或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0084 ルナツー(4)

「テム・レイを越えるために、私は何でもする」

 

 そう言って、妻と息子に距離を置いてから、一年ほどになるだろうか。

 

「私は何でもする――か」

 

 真夜中に目を覚ました『不倫男』は、目覚めの原因となった自分の言葉を、口の中で再演した。

 

 そんな事を思い出したのは、隣で眠る、華やかな香りを纏った裸身故だろうか。瑞々しく若い肢体は、男の欲情をよく引き出し、深夜のひとときを夢中にさせていた。

 

 つまりは、『不倫男』を『不倫男』たらしめる女である。

 

 阿漕なことをしている、という自覚はあった。妻子ある身で若い女に溺れるというのは、さすがの『不倫男』と言えど悪徳の自覚がある。

 

 だが、それでもやらなくてはならなかった。

 

 彼女が、現在の連邦軍で権勢を振るう、バスク・オムの秘書の一人であるからには。

 

 つまりは、勝ち馬に取り入るためのコネクションである。それ以上の意味はない。

 

 そもそも、前大戦でレビルかティアンムが生き残っていれば、こうはならなかったのだ。ジオン討伐において武勲あり、V作戦を主導した将校が権勢を振るっていれば、『不倫男』もその下で大人しく開発に勤しむことができた。

 

 だが、両将の戦死と、それに伴う軍内部の勢力図の混乱は、一年ほどで軍を、ビスト財団ゆかりのアナハイム・エレクトロニクス派と、地球至上主義のジャミトフ派の二色に塗り分けた。

 

 『不倫男』は生粋の連邦軍技師であったし、ジオンの再就職先であるアナハイムに尻尾を振る気もなかったので、必然、ジャミトフ派にすり寄ることとなった。

 

 もちろん宗旨替えも検討はしたのだが、機密であるガンダム開発計画をジオン残党にリークされ、これを主導してジャミトフ派にアドバンテージを得ようとしていた将校が失脚する様を見ていれば、今ジャミトフ派に反旗を翻すのは得策ではないとわかった。

 

 無能ゴップの派閥にも誘われたが、これは論外である。

 

 だが問題は、いざジャミトフに尻尾を振ろうと考えても、まともな伝手がなかったことであった。

 

 そんな折りに、()()ジャミトフ・ハイマンの子飼いであり実行権限を握るバスク・オムの秘書と意気投合できたのは、僥倖としか言いようがなかった。

 

 かくして、熱心なアプローチの甲斐あって、めでたく技師は『不倫男』と相成ったのである。

 

 彼女はよく働き、『不倫男』をRX-84計画の主任の椅子に座らせるに至った。彼もその期待に応え、今のところ開発計画は……「ある些細な、素材の改善で解決が見込まれる問題」以外は順調である。

 

 代償として、妻と息子とは疎遠となってしまったが、これは技術者を夫と父に持ったが故の運命である。材料系の研究者である妻はもちろん、息子もエンジニアとしての才能の萌芽がみられるし、理解して貰えるものと信じている。

 

 そうは思いつつも苦み広がる後ろめたさを誤魔化そうとして、『不倫男』は女を抱き寄せようと手を伸ばした。しかし、悪徳の上塗りを許さないのか、女はするりと男の腕をすり抜け、身を起こした。

 

「シャワー、浴びてくるわ。今日は早いの」

「そうか、お疲れ様」

「あなたも、しっかりね」

 

 名残の挨拶を口づけで交わし、女はベッドサイドに置いたピルケースを片手に、シャワールームに消えていった。

 

 そんな口づけの余韻に酔いしれる『不倫男』は、気づかなかった。

 

 女が手にしたピルケースが避妊薬を詰めたものであることは知っていた。しかし。

 

 そのサイズが、男一人を相手にするものにしては大きいことに、彼は気づいていなかった。

 

 そして、後ろめたさをさらなる悪徳で上塗りするような愚かしさゆえに、彼は。

 

