「こいつが、RX-84か」
案内された先の工房で、そのモビルスーツは吊されていた。
手足がまだ一本ずつしかないからだ。おそらく開発中で仕様が二転三転している最中なので、両方そろえる余裕がないのだろう。
しかし、そんな状態でも見てわかることはある。
「こいつは、ジムとはずいぶん違うな」
「ほう、わかるか」
「散々自前でも交換しましたからね」
『不倫男』が鼻を鳴らすのを横目に、不完全な人型を眺める。
一目見て、部品の構成が緻密で、ユニットが細分化されていることがわかった。筋肉に近い形で、関節と駆動部の機能が分散されている。
GMの手足は言ってしまえば四角い箱を関節で繋いでいるようなもので、構造は至極シンプル。そのぶん腕丸ごとなどブロック単位での交換は楽だったが、部分交換となるとひと苦労だった。整備班が手一杯の時に、巨大な大腿だけが送りつけられたときは、どう装着したものか途方に暮れたものだ。
一方この新型は、基礎フレームに付ける人工筋肉ユニットを交換するだけで性能を変化させられるだろうし、追加装備も簡単だろう。前に資料で見たGMキャノンの事を考えると、拡張性には雲泥の差があると思える。
「GMのときは、不具合起こしたサブノズルの交換に手こずったもんですが、これなら外装はずしてモジュールひとつで済みそうだ」
「60点というところだな。その通り、拡張性を高めた新機軸構想、ムーバル……んんっ、ムーバブルフレームという」
自慢げに解説しようとして舌を噛んだようで、『不倫男』が気まずそうな顔で唸った。
その後の説明は適当に聞き流したが、おおまかにはまず、この新型の手足を既存のGMと交換して、拡張性と基本性能を底上げする予定らしい。
まあ、モビルスーツの手足は消耗品だ。その上位互換パーツから始めるのは悪くない路線な気がする。
さて、そうなると気になるのは、胴体の奇妙なユニットである。
機体の中枢にあたる部位に、見慣れない丸缶を立てたような部品がある。上半身と下半身、バックパックを接続するコネクタが、丸いフレームに噛みつくように装着されている形だ。
「胴体の……あの丸いユニットは何です? コクピットブロックより腹に近いし、負荷が一番かかりそうな場所ですけど」
「ふふん、気がついたか」
自分の問いに、『不倫男』は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。
「あれは、新型の多目的拡張ドラム型フレームだ。上半身の可動範囲を確保するほか、バックパックのレイアウトもこれで決定する」
「……中枢が可動部って、強度は確保できるんです? GMキャノンの二の舞を背骨で……なんて洒落になりませんよ」
真偽は定かではないし自分は実機にお目にかかったことすらないのだが、初期のGMキャノンにはそういう噂がある。本来のGMの腕部保持ユニットのあたりにキャノンがめりこんだため、負荷がかかったときに右腕が根元から負けることがあったとかなんとか。
「新型フィールドモーターの採用で数値上は問題ない……が、それを証明していくのが開発の仕事だな」
嘯きながらも目をそらしたあたり、『不倫男』もそのあたりの噂は耳にしていたのだろう。もちろん対策はしているのだろうが、素材そのものの強度限界というものもある。
そこで、それまで黙っていた『顎髭』が、ぽつりと呟いた。
「頭は、ガンダム型じゃないんだな」
釣られて見上げる。装甲化されていないため本来の面差しはわからないが、カメラ部に見慣れた広面型複合センサーのソケットがある。
つまりこのRX-84は、GM顔になると予想できる。
「RXナンバーが全部ガンダムを作っているというのはよくある勘違いだな。こいつはガンダムからの脱却を目指した、次のGMの素体となるマシンだ」
「次のジム?」
「そうだ。テム・レイの言うような、ガンダムの
※
『不倫男』の長い話をかいつまんで言うと。
そもそも、我らがGMことRGM-79は、間に合わせの継ぎ接ぎマシンである。
