或るパイロットの年代記   作:DOH

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RX-84編
断章 或るエンジニアの追憶


 強すぎる光は、人を惹きつけ、飲み込んでしまう。

 

 誘蛾灯に焼かれる羽虫と変わらない。宇宙時代となり羽虫の数は減ったものの、生き物の振る舞いに違いが生まれるものでもないのだ。

 

 その男――後にその振る舞いによって『少尉』から『不倫男』と渾名されることになる彼――もそうだった。

 

 『不倫男』が出会った輝きは、掛け値なしの天才だった。彼が参画したプロジェクト――地球連邦のモビルスーツ開発計画『V作戦』において、主導的な立場にある人物だった。

 

 曰く、M理論の提唱者ミノフスキー博士の直弟子であり、先進的な知識を数多く習得している。

 

 曰く、将軍レビル中将の子飼いであり、讒言が通る立場にいる。

 

 様々な噂が飛び交うものの、実状の明らかでないその男を、『不倫男』は鼻で嗤った。

 

 若くして職場結婚(分野が違うため早晩別部署に異動となったが)し、生まれた息子も手が掛からない程度に育った時期ということもあり、『不倫男』は血気盛んであった。

 

 自分ならばその男を追い散らし、『V作戦』の中核の座を奪い取ることすら可能であると気を吐いていた。

 

 

 だが、幻想は儚く砕け散った。

 

 『不倫男』のアイデアは、真の天才はとっくに通過済みであり、逆に至らぬ点を諭される有り様だった。

 

 例えばこんな顛末である。

 

 

「開発速度を高めつつ性能を向上させるため、各部のユニット化と入出力の規格化を進め、共通フォーマットの上で動くソフトウエアの開発を進めるかたちで……」

「良いね。しかしそれだとソフトの開発が間に合わない可能性が高いな。後でガンボーイのフォーマットを渡しておくから、データを取り込めるようにしておいてくれ。量産機向けにプローブを減らしたものを吐くようになっている」

 

 『不倫男』は言葉を失った。その男は、『不倫男』の小賢しい案をとっくに通り過ぎ、実際に運用する段の設計まで終えていたのだ。

 

 

 あるいは、こんな逸話もある。

 

 

「このハンマーは何に使うんです?」

「ビームライフルのビーム収束力場の出力を上げたら、ビームを弾けるのではないかと思ってね。イヨネスコ博士の資料を見たところ、可能性は十分あるようだ。もちろんM粒子の必要量はとんでもないことになるが、大型の艦艇などに搭載される可能性はかなりある。その場合の対策として、バリア発生装置を力尽くで破壊するためのものだ」

「そんなものを、ジオンが実用化していると……?」

「MI融合炉のプラズマを封じ込められる力場だぞ。実績はあるし、ビームバンパーなどよりはよほど現実的な防御手段だ」

「…………」

 

 ビームバンパー――ビームによる長距離狙撃への対応としての、コーティングを施した小惑星による障壁――を提案したのが目の前の人物であるとは露ほども思わなかったのか、男はさらりと『不倫男』の自尊心を踏みつけた。

 

「対策は、正攻法としてはビームの速度を調整して『重く』することで貫通したり、ビーム形成時のフィールドを螺旋状にしてバリアを穿孔させるなど考えられるが、とうてい開発が間に合わん。まあこれはこれで、モビルスーツにハイパーハンマーを振り回させるには、現状の五倍はゲインが必要だろうが、それは達成できる予定だ」

 

 ゲインが五倍とは何に対する倍率か、という疑問は生じたが、とりあえずさておくこととした。別のもっと差し迫った疑問を優先し、物干し竿まがいの棒を指さす。

 

「するとこのビームジャベリンも?」

「ビーム反発フィールドは質量を弾くには力が弱いからね。ビーム発生装置をノンドライブ状態でフィールドの中まで届けてしまえば、後は収束ビーム刃で装甲を貫通するだけだ。重要なのはフィールド貫通からヒットまでの間に刃を形成できるかどうかだな。案外形成したまま突っ込ませてもいけるかもしれないが」

 

 などと、二手三手先を見通した成果物をこともなげに披露する。これが、『V作戦』が立ち上がってからまだ一ヶ月程度の段階なのだから恐ろしい。

 

 理論を熟知し、起きうる問題を予見し、対抗技術を考案しつつも当面の技術で実現できる対策を講じる。エンジニアとしては当然の仕事であるが、理論構築から実用までの速度が異常だった。

 

 この男を見いだし、フリーハンドでの開発を認めた上層部の見識は、見事という他なかった。

 

 

 『不倫男』が抱いた敵愾心は、ほどなく心酔で蓋をされた。自分の才ではこの天才には及ぶことはなく、彼の後を支える方が目的を果たせる……そんな合理的思考の結果でもある。

 

 

 だが。

 

 

「量産機の名前? そうだな。ガンボーイ……いや、今はガンダムか。そこから頭と尻を取って、GMはどうだ。ガンダム(GUNDAM)から起点(G)結果(M)のみを同じくするマシンとして、ね」

「……なるほど」

 

 基礎案はともかく、量産機のユニット構造など運用面でのシステムを構築したのが目の前の男であることをきっちり失念した天才に、『不倫男』は表情も動かさず頷いた。

 

 

 確かに、あの男は天才だった。彼が作り出した多くの成果がなければ、一年戦争は十年戦争、もしくは百年戦争にまで発展していたかもしれない。

 

 だが、心酔は敵愾心に蓋をすることはできても、消し去ることができるものではなく。

 

 戦中の不幸な事故で天才が失われれば、蓋を失った敵愾心が燃え上がる。

 

 

 かくして、モビルスーツ開発史に自分の存在を刻まんと欲して。

 

 後に、『ガンダムの父』として知られる天才と並ぶ、『ジェガンの祖父』『中興の祖』、あまつさえ『ゼータドライバーの父』とすら呼ばれるはずであった男の、『不倫男』への凋落が始まったのだ。

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