或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0105 アデレード

 回収された自分が一通りの治療を受け、我が家……ラー・カイラムに戻るのは、思いのほか早かった。

 

 ラー・カイラムが、他の随行艦と共にアデレード湾に降下していたためである。

 

 退役する気満々で休暇を手配していたはずの『憎まれ役(ヴィラン)』司令が、上層部のたっての願いでアデレードの指揮官に着任したから……ということらしいが。

 

「最後の仕事の、つもりだったが」

 

 艦長室で、『憎まれ役(ヴィラン)』司令が、表情に影を落とした。

 

 満身創痍の自分を見たがゆえだろう。そして、続く内容の気の重さも。

 

「まずは『少尉』、ハウンゼン護衛任務完遂、ご苦労だった」

 

 『憎まれ役(ヴィラン)』の視線が手元のタブレットを滑る。軽々しい言葉ではないが、視線の振る舞いと同じく、上滑る。

 

「アンクシャ改装機でハウンゼン護衛につき、ORX-005ギャプランの襲撃を撃退。その後追撃を行うも反撃を受けアンクシャは撃墜……そこまでで間違いはないな?」

「ええ」

「そしてそのギャプランはその後、オエンベリにてマフティー掃討中のダバオ基地のキンバレー部隊と交戦。ジェガン十機とカール二機を破壊した後撃墜された、と報告されている。これは?」

「概ね合っているはずです」

 

 嘘はない。撃墜数は覚えていないが、さすがは強化人間用の機体である。

 

 問題は。

 

「ギャプランの搭乗者は――『信奉者(フリーク)』であったというのも、間違いはないな?」

「――――はい」

 

 視線を逸らし、頷いた。

 

 理由は、長年の相棒であった『信奉者(フリーク)』の変節と、戦闘中死亡(公にはまだ疑い(MIA)の段階)。

 

 そしていまひとつは、ギャプランでキンバレー部隊を襲ったのは自分だという事実ゆえである。

 

 これは、言い訳のしようがない味方殺しだ。戦闘中のMS乗り換えなどが想像できないことなどから疑いすらされていないが。

 

 もちろん、黙っているつもりはない。事件のあらましを報告した上で、然るべき処罰を受けるつもりだった。

 

 ――当然、極刑が待っていることだろう。もしそうでなかったら、それこそマフティーに身を捧げることになるだろうか。まあ、ほぼあり得ないことを考えても仕方がないが。

 

「彼については――残念だった。何か言葉は?」

「これまで戦ってきたことの価値と、世界の熱を取り戻すのだと言ってました」

「……価値、か」

 

 司令がデスクに肘を突き、手を組んで息を吐き出す。価値。それは自分たち、一年戦争の始まりから人生を軍隊に捧げた人間全員が感じる空疎さである。

 

 ひとり『信奉者(フリーク)』だけではない。誰もが、今の世界に「こんなはずではなかった」と嘆いている。もっとよくなるはずだった。そうだと期待していたのに、行き着いた果てがこの有様だというのなら。

 

「確かに、キンバレーのような行いを鑑みれば、マフティーに入れ込む気分はわからんでもないが」

「いいんですか、軍指令ともあろう人が」

 

 窘める自分に、『憎まれ役(ヴィラン)』は「気分がわかるのと理が通るのとは別だ」と力なく笑った。

 

「それに、マフティーももう一段落というところだしな」

「一段落?」

「ああ、もしかして『少尉』はまだ知らなかったか?」

 

 『憎まれ役(ヴィラン)』が、何か悪戯を思いついたように、人の悪い笑みを浮かべた。

 

「『少尉』が眠っている間、ラー・カイラムが降下する直前に、マフティーのガンダムが捕獲されたんだよ」

「マフティーの、ガンダム……?」

 

 あの、悪魔めいた白いガンダムの事だろう。『憎まれ役(ヴィラン)』がモニタに出したモビルスーツは、確かにあの時見た白い悪魔に相違なかった。

 

 そうか、彼は負けたのか。あるいは、目指すところを果たしたが故に、司法に首を差し出したのだろうか。

 

「アデレードに特攻を仕掛けてきたのだが、同僚を殺され続けた閣僚が怒り心頭でね」

 

