或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0084 ルナツー(3)

「トライアルTG1、行く」

「トライアルTG2出るぞ。チェイサー頼む」

 

 ルナツーのカタパルトから、青と赤の光が続いて飛び出した。

 

 赤のTG1がRGM-79『GM』、青のTG2がMS-14『ゲルググ』である。識別を容易にするため、識別信号に合わせて発光させている。肉眼で見て本当に光っているわけではなく、あくまでCG補正の上だ。

 

 が、どうせ肉眼で相手機体を見るときは、敗北が決まってハッチを開けたときくらいであるので、基本的にはモビルスーツは光っていると感じてよい。

 

「TG1、TG2、発進を確認。比較評価試験プログラム5-3、開始してくださいっス」

 

 その光点を視線で追いながら、整備士の男はマイクに呼びかけた。襟元には技術士官を示す徽章が輝いている。

 

「5-3はレースで良かったよな。妨害なしの」

「さんざん説明したでしょ、『少尉』」

「同じセクションに推力臨界テストとドラッグレースと障害物レースとデスレースつっこむ方が悪い。せめてレースとスペックテストはセクション分けてくれ」

 

 『少尉』の苦情は、技術士官も感じていたところであるので、回答は差し控えた。後ろにいるプロジェクトリーダー様の采配であるが、彼は総じて他人が見て理解できるか、どう解釈するかという点についてひどく無頓着だった。

 

「無駄話は止めたまえ。タイミングがずれたら一からやり直しだぞ」

 

 振り向かないままの冷ややかな感情を、当のプロジェクトリーダー、つまりは『不倫男』はやはり毛ほども察することはなかった。

 

 赤と青の光点が一度停止し、そして弾かれたように一斉に飛び出した。

 

「初期加速はゲルググが上か。カタログより差が大きい気がするが」

 

 腕組みしたまま、『不倫男』は赤青の光点を見つめて鼻を鳴らす。

 

 『少尉』の確認したとおり、今回は装備を最低限(両機ともに徒手空拳)にした競争だった。なので、競走はほぼほぼ推力と制御ソフトウェアのみの比較になる。

 

 そして、『不倫男』の言葉通り、ゲルググとGMでは、速度に劇的な差が現れていた。

 

「メインブースターには決定的な差はないんスけどね」

 

 コンソールを叩き、諸元を比較する。

 

「おおむね、機動の安定性の差っス。でかい肩と複雑な足まわりは伊達じゃないっスね」

 

 レーシングカーで言うところの、コーナーリング性能に差があるようなものだ。全身のスラスターの数と出力が違うため、姿勢制御の安定性に段違いの差があり、軌道修正の度に速度のロスで差をつけている。

 

「フム……GMのソフトの世代は?」

「終戦時のカタログ合わせで、A.R.パッチVer1.1っす」

「『ジャブロー前』か。なるほどな」

 

 納得したように『不倫男』が唸った。

 

 A.R.パッチのバージョンは、GMの制御ソフトの実質的な世代を示す。基礎ソフトウェアは更新しないまま、パッチだけを刷新していたためだ。

 

 これは基礎設計部分……俗に言うGM-OS部分が、テム・レイの手ずからによって作られたものだからである。

 

 ガンダムと基礎部分を共有するそれは、高機能かつ発展性に優れたものではあったが、同時にコードが奇々怪々で、戦中のマンパワーでは根底を修正する余裕がなかったゆえであった。

 

 だからこそ、『不倫男』の主導するRX-84計画では、OSレベルの抜本的改革を計画しているのだが、まだ実用化にはほど遠いのが実状である。

 

 ともあれ、そんな状況であったから、当時の連邦モビルスーツのOSは、パッチ番号で世代と性能を管理されていた。

 

 そして『ジャブロー前』とは、アムロ・レイがジャブローで地上戦の最終データを更新し、それを反映する直前のデータを元に作られたパッチを示していた。

 

「さすがの『英雄』も、宇宙戦は大気圏突入までの短期間だし、まだガンダムの構造も理解しきってなかっただろうッスからねえ」

 

 もちろん基礎プログラムの進化は劇的であるが、『ジャブロー前』では、宇宙での機動については未完成だったと言わざるを得ないのが実状だった。

 

