或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0121 アーレイバーグ

 登録番号SFF825-41D、S.N.R.I.プロジェクトフォーミュラ所属テストパイロット、シド・アンバー記す。

 

 自分と、登録番号SFF821-3E8デフ・スタリオンは、本社指示により地球連邦軍第十三独立部隊に出向、火星独立ジオン軍(通称オールズ・モビル)討伐遠征に参加した。(詳細は契約資料B0120441-899参照のこと)

 

 この戦いにより、オリンポス・オールズ・モビル基地は沈黙し、第十三独立部隊は多くの犠牲を払いながらも、当初目標を完遂した。

 

 F90一号機専属パイロットは負傷しながらもF90二号機(オールズ・モビルにより改装)を撃破、生還した。

 

 戦闘の結果、F90一号機は頭部と左右の腕、胸部ハッチを破損。パイロットはビームへの被曝など軽傷を負ったものの、活動に支障なし。

 

 F90二号機は、両脚と右腕、およびコクピットシェルを破損し、パイロットは行方不明。ただし周辺で血痕と腕の一部と思われる肉片が発見されたため、最低でも重傷と思われる。

 

 両機体は木星船団公社の協力を得て回収し、大気圏外で待機中のI13所属アイリッシュ級アーレイバーグに搬入。地球への帰還航行の傍らデータのみ回収と解析を実施することとなった。

 

 二号機に搭乗していたボッシュ・ウェラー大尉がいかなる経緯でオールズ・モビルと内応したのかは不明であるが、直接に対峙した一号機パイロットによると、「間違いなく理由を誤魔化していた」とのこと。真相は軍警察の調査を待つことになるだろう。

 

 

「……てなわけで、俺の方は仕事終わりだ。お先」

 

 今し方まで仇敵たる事後報告書を綴っていた端末が、デスクトップモード終了音を軽やかに響かせた。

 

「あーーー、畜生、裏切り者!!」

 

 隣で同業に勤しんでいた同僚が、悲鳴混じりに天を仰いだ。

 

 デフ・スタリオン。母艦隊の壊滅により後のなくなった本作戦において、F90一号機を駆って奪われたF90二号機を打倒し、我々を勝利に導いた『英雄』である。

 

「くそ、いいよなシドは、報告書少なくて!」

「御愁傷様、ガンダムの『英雄』殿。今どの辺だ?」

「やっとオプションウェアの複合装着が終わったとこだよ!」

「まだ半分くらいか。頑張れよ」

「あーーっ! くたばりやがれジョブ・ジョンのクソジジイ!」

 

 悪態を吐き散らしながら、デフは端末に身を乗り出してキーボードを叩いた。

 

 同情の気持ちもなくはないが、こればかりは自分で何とかしてもらうしかない。何しろ、仕様上不可能と思われていたF90のミッションパック複合装着を現場合わせで実現したあげく、それでちょっとしたスーパーエース並みの戦果を上げて見せたとなれば、開発元のサナリィも発注元の連邦軍も黙っていられるはずもない。

 

 本来ならば自分もガンダム二号機の報告があったはずなのだが、他ならぬオールズ・モビルに機体を奪われて以来、栄誉と一緒に面倒な書類仕事からも放免されている。

 

 結果として、提出するべき書類の数が、文字通り一桁違った。そしてデフはともすれば、いや間違いなく、自分以上にこの手の緻密な書類仕事に向いていない性格をしている。

 

「ちょっと見せろよ。チェックしてやるから」

「お前に添削できるのか? まあいいか」

 

 気晴らしに難癖を付けて遊ぶ気だろう。だがまあ、そのくらいは付き合ってやらなくもない。

 

 仕方なしに、端末を再起動して書類を表示して見せる。そのページ数に『英雄』殿は「うわ、マジで少ねぇ」と渋面になったが、ぱらぱらとページをスワイプしていくうちに、末尾の項で表情を消した。

 

 ボッシュ・ウェラー大尉……オールズ・モビルに内応し、アドミラル・ティアンムの占拠を試みた上、F90二号機を駆り自分たちと相対した人物についての項目だった。

 

「――お前が言ったんだからな、大尉の意図が見えない、嘘ついてるって」

「……ああ」

 

 視線を動かさず、デフは……ボッシュ大尉を倒した男は、頷いた。

 

「だってな、思いたくないだろ。あの大尉が、全部の黒幕だなんて」

「確かに、そういうことできるタイプって印象じゃなかったけどな」

 

 思い起こす。

 

 ボッシュ大尉は、アドミラル・ティアンム所属のモビルスーツ部隊の最古参として、自分たちプロジェクト・フォーミュラのパイロットを教導していた。

 

