或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0120 オリンポス(3)

 システムC.A.は、とかく精密だった。

 

 脳内で電気パルスが弾けるたび、身体のアクションを呼び起こす。

 

 システムの提案はあまりにも多彩で精密であり、常に三手先までの行動が予約されている。

 

 自分がこれに追従できているのは、ひとえに四十年に及ぶパイロットとしての経験ゆえ――としか言いようがない。システムが要求するアクションのほぼ全てが経験済みであるため、脳へ入力されたサイコトリガーに、即座に身体が反応する。

 

 やっていることは、死体のカエルに電気を流して跳ねさせるのと大差ない。

 

「だが、動くなら何でもよかろう!」

 

 若者としのぎを削るには、自分は年老いすぎた。反応の塊のような『拗ね馬』の動きを凌駕するには、このくらいのイカサマが必要だった。

 

 まして、相手にはシステムA.R.がある。

 

 『赤い彗星』が「先の先」の達人なら、『英雄』は「後の先」の怪物とは、誰の言葉だったか。システムA.R.は、状況分析と反応に特化した思考をもつ。

 

 複雑なコンビネーションなどより、仕掛けてくる敵意に対し、おおよそ最悪のカウンターを差し込むことに最適化しているのだ。

 

 相手が何をしてくるかわからない戦場に身を置き続けた、『英雄』らしいやりかたである。

 

 これを活かすため、『拗ね馬』には『英雄』が得意とする「差し込み技」をひたすら教え込んだ。

 

 機銃による行動の迎撃、ビームライフルでの牽制。複数の武器があるとき、どちらをどうフェイントに利用するか。

 

 実験部隊時代に加え、百日以上の火星への航海の間、そんな小技をみっちりと鍛え上げた。結果、『拗ね馬』はシステムA.R.の提案に身体が反応するようになっている。

 

 その威力を、体で味わう羽目になった。

 

「これを凌ぐか!?」

 

 機銃による誘導、急加速での先回りから続く、振り向きざまの首を狙ったサーベルのコンビネーションを、逆手に翳した光剣で受けられ、自分は呻いた。

 

 確かに、モビルスーツにはこのようなモーションパタンを登録されている。しかし『ある』のと『使える』のには雲泥の差がある。

 

 どんな技も知らなければ使えないし、知っていても使おうという脳の動きがなければ使えない。システムA.R.がどれほど提案したとしても、その動きをするという思考をパイロットが持っていなければ、折角の機会も持ち腐れになるのだ。

 

 しかし、そういう基礎ができているパイロットに、『英雄』の勝負勘が合わさるとどうなるか。

 

 落下してきたチャンバーの破片に身を隠して回り込んだ背後。ビーム・サーベルで斬撃を仕掛ける眼前で、バックパックが吹っ飛んできた。

 

「んなっ!?」

 

 刃を止め、身を翻す。

 

 吹っ飛んできたのはミッションパックのバックパックだ。F90のバックパックは二層構造になっており、メガビームカノンを装備したそれは外側の第一層にあたる。

 

 つまり、F90一号機にとって、それはヘビーウェイトでこそあれ、捨てて機動性を損なうものではない。

 

 一方でぶつけられる側からすると、巨大なコンデンサにメガ粒子を蓄えたビームカノンつきバックパックは、爆弾を投げつけられたのと大差ない。

 

 ゆえに、光刃を止めてバックパックを回避。そして。

 

「この、やろっ!!」

 

 身軽になって突進してきた一号機の斬撃に、再起動したサーベルを重ねた。

 

 鍔迫り合いのスパークに交えて、軽口を投げる。

 

「そんな戦い方を教えた覚えは――!」

「あるだろ、大尉にはさ!」

「確かに――あったなぁ!」

 

 言われてみれば身に覚えはあった。第二次ネオジオン戦役の際、『英雄』がネオジオンのモビルスーツ相手に繰り出したフェイントを、再現動画つきで解説したことがある。

 

 あの時は確かシールドとバズーカを手放して囮にし、ライフルで牽制したところに自動発射に設定したバズーカを――

 

 背筋にぞっとした感覚が走ったのと、鍔迫り合いしていた一号機が飛び退いたのはほぼ同時のことで。

 

