或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0122 オデッサ

 UC0122――。

 

 第十三独立部隊所属『エイブラム』のパイロットである私は、モビルスーツテロ組織『オールズ・モビル』を殲滅する作戦のため、大気圏突入を試みた。

 

 しかし、『オールズ・モビル』の迎撃艦隊によって作戦は妨害され、戦力のかなりの割合を喪失。目標地点への降下に失敗することとなる。

 

 私は、その失敗組の一人であり、特に酷い失敗をした口だった。大気圏突入の最中にバリュートユニットが破損し、あらぬ方向に降下することとなったのだ。

 

 大気圏への突入はなんとかなったものの、減速する手段があまりにも乏しい。しかも眼下は一面の海。加えて衝撃で前の戦闘の傷が開いた。震動と痛みで何もかもが霞む。

 

 諦めかけた私の脳のどこかで、以前交わした言葉が思い起こされた。

 

(生き延びるための最善を)

 

 だいたいそんな言葉だったと思う。最前線を一人で支えることになってしまった『彼』を叱咤するつもりで吐いた言葉だったが、自分に跳ね返ってくるとは。

 

 だが、言ったからには言葉には責任を持たなければならない。

 

「こ……の……っ!!」

 

 間近に迫る水面へと向けて、愛機の生き残ったバーニヤを噴射する。少しでも減速し、衝突の衝撃を抑えなくてはならない。リミッター解除。オーバーロードも構うものか。

 

 だが、構わなければ当然、代償はやってくる。思った以上に早く、ひっきりなしの警報に熱暴走のアラームが追加された。

 

 覚悟を決めた。ヘルメットのバイザーをしっかりと閉じ、ノーマルスーツの搭乗者保護機能を最大に設定する。ハッチを開き、そして。

 

「神様――っ!!」

 

 祈りながら、身を宙に躍らせると。

 

 それをギリギリまで待っていてくれたかのように、愛機が爆発した。

 

 爆風に吹き飛ばされ、世界が幾度も回転する。もう上も下もわからなくなり。

 

 そして程なく、自分自身もわからなくなった。

 

 

 

 

 目覚めると、日差しがまっすぐに瞼を貫いていた。

 

「あれ――?」

 

 勢いよく身を起こそうとして、全身の痛みに呻いた。特に、右腕が痛い。確か前の戦闘でできた傷が開いていたはずだけれど――。

 

 横たわったまま見ると、右腕には包帯が巻かれ、じんわりと赤い染みが広がっていた。その赤と痛みが、傷が幻ではないことを証明していたし。

 

「……手当、されてる?」

 

 ということと、ノーマルスーツの上半分が無くなっていることを気づかせた。

 

 周囲を見回すと、大海原の真ん中だった。周囲にはぽつぽつと小さな島が見えるので、そんなに大きな海ではない。作戦の進路的に、多分地中海のどこかではないかと思う。

 

 問題は、私がいる場所が、その海原のど真ん中に浮かぶ、何やら筏のようなものの上であり。

 

「お、目が覚めたか、お嬢さん」

 

 複数の筏をつなげているように見える謎の突起物がぱかっと開き、色褪せた髪の初老の男が顔を出したことだった。

 

 

 

 

「目が覚めて良かったよ。結構失血してるようだったから、輸血の準備をしていたんだが」

 

 そう言うのは、見るからに屈強な男だった。シャツ一枚に包まれた肉体は、見えている二の腕も顔も傷だらけで、大きな傷跡が縦に跨る右目は、眼帯で隠されている。

 

 右腕は精巧な義手で、ちゃんと指が五本あって個別に動く高品質なものだ。

 

「ん、気になるか? 安心しろ、お前さんの傷は、こいつが必要な程じゃない。ほら、鎮痛剤飲んどけ」

 

 と、義手で薬のパックを差し出してきた。

 

 これだけ器用なら、そのままモビルスーツの操縦もできるかも知れない。最近では棒みたいな義肢を繋いでサイコミュで動かす車椅子なども出てきていた記憶があるから、これもそんなサイコミュ技術なのかもしれない。 

 

「あんた、運がいいぞ? 今時フリージーヤードなんて持ち歩いてる奴はそうはいないからな」

 

 義手の男が言うには、落下してくる私のモビルスーツを捕捉して回収に向かったところ、脱出する私に気づいて救助したらしい。下半身のノーマルスーツがぬとぬとするのはショック吸収ゲルの残滓のようだ。

 

 宇宙から落下してくる人間一人を受け止めるなど、とんでもなく低い成功率だと思うのだが。

 

「受け止められる方には慣れててね、あとはヤマカンだ」

 

 と、それをやってのけた男は、空恐ろしいことを言って笑った。

 

「それにしても、どうしてこんなところに……?」

「上で昔なじみがヤンチャしててなぁ。落ちてきたら拾ってやろうかと思って待機してたが、釣り上げてみればこんな美人ときた」

 

 大当たりだったぜ、と笑いながら見上げる空は、まだぽつぽつと流星に引っ掻かれていた。降下軌道での戦闘……この規模だともうそれも残滓だろうか。

 