 極めつけの叩き上げであり、部隊の誰よりもモビルスーツに詳しい。年齢ゆえにか頑迷さも目立ったが、豊富な経験から得られる助言と人当たりの良さから、プロジェクトの人間からは頼りにされていたものだったが。

 

 後から考えると、第十三実験戦団の中では孤立した存在だったようにも見受けられた。そもそもプロジェクト・フォーミュラなどという外様の企画に回される段階で、普段は窓際の椅子を暖めていたのは間違いあるまい。

 

 戦争らしい戦争がなくなってはや三十年近く。戦争を実体験した兵士そのものがすっかり稀少になった軍で、ただひとり現場にしがみつく古参兵。家族もなく、他人をプライベートに踏み込ませることもなく、ただ愚直に兵士を続ける最初の人形遣い(ファースト・ドールマスター)

 

 彼の記憶は、だいたい一年戦争の『英雄』アムロ・レイの思い出話に繋がっていた。有名な第二次ネオジオン戦争の話はもちろん、ビグ・ザム狩りや一緒になって映画を真似た思い出など、真偽を疑うようなものも数多かった。挙げ句その思い出の旧世紀の映画とやらまで見せられたが、コンピュータへの解像度が低すぎる時代の産物であり、正直失笑ものだったのを覚えている。

 

 だが、面倒ではあったが、嫌いな人物ではなかった。

 

 そんな人物が、今になって連邦に反旗を翻した。そこに意味がないとは思えない。いや『思いたくない』が正しいところだろうか。

 

「でもな。みんなそんな気分だから、シャア・アズナブル本が陰謀論コーナーを賑わせてんだろうが」

 

 第二次ネオジオン戦争で行方不明となったシャア・アズナブルの目的については、現在も論議が尽きることはない。細かいところでちぐはぐな彼の行動は、研究者の立場や思想などによって七色に輝き、結果四半世紀が過ぎようと言う今になっても与太本の版数を重ねている。

 

 不満げなデフの唸りを、端末のコール音が飲み込んだ。戦術情報局のサリナ・イリーシュのIDが見えるから、同僚のナヴィからだろう。

 

「どうした、ナヴィ?」

「あら? デフ? シドじゃないの?」

 

 デフが自分の端末を操作していたから、そういうことにもなる。

 

「まあちょうどいいわ。デフ、シドと一緒に右舷搬入口に来て。二号機の搬入が終わったからその確認。与圧済みだから私服で大丈夫よ」

「そうか……了解、今から行く」

 

 そう言って端末の通話を切り、デフは立ち上がる。自分も端末を拾って追いかけようと思ったが、消えていた。デフが間違えて持ち出してしまったのだろう。

 

「ま、いいか。おい、待てよデフ!」

 

 手ぶらのまま、デフの背中を追いかけた。

 

 途中、横からのぞき込んだデフの表情は、書類仕事から解放される喜びが半分と、これから見に行くものを考えての憂鬱が半分に見えた。

 

 

 

 

 

 二号機の残骸は、木星船団公社によって一度輸送艦シャリアⅢに積み込まれた後、アーレイバーグに移された。

 

 自分たちアドミラル・ティアンム組が、母艦を失いアーレイバーグに間借りする立場になったことと、搭載できる降下船の持ち合わせがなかったがゆえである。

 

 ちなみに本来なら四隻に分譲していた自分たちを全員積載するにはアーレイバーグは不足であり、大半はシャリアⅢで地球に帰還することになる。

 

 ガンダムと自分たちプロジェクト・フォーミュラだけが例外として、足の速いアーレイバーグで帰ることになった。

 

「しかし、派手に壊れたなぁ」

 

 目の前に横たわるモビルスーツの残骸が、回収されたF90二号機、そのなれの果てだった。

 

 もう百日以上前のことではあるが、曲がりなりにもかつての愛機である。その惨状を見れば、天井を仰ぎたくもなるというものだ。

 

「遅かったわね、シド。あなたも機体の確認をしておいて。チェックリストは端末に送っておいたから」

 

 自分たちを呼び出した、戦術情報局のナヴィが端末を振って指示する。本名は別にあるが、色々あって自分たちにはナヴィと呼ばせている。家庭環境で何かあったのかもしれない。

 

 人に仕事を割り振っておいて、ナヴィは忙しそうにどこかに消えていった。手続き上軍籍があるだけの自分達と違い、正規の軍人、かつ情報士官という立場がある彼女は、片づけるべき仕事が山積しているのだろう。ご苦労なことである。

 