何しろ、本格的な開発が始まったのが開戦後で、戦中に完成のみならず、数を揃えないといけなかったのだ。
そのためGM規格と呼ばれる基本的な構造(入力信号と動力に応じて設定通りの動きをするなら、あとはかなり大ざっぱ)を満たしているならなんでもGMと認めるような大らかさだった。
生産拠点ごとにコマンドだのスナイパーだのストライカーだのとブランチが生まれたのも、GM規格を満たしつつ、より上の性能が出せると検証がされた構成に、ものによって特殊装備を取り付けたのが真相である。(キャリフォルニアベース奪還戦あたりで自分達H11が使っていたGMも、厳密な分類はGM改前期型に相当する)
その結果として、同じGMでありながら性能はもちろん、外観すらも別物というマシンが大量に発生したわけだ。
しかしカタログ上ではすべてGMであり、しかもスペックはGM規格最低保障で評価される。実用重視、個体の性能差は事後承諾で評価する想定で行ったからそうなった。
その結果、カタログベースで語るについて、連邦の量産MSのスペックは、不当に低く評価されることとなったわけだ。
もちろん、事後承諾のツケは現在について回り、今でも後始末に四苦八苦している状況である。
当然、統合整備を行う必要がある。
戦中の最終生産型GMをベースにしたGMII規格が策定され、各地のGMのアップデートが始まったのも昨年あたりからだ。
しかしその一方で、ティターンズが主に利用している機体はカスタムタイプの仕様を吸収し、勝手な高性能化が行われているとも聞く。
整備班の苦悩は、当分終わりそうにない。
ともあれそんな状況で、GMのアップデートの傍らで、GMではない新型機の開発に着手するのは、当然のことでもあった。
「RX-84は
「なるほど、フレームに付ける肉だけで性能を変えられるなら、現場合わせの改修も楽になるな」
例えば、作戦目的に応じて頭部機銃の位置や構成を都度変更するなども簡単になるだろう。開発陣のチョンボをフォローする手段が増えるのも、無茶な使い方で部品を壊しても直しやすくなるのも、おおむね大歓迎だ。
もちろん外装は構成ごとにワンオフだろうが、案外パーツごとに独立した装甲を付けるのでもまかり通るかもしれない。
「しかしそうなると、フレームの強度が性能に直結しそうだよな。フル・ガンダリウム製の骨格とか?」
「ルナ・チタニウム複合材か……どうだろうな」
自分の軽口に、真顔で『顎髭』が唸った。
「これまでモノコック構造のユニット全体で支えていた負荷が、骨格ひとつに集中することになるんだろう? 高機動戦では、機体が常に自分の質量で殴りつけられているようなもんだ。仮にガンダムの強度を裏付けていた素材だとして……」
「もういい、みなまで言うな」
急に真顔で語り始めた『顎髭』を遮る『不倫男』は、心底うんざりした顔で手を振った。
その様子では、やはり誰も彼もが強度を指摘しているのだろう。もちろん対策は講じているのだろうが、その様子ではうまくいっていないようにも思える。
言葉を封じられて鼻白む『顎髭』が、悪態を吐き出す口先を、軽妙なアラームが制した。
「ちょっと失礼、通話だ」
音源は、『不倫男』の懐だった。端末を取り出すまでもなく、不愉快そうな表情に一転晴れやかさを滲ませて、『不倫男』は格納庫の隅に消えていく。
その振る舞いは「いそいそ」という形容が相応しく、仕事の連絡ではあり得ない艶っぽさが滲んでいた。
「なんだろうね、あれは」
「ぶっちゃけると、不倫相手ッスよ」
そんな不穏当な暴露は、『不倫男』の背中を見送る自分たちの背後、RX-84の方から聞こえてきた。
■RGC-80の肩部破断
筆者の実体験である。旧キットは接着剤の分量と塗布の技量に強度が依存しており、小学生の技量では信頼に足る工作ができようはずもなかった。
■頭部機銃の位置や構成
場当たり的な調整を繰り返した試作機の中には、頭部機銃がアンテナと干渉して撃てないため、慌てて行った改修のついでに銃口を増やすなど、かなり自由なカスタムが行われたものもあった。