システムC.A.は、とかく精密だった。
脳内で電気パルスが弾けるたび、身体のアクションを呼び起こす。
システムの提案はあまりにも多彩で精密であり、常に三手先までの行動が予約されている。
自分がこれに追従できているのは、ひとえに四十年に及ぶパイロットとしての経験ゆえ――としか言いようがない。システムが要求するアクションのほぼ全てが経験済みであるため、脳へ入力されたサイコトリガーに、即座に身体が反応する。
やっていることは、死体のカエルに電気を流して跳ねさせるのと大差ない。
「だが、動くなら何でもよかろう!」
若者としのぎを削るには、自分は年老いすぎた。反応の塊のような『拗ね馬』の動きを凌駕するには、このくらいのイカサマが必要だった。
まして、相手にはシステムA.R.がある。
『赤い彗星』が「先の先」の達人なら、『英雄』は「後の先」の怪物とは、誰の言葉だったか。システムA.R.は、状況分析と反応に特化した思考をもつ。
複雑なコンビネーションなどより、仕掛けてくる敵意に対し、おおよそ最悪のカウンターを差し込むことに最適化しているのだ。
相手が何をしてくるかわからない戦場に身を置き続けた、『英雄』らしいやりかたである。
これを活かすため、『拗ね馬』には『英雄』が得意とする「差し込み技」をひたすら教え込んだ。
機銃による行動の迎撃、ビームライフルでの牽制。複数の武器があるとき、どちらをどうフェイントに利用するか。
実験部隊時代に加え、百日以上の火星への航海の間、そんな小技をみっちりと鍛え上げた。結果、『拗ね馬』はシステムA.R.の提案に身体が反応するようになっている。
その威力を、体で味わう羽目になった。
「これを凌ぐか!?」
機銃による誘導、急加速での先回りから続く、振り向きざまの首を狙ったサーベルのコンビネーションを、逆手に翳した光剣で受けられ、自分は呻いた。
確かに、モビルスーツにはこのようなモーションパタンを登録されている。しかし『ある』のと『使える』のには雲泥の差がある。
どんな技も知らなければ使えないし、知っていても使おうという脳の動きがなければ使えない。システムA.R.がどれほど提案したとしても、その動きをするという思考をパイロットが持っていなければ、折角の機会も持ち腐れになるのだ。
しかし、そういう基礎ができているパイロットに、『英雄』の勝負勘が合わさるとどうなるか。
落下してきたチャンバーの破片に身を隠して回り込んだ背後。ビーム・サーベルで斬撃を仕掛ける眼前で、バックパックが吹っ飛んできた。
「んなっ!?」
刃を止め、身を翻す。
吹っ飛んできたのはミッションパックのバックパックだ。F90のバックパックは二層構造になっており、メガビームカノンを装備したそれは外側の第一層にあたる。
つまり、F90一号機にとって、それはヘビーウェイトでこそあれ、捨てて機動性を損なうものではない。
一方でぶつけられる側からすると、巨大なコンデンサにメガ粒子を蓄えたビームカノンつきバックパックは、爆弾を投げつけられたのと大差ない。
ゆえに、光刃を止めてバックパックを回避。そして。
「この、やろっ!!」
身軽になって突進してきた一号機の斬撃に、再起動したサーベルを重ねた。
鍔迫り合いのスパークに交えて、軽口を投げる。
「そんな戦い方を教えた覚えは――!」
「あるだろ、大尉にはさ!」
「確かに――あったなぁ!」