 自分の端末はデフに奪われているので、順繰りに目立つところを見て回る。

 

「破損箇所は右腕、両足、それからコクピット回りか。……うわ、ぼろぼろだ」

 

 コクピットハッチをのぞき込むと、ビームライフルの直撃を受けたらしいそこは一面焼けただれていた。

 

 パイロットシートは残っていなかった。射出座席が機能したのか、それともビームでまとめて消し飛ばされたのかはわからないが、背中に向けて風穴が開いていることには違いはない。

 

「これで、腕が残ってたって? そりゃ……」

 

 続きを口にしようとして、デフの表情を見て口を噤んだ。これでは『お前が顔見知りを殺したんだ』と野次っているのと変わりがない。

 

 その時、陽気な男の声が吹き抜け、険悪な空気を払拭した。

 

「お前らかい、ガンダムのパイロットは」

 

 声の方を見ると、そこにいたのは壮年の男だった。宇宙線焼けで彫りが深く実年齢はわかりづらいが、少なくとも宇宙生活の長い、しかも船外活動の多い立場の人間であることは窺えた。

 

「木星船団公社のモンだ。そのガンダムを回収して、持って上がってきた」

 

 モビルスーツを回収するには、モビルスーツが必要になる。しかし自分達にはそれを行える五体満足なマシンの持ち合わせがなく、やむなく回収作業を含め、『たまたま通りがかった』木星船団公社の輸送船シャリアⅢに委託した。(元々遠征艦隊は同公社と契約を結んでおり、ランデブーできた船から補給を受けられる手筈になっていた)

 

 そしてシャリアⅢからオリンポスに降下し、戦死者の遺品などを含めて回収を行ったのが、この男ということになる。

 

 ――指揮官か、それとも現場の担当者だったのかは不明だが、直感的には実作業までやってきた人物という気がする。

 

 なぜなら、モビルスーツを見る目が、違った。

 

「いいマシンだ」

 

 そう、男は二号機の残骸を評した。

 

「パイロットを生かして、自分の役割をきちんと果たそうって意思が感じられる。それに……」

「それに?」

「こんなになっても、まだ死んでない」

 

 男の視線を追って、二号機を見上げた。電源を落とされて光を失ったガンダムの顔は、言われてみるとどこか意思の存在を感じなくもない。ジェガンやギラ・ドーガからは感じないそれは、二つの目とマスクがもたらすものなのだろうか。

 

「でも、こいつのパイロットは」

「生きてるさ」

 

 不思議と揺るがない声で、男は断言した。

 

「こいつはそういう顔をしてる。ガンダムってのは、ツノと名前だけじゃない。いい仕事をするマシンのことだ」

 

 ガンダムの顔を見上げて、考える。

 

 自分が知っているガンダムは、その多くが苛烈な戦いを潜り抜けた。そして、名前の残っているガンダムの多くは、パイロットを無事に帰還させてきた。

 

 現在もガンダムの顔を与えているのは、戦いでの活躍を期待ぶんも少なからずあるが、機体とパイロットの無事を祈る意味合いも同じくらい強い。

 

「俺の知っている限り、『ガンダム』に乗って死んだヤツは、一人もいないからな」

 

 もちろん、死んだ奴は名を残していないという、生存性バイアスの乗った話ではあろうが。

 

 乗っていたのが――ともに戦っていたのが、ガンダムであったなら、あるいは。

 

「――そうか」

 

 隣で、デフが深く息を吐き出したのが感じられた。

 

「ほれ、受領手続き」

 

 男は端末をひらひらとちらつかせた。はっと意識を取り戻したデフが端末を操作し――ロックが外れずそのまま投げて寄越した。

 

「悪い、間違えてた。任せた」

「あ、こら、他人のもん投げるなっての」

 

 仕方ないので、空中でキャッチした端末で、代わりに手続きを済ませる。指紋認証からの端末間暗号認証で、機体の受領は恙無く終わった。

 

「他の遺品はあっちのケースの中だ。んじゃ、達者でな」

「ああ、お疲れさん」

 

 男が背中越しに手を振ってエアロックに消えるのを見送って、自分は背筋を一つ伸ばして気分を入れ替えた。

 

「さーて、仕事に戻るか。デフ、お前はどうする……」

「ん……ああ」

 

 問われたデフは口ごもり、二号機と自分の間で視線を彷徨わせる。

 

「センチメンタルも止めねぇけど、書類仕事はなくなってくれねぇぞ」

「……手伝ってくれよ。少しは何とかなるだろ」

「ならねぇよ。自分が何したかわかってんのかね、この『英雄』殿は……」

 