 赤い衝動に促されるままに機体を転倒させると、すぐ頭上をビームカノンの光条が薙ぎ払った。ビームの光に巻き込まれ、自機の右腕が弾け飛ぶ。

 

「危ねぇ……!!」

「くそ、この程度じゃかからねーか!」

 

 言いながらサーベルを頭めがけて突き立ててくる一号機を機銃で追い払い、三回ばかりも床を転がってから、自分は二号機の体勢を整えた。

 

「ははは、冗談じゃないぞ、あの小僧」

 

 冷や汗が、流れる端から乾いていく。背後に聞こえる轟音は、ビームカノンの一閃を浴びた天井が崩落する音だろうか。

 

 脱ぎ捨てたオプションバックパックに、自動制御プログラムを走らせていたのだろう。全砲門一斉発射向けに、指定目標に自律判断で射撃するプログラムが組み込まれていた……という案配だろうか。

 

 まったく、そら恐ろしい。『拗ね馬』は、この短時間で間違いなく、一号機とシステムA.R.を使いこなしつつある。

 

 ふと、視界が霞んで幻覚が見えた。

 

 サーベルを斜に構え、油断なくこちらを睨みつける一号機の姿が、RX-78に見えたのだ。

 

 瞬間、視界が赤いスパークに満たされた、気がした。

 

「――ふざけるな!!」

 

 弾けた感情が、口を突いた。

 

 あるいは、『赤い彗星』の抱いた『英雄』への感情もまた、このようなものだったのかもしれない。

 

 あらゆる柵から自由でただひたすらに強く、目の前の悪漢に正義の怒りをぶつける存在に。

 

 憧れ、羨み、そして――。

 

(お前如きが、生意気なんだ!!)

 

 そんな、あまりにも無様で、理不尽で、しかし正直な感情。

 

 だって、仕方がないじゃないか。自分が積み上げてきたものを軽々と飛び越えて。もうどうあっても取り戻せない時間を、輝かしいままに手にして。

 

 憧れと恐怖と憎悪の象徴たるガンダムを使いこなし――いや、いっそ『英雄(ガンダム)』そのものになって。

 

 それが、輝いて見えないはずがない。

 

 どんなに悪魔と罵ろうと、それでも。

 

 アクシズの奇跡も、ユニコーンの光も、天駆けるマフティーも。

 

 およそそれが正しくはなかったとしても、その姿が美しく見えたことには、かわりはないのだから。

 

 そして、美しく見えるがゆえに、自分は吐き捨てるしかない。

 

 認めてしまったら、受け入れてしまったら。これまで積み上げてきた行いと罪が、無駄になってしまうのだから。

 

「小僧が――!!」

「ロートルがぁ!!」

 

 左手で引き抜いたサーベルを皮切りに、罵倒と剣戟が飛び交った。

 

 赤い衝動が弾けるたび、身体が剣を踊らせる。

 

 速度が、上がっていた。システムC.A.が過負荷を知らせている。自分の反応が上がっているのだろうか。所詮疑似人格に過ぎないシステムが、本物の戦いに耐えられるはずがないということなのか。

 

 それとも――C.A.もまた、荒ぶっているのだろうか。

 

 自分が憧れたものを手にし、素直に輝く『ガンダム』の姿に。

 

 ああ。

 

 今になってやっとわかった。『赤い彗星』が何を考えて、地球に隕石を落とすに至ったのか。

 

 『赤い彗星』が何年もかけて積み上げてきた力と技を、軽々と飛び越えて輝く『英雄』。結局雌雄を完全に決するには至らず、二人は人形遣いの歴史に燦然と輝く紅白の星となった。

 

 永遠の仇敵でいられれば良かった。しかし立場を同じくし、戦友となった二人は、真っ向から競う機会を失った。

 

 こだわりなく友として振る舞おうとする『英雄』に、『赤い彗星』は最後までこだわりを捨てられなかった。否。己の存在意義にかけて、今一度『英雄』と競わねばならなかった。

 

 力だけが、彼が彼として培った唯一のものだったから。

 

 だから、彼は絶対悪になる必要があった。『英雄』が全力をもって相対するしかない、最強の敵になって見せるしかなかった。

 

 そうすることでしか、彼は『英雄』と戦えない。裸の自分をぶつけられる相手と、全力で競うことができなかったのだ。

 

