或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0084 ルナツー(1)

 自分がその男に出会ったのは、宇宙世紀0084。ルナツーでのことだった。

 

「まったく、ジャブローの能なしどもめ! ふざけた注文を……!!」

 

 説明もなく放り込まれた会議室で、挨拶代わりにそう口汚く喚く男は、連邦軍の技術士官だった。

 

 のちにアナハイム・エレクトロニクスが席巻するようになるモビルスーツ開発であるが、この時点ではまだ地球連邦軍が自前で開発する組織を保有しており、彼はその開発部門のひとつの課長を勤めていた。

 

 この時点では『そういう事実』については知る由もなかったが、後に自分は彼を『不倫男』と呼んだ。ゆえに簡単のため、ここから課長のことは不名誉称号で表すことにしよう。

 

「だいたい、GMは傑作機だぞ! 確かに次世代機は必要だが、その開発は軍事において大前提だ! それを……!!」

 

 文字通り地団駄を踏む『不倫男』を前に、自分は居心地の悪さで視線を彷徨わせた。男が喚き散らす様を眺める趣味はない。

 

 折しも、所在なさげに視線を逸らしていた隣の男と目があった。

 

 男は、自分よりひと回り年上のようだった。顔立ちはふて腐れているようには見えるものの精悍で、がっしりとした体格からかなり鍛え上げられているのが伺える。この場に呼び集められていることを鑑みればモビルスーツパイロットであることは間違いなかろう。

 

 階級は自分と同じく少尉。連邦の制服に身を包んではいるものの、落ち着かない様子で襟元を緩めたり締めたりを繰り返している。

 

 その手元で揺れる短めの顎鬚が印象的で、自分はそいつを『顎鬚』と呼ぶことに決めた。

 

 まあ、落ち着かないのは自分も同じだ。地団駄を踏む『不倫男』の方に目配せして肩を竦めて見せると、『顎髭』も人懐こい笑みを口元に閃かせた。

 

 うん、こっちはいい男だ。少し上向いた気分で改めて技術士官の方に意識を戻すと、ちょうど一通りの愚痴を吐き出し終えたようで、荒い息を吐きながら自分たちを順繰りに睥睨した。

 

「そういうわけだから! お前たち、うまくやれよ!」

「……え、何をです?」

 

 しまった。愚痴の中に要点が混じっていたか。プライベートと仕事はきちんと分けてもらいたいものなのだが。

 

「聞いていなかったのか! いいか?」

 

 『不倫男』はここまでの鬱憤をまとめて自分達にぶつける勢いで詰め寄り、指先を『顎鬚』に突きつけた。

 

「お前が! GMで! こいつのゲルググに負けるんだよ!」

 

 そして、結果の決まった試合を告げたのだ。

 

 

 

 

 悪夢の方がよほどマシだった、ジオン独立戦争から四年。

 

 世界はあの絶滅戦争、そして昨年の『コロニー輸送事故』による惨劇によって著しく傷ついていたが、しぶとくも立ち直ろうとしていた。

 

 戦時体制からの脱却は当然として、『コロニー輸送事故』にまつわる一騒動で宇宙艦隊が大規模再編していたり、対ジオン残党を含む反乱分子鎮圧部隊としての『ティターンズ』が結成されるなど。地球連邦軍の編成はその数年で激変していた。

 

 オデッサ司令の陰謀で僻地送りにされた自分も、再編に伴いルナツーに転属となった。一般的には栄転と言えるかも知れないのだが、地球軌道艦隊などではない駐屯部隊ともなると、シャイアンでの飼い殺しより自由が利かない分窮屈まである。

 

 が、何の因果か唐突に参謀本部に呼び出されたかと思うと、待っていたのは技術士官の憤慨親父だった、というわけだ。

 

「要点としちゃ、あれか。GMの次世代機を開発しないといけない。そのためにGMがジオンの量産機より劣ってるところを見せつけないといけない、ってことか」

 

 言って天を……頭上に浮かぶ地球を仰いだ。よりにもよってこちとらは、そのGMの開発に命を懸けたH11の出身である。

 

 そしてその隣で、GMが肩を竦めた。中にいるのは『顎髭』である。

 

 自分たちは、ルナツーの表層で並んでジョギングの最中だった。

 

 もちろん、生身ではない。『顎髭』は先述の通りGM(外観はルナツー型初期モデル)を身に纏っているのが見える。

 

 そしてこちらは、MS-14『ゲルググ』のコクピットに座っていた。

 

 2機のモビルスーツが、ぴょんぴょんと跳ねる。ルナツーの重力は申し訳程度しかなく、接地するには細々としたアポジモータの噴射が必要となる。

 

 機動モードを小惑星上に設定すれば、モビルスーツは自動で補正してくれるものではある。しかし、重力の反応を再現しているわけでもなく、正直かなり振動が気持ち悪い。

 

 横を見ると、開きっぱなしの通信窓に並んで『顎髭』のGMがよたよたと跳ねている。小惑星上の挙動は不慣れなのかもしれない。

 

