或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0120 オリンポス(2)

 程なくして、自分の二号機は、F90一号機と相対した。

 

 パイロットは、見所のある若者だった。テストパイロットながら軍人嫌いの彼は、軍艦配属というままならぬ環境にふて腐れてはいたが、瞬間の判断力と粘り強さには光るものがあった。

 

 軍人にされたことに不平たらたらだったその振る舞いから『拗ね馬』と渾名してやったが、残念ながらあまり定着しなかった。まあ所詮渾名は渾名である。

 

 もし叶うなら、アドミラル・ティアンムと共に拿捕し、火星の若者たちと会わせて見たかった。鳥籠の中で飼われるよりは、フロンティアを目指す方が向いている気質だったと思う。

 

 だが、自分としては、目が嫌だった。屈折しながらも目指すべきものを見つけたときの直向きさが、自分の中の劣等感、もしくは燻る何かを射抜くようで。

 

 今、F90のツインアイ越しにも、その視線が感じられた。困惑、憎悪、義憤、まあそんなところか。

 

 気のせいか、このマシンに座っていると、感情の流れに聡くなっているような気がした。まるで、機体のシステムC.A.が何かしているかのように。

 

「――そんなはずは、ないんだがな」

 

 この二号機のシステムC.A.も、一号機のシステムA.R.も、教育型コンピュータのサポートシステムに過ぎない。

 

 だから、ガンダムの視線に感じる思惟は、自分の経験から得られる錯覚と言うことにしておこう。

 

「大尉、あんたは――!」

 

 一号機の『拗ね馬』が、憤りを口にする。

 

 さて、ここからは悪役の時間だ。精々悪どくマイクパフォーマンスをしてやらねばなるまい。

 

 ことここに至れば、自分がすべてをなかったことにして逃げ出すか、彼が悪党を倒して凱旋するかの二択なのだから。

 

 そしてもちろん――『負けてやる』つもりなどは毛頭ないのだから!

 

 

 

 

 一号機は、F90の本来の特性であるミッションパックを大量に身に纏っていた。

 

 多数の敵を相手取ることを考えれば妥当な筋だ。本来あのミッションパックは複数を併用することは想定されていなかったはずだが、ソフトウェアの調整でなんとかしてみせたらしい。軍人ではなく、サナリィ社員にしてテストパイロットであった経歴を活かした離れ業と言えるだろう。

 

 あるいは、一号機に搭載されているシステムA.R.による自己最適化機能の為せる業だったのかもしれない。考えてみれば、かつての『英雄』らしさのある行いではある。

 

「どうあれ、装備を削らないことには勝負にならんな……!」

 

 何しろ、こちらはジオン残党軍流のやっつけ装備しか持ち合わせていないのである。

 

 軽装の機動性を活かし、弾薬を浪費させる。警戒すべきは近接火器の連装グレネードとミサイルだ。メガガトリングやビームキャノンは、施設内での運用は危険なため使わないであろうし、使わせない想定でいく。

 

 サーベルを抜いて距離を詰めながら、ライフルでフェイントを仕掛ける。一号機は面白いように引っかかり、斬りつけたサーベルが腕のガトリングを捉えた。

 

 使い物にならなくなった腕のメガガトリングを放棄し、一号機もサーベルを引き抜く。

 

「大尉、あなたが全部仕組んだのか!」

 

 サーベルの剣戟に紛れ、通信の向こうから一号機の『拗ね馬』の問いが飛び込んだ。

 

 さて、どうだろう。仕組んだと言えばその通りだが、仕組まれた側とも言える。そもそも戦争というものは、どっちが善でどっちが悪というものではない。戦闘に至るまでの間に、幾重にも過程が積み重なる。

 

 だが、細かいことを説明している時間はないし、ここで戦意を失ってもらっても困る。

 

「これは仕組まれていたのだよ、四十年前からな!」

 

 だから、『拗ね馬』が一番望んでいるだろう答えだけを教えてやることにした。

 

「これもまた、連邦への侵攻作戦の一環なのだ!」

 