言われてみれば身に覚えはあった。第二次ネオジオン戦役の際、『英雄』がネオジオンのモビルスーツ相手に繰り出したフェイントを、再現動画つきで解説したことがある。
あの時は確かシールドとバズーカを手放して囮にし、ライフルで牽制したところに自動発射に設定したバズーカを――
背筋にぞっとした感覚が走ったのと、鍔迫り合いしていた一号機が飛び退いたのはほぼ同時のことで。
赤い衝動に促されるままに機体を転倒させると、すぐ頭上をビームカノンの光条が薙ぎ払った。ビームの光に巻き込まれ、自機の右腕が弾け飛ぶ。
「危ねぇ……!!」
「くそ、この程度じゃかからねーか!」
言いながらサーベルを頭めがけて突き立ててくる一号機を機銃で追い払い、三回ばかりも床を転がってから、自分は二号機の体勢を整えた。
「ははは、冗談じゃないぞ、あの小僧」
冷や汗が、流れる端から乾いていく。背後に聞こえる轟音は、ビームカノンの一閃を浴びた天井が崩落する音だろうか。
脱ぎ捨てたオプションバックパックに、自動制御プログラムを走らせていたのだろう。全砲門一斉発射向けに、指定目標に自律判断で射撃するプログラムが組み込まれていた……という案配だろうか。
まったく、そら恐ろしい。『拗ね馬』は、この短時間で間違いなく、一号機とシステムA.R.を使いこなしつつある。
ふと、視界が霞んで幻覚が見えた。
サーベルを斜に構え、油断なくこちらを睨みつける一号機の姿が、RX-78に見えたのだ。
瞬間、視界が赤いスパークに満たされた、気がした。
「――ふざけるな!!」
弾けた感情が、口を突いた。
あるいは、『赤い彗星』の抱いた『英雄』への感情もまた、このようなものだったのかもしれない。
あらゆる柵から自由でただひたすらに強く、目の前の悪漢に正義の怒りをぶつける存在に。
憧れ、羨み、そして――。
(お前如きが、生意気なんだ!!)
そんな、あまりにも無様で、理不尽で、しかし正直な感情。
だって、仕方がないじゃないか。自分が積み上げてきたものを軽々と飛び越えて。もうどうあっても取り戻せない時間を、輝かしいままに手にして。
憧れと恐怖と憎悪の象徴たるガンダムを使いこなし――いや、いっそ『
それが、輝いて見えないはずがない。
どんなに悪魔と罵ろうと、それでも。
アクシズの奇跡も、ユニコーンの光も、天駆けるマフティーも。
およそそれが正しくはなかったとしても、その姿が美しく見えたことには、かわりはないのだから。
そして、美しく見えるがゆえに、自分は吐き捨てるしかない。
認めてしまったら、受け入れてしまったら。これまで積み上げてきた行いと罪が、無駄になってしまうのだから。
「小僧が――!!」
「ロートルがぁ!!」
左手で引き抜いたサーベルを皮切りに、罵倒と剣戟が飛び交った。
赤い衝動が弾けるたび、身体が剣を踊らせる。
速度が、上がっていた。システムC.A.が過負荷を知らせている。自分の反応が上がっているのだろうか。所詮疑似人格に過ぎないシステムが、本物の戦いに耐えられるはずがないということなのか。
それとも――C.A.もまた、荒ぶっているのだろうか。
自分が憧れたものを手にし、素直に輝く『ガンダム』の姿に。
ああ。
今になってやっとわかった。『赤い彗星』が何を考えて、地球に隕石を落とすに至ったのか。
『赤い彗星』が何年もかけて積み上げてきた力と技を、軽々と飛び越えて輝く『英雄』。結局雌雄を完全に決するには至らず、二人は人形遣いの歴史に燦然と輝く紅白の星となった。