 それももう数日前で、ちょうど自分が病院にかつぎ込まれた頃のことのようだ。道理で軍病院まわりの空気が微妙に弛緩していたわけである。

 

 アデレードでの会議に出席すべく降下したハウンゼンの閣僚たちは、ダバオでマフティーに始末されたらしい。

 

 これで連邦閣僚は半分ばかりが鬼籍に入ったことになるが、それで機能が失われるわけではないのが連邦の強みであり、宿痾でもある。

 

 死んでも終わりにならないなら、憎悪と報復が無尽蔵に投げ返されるということであるから。

 

 そんな自分の他人事のような思考を。

 

「負傷が回復し次第処刑執行の指令書にサインさせられたよ」

 

 『憎まれ役(ヴィラン)』の続いた言葉が引き裂いた。

 

「ちょうど今頃、南の収容所で、マフティー・ナビーユ・エリン……正確にはその指導者で、マフティーそのものを名乗るパイロットの処刑が執行されているはずだ」

 

 ――瞬間。

 

 ぞっとした感覚が、全身を駆け抜けた。

 

 脳の中で何かがつながった。理解してしまった。

 

 『信奉者(フリーク)』はなんと言っていた? 「あいつをマフティーにしてしまった責任」?

 

 それはつまり、マフティーは自分と奴の共通の知人であり、その行いにある程度の責任がある人物であるということにならないか。

 

 妻も子もない自分達が責任がある人間など、第十三独立部隊(I13)関係者くらいしかいない。教導した新兵? そこまでの責任はないと思える。

 

 ――いや、もう理解はしていた。思い当たる人間はたったひとりしかいない。

 

 自分達が育て、慈しんできた――つもりだった、若者がひとり。ここ数年、まったく連絡を取ることもなかった青年が、ひとり。

 

 いま、『憎まれ役(ヴィラン)』司令は何といった? ――「負傷が回復し次第処刑執行の指令書にサインさせられたよ」

 

 それは――つまり。

 

「どうした、『少尉』?」

 

 首を傾げる『憎まれ役(ヴィラン)』司令に返せる言葉があるはずもなく。

 

 立ち尽くす自分の背後から、ドアのノック音が聞こえた。

 

「開いている。どうぞ」

 

 『憎まれ役(ヴィラン)』司令が、ドアのロックを外した、その瞬間。

 

 開かれた扉から――武装した憲兵が四名、音もなく飛び込んで。

 

 瞬く間に床に叩きつけられた自分の頭上で、憲兵が銃口を『憎まれ役(ヴィラン)』司令に突きつけた。

 

「――司令。マフティー・ナビーユ・エリンへの犯行教唆の疑いで拘束いたします」

 

 憲兵の狼藉に、『憎まれ役(ヴィラン)』司令の顔色が熱を帯びた。つかつかと詰め寄り、銃を突きつけられていることにも構わず、憲兵将校の襟首を掴む。

 

「教唆!? どういうことだ!」

「まだご存じありませんでしたか、司令」

 

 奇しくも、司令が先ほどの自分にしたのと同じ台詞で。とっておきの秘密を暴露する楽しみに、憲兵将校の顔が、ひどく陰湿に歪む。

 

 見上げる自分は「やめろ……」と声を上げたが。

 

 今更、そんな声でなにが覆るということもなく。

 

「あなたの息子が、マフティー・ナビーユ・エリンだったのですよ!!」

 

 そう言って、憲兵将校は酷薄に。

 

 つい今し方、自らの息子の死刑を執行した父親に、事実を開陳したのだった。

 

 

 

 

 それからのことは、他人事のように虚ろに覚えている。

 

 取り押さえられたままの自分に、『憎まれ役(ヴィラン)』司令は、魂が抜けた顔で、一言だけ告げた。

 

「後を、頼む」と。

 

 なにを頼むというのか。守れというのか。『英雄』も、『信奉者(フリーク)』も、『二代目(ジュニア)』も『憎まれ役(ヴィラン)』司令すらもいなくなったというのに?

 

 『信奉者(フリーク)』の言葉の通りだ。自分達がやってきたことは何だったのか? 価値はどこにいった? 自分達はどこで間違えた?

