或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0120 オリンポス(1)

 爆音が、地下坑道を揺るがした。

 

「何事だ」

「オリンポス・キャノンの発射により、アドミラル・ティアンムを撃沈。しかしオリンポス・キャノンも破損し、現在の震動は関連区画の崩壊によるものです」

 

 通信機越しの問いに、顔馴染みの士官が答える。前に火星に来て以来、孫のような気分で鍛えていた青年だ。

 

「そうか。撃破高度は?」

「大気圏外です。おそらくは……問題ないかと」

 

 問題とは、艦の破片だ。『積荷』が万一地表に落下してしまうと、大変な災害が引き起こされてしまう。だからこそのオリンポス・キャノン――マスドライバー砲の使用であったが、こればかりは燃え尽きてくれるのを祈るしかない。

 

「――老人達は?」

「砲と運命を共にされました」

「そうか、満足して逝けたならいいが」

 

 オリンポス・キャノンはそもそもが大気圏外資源運搬用のマスドライバーを転用したものだ。地球を砲撃する目的で改修されたものの、元々の基礎が半世紀以上前のものであり、発射すれば施設の崩壊は免れないと予測されていた。

 

 それでも、彼らは撃つと決めた。それはかの砲が、彼らの人生そのものであったからだ。

 

 この作戦は、ほぼほぼそういうものだった。彼らはジオン残党の最後の生き残りであり、彼らの人生の意味を残すためのものとも言えた。

 

 アドミラル・ティアンムは、現在の第十三独立部隊(Indipendent Team 13)の旗艦である。規模を縮小し続けたなれの果てとは言え、これを殲滅せしめたという事実が、多少なりとも老人達の慰めになっただろうか。

 

 ――自分にとっては、感慨はない。あの場所にはもう、何もない。

 

 だから、名前を汚す俗物が消え失せたことに喜べるかと思ったのだが、そういうものでもなかった。

 

「大佐、侵入してきたモビルスーツが中枢区画に」

「突破されたか。F90か?」

「はい。加えて、ジェガンとギラ・ドーガ改修機も随行しています」

「……そうか」

 

 アドミラル・ティアンム率いるI13の機動部隊だ。攻め手はおおよそ20機。あれだけ混乱していた艦隊から引っ張り出したにしては立派な数だ。

 

 旗艦を潰されたことに、彼らは気づいているだろうか。ここに至ると、彼らが地球に帰還するためには、自分たち火星独立ジオン軍におもねり船を借りるか、もしくは奪い取るしかない。

 

 必然、彼らも死に物狂いとなる。楽な戦いにはなるまい。

 

 所詮、自分程度が策士を気取ったところで、行き着くところはこんなものだ。本来なら、もっと早い段階で手を打つべき事ばかりだった。

 

 そもそもの発端は、火星の生産力向上と、武装化だった。

 

 食糧生産と工作機械の品質向上により、近年の火星は大きく勢力を増した。その経済力を転用し、老人たちがネチネチとマスドライバー砲の準備をしていたのは事実だ。その照準が地球であったことも言い訳の余地はない。

 

 今のまま火星が勢力を強めれば、いずれは地球に対して反旗を翻すことになっただろう。

 

 ――その時まで、そのやる気を持った連中が、生きていればの話であるが。

 

 しかし連邦側にとってはそんな事はお構いなしだった。地球を狙えるオリンポス・キャノンと反地球の旗印で動く軍事組織の存在は、連邦に強行手段を採る格好の言い訳となった。

 

 地球にとって、地球圏外の自治体など基本的にはどうでもよく、火星の価値は木星圏からのヘリウムⅢ輸送船団の補給基地以上ではなかったし、それ以上になって貰っても困るのである。

 

 ゆえに、一部の軍人の独走で、火星潰しが決定された。核兵器と環境兵器による火星の殲滅は時間の問題であり、その実行部隊として第十三独立部隊(Indipendent Team 13)が再編されようとしていた。

 

 これを阻止するのが、火星独立ジオン軍『大佐』である自分率いる部隊の目的だった。

 

 最初は、木星船団公社のヘリウムⅢ輸送艦『コバヤシ丸』の撃沈だった。これは自分が直接指揮したわけではないが、『伝手』を利用して老朽化が進んだ船を破壊させた。事前に木星船団公社の『伝手』と示し合わせていたため、乗員の脱出は速やかに行われたと聞いている。

 

 次に、ガンダムを……第十三実験部隊で試験中だった、サナリィの新型MSであるF90を強奪した。懐かしの泥棒行為は二号機のみ奪取に成功し、『オールズ・モビル』の脅威を連邦に示した。

 

 面子を潰された上に木星船団公社からの強い要望もあり、連邦は激発した。本来の計画より時計の針を早め、往復一年近くにもなる大遠征艦隊を編制したのである。

 