永遠の仇敵でいられれば良かった。しかし立場を同じくし、戦友となった二人は、真っ向から競う機会を失った。
こだわりなく友として振る舞おうとする『英雄』に、『赤い彗星』は最後までこだわりを捨てられなかった。否。己の存在意義にかけて、今一度『英雄』と競わねばならなかった。
力だけが、彼が彼として培った唯一のものだったから。
だから、彼は絶対悪になる必要があった。『英雄』が全力をもって相対するしかない、最強の敵になって見せるしかなかった。
そうすることでしか、彼は『英雄』と戦えない。裸の自分をぶつけられる相手と、全力で競うことができなかったのだ。
(俺も、同じだ)
『赤い彗星』と並べるのも烏滸がましいが、自分もまた、モビルスーツのパイロットであるということだけが存在意義だった。
敵を倒した英雄としてではなく、ただ愚直に戦士であり続けることだけが。
だからきっと欲しかったのだ、『ガンダム』が。パイロットである己を証明するための器が。
そして、だとすれば。
相対する敵が、『英雄』の魂を模した『ガンダム』であるとなれば、素晴らしい符合ではないか。
どちらも粗悪な紛い物であるという諧謔も含めて。
ただ愚直な――『或るパイロットの年代記』の終わりに。
「大したもんだな『拗ね馬』! だが……!」
崩落が続く吹き抜けの下、互いに隻腕にサーベルを握り、太極の円を描く。狭い空間での白刃戦のセオリー通りだ。
残された武器は、共に機銃とサーベル一本。おのずと攻め手は限られる。どの隙を突いて切りかかるか。概ねそれだけだ。
なので、盤外から手数を増やす。
旋回の途中、お誂え向きにいい感じの瓦礫が降ってきたので。
「そら、よっ!!」
一号機に向けて蹴り飛ばした。
「んなっ……小細工を!」
「そうだとも!」
瓦礫を、一号機は半ステップしてやり過ごす。しかし慣性ゆえにその方向は限られ、予測しやすい。そして。
そこに、発振したままのサーベルを投げつけた。
回避運動の直後は動きがとりづらい。正解は側転して勢いを殺し体勢を整えることだが、これは経験がものを言う。そして、そんなリスクを背負うくらいなら、『英雄』の反射を再現した一号機は、当然のように飛来するサーベルを斬り捨てる。
鋭利で美しい、あの袈裟懸けの一閃で。
それは、幾千回繰り返し目撃した、『英雄』のモーションパタン。有効であるがゆえに多用され……間合いも、体の位置も、すべてが手に取るようにわかる。
当然、残心の瞬間の頭の位置も、完璧に。
その一秒以下の残心に、頭部機銃をありったけ撃ち込んだらどうなるか。
「うぐぁっ!?」
一号機の頭が爆ぜ、『拗ね馬』の呻きが聞こえた。
メインカメラが失われても、今のマシンはサブカメラが山ほど用意されている。しかし、映像優先度の切り替えにはどうしても一瞬の遅延が生じる。
その隙にライフルを拾い上げ、一号機のコクピットに突きつけた。
急激に冷えてゆく額の汗にひとつ身震いし、深々と、息を吐き出した。
「
ごり、とあからさまに銃口でコクピットを小突き、降伏を促す。
これで、『拗ね馬』を機体から降ろせれば、憂いなく一号機を破壊できる。そしてその後は二号機だ。あのサナリィの担当者には悪いが、『ガンダム』を復活させるわけにはいかない。
三号機も存在すると聞いたことがある。それをどうやって破壊せしめるか?