(俺も、同じだ)

 

 『赤い彗星』と並べるのも烏滸がましいが、自分もまた、モビルスーツのパイロットであるということだけが存在意義だった。

 

 敵を倒した英雄としてではなく、ただ愚直に戦士であり続けることだけが。

 

 だからきっと欲しかったのだ、『ガンダム』が。パイロットである己を証明するための器が。

 

 そして、だとすれば。

 

 相対する敵が、『英雄』の魂を模した『ガンダム』であるとなれば、素晴らしい符合ではないか。

 

 どちらも粗悪な紛い物であるという諧謔も含めて。

 

 ただ愚直な――『或るパイロットの年代記』の終わりに。

 

「大したもんだな『拗ね馬』! だが……!」

 

 崩落が続く吹き抜けの下、互いに隻腕にサーベルを握り、太極の円を描く。狭い空間での白刃戦のセオリー通りだ。

 

 残された武器は、共に機銃とサーベル一本。おのずと攻め手は限られる。どの隙を突いて切りかかるか。概ねそれだけだ。

 

 なので、盤外から手数を増やす。

 

 旋回の途中、お誂え向きにいい感じの瓦礫が降ってきたので。

 

「そら、よっ!!」

 

 一号機に向けて蹴り飛ばした。

 

「んなっ……小細工を!」

「そうだとも!」

 

 瓦礫を、一号機は半ステップしてやり過ごす。しかし慣性ゆえにその方向は限られ、予測しやすい。そして。

 

 そこに、発振したままのサーベルを投げつけた。

 

 回避運動の直後は動きがとりづらい。正解は側転して勢いを殺し体勢を整えることだが、これは経験がものを言う。そして、そんなリスクを背負うくらいなら、『英雄』の反射を再現した一号機は、当然のように飛来するサーベルを斬り捨てる。

 

 鋭利で美しい、あの袈裟懸けの一閃で。

 

 それは、幾千回繰り返し目撃した、『英雄』のモーションパタン。有効であるがゆえに多用され……間合いも、体の位置も、すべてが手に取るようにわかる。

 

 当然、残心の瞬間の頭の位置も、完璧に。

 

 その一秒以下の残心に、頭部機銃をありったけ撃ち込んだらどうなるか。

 

「うぐぁっ!?」

 

 一号機の頭が爆ぜ、『拗ね馬』の呻きが聞こえた。

 

 メインカメラが失われても、今のマシンはサブカメラが山ほど用意されている。しかし、映像優先度の切り替えにはどうしても一瞬の遅延が生じる。

 

 その隙にライフルを拾い上げ、一号機のコクピットに突きつけた。

 

 急激に冷えてゆく額の汗にひとつ身震いし、深々と、息を吐き出した。

 

失格(ゲームオーバー)だ。降伏すれば地球に帰してやるぞ」

 

 ごり、とあからさまに銃口でコクピットを小突き、降伏を促す。

 

 これで、『拗ね馬』を機体から降ろせれば、憂いなく一号機を破壊できる。そしてその後は二号機だ。あのサナリィの担当者には悪いが、『ガンダム』を復活させるわけにはいかない。

 

 三号機も存在すると聞いたことがある。それをどうやって破壊せしめるか?

 

 ――そんな捕らぬ狸に気を取られていたのが、油断だったのは否定のしようがない。

 

 たとえ、指をかけたトリガーを引き絞るだけで、確実に一号機と『拗ね馬』を消し飛ばせる状態であったとしても。

 

「知るかよ、顔を潰されたくらいで、ガンダムが負けるか!」

 

 一瞬で消し飛ぶリスクと、己のプライドひとつを天秤に掛けるような短絡さ……つまりは若さの持ち合わせがなかったことが。

 

 一瞬の反応に、現れた。

 

「だいたい――」

 

 一号機が、銃口から身を捩る。自分が、トリガーを引く。もちろん、動けば撃つつもりだったし、それは確かに遂行された。

 

 だが。

 

「殺す気もないくせに――!!」

 

 ただの感情の発露であろうに、その咆哮はあまりにも正鵠を射抜いていて。

 

 必殺の間合いであったはずのライフルの光条は、一号機のコクピットハッチを切り裂くに留まり。

 