「ミスター『顎髭』、ウサギの真似は苦手かい?」

「何だ、その渾名。どうもこのGM、反応がしっくりこなくてな。そっちは随分と落ち着いたもんだが」

「ゲルググの出来がいいのさ。ジオン宇宙機特有のクセはあるけど、概ね乗りやすくて、レスポンスがいい。ここは文句なしにゲルググの勝ちだな」

「ミスター『少尉』は小器用なことだな」

「あんたまで『少尉』呼ばわりか。俺なんてH11じゃ雑魚も雑魚だったさ。あんたはどこ出身なんだい?」

「サイド防衛隊からの星一号編成組……のはずなんだが、細かいことは覚えてない」

「なんだそりゃ、事故か?」

「どっかで母艦ごと立ち往生して、酸素欠乏で記憶が少しな。どうもあの頃は曖昧でいけない」

「奇遇だな、俺も通りすがりのビグロに両足切られて宇宙漂流だ。おかげでア・バオア・クーには参加せずに済んだんだが」

「そりゃ随分と皮肉屋の女神様に見込まれてるな」

「違いない」

 

 モビルスーツの顔を見合わせて笑った。

 

「しかしまあ……次世代機開発なんて、そんな言い訳しないとできないもんか?」

「連邦軍は議会制民主主義の走狗だしなぁ。官僚を説得する材料が必要なんだろ」

 

 自分の疑問に、ムーヴが冴えない割に気分は悪くない様子の『顎髭』が推測を述べる。なるほど、戦時経済ならお目こぼしされても、復興経済ではそうもいかない。

 

「これがジオンならザビ家の鶴の一声なんだろうが」

「その末路があの『ジオン脅威のメカニズム』なわけだ」

 

 わざわざ、ジオン製モビルスーツのやたらでっかい肩を竦めてみせた。

 

 あの多種多様な専用機、カスタム機、特化機のラインナップは、壮絶ですらある。『ビルダー』の助けこそあれど、お財布事情はどうなっていたのか。一度細部まで帳簿を拝見してみたいところだ。

 

 ともあれ、事情は見えた。

 

 目下巨大な仮想敵であったジオン公国は消滅し、連邦軍は宙に浮いた戦力の整理を行う必要を迫られた。しかも、莫大な復興課題と折り合いを付けながらである。

 

 そりゃ必然性がなければ、兵器の開発などやりたくはない。増してやGMは正式配備が四年前。通常期の基準で言えば立派に最新鋭のマシンである。

 

 しかし、モビルスーツの登場に伴う戦術ドクトリンの劇的な変化は、莫大な出費を連邦軍に強いた。ジオンという目下の脅威があったからその浪費もまかり通ったが、戦争が終わり、一応でも全国の軍団にモビルスーツの配備も終わったのが現在だ。追加の出費は控えたいのが連邦政府の本音というものだろう。

 

 かくして、予算の奪い合いに命を懸ける官僚の皆様方は、いろいろ難癖を付けて新型機開発の予算を縮小しようと躍起になっていると言うわけだ。

 

「その必然性の足しにするため、GMは欠陥機であったというデータが必要なわけか」

「言うほど悪い機体だったか?」

「時期によるかなぁ」

 

 なんだそれは、という『顎髭』の顔を、答えずやり過ごす。

 

 確かに当初はH11全員で棺桶の歌を合唱するほどの屑鉄だった。しかしA・Rパッチ前後でGMの性能は比較にならないほど跳ね上がったし、戦後頭を抱えるほど一貫性のない生産環境でありながら、それでもなお互換性を維持しきった基礎設計を鑑みれば、傑作機と言い切って不足はないと思える。

 

 ただ、ヴァージン・ドレスであったが故の不具合はいかんともしがたいし、そもそもミノフスキー環境下での兵器運用はまだまだ定石が二転三転しているのが実状だ。マシンの最適化を進めていかなければ、それこそまた一年戦争の悪夢の再来にもなりかねない。

 

 故に、『GMは欠陥機であり、次世代開発が必要である』というシナリオが必要なのだろう。

 

「実際のところ、GMの戦果は驚異的だ。RXナンバー以外が全部GMとして数えられているせいもあるが」

 

 そんなジョギングついでの雑談に、『不倫男』の声が割り込んだ。GMとゲルググの性能評価試験を兼ねたお散歩なので、当然監視されている。

 

「それ、あのザクバリエーションを全部ザク呼ばわりしてるのと同じなんじゃ?」

「それ以上……それ以下かも知れないな。現場の混乱ゆえではあるが、それを利用してジオンから編成をわかりづらくしていた側面もある」

 

 ミノフスキー環境下では、モビルスーツの外観の違いが個体識別の重要なピースとなる。バカ正直に本物の機種識別信号を出すのは、それが『存在するだけで脅威を知らしめる』レベルの存在(『英雄』のRX-78とか)でもない限り、メリットはない。

 

 とすれば、見た目があまり変わらないもので固めるというのは、個体の性能差や特徴から識別される確率を下げられるため、対応する敵に負荷をかけることができる(もちろん実際には致命的となり得る特性の違いがなければならないが)。