――そんな捕らぬ狸に気を取られていたのが、油断だったのは否定のしようがない。
たとえ、指をかけたトリガーを引き絞るだけで、確実に一号機と『拗ね馬』を消し飛ばせる状態であったとしても。
「知るかよ、顔を潰されたくらいで、ガンダムが負けるか!」
一瞬で消し飛ぶリスクと、己のプライドひとつを天秤に掛けるような短絡さ……つまりは若さの持ち合わせがなかったことが。
一瞬の反応に、現れた。
「だいたい――」
一号機が、銃口から身を捩る。自分が、トリガーを引く。もちろん、動けば撃つつもりだったし、それは確かに遂行された。
だが。
「殺す気もないくせに――!!」
ただの感情の発露であろうに、その咆哮はあまりにも正鵠を射抜いていて。
必殺の間合いであったはずのライフルの光条は、一号機のコクピットハッチを切り裂くに留まり。
殺意なき銃撃を見抜いた一号機が、ライフルの下に潜り込んだかと思うと。
返す光刃が、自分の――二号機の両足を薙ぎ払った。
赤い衝撃が、頭の中で弾けた。
「まだだ! 足なんて飾りなんだよ!」
火星の低重力下で、このF90の推力比なら、足などなくても自由に飛び回れる。軽くなった分機敏に動けるまである。
バーニヤを小刻みに噴射し、リフトチャンバーを真上に駆け上がった。
ビームライフルを真下に向け、照準に目を凝らす。
ガンカメラの向こうに、頭部を破壊され、切り裂かれて露出したコクピットから、自分を見上げる『拗ね馬』の顔が見えた。
(ああ、あの目だ)
意識の底で、何かが苦悶した。
そして、気付いた。
この構図は、『英雄』が『赤い彗星』を倒したあの『
ああ。いつ拾い上げたのか、ビームライフルが持ち上がっている。自分の行動を予測していたように、照星が二号機を射抜いている。
そうか。
『赤い彗星』のありかたを真似るなら、こうなることはまさに必然。
若者が、己の選択としてガンダムを呼ぶのなら、それは彼らの権利であり、大人がとやかく言うことではない。
大人が押しつけようとした、偶像としてのガンダムではなく。
若者が、己の願いを託すに足る
それでいいのかもしれない。彼らが、次の世代をガンダムと共に歩むことも。
『拗ね馬』がガンダムになるため、ガンダムの顔をした紛い物を討つとなれば、物語のリブートとしては申し分ない。
口元が笑みに歪んだ。
「これが、俺の力だ――――!!」
「討ってみろ、ガンダム――――!!」
照星の向こうに、『拗ね馬』の双眸を見返して。
ビームライフルの、トリガーを――。
その瞬間。
頭の中に、白い衝撃が閃いた。
(『少尉』さん)
それは、懐かしい、シャイアンの田舎で聞いた、あの時だけの呼び声で。
(そういうことはしなくていい)
それは、懐かしい、アクシズを支えるべくジェガンをオーバーロードさせていた瞬間に聞いた呼び声で。
――知らず。
視界が、霞んだ。
それが自分の涙であったことに気づいた瞬間。
“SYSTEM.C.A. SYNC ABORTED”
“EJECTION PILOT"
モニタに映ったその文字列の意味を、咀嚼する時間もないままに。
ビームの光が、自分の視界と意識、そして妄執の全てを飲み込んで。
そして――。
■サイコシールド
スウェッセム・セルによる感応波通信のフォーマットが明らかになり、サイコミュの民生化すら始まった時代。
サイコウェーブ等の精神感応がパイロットに及ぼす影響は、ビット兵器の利便性よりも弊害の方が大きくなるに至った。
不死鳥狩りやラプラス事変で観測された超現象も途絶え、サイコミュ兵器の多くは「対処可能である割に高価かつ稀少な兵器」にまで零落したのである。
しかしながら、精神感応を利用したマンマシンインタフェースの価値は、小型MSの登場による高機動化も手伝って高まり続けた。
結果、サイコミュはコクピットの中だけで完結し、外部に信号を漏洩しない、および外部から侵入されないことが望まれるようになった。
これを実現するための手段が、コクピットシェルを保護するサイコシールドである。
基本的には一枚のナノ粒子サイコウェーブ伝導体(サイコフレームと組成は近いがはるかに薄膜)を、放射線等を防ぐ複合装甲にサンドイッチしたものであり、導電アース的な思想で作られている。
サイコシールドは安価な割に効果が大きく、感応波を遮断することで、パイロット同士の精神感応はほぼ発生しなくなった。
――コクピットシェルが破損したり、シールドを施されていないコクピットに換装でもしない限りは。