 軽口を交わしながら、自分たちは二号機の残骸を後にした。

 

 そのとき最後にちらりと見上げた二号機の双眸が、不思議と誇らしそうに見えたのは、気のせいだっただろうか。

 

 ――その誇りは、たちの悪い悪戯を存分にやらかして帰ってきた大型犬のそれのような、そんな気もしたのだが。

 

 

 

 

 シャリアⅢから、分離した。

 

 ここから巡洋艦アーレイバーグは、単独高速航行で地球に帰還することになる。

 

 艦隊行動が必要だった行きと違い、半分くらいの時間で到着できる見通しである。

 

「火星とも、これでさよならね」

 

 アーレイバーグの窓(実際には通路の壁一面に船外の様子を表示しているだけだが)から後方を見送って、ナヴィが呟いた。

 

「ああ、ようやくだな」

「長旅だったなあ。まったく、遠くまで来たもんだ」

 

 デフと共に同意を唱え、ナヴィの視線を追いかける。火星の赤茶けた大地に吸い込まれるように、シャリアⅢの巨体が流れていくのが見えた。

 

「名残惜しい?」

「二度とごめんだ」

「ズムシティの下働きのが百倍マシだな」

 

 一斉に悪態を吐き散らし、顔を見合わせて笑った。

 

「帰ったら、チームも解散よね」

「F90はだいたいデータも揃ったし、もう次ができてるんだろ? F91(エフナイン・ワン)だっけか?」

「まだ基礎フレームしか上がってないはずだけどな。もう半年以上前だしなぁ」

「上はVパックとかにご執心なんだっけ? V.S.B.R.とか本当に動くのかね……」

 

 そんな他人に聞かれるとかなりまずい企業秘密の応酬を、鋭いアラームが窘めた。

 

「んん?」

 

 見ると、自分の端末のメッセージランプが点灯していた。

 

「何だよ、シドだけか?」

「珍しいわね」

 

 自分たちはチームであるからして、呼び出されるときは大体全員まとめてである。特に間借りしているアーレイバーグでは、自分だけを呼び出すケースなど、ついぞ考えられるものではないのだが。

 

「……木星船団公社?」

 

 端末を見ると、発信者のドメインはそうなっていた。発信者の個人名は不明だが、そうすると今徐々に離れつつあるシャリアⅢからということになる。

 

 メッセージを開くと、不思議な図形が現れた。

 

 縦と横の線二本ずつで区切られた盤面に、マルとバツが交互に書き込まれた図案。

 

 子供の頃に遊んだことのある、三目並べ(Tic Tac Toe)である。

 

「……なんだこりゃ」

 

 三目並べ(Tic Tac Toe)と言えば、まともにやれば勝負がつかない遊びだ。しかしこの盤面は、器用にも『マル』側が後一手打てば勝ちになるように打たれている。

 

「どういうこと? 『勝て』ってことかしら」

 

 意味が分からず当惑する自分の手元に、思案げに唸りながらデフが手を伸ばした。

 

 『マル』の、勝ちの一手を打つ。

 

 すると盤面が消え、メッセージが現れた。

 

“おめでとう、今回は勝ちを譲ってやる”

“次はチェスでもどうだい?”

 

「……は?」

「なにこれ?」

 

 目をしばたたかせ、当惑顔をナヴィと見合わせた。

 

 何が言いたいのかわからない。なぜ三目並べ(Tic Tac Toe)なのか。なぜこちらに勝たせる必要があるのか。いや、何か記憶に引っかかる。これはいつか見させられた映画に、そんな一幕があったような――。

 

 そんな自分より先に、結論にたどり着いたのだろうか。

 

「…………ふっ、あははははははは!!」

 

 隣で、デフが笑い出した。

 

「ははっ!! 手の込んだ負け惜しみ言ってんじゃねぇよ! あのロートルが!!」

 

 呆気にとられた自分たちを置き去りにして窓に駆け寄り、流れてゆくシャリアⅢに向けて、そう罵倒する。

 

 シャリアⅢが徐々に小さくなり、火星の大地に埋もれて見えなくなるまで。

 

 デフは笑いながら、罵倒を繰り返していた。

 

 自分には、未だにメッセージの意味は理解できないままだったけれども。

 

 あの火星での決戦以来の晴れやかなデフの笑顔と、当惑しながらもやれやれと言わんばかりに苦笑するナビィの顔を順繰りに眺めれば。

 

「まあ、いいか」

 

 せいぜい肩を竦め、自分はささやかな祝杯がわりのコーヒーを仕入れに行くことにしたのだ。

 

 

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