或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0097 イシュタル・ファーム

 話に聞いていたより、火星の大地は緑を帯びていた。

 

 もちろんコロニードームの付近に限ってのことだが、ドームの中だけではなく、その外輪にも苔のような緑色が広がっている。

 

 苔の広がる地面というのは地球ではあまり印象の良いものではないが、ここは火星。つまりは人類以外の生物が、火星の荒野を緑化すべく浸食しているということになる。

 

 不思議な感慨が沸き上がり、思わずほうと声が漏れた。

 

「驚きましたか?」

「ああ。草木も生えない荒野だって聞いてたんだが、そうでもないんだな」

「最近、土壌改良用植物が開発されたんですよ。このあたりはその実験農場です」

 

 金魚鉢のようなメットの奥で、やや自慢げに解説するのは、火星コロニー(サイド・アルカディア)自治政府から派遣された案内役だった。

 

 不思議と見覚えのある面影の女性だった。先日出会ったバンシィの操縦者にどことなく似ている。

 

「名前は、イシュタル・ファーム。その植物の名前から取られています」

「はぁん……」

 

 説明を聞き流しながら、メット越しに再度見回す。うっすらと地面を覆う緑色の植物は、極めて強い繁殖力を持ちながら、短い寿命の間に土壌を高速で自らの生育環境に適したものへと改造していく。それで緑色は早晩死滅し、後には地球的に改良された土壌が残される……というものらしい。

 

 もちろん、その後は有酸素環境に合わせて土壌の微生物を調整する必要があるが、それもドーム内で目処が立っている。

 

 そうして、時間をかけて土壌を地球化していく。そうなれば、あとはそこでジャガイモを育てるなり杉を植えるなり好きにすればよいというわけだ。

 

 おそらくその作業をしているのだろう。ドーム付近で一列に植えられた背の高い植物の世話をしているモビルスーツがいる。驚くことに、ドーム近傍に限れば、植物が生育できる程度に大気の地球化が進んでいるらしい。

 

 が、職業柄の癖で、自分の興味はモビルスーツに向いた。

 

「……ありゃ、ザクか。珍しいやつだな?」

 

 メットの拡大機能を起動し、遠くの赤いザクを睨み付ける。間違いない、あれはジオンのザクだ。しかも、通常のザクとバックパックをそっくり入れ替え、両足に山ほどバーニヤを増設したモデルは、確かR型と呼ばれていた奴だ。

 

 確かR1型とR2型があったはずだが、どちらがどう違ったのかまでは覚えていない。どちらにせよ、扱いが難しい割には性能が出ないので、そんなに数を作らないうちにスカート付き(MS-09)あたりに取って代わられたはずだ。

 

「赤いザクと言えばあいつだけどなぁ」

「赤い彗星ですか? よく言われていますね」

 

 あのザクを見ての感想として珍しくないのだろう。案内役がやや辟易した風を織り交ぜて笑った。

 

 実際、あの男はR型を持っていたんだったかいなかったんだったか。記録で見たような気もするし、夢幻のたぐいだったような気もする。

 

 どちらにせよあそこにあの男がいると言うことはあり得まいし、どうでもいいことか。

 

「あれは連邦の公社が派遣してくれた応援団ですよ。……あら、防衛隊の帰還ですね」

 

 飛行音が聞こえたのだろうか、赤いザクが首を上げるのを追った先に、これまた赤いモビルスーツが飛んでくるのが見えた。

 

 赤茶けた空に浮かぶそれは、近づくにつれ、機体そのものは見慣れたものであることがわかった。

 

「ありゃ、バーザムか。しかもフルドド付けてる」

「あら、フルドドをご存じですか」

「うちでも一部で使ってたからな。とにかくポン付けで動くから緊急改装や試作に便利だったんだ」

 

 ロンド・ベルは言うなればティターンズの後継組織であり、その裁量権の範囲でティターンズの開発チームを取り込んでいた。フルドドはそのチームの愛用パーツのひとつだった。

 

 今思い返しても、油断すると何にでも丸いドラムとフルドドを付けたがるあの連中はどうかしていたと思うのだが、彼らのプロトタイピングの速さと抱えていた莫大なデータがなければ、フォン・ブラウン工廠でνガンダムを立ち上げるなど夢のまた夢だっただろう。

 

「しかし、バーザムか。よくよく縁があるな」

「元ティターンズとか?」

「いや、どっちかと言えばカラバだったんだが、あの機体との縁は、もうちょっと古いんだよな」

 

 記憶を呼び起こす。比較的最近乗り回していたのはアレの外装替え(リパッケージ)の『バージム』だった。データ取りに便利な機体で、どんな装備でもとりあえず動かしてみせる小器用さを買われた自分とは相性が良かったらしい。実際、変な装備のテストも手足の指では足らないくらいやらされたものだ。

 

 だが、バーザムとの出会いはもっと以前。そんな器用さの持ち合わせもない――と思っていたが、実は当初所属していたH11が、自分以外のパイロットがどいつもこいつも異常に器用だったことを思い知らされた、そんな狭間の時期。

 

「そう、あれは……UC0084のことだったな。あいつがまだ、RX-84って呼ばれてた頃の話だ」

 

 火星の低重力ゆえか、軽快に空を滑るバーザムを見上げながら。

 

 自分の意識は、十年以上前のルナツーへと飛んでいた。

 




■夢幻の類い

 記憶の中の映像が、細部で事実と異なっているのはよくあることである。
 商魂たくましいメーカーが、その夢幻に則ってプレミアムな商品を発売することもまたよくあることであり、それがまた歴史の検証を難しくしている。


■ARZ-154 バーザム・ラー サイド・アルカディア防衛隊仕様

 赤く塗られた、火星サイド・アルカディア防衛隊仕様のバーザム。低重力の火星で運用するためホバー機能を強化し、更に飛行のためフルドドユニットを装着している。
 かつてレジオン統治下の火星ではモビルスーツの飛行は禁止されていたが、この時点では支配者の代替わりなどから飛行可能なモビルスーツの開発が行われている。
 もちろん火星の開発力では新規開発は困難だが、火星にはTR部隊の鹵獲技術が数多く流入しており、様々な古い部品の流用が行われている。フルドドIIではなくフルドドユニットを装備しているのも、サイド・アルカディア防衛隊がフルドドIIの調達に失敗しているためである。
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