 ここが地中海上だと仮定すると、あの流星は陸上に落下していると思う。墜落したモビルスーツや降下船は、そのまま砕け散る可能性が強い。自分は不運ではあったが、最後の一瞬ではとてつもなく幸運だったと理解する。

 

 しかし、上空でヤンチャしている昔馴染み、とは? 連邦の依頼で待機しているチームというわけでないとすれば、考えられるのは……。

 

 という疑念を、男が襟裏にぶら下げたヘルメットからの声が、裏付けた。

 

「『大佐』、『至高天(エンピレオ)』の『(ズィー)』より連絡です。シャルル艦隊後退しました。I13艦隊からのドロップシップもバリュートも終いです」

「そうか、なら掃海チームと交代して家に戻るぞ。あと『大佐』じゃねえって言ってるだろ!」

 

 エンピレオだのズィーだのはわからないが、『艦隊』と言われれば第十三独立部隊か、もしくはオールズ・モビルしか考えられない。そしてI13にシャルルなどという洒落た渾名はついぞ聞いたことがないので――。

 

「あなた、オールズ・モビルの……?」

 

 と、考えるのが妥当だ。腰に手を振って拳銃を探すが、残念ながら装着を忘れたらしい。もしくは、手当てのついでに取り上げられたのか。

 

 そんな様子に何を疑ったのかおおよそ見当がついたようで、老人は呵々と笑った。 

 

「あぁ、慌てるな慌てるな。まあ連中とも縁があるっちゃあるんだが、今の仕事は国境なき救助隊(セーバーチーム)ってやつだ」

「救助隊……?」

「何しろ今時の地球は、遭難ひとつしても誰も助けにきちゃくれないからな。連邦はもちろん、不法居住者や特別区でヤンチャした奴とか、結構レスキューしてるんだぜ?」

 

 そう言って、にかっと笑ってみせる。眼帯で見えないが、もし両目が揃っていればウインクしているような気配と間合いだった。

 

「……はぁ」

 

 毒気を抜かれるとはこのことだろうか。

 

 まだ何用かあるらしく、また尖り帽子から船内に消えた男を見送り、自分はありったけの溜息を吐き出した。

 

 警戒する気も失せた。そもそも船……というかおそらく潜水艇の類の上ということもある。疑おうと罠にかけられていようと、そのまま潜行されればこちらはおしまいなのだ。

 

 ならば、腹を括って居直るしかないではないか。

 

「……作戦は終了、か」

 

 空を見上げると、自分ごとではない不安が再燃した。

 

 降下するものは終わりだと、男は言っていた。もし作戦が失敗していたら、流星になるものがもう少し多いのではないかと思う。それが少ないとしたら、降下作戦自体は犠牲者も少なく目的を達成できたのだと思いたい。

 

 着地点から大きく逸れ、海を漂流するような羽目になった大間抜けなどは、なおさら。

 

「無事だといいけど……」

「ん? 仲間が心配か?」

 

 間がいいのか悪いのか、独り言のタイミングでまた尖り帽子が開き、男が顔を出した。

 

 折角なので、図々しく行くことにした。

 

「ええ、とりあえず本隊に連絡を入れたいのだけど……ダメかしら?」

「ああ、悪いな。この船はともかく、別の船がオールズ・モビルの連中を回収してるんでなぁ」

 

 わかるだろ? と大仰に肩を竦める。なるほど、国境なき救助隊とは言うが、連邦とオールズ・モビルの回収部隊が鉢合わせしたとき、両方の手出しを控えさせるような力はないのだろう。

 

 すると、本隊と連絡を取れるのは、少なくともオールズ・モビルの回収部隊がことを終えた後ということになるだろうか。先に送り届けて貰えるなら理想だが、人数的にも状況的にも期待するには無理がある。

 

「じゃあせめて……降下失敗した機体の中に、ガンダムはいた?」

「ん、ガンダム? もしかしてそいつ、F90か?」

 

 よもや、機体まで特定されるとは思わなかった。なぜ知っているのかという疑問が顔に出たのだろう。男は人の悪い笑みを見せた。

 

「そうか、パイロットはまだ『拗ね馬』のガキか? いや、実戦部隊なら正規パイロットが回されてるか」

「……?」

「わかんねぇならいい。今のところガンダムが落ちたって話は聞かないな」

 

 妙な渾名と事情を説明する気はないようだった。

 

「ま、安心しろ。そいつが乗ってるのがF90なら、きっと無事だよ」

 

 なぜそんなことを断言できるのか。口に出すまでもない私の疑念を当然のように察して、男は義手の右腕をひらめかせ、

 

「何しろ、誰一人として、あいつに乗って死んだ奴はいないんだからな!」

 

 にっかりと笑ったのだった。

 

 

 

 

「お待たせ、お姫さん。かなり狭いが、我慢してくれ」

 

 そう言って案内された船内は、確かにとてつもなく狭かった。

 

 人間二人が入るのが精一杯くらいの広さに大量の工具や機材が積み上げられ、それがどうにかギリギリ押しのけられて予備座席を展開している。

 