 

 悪魔のような『ガンダム』の姿が目蓋に蘇る。それは『山猫の息子』の角割れに、そして『英雄』が消えた白い機体へと移り変わる。

 

 『ガンダム』はいつもそうだ。希望の道を拓く存在を装うが、その存在はいつも生贄を求める。

 

 『白い悪魔』とはよく言ったものだ。『ガンダム』とは悪魔――地獄への使いに他ならない。

 

「――――――――!!」

 

 ただ、丸まったまま唸った。

 

 口を開けば、迸るのは呪詛か慟哭だけだったろうから。

 

 自分は、口を噤み黙って横たわることしかできなかった。

 

 そして憲兵が去り、自分は一人残された。

 

 もう、誰もいなくなった場所に。

 

 

 

 

 『憎まれ役(ヴィラン)』司令はそれっきり戻ってこなかった。

 

 政治家に転向する予定も消滅した。エゥーゴに参画していた時とは訳が違う。大量殺戮者の父親という烙印は、彼から再起の機会を決定的に奪った。

 

 そうでなくとも、『憎まれ役(ヴィラン)』に再起の気迫が残っていたかは疑わしいが。

 

 実の息子を、ともすれば自分の手で引導を渡すよりも残酷な形で葬った事実は、彼の魂を打ち砕いたに違いないから。

 

 

 ――一ヶ月ほどが過ぎて、ラー・カイラムに新しい司令官が赴任した。

 

 あのキンバレーに近しい派閥の新司令は、精悍さを取り繕ってはいたものの、表情の端々に小狡さを滲ませているように見えた。

 

 彼は自分に、第十三独立部隊(I13)が解散し、さらに規模を縮小して実験部隊に再編されることを告げた。

 

 そして、自分が昇進するということも。

 

「おめでとう、大尉」

「自分は、少尉ですが?」

「実験部隊の指揮官をやってもらうための昇進だよ。邪魔していた議員も死んだことだしね」

 

 何でも、ハウンゼンに乗船していた議員の中に、あの元オデッサ司令が含まれていたらしい。ハウンゼンは無事だったものの、その後一時宿泊していたダバオのホテルをマフティーが襲撃した際、巻き込まれて死亡したのだという。

 

 その結果、彼がせき止めていた(後日に聞いた生前の本人談、これといった意味があるわけでもなかったらしい)自分の昇進が決まったらしい。

 

 ――どうでもよかった。給料が上がろうが、名誉なことだろうが関係ない。自分にとって大切だったのは、『英雄』と、『信奉者(フリーク)』と、『憎まれ役(ヴィラン)』指令と。親しかった、人形遣いの時代を共に生き延びた仲間達と、その居場所だったのだ。

 

 それが失われた以上、すべてがどうでもよかった。得体の知れない憎悪だけが、臓腑の奥底で滾っていた。

 

 ただ、

 

「マフティー様々だったな」

 

 そう笑う新司令のことだけは、自分は生涯嫌いになることを決めた。

 

「ともあれ。これからよろしく頼む、『少尉』――いや」

 

 

 

「ボッシュ・ウェラー大尉」

 




■ボッシュ・ウェラー大尉
 この人物は、後の火星オールズ・モビル戦役において、第十三実験部隊の裏切り者であり、ガンダムF90二号機を奪取した人物として記録が残っているが、そもそもその正体が不明瞭である。
 この名前も、いくつかある(それ以外の資料であちこちが食い違う)資料の一つでそのように編纂されたものでしかなく、本稿ではその資料に沿ってこのように呼称している。

 すなわち、マフティーなどと同様に近年の研究によって『解釈』が変わったものであり、本稿は最新の解釈を織り込み『第十三独立部隊に寄り添い続けた人物』としてその半生を想像したものである。
 そうであれば、UC0105のマフティーの乱と、それに伴う第十三独立部隊のブライト・ノア体制の崩壊に直面するのは必然であり、本稿はそれが彼の人生の決定的な転換点であるものと解釈した。

 ともあれ、『或る少尉』としての物語は本章においてひとまず決着し、ボッシュ・ウェラー大尉の物語は、UC0120の火星オールズ・モビル戦役において終焉を迎えることになる。

 本稿は、歴史的事実は変わらずとも、その経過が異なるものとしてその最後の時代を追うことで、この年代記を終える予定である。

 読者諸兄は、もう少しだけこの物語にお付き合い願いたい。
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