 

 一方、決定的な性能差のないカスタム機や異形のマシンを増やすジオンの方向性も、また『わからん殺し』を強いることができる。

 

 どんな状況であれ、『未知』は脅威だ。かつての地上で、『ドリルモグラ』と戦った記憶が蘇る。

 

 しかし――。

 

「欠陥機かどうかはさておき、ゲルググ相手なら実際性能負けてるんじゃないんです? いい動きしてますよ、こいつ」

 

 ルナツー表面で軽くダンスを踊ってみせる。低重力環境下で地上のように振る舞うには、極めて高度な機動制御が必要だ。全身のアポジモータを駆使するにしても、その配置と制御ソフトウェアの完成度は、GMに勝るとも劣らないと思う。

 

 カタログスペックを見ても、MS-14ゲルググはGMを軽く凌駕する性能だ。ビームライフル、サーベルの標準装備はもちろん、『スカート付き』で蓄積されたノウハウを反映して、推進器の配置や出力のバランスも良好。オデッサで陸戦タイプに乗ったときも思ったが、扱いやすいよいマシンである。

 

「ところが、いざ戦果となると酷いものでな」

 

 通信窓の向こうで、『不倫男』が渋面になった。

 

 なんでも、ゲルググが実戦投入された時期には、ジオンの人的資源の不足が致命的なところまで来ており、ザクを乗りこなしているパイロットをわざわざ機種転換させる余裕がなかったのだという。結果、ゲルググは新兵が乗り回すこととなったが、そうなると戦術の未成熟もあり、期待するほどの戦果を上げられなかった、というのが実情だという。

 

「一部のエースが乗り回した奴は大したものだったとも言われるが、機体の評価としては割り引く必要がある」

 

 赤い彗星もゲルググを乗り回したものの確かな撃墜記録は残っていないとか、存在だけは語られる『キマイラ部隊』も運用していたが、これまた公式記録が残っていないなど、惨憺たる有様らしい。

 

「じゃああの有名なのとかどうです、アナ、アナベル・サトー?」

「そこまでだ。そんな男はいない。いいな?」

 

 うろ覚えの名前を唱えようとして、釘を刺された。

 

 はて、名前は曖昧だが、これは確かにソロモンあたりで活躍したゲルググ乗りだったはずだ。まあ実際はドムだったとか、ほかのパイロットの活躍と混じっているとかあるのかも知れないが。

 

 しかし、「そんな男はいない」まで言われるとはどういうことか。うろ覚えながらアナベルなんて名前で男と特定されている段階で、『不倫男』も知っているからこその否定ということになる。

 

 が、こちらの当惑を余所に、『不倫男』は強引に話を進めた。

 

「とにかく。著名なゲルググ乗りのことごとくが姿を消している以上、正体不明な戦果は参考値にしかならん。だから、ジオン慣れしている『少尉』の出番というわけだ」

「まあ、俺ほどジオン機慣れしてるパイロットは少ないでしょうがねぇ」

 

 なるほど、自分はH11とオデッサでの経験を買われたということか。自分以上となると、どこかでテストパイロットをしていたとか、そういう輩になる。

 

「それならそれで、トリントンあたりから引っ張ってくれば良さそうなもんですが」

「だから貴様はどうして狙い澄ましたように……!」

 

 なぜか血相を変えて怒られた。

 

 トリントンのテストチームは優秀と聞いているのだが、なにがまずかったのやら。しかしそれを確かめる暇は与えられず、『不倫男』は口から泡を噴く勢いでまくしたてた。

 

「いいか、とにかくトリントンのこともゲルググ乗りの事も忘れろ! ここでバスクに睨まれてはプロジェクトも何もかもご破算になりかねん!!」

「プロジェクト……?」

「そうだ! お前達は本来、こんな八百長試合のためではない。私のプロジェクトのために集められたのだ!」

 

 そうマシンガンもかくやの勢いで言い放つ『不倫男』の熱量は、辟易を極めたような八百長試合へのものとは一変して、底暗く赫々と燃え上がっているように、感じられた。

 

「私の――RX-84計画のために!」

 




■コロニー運搬事故

 UC0083、廃棄コロニーが運搬中に衝突し、地球へと落下するに至った大事故。ソーラー・システムⅡを使用しての落下阻止が試みられ、作戦を主導した将校は大きく権力を拡大するに至った。
 ――と、この段階ではされているが、事実が開陳されたのはおよそ五十年が経過した後のことだった。
 関係する情報の数多くが抹消または隠蔽されており、不用意に触れればその隠蔽を主導した将校に睨まれるという恐怖感から、UC0084時点では特に関係者が神経質になっている。

■アナベル・サトー

 21世紀初頭の模型師。原石(スタイン)をカットする技量と数については並ぶものはない。筆者が個人的にファンの模型師である。
 もちろん、宇宙世紀の『少尉』が知っているはずもなく、うろ覚えゆえの偶然のニアピンである。
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