 殺意なき銃撃を見抜いた一号機が、ライフルの下に潜り込んだかと思うと。

 

 返す光刃が、自分の――二号機の両足を薙ぎ払った。

 

 赤い衝撃が、頭の中で弾けた。

 

「まだだ! 足なんて飾りなんだよ!」

 

 火星の低重力下で、このF90の推力比なら、足などなくても自由に飛び回れる。軽くなった分機敏に動けるまである。

 

 バーニヤを小刻みに噴射し、リフトチャンバーを真上に駆け上がった。

 

 ビームライフルを真下に向け、照準に目を凝らす。

 

 ガンカメラの向こうに、頭部を破壊され、切り裂かれて露出したコクピットから、自分を見上げる『拗ね馬』の顔が見えた。

 

(ああ、あの目だ)

 

 意識の底で、何かが苦悶した。

 

 そして、気付いた。

 

 この構図は、『英雄』が『赤い彗星』を倒したあの『最後の一撃(ラスト・シューティング)』の再演であると。

 

 ああ。いつ拾い上げたのか、ビームライフルが持ち上がっている。自分の行動を予測していたように、照星が二号機を射抜いている。

 

 そうか。

 

 『赤い彗星』のありかたを真似るなら、こうなることはまさに必然。

 

 若者が、己の選択としてガンダムを呼ぶのなら、それは彼らの権利であり、大人がとやかく言うことではない。

 

 大人が押しつけようとした、偶像としてのガンダムではなく。

 

 若者が、己の願いを託すに足る大いなる器(ガンダム)であれば。

 

 それでいいのかもしれない。彼らが、次の世代をガンダムと共に歩むことも。

 

 『拗ね馬』がガンダムになるため、ガンダムの顔をした紛い物を討つとなれば、物語のリブートとしては申し分ない。

 

 口元が笑みに歪んだ。

 

「これが、俺の力だ――――!!」

「討ってみろ、ガンダム――――!!」

 

 照星の向こうに、『拗ね馬』の双眸を見返して。

 

 ビームライフルの、トリガーを――。

 

 

 その瞬間。

 

 頭の中に、白い衝撃が閃いた。

 

 

(『少尉』さん)

 

 それは、懐かしい、シャイアンの田舎で聞いた、あの時だけの呼び声で。

 

(そういうことはしなくていい)

 

 それは、懐かしい、アクシズを支えるべくジェガンをオーバーロードさせていた瞬間に聞いた呼び声で。

 

 ――知らず。

 

 視界が、霞んだ。

 

 それが自分の涙であったことに気づいた瞬間。

 

 “SYSTEM.C.A. SYNC ABORTED”

 “EJECTION PILOT"

 

 モニタに映ったその文字列の意味を、咀嚼する時間もないままに。

 

 

 ビームの光が、自分の視界と意識、そして妄執の全てを飲み込んで。

 

 

 そして――。

 





■サイコシールド

 スウェッセム・セルによる感応波通信のフォーマットが明らかになり、サイコミュの民生化すら始まった時代。
 サイコウェーブ等の精神感応がパイロットに及ぼす影響は、ビット兵器の利便性よりも弊害の方が大きくなるに至った。
 不死鳥狩りやラプラス事変で観測された超現象も途絶え、サイコミュ兵器の多くは「対処可能である割に高価かつ稀少な兵器」にまで零落したのである。
 しかしながら、精神感応を利用したマンマシンインタフェースの価値は、小型MSの登場による高機動化も手伝って高まり続けた。
 結果、サイコミュはコクピットの中だけで完結し、外部に信号を漏洩しない、および外部から侵入されないことが望まれるようになった。
 これを実現するための手段が、コクピットシェルを保護するサイコシールドである。
 基本的には一枚のナノ粒子サイコウェーブ伝導体(サイコフレームと組成は近いがはるかに薄膜)を、放射線等を防ぐ複合装甲にサンドイッチしたものであり、導電アース的な思想で作られている。
 サイコシールドは安価な割に効果が大きく、感応波を遮断することで、パイロット同士の精神感応はほぼ発生しなくなった。
 ――コクピットシェルが破損したり、シールドを施されていないコクピットに換装でもしない限りは。
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