 嘘ではない。事実である。ただ、事実を全部語っていないだけだ。

 

 火星ジオン残党軍の地球への復讐と、地球連邦の火星潰しが交錯した結果である。

 

 火星に地球を撃たせるわけにはいかなかったし、地球に火星を滅ぼさせるわけにもいかなかった。

 

 故に、火星独立ジオン軍『大佐』の自分が矢面に立ち、この計画を企てたのである。

 

 老人達の怨念と、連邦の陰謀が衝突し、共に消滅するように。

 

 だが、それを懇切丁寧に説明する時間はないし、するつもりもない。それで分かり合うことが許される局面は、始まる前に通り過ぎていた。

 

 そして、自分の最後の目的は。

 

(自分とともにジオンを滅ぼし、『ガンダム』と決着をつける)

 

 そういうものだった。

 

 その思考に至った途端、二号機のシステムが自分とシンクロした気がした。疑似人格AI『システムC.A.』は、RX-78の教育型コンピュータのカーネルを応用して開発された戦術支援システムであり、操縦士に『赤い彗星』の操縦センスを提供する。

 

 マヌーバパタンをマクロにしてコマンド時に呼び出す仕組みはH11のモーションセットと同じだが、システムが状況を独自に観測し、「赤い彗星ならどう判断するか」を演算し続けている点が革新的だ。さらには極短距離サイコミュ通信によるサイコトリガーを使用し、パイロットの思考を読みとりつつ、状況に応じて警告や誘導を送り込んでくる。

 

 だから、凡庸な自分でも、一号機のサーベルの間合いを見きれるし。

 

 カウンターで、加速最高点のバーニヤを乗せたキックを繰り出しても見せる。

 

「ぐぁぶっ……!?」

「どうした! その機体の性能は――」

 

 敢えて『性能』と強調して。

 

「そんなものではないはずだ!」

 

 さらにトゲトゲだらけの肩アーマーを突き出して、タックルを試みる。さすがにこれはかわされたものの、死に体となった懐に腰のロケット弾を撃ち込んだ。

 

 戦いは二手三手先まで備えて仕掛けるもの。その心構えであれれば、一手の間に三手を打つのも不可能ではない。『通常の三倍』の所以であろう。

 

 だが、必殺の一撃が紅蓮の火球を生み出したにも関わらず、一号機は健在だった。

 

「腕を犠牲にやり過ごしたか」

 

 煙を振り払って距離を取る一号機の左腕が、醜く焼けただれて千切れていた。

 

 ただ盾にしただけでこうはならない。ロケット弾を打ち払うようにして、爆発力を腕の中に閉じこめるような対応をする必要がある。

 

 そんな見切りは大博打であり、普通の人間にやれるものではない。度外れた勝負勘と、割り切りが必要となる。

 

 そんな勘所を持つ男を、自分は一人だけ知っていた。

 

「それが、ガンダムの力だ」

「何!?」

 

 一号機がたじろぎ、半歩退く。

 

 F90一号機に組み込まれたシステムはタイプA.R.。『英雄』を模した疑似人格AIである。

 

 システムC.A.に比べて『英雄』の情報量が多い(自分も開発に協力したし、データの大元はRX-78の教育型コンピュータだ)ため、再現度が高い。

 

 機体の剛性を熟知し、必要とあれば腕一本くらいは気前よく差し出す。『英雄』らしい動きではある。

 

 だが、その性能を引き出すには、操縦者がそれに近い精神性を持たなくてはならない。意志決定は、操縦者だけのものなのだ。操縦者の意志を検出すればこそ、システムは提案を実行する。

 

 つまるところ、性能を引き出すのもパイロットの才覚ということなのだが。

 

「自分の才能だけで戦えているとでも思っていたか!?」

 

 煽りが目的なのだから、敵に塩を送る必要もない。

 

「あなただって、ガンダムだろう!」

「そうだな! すばらしい力だよ!」

 

 掛け値なしに、そう思う。だが同時に、自分には……ただの或るパイロットには、過ぎた代物だとも思う。

 