 次に自分たちはこの艦隊に対し破壊工作を講じた。単独での帰還を困難にし、補給艦とのランデブータイミングを狂わせた。

 

 火星周辺宙域で孤立した火星遠征艦隊は、戦わずして火星独立ジオン軍に降る――となれば理想だったのだが、そううまく事は運ばなかった。

 

 せめて、あの時旗艦アドミラル・ティアンムを完全に占拠できていればよかったのだが。逃げ場を失った宇宙艦艇で、不用意な脱出などしないとたかをくくったのがケチのつきはじめだ。

 

 降下作戦に備えて待機していた降下艇が艦を脱出し、それに対応している間に随行艦が体勢を整えた。結果、最優先攻撃目標である工作艦を撃沈するプランBに切り替えたが、これも失敗。『オールズ・モビル』の統率も甘く、工作艦への砲撃は随行艦の反撃を呼び、艦隊は乱戦状態に陥った。

 

 そして集中砲火を受けた工作艦が逃げまどい、小惑星に激突して破片を飛散させた。お陰で制圧作戦は中止を余儀なくされた。

 

 ここで早々に覚悟を決めて、撤退前にアドミラル・ティアンムを沈めておけば、これまた余分な被害を出すこともなかった。結果としてオリンポス・キャノンを使う羽目になったのは半分くらい計算通りであるが、できることならば(あの忌々しい司令はともかく)馴染みの乗員を巻き込みたくなかったのだ。

 

 しかし、アドミラル・ティアンムと、工作艦の積荷が危険すぎた。

 

 火星を焼くべく搭載された核弾頭と、何より密かに積み込まれた『あの悪魔』が。

 

 ここに至れば、完全に消し飛ばす以外なかった。色気と甘さがゆえに、計画より死人が増えすぎた。

 

「F90、抑え切れません。ラル少佐、マツナガ中佐、小隊機とともに撃破されました」

「そうか、さすがはガンダムというところだな」

 

 報告に、気取られないように苦笑する。著名人の名前が聞こえてくるが、当然のように騙っているだけの偽物だ。

 

 火星独立ジオン軍を名乗ってはいるが、これが実態だ。老人が英傑の名を騙り、自分程度が『大佐』を背負う。あまつさえ、このマシンに組み込まれているのは『赤い彗星』C.A.の名を持つ教育型コンピュータときた。

 

 色々な意味で、末期を看取っている状況であり、それも終わりに近づいているようだった。

 

「シャル坊、そろそろ脱出しろ。頃合いだ」

「はっ、大佐は?」

「俺は……わかるだろう?」

 

 機体のコンソールを撫でる。

 

 自分が乗るこのマシンはF90、ガンダムタイプ・モビルスーツの二号機だ。アドミラル・ティアンムから回収し、識別しやすいように塗装を変えたところ、老人達に勝手に角を剥がされ、トゲトゲを追加されてしまった。

 

 その結果、どことなくかつての赤い彗星を思わせる風貌になったのは確かである。

 

「本当は、違うんだがな」

 

 苦笑する。一緒になって塗装した昔なじみの『刻印(スティグマータ)』と「最悪のガンダムの色と言えばこれだろう」と決めたカラーリング。

 

 それは、赤と白。アデンの戦いの時の、『英雄』の機体の色である。

 

 あの機体を乗り回していたのはごく一時期だったため、一般にはあれが『英雄』の機体との認識はあまり強くないが、やはり自分達にとっての『英雄』はあの色なのだ。

 

 ……自分からは頼もしくも恐ろしい味方として、そして『刻印(スティグマータ)』からは恐るべきかつ憎むべき仇として。

 

 しかしそれが、正反対の意味合いを持って老人達から喝采を受けることになるとは、わからないものである。

 

 結局、人間とは自分が見たいものしか見ない。勝手な解釈と理想を押しつけてくる。そして人間を動かすには、その勝手な肖像と期待にある程度おもねってやらねばならない。

 

「悪党をやるのも疲れるな、『二代目(ジュニア)』」

 

 忘れもしない十五年前、言葉を交わすこともできないままに、最悪の別れを果たした知己に語りかけた。

 

 気がつけばその尻尾を追いかけるようなことをしていた。もしもニュータイプが死者と語るという伝説が正しいのであれば、この囁きも聞こえているのかもしれない。もしそうだとしたら、共感してくれるだろうか。

 

(いや、案外激怒するかもしれないな)

 

 共感したからこそ、自分のやったことは棚に上げて、憤慨し糾弾する。自分は埒外だからこんな風であったが、普通の人間はそんなものになってはいけない……などと、他人事だからこその正論をぶちかましてくる気もする。そういう質の悪い潔癖さが、『二代目(ジュニア)』にはあった。

 

「『大佐』! ガンダムが宇宙港区画に来たぞ!」

 

