同然だった。

 

「追え、逃がすな! マフティーは一人残らず殲滅されるのだと思い知らせてやれ!」

 

 ジェガンを殲滅して戦場から離脱するギャプランに、キンバレーは残存MS部隊による徹底した追撃を命じた。

 

 グスタフ・カール部隊が機体に不調を来したらしいギャプランに追いつき、撃墜するまでに、実に一時間を要した。

 

 その時間と、対人装備を備えたジェガン部隊の喪失により殲滅効率の低下したキンバレー部隊は、数千人規模のマフティー(を名乗るパルチザン予備軍)を取り逃すことになったのである。

 

 

 

 

「うぉあ……死ぬぅ」

 

 ギャプランを数時間乗り回し、爆散する機体から飛び降りて脱出を試みても、なお自分は生き延びていた。

 

 我ながら大概頑丈であるが、『信奉者(フリーク)』が血反吐を吐くだけのことはある。操縦中に肋骨を、脱出時には左足もへし折れた。

 

 この状況で、水も食料も防寒具もない状況で荒野を歩き回るのは、さすがに無理がある。

 

 何日かかったのかも定かではないが、野獣の餌にもならずどうにかクシャクシャのサバイバルキット置き場にたどり着けたのは、奇跡と言ってよかろう。

 

 ボトルに汲んだ湖の水に、サバイバルキットのアルコールタブレットを落として飲み込む。消毒用の奴で、本来はアルコールが揮発するまで待つ必要があるのだが、我慢がならなかった。

 

 口蓋から胃袋までを一通り灼くアルコールの痛みが、生存を実感させた。

 

 

 そのとき、奇妙な音を聞いた。

 

 甲高い、異形の音。聞き覚えのあるそれは、ディフェンサーm型のIFBCを空中で起動したときに聞いた、Iフィールドバリアが大気と衝突する音に似ていた。

 

 そして、頭上を、白いモビルスーツが飛んでいった。

 

(あれは……)

 

 掠れた声で呟こうとしたが、声は出なかった。だが、見えたものが『ガンダム』であることだけは確信できた。

 

 酷く歪で、禍々しい姿をしていたけれども。その色と面差し、そして纏う雰囲気が、それが『ガンダムである』と直感させた。

 

(行くのか、ガンダム。お前なら、救えるのか?)

 

 空を過ぎる『ガンダム』に、心で問いかける。『ガンダム』であるなら、きっとあのマフティーの人々を救いに行くのだろう。

 

 自分にできたのは、ほんの少しの手助けまでだった。本当に人を救うならば、もっと大きな、正しい力が必要だったのだろう。

 

 中途半端な、場当たり的な自分に、できることなどたかが知れていたということだ。

 

 視線だけで、見送る。

 

 大きく歪に大きな手足を広げて、翼のように襟を開き、空を駆ける『ガンダム』を。

 

(悪魔の――ような――)

 

 その印象を最後に。

 

 自分の意識は、闇に飲まれた。

 

 




■マフティーを救いに行く

 『少尉』の意図したところではなかったが、結果として彼の感想はひどい皮肉になった。
 テロリズムもカウンターテロリズムも、どちらも対症措置でしかない。
 ガンダムもまた人を救えども、その行く末は見放すことしかできなかったのだ。
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