 その経験不足、試行錯誤の不足が露わになっているのが、今のGMの動きだった。特に高速機動戦のノウハウが不足している。

 

 結果として、機動力比較では、TG2のゲルググと大きく水を開けられることになっている。

 

 TG1……GMの操縦者も、実際に乗り回した機体との齟齬で、さぞもどかしいことだろう。

 

「まあ、その後の打ち上げまでの間に、宇宙用のマヌーバパタンを仕上げていたとは言うのだがな」

「その成果が、『コンスコンの七面鳥撃ち』ッスからねぇ」

 

 技師は舌打ちしたそうな衝動を渋面で飲み込んで、世間話で蓋をした。

 

 『英雄』の伝説的な活躍のひとつとして知られるものだが、撃たれた側の名前がついているというのも不憫なことである。

 

「だが、終戦後パッチならどうかな。インストールはされているのだな?」

「スイッチひとつで切り替え可能ッス」

 

 終戦後パッチとは、その名の通り一年戦争終戦後に制作されたパッチだった。ガンダムのデータ回収が最終改装(マグネットコーティングモデルに関節が換装された、記録上最後のサンプリング)で終了し、GMに合わせて最適化された、現状の最高性能までGMを目覚めさせるソフトウェアである。

 

 技師の回答に、『不倫男』は「そうか」とだけ応えた。

 

 その視線の先では、ゲルググに大きく引き離されたままゴールしたGMの姿が映っている。

 

 心なしか肩を落として見えるのは、エンジニア故の感傷だろうか――そんなことを思考の隅で転がしながら、技術士官は八百長試験の結果に『採用』のチェックを入れた。

 

 

 

 

 『顎髭』のGMが指定ポイントに到達したのは、ゲルググに十秒以上遅れてのことだった。

 

「TG1、チェックポイント到達。これで今日のトライアルは終了。お疲れ様ッス」

 

 通信窓から、技師が言う。ここはルナツー近傍で、レーザー通信中継器が配置されているので通信品質も良好だった。

 

「TG1了解。帰投する」

「申し訳ないッスね。茶番に付き合わせて。負けっぱなしのトライアルは気分悪いっスよね?」

 

 技師が、背後を気にしながら声を潜める。上司のご機嫌を損ねるのが怖いのはどこも同じか、と『顎髭』は苦笑し、少し思案した。

 

「そうだな……借家の芝を比べるのはお門違いだが、もどかしくはあるな。こいつも『俺はもっとやれる』と言ってる」

 

 『顎髭』はコンソールを撫でる。実際、スピードメーターやヒートゲージには相当余裕があり、「単にGMが本気を出していないだけ」なのは明らかだ。

 

 そんなGMパイロットの様子に、技師はもう一度背後を見回してから、更に声を潜めた。

 

「――本気、出させてみるッスか?」

「何?」

「トライアル外なら問題ないッス。右手のGモードファンクションをトン、トン、ツーで押すッス」

 

 三回押して最後を長押しという意味だが、表現がモールス信号なのはエンジニアらしいところだろうか。

 

 言われたとおりコンソール端の『Gモード』とあるスイッチを三回叩くと、画面にずらりと何かの名前が羅列された。

 

「GM.A.R.1.1? 下の方はGM.82.004……日付はこいつが一番新しいな」

「それが、連邦最新のGMっす。もちろん、GMII専用の仕様はハードがないんで使えないッスけど、基本性能では遜色なくなるッス」

 

 もちろん、「遜色がない」とは凌駕や匹敵できるという意味ではなく、「勝率一割くらいの勝負になる」程度の意味である。その一割を五割十割にするのがパイロットの技量というものだが――。

 

「フゥム……」

 

 『顎髭』は唸り、思案した。

 

「いや、やめておこう。せっかくロバのフリをしてるのに、余計なことをして馬の脚が見えちゃ台無しだからな」

 

 かわりに、気になったことを聞くことにした。

 

「ところで、リストの一番下にあるこの『Z.Z.』というのはなんだ? 明らかに銘々規則が違うが」

「ああ、それは比較評価用の逆コンバータッス。ザクの操作系でGMを動かすための」

「……なるほど、ZIONのZAKUでZ.Z.か」

 