 管制室に残った老人が告げた。ずいぶんと老け込んだが、馴染みの『刻印(スティグマータ)』だ。火星独立ジオン軍とオリンポス・キャノン施設の最期を看取るため、管制室に居残った。

 

 管制室の防備はなきに等しい。連邦の部隊が乗り込んでくれば為す術なく制圧されるだろう。

 

「急行する。もう管制はいい。その気があるなら脱出しろ」

「ああ、お前もな。……『少尉』」

 

 返答する間もなく、懐かしい呼び名を残して通信が切られた。

 

「――『少尉』か」

 

 それは、ただの階級だった。階級だったはずなのに、自分の周りで『少尉』と言えば自分のことだった。それほどまでに、自分というパイロットはいつまでも『少尉』であり続けた。

 

 自分という生き方そのものが『少尉』だったとも言える。何を選ぶこともなく、ただ役割を愚直に果たし続けるだけの、名もなきパイロット。

 

 そこに大きな後悔はあった。何もできない苦悩もあった。何かを成し遂げられた訳でもないし、何かを得られたわけでもなかった。作り出したはずの価値は失われ、共に歩いた人々はみんないなくなった。

 

 だがそれでも、『少尉』でなくなった後の日々を考えれば。結局、『少尉』が自分にとっての黄金時代だったと言える。

 

 ――過ぎてしまったからこそ、そう断言できる。

 

 だが、その時代は終わった。時代を共有した仲間は去り、残骸は汚された。

 

 『ガンダム』も消えた。マフティーのガンダムを最後に、『英雄』のモビルスーツは『叛逆の旗』へとラベルを張り替えられ、『新たなる者(ニュータイプ)』とまとめて神話の中に忘れられた。

 

 それでいいのだろう、そうでなくてはならないと思う。今から考えれば、『新たなる者(ニュータイプ)』と『ガンダム』は、あまりにも大きな呪いだった。

 

 『新たなる者(ニュータイプ)』はジオンとそれに連なるものの源流となり、『ガンダム』はジオン的なものを抑圧する剣の象徴となり続けた。『憎まれ役(ヴィラン)』に言わせればまた別の見地があったようだが、今となっては意見を交わす機会もない。

 

 ならば、自分たちの……絶滅戦争と人形遣いの年代記を終わらせるために。

 

「さあ、呪い(ガンダム)を――葬るとしよう」

 

 F90――ガンダム二号機を、発進させた。

 




■オールズ・モビル討伐遠征艦隊

 公式記録によれば、編制はカイラム級アドミラル・ティアンムを旗艦とし、アイリッシュ級セント・アイヴス、ミッテラン、アーレイバーグの3隻、掃海艇3隻、惑星雷撃艦2隻、補給艦2隻。

 UC0120年代に運用される戦闘部隊としてはかなりの規模であり、公式記録においては史上初の惑星間軍事遠征である。

 作戦目的はジオン残党軍の掃討およびF90の奪還となっているが、一時は解体され第十三実験戦団として編制された部隊が即座に第十三独立部隊として再編成された速度や、先行偵察なども不十分なままに強行制圧が行われたなど、運用に迅速かつ拙速さが目立つ。

 ただしこの拙速さは、ジュピトリス級『コバヤシ丸』を撃沈された木星船団公社からの、強い要望が背景にあったと考えられる。基本的に不可侵である木星船団公社は武装も少なく、海賊の存在は航路の安全確保において致命的な不安要素となるためである。

 投入されたモビルスーツ数は不明だが、アイリッシュ級とカイラム級の搭載数から40機以下ということは考えづらい。オリンポス攻略戦において、実際に降下できた戦力はこの半分ほどと考えられるが、その戦力だけでオリンポス基地の制圧に成功している。

 帰還時に残存していたのはアイリッシュ級が一隻のみであり、乗員と艦載機の多くは木星船団公社のジュピトリス級に相乗りして帰還した。


■あの悪魔

 環境兵器『アスタロス』。この時代の火星では『イシュタル』と呼ばれる環境開発用植物を使用し土壌の肥沃化を進めているが、これを殲滅する性能を持つ。

 『アスタロス』は『イシュタル』の未完成版であり、UC0091頃の事件において、地球圏に残されたものを回収・培養したもの。一方『イシュタル』は木星圏に封印されたものが地元公社(のちの木星帝国)に回収され、本来の形に完成させられた。(一応、木星圏での食料・酸素生産環境の向上を目的としたものであり、それは一定の成果を上げた)

 『アスタロス』はテラ・フォーミングの進行している火星の生産力の向上を抑止し、地球への依存度を維持するために投入されたものであり、限られたものしかその存在を知らなかった。

 アドミラル・ティアンムが地上に墜落するだけでも土壌の汚染される可能性が高く、計画を察知した『オールズ・モビル』は宇宙空間での処分を試みたが、失敗した。

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