 そしてそれ以上に、名前に課せられた期待(呪い)が、強すぎる。

 

 実際に乗り込んでみてわかった。このマシンは、搭乗者に否応なしの覚悟を要求する。

 

 英雄、礎、そして生贄となる覚悟を。

 

 それは人の、ひとりの人間の器には過ぎたものだ。救世主たれと言われていると変わらない。一人の英雄に課せられる十字架としては、あまりにも重すぎる。

 

 だから、自分は。

 

「私は見た! あのアクシズの光を! ユニコーンの輝きを! マフティーの閃光を! だから、F90を見た時決めたのだ! 私がガンダム(これ)を手に入れると!」

 

 そう、手に入れる。――蘇ろうとするガンダムを、葬り去るために。

 

 二度と若者達に、ガンダムという呪いに触れさせないために。

 

 不完全な計画の結果、『拗ね馬』をガンダムに乗せてしまったが。それでも、今からでも取り返しはつくはずだ。

 

 だから。

 

 罪も、呪縛も、老人が抱えて逝けばいい。そのために。

 

「貴様のガンダムを――破壊する!」

 

 自分の意志に応えたのか、二号機が、赤く燃えた気がした。

 





■システムA.R./C.A.

 F90シリーズに搭載されている疑似人格AI。それぞれ一号機に『英雄』、二号機に『赤い彗星』の思考パターンを模倣したものが搭載されており、パイロットとは無関係に周囲の情報を取得し、状況判断を行っている。

 システムは状況を判断してモーションパターンの選択の提案までを行っているが、あくまで過去のパイロットの記録から深層学習したものであり、行動の新規性や正確性についてはあまり性能が発揮できていない。(新規性を獲得するには後のバイオ脳によるニューロンネットワークの補助が必要だった)

 システムはバイオセンサーとパイロットの血中スウェッセム・セル間で行われる極短距離用サイコミュ通信=サイコトリガーで行動を提案する。しかしサイコトリガーは脳を刺激する電流を再現するだけであり、受ける側にその電流に対応する回路が存在しなければならない。つまるところ、F90の操縦システムは『英雄』および『赤い彗星』と似た経験を積み、精神性を近しくするものでしか有効に活用できない。

 しかし、シンクロさえ十分に行うことができれば、システムは『英雄』の臨機応変な行動決定と敵意への感応速度や、『赤い彗星』の超高速行動立案・実行能力を提供する。

 サイコトリガーの通信範囲はサイコシールドによって機体のコクピット内に制限されており、通常は外部と完全に遮断されている。これは外部からの干渉を避けるための措置である。(この時代、技術的に解明されたニュータイプ感応が、外部からのハッキングやジャミングによって容易に妨害されるようになっている)

 F90三号機の疑似人格AIは『ゼータ・ドライバー』として知られるパイロットが模倣されていたと言われ、パイロットに極端に鋭利な感応力を提供していた。しかしその反面、そもそも高いスウェッセム受容性=ニュータイプ能力を持つパイロットでなければ活用することはできなかっただろう。


■サイコトリガー

 UC0120年代のサイコミュ装置が、バイオセンサーを通じてパイロットの血中スウェッセム・セルに送り込む信号。電気信号の形で脳を刺激する。

 情報量は極めて少なく、言うなれば超高速の手旗信号程度のものである。これを意味ある情報として解釈するには、受け手の脳に同質の刺激を受けた経験があり、それをわずかにでも記憶している必要がある。

 つまるところ、受信者の思い出(メモリー)を外部刺激によって引き出し、行動の発火点とする機能である。

 信号の内容が極端に少ないため、スウェッセム受容の乏しい人間でも送受信できるのが強み。この時代に普及が始まっている民生型リユース・サイコ・デバイスにも使用され、義肢からの信号を脳に伝えているし、義肢のコントロールにも使用される。

 後のラフレシアの『バグ』やテンタクラーロッドも、このサイコトリガーによって制御を発火されるものの、細部の制御はそれぞれのユニットに組み込まれた自律AIが行っている。そのため、サイコジャマーやサイコジャックの影響を受けづらい。
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