 言われれば、『顎髭』にも納得できるものだった。争点はGMとゲルググの性能差であるが、その原因が機体の性能なのか、「連邦とジオンの操作系の違い」なのかの検証はしなくてはならない。

 

「しかし、そんなもんまで作ってるとはな」

「いずれ必要はなくなると思うッスけどね。アナハイムがジオニック取り込んだから、遠からずあっちの決める、最大市場向けのフォーマットがユニバーサルスタンダードになっていくッス」

 

 どうだろう、と『顎髭』は首を傾げた 確かに市場だけを見れば技術者の言うとおりかも知れない。

 

 しかし実際にモビルスーツを使って戦う相手は、ジオン残党がもっとも動機が強い。とすれば、彼らにユニバーサルスタンダードを学習する余裕や意志があるかどうか。

 

 そして、そんな彼らの扱う装備がジオンの遺産だけとは思えない。部品なり何なり、必ず横流し品が混じるはずだ。

 

 少なくとも向こう十年くらい――今のジオンの動機を引き継ぐものが主流の間は、出番があるのではないか。

 

(まあしかし、よけいなお世話か)

 

 わざわざ悲観的な話をする必要もない。メニュー画面を閉じようと方法を視線で探る『顎髭』は、ふと視界の端に引っかかりを感じた。

 

「……何だ?」

「TG1、どうかしたッスか?」

「いや、今何かが見えた気がしてな。内軌道側だが」

「地球側ッスね……デブリスイーパーじゃないッスか?」

「かもしれん。もしくは気のせいか……?」

 

 デブリスイーパーとは、衛星基地などの人工天体付近の軌道に配置し、衝突軌道にあるデブリなどの有質量体を捕捉し、軌道を修正するための人工衛星である。

 

 基本的にはレーザーもしくはレールガンを当ててデブリの軌道を変更し、今回の場合はルナツーへの衝突コースから反らすのが役割だ。レーザーそのものは視認できないが、焦点となった物体は赤熱するため、わずかに視認できる可能性がある。

 

 が、もちろん可能性があるとはいっても、視認できる距離でデブリスイーパーが仕事をしている確率はきわめて低いのだが。

 

「……まあ、ミノフスキー粒子がある上に肉眼ではどうにもならんか。コントロール、機体のセンサーのログの確認を頼む」

「コントロール了解、TG1は帰投してくださいッス。TG2はもう着機コースに入ってるっスよ」

「TG1了解、今から帰る」

 

 そして、『顎髭』のGMは青い光点を追って身を翻したが。

 

 「見えた気がした」ものの正体が何だったのか。彼らが知るまでは、もう幾ばくかの時間が必要だった。




■ジオン・ザク・コンバータ

 主にGMの操縦系を、ザクベースのジオン系の操縦インタフェースに変換するコンバータ。第十一混成機械化部隊の『泥棒戦隊』で開発されたもの。盗んだザクで走り出すために使われたコンバータの逆運用である。

 本来はザクの操縦系を連邦製のそれに変換する際の副産物であり、検証用に使用されたものであった。

 ……が、実際には横流しされたこれがジオン残党が連邦製のMSやコクピット等を扱う際に使用され、過去に学習した操縦系のままで戦えるよう活用されていたようだ。

 UC0087に出現した量産型ビグ・ザムは典型的で、コクピットユニットをジムIIの全天視界コクピットユニットに換装した上で、操縦系にこのジオン・コンバータを噛ませていた。

 ジオン共和国に払い下げられたハイザックやマラサイなどにも適用され、コロニー防衛隊やタカ派集団などで運用された。

 しかしUC0093頃にはパイロットの世代交代も進み、ギラ・ズールあたりになるとほぼユニバーサルスタンダードのジェガンと操作系が変わらなくなっていた。(そもそも、ギラ・ズール自体がほぼ中身はジェガンだったとも)

 なお、UC0083に強奪されたRX-78GP-02Aについてはこの手のコンバータは噛まされておらず、アナベル・ガトーが慣れない操作系で頑張っていたものと思われる。一方正規の手続き(?)で譲渡されたGP-04にはカスタムタイプが適用され、操縦系はほぼほぼ高機動型ケンプファーと同一のものになっていた。
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