 油断すると工具箱から顔を出しているドライバーなどに引っかかれそうになりながらも、進められた予備シートに腰を下ろした。

 

「これ、もしかしてジオンのモビルアーマー?」

「お、わかるか」

 

 私の予想を、前方のシート……古めかしいシートの周りを板パネルが取り囲んでいる形式のものに腰を沈めた男が、機嫌良さそうに肯定する。

 

 現物を見るのは初めてだが、軍学校の資料で見たことがあった。構成はモビルスーツとあまり変わらないがインタフェースが明らかに違うのは、初期型のモビルアーマー特有の仕様だ。

 

「ま、変な船だが我慢してくれ。こいつじゃないとあんたをキャッチなんてできなかったんだからな」

 

 そういうものかもしれない。モビルアーマーなら、高空を飛行する物体を捕捉することもできるだろうし、格闘戦ができるくらい細やかな動きができるなら、落下点まで移動して衝撃吸収ゲルを散布するなどもできるかもしれない。

 

 しかし、今時ジオンのモビルアーマーを操れるパイロットなど、そういるものではない。しかも、連邦の新鋭実験機であるF90を見知り、オールズ・モビルとも接点がある。

 

 当然の疑念が、口を突いて出た。

 

「あなた……何者?」

「ん? そうだな……ジオンのサムライグフと一騎打ちし、アクシズ落下を阻止し、ビグ・ザムの軍団を一小隊で撃滅し、マフティーで連邦の殺戮部隊と戦い、世界征服を目指して連邦と戦った程度の、ただのパイロットさ」

「…………はぁ」

 

 まともに答える気はないと言うことがわかった。抗議を込めたため息で答えると、男はむしろ楽しげにくっくっくと肩を震わせる。

 

 からかわれていると考えていいだろう。

 

「んじゃ、そろそろ出発するか。……こちら『ふとっちょペンギン』、青1、負傷あり。ご令嬢なんで風呂の準備も頼む」

「了解、『大佐』。赤8の受け入れがあるんで裏から頼みます」

「アイ、コピー。……だから『大佐』はやめろって言ってるだろ!」

「コピー、『大佐』。航海の無事を」

「あんにゃろ、何がコピーだ。……ったく」

 

 ぶつくさと文句を吐き出しながらも、本気で嫌ってはいないらしい。そんな気易さを楽しんでいる、そんな風に見えた。

 

 モビルアーマーが、揺れた。電磁推進特有の駆動音が聞こえる。航行を開始したのだろう、水面がみるみる上に登り、正面モニターが青色に染まった。

 

 溜息を吐き出した。こうなれば、あとはこの救助隊(セーバーチーム)に身を任せるしかない。どこに連れて行かれるのか、いつ帰れるのかも定かではないが、聞き出せることは聞き出しておいた方がいいだろう。

 

「ねえ、ちょっと聞いていい? ええと……」

 

 名を呼ぼうとして、名前を聞いていなかったことに気がついた。

 

「……ええと、結局、あなたは『大佐』さんでいいのかしら?」

 

 名前を言わないなら『大佐』と呼ぶぞ、という意図を込めて問いかけた。

 

「あ? おお、そうだな、それじゃ……」

 

 男は不本意な呼び名に憮然とした様子の顔を見せたが、こちらの主張に理があるとも思ったのだろう。遠くを見るような視線を宙に彷徨わせたと思うと、

 

「『少尉』と呼べ!」

 

 そう、 悪戯っぽくニヤリと笑って見せたのだった。

 





■サイコミュ技術
 
 宇宙世紀0100年代には、精神感応伝達物質が特定されたことを皮切りにサイコミュ技術の解析が進み、精神感応の民生技術転用が始まっている。
 具体的にはサイコ・マン・マシンインタフェースの民生化だが、その分野でも誤作動のリスクと精神にかかる負荷の大きさから、無線通信技術としてのサイコミュは忌避されるようになったし、有線でも特別必要な人間――義肢やそれを介した機器制御――以外では使用されなくなった。
 技術が民生化されたため、精神感応通信帯はノイズに溢れ、ジャミングも横行。挙げ句無線制御の機器がさんざんハッキングされたため、ビット兵器の類は急速に衰退した。
 しかし、戦争技術として発展したものが、人の営みに貢献するようになったのは、むしろ喜ぶべき事かもしれない。
 呪いとして生まれたものでも、時の癒しと人の優しさによって、いつしか祝福に変わっていくものなのだと、信じたい。
 
■国境なき救助隊
 
 通称セーバーチーム。
 ルオ商会やビスト財団の支援を受けて、普段は掃海作業を行う傍ら、トラブルが起きれば急行し、人命救助や危険物の回収を行っている。
 水中作業用MSはもちろん、MAですら保有し、海中コロニーの開発支援を行うなど、活発に活動した。
 「ガンダムを拾ったこともあるんだぜ」が、晩年の初代隊長の自慢であるが、真偽は定かではない。

至高天(エンピレオ)の『(ズィー)

 セーバーチームを支援する謎の秘密結社。
 正体は不明であるが、至高天とは聖者イーノックが熾天使(メタトロン)へと至った場所とも言われる。
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