 飼われているのは、利用されているのはどちらなのか、という命題に、辿り着くことすらできなかったのである。

 

 

 

 

 トライアルは順調に進み、ついに最終試験に到達した。

 

 すなわち、自分のゲルググと、『顎髭』のGMの模擬戦である。

 

 今のところ、評価は概ねゲルググの勝利で進んでいる。GMが明確に有利であったのは、機体強度と陸戦の安定性だろうか。

 

 装備では、ゲルググはRX-78のものと威力的には遜色のないライフルを携えている。ただし速射性に問題があるのか、エース機は(宇宙空間基準だと)接近戦向けのバズーカを装備していた例が多いようだ。今回はその比較評価も目して、ビームライフルと予備にマシンガンを備えた構成になっている。

 

 そして白刃戦用のビームソード。コンパクトなビームサーベルはまだ完成していなかったようだが、手首ごと回転させるツインブレードモード、通称『ビームナギナタ』は、非実体刃であるビーム刃を連続で叩きつけることにより、シールドの上からモビルスーツを切り裂くことを目している。

 

 ビームコートが施された大型のシールドも合わせ、GMやガンダムが跋扈する戦場に対応するべく装備を揃えているのがよくわかる。

 

 実際これを数を揃えられれば、連邦の進軍速度は半分に落ちていたかも知れない。八百長試合などしなくても、十分高性能だし、十分な脅威である。

 

「さて、それに対するは――」

 

 自分は、目の前に立つ見慣れたシルエットに目を向けた。

 

 ルナツーの大地に立つそのマシンは、事前のセッティング通りRGM-79、GMだった。

 

 胴体は、赤色。ルナツー量産モデルとしては一般的な仕様だ。最近は緑色のGMを見かけることも増えてきたが、誰が色を決めているのかはよく知らない。

 

 装備は、標準的なビーム・サーベルにシールド。そして右手にビーム・ライフル、ホルスターにビーム・スプレーガンを携えている。

 

 ビーム・ライフルを備えた、標準的……とはやや言いづらい構成である。

 

 一年戦争終盤、いわゆる『ガンダムのビーム・ライフル』はいくつかの事情で完全配備というわけにいかなかった。ソロモン戦の自分の部隊にも、確か隊長機に一丁配備されただけだったはずだ。

 

 実際のところ、自分はビーム・ライフルを撃ったことがない。いや、一度だけあるのだが、H11で流行った『対RX-78シミュレータ』の上であり、しかも当たらない一発を撃ったあと、二発目を撃つ前にこちらが撃墜されて終わっている。

 

(そう言えば、アレについて『オリジナル』に恨み言を言ったっけな)

 

 ちなみにその際の回答は「そんな事言われてもな」と頭を掻くばかりだったのだが。

 

 ……などと思考が過去に飛び立っていたのを、メットに響いた電子音が引き戻した。

 

「TG2、時間ッス。トライアルモード起動するッスよ」

 

 技師の声と共に、モニターに素っ気ないウィンドウが次々と開いていった。素早く消えるあたりあまり内容を見せる気はなさそうだが、ビーム・ライフルやビーム・サーベルの仮想モードへの切り替えや、マシンガンの模擬弾装填の確認などが行われているのが見て取れた。

 

 そんなステータスチェックを眺める傍ら、ふと気になったことを質問した。

 

「そう言えば、これ(ゲルググ)が負けたらどうなるんだ?」

「一回ごとにあんたの給料が減りながらやり直しッス」

「うげぇ……」

 

 元から薄給の少尉暮らしである。これ以上安くなっては金を払って戦争をする羽目になる。

 

 まあ、殊更趣味もなく、軍隊生活で貯金が増えるばかりの実際はともかくとして。

 

「さて、それじゃひとつ、頑張りますか」

 

 首をこきこきと鳴らしてから、自分は操縦桿を握り直した。

 

 結果の決まった八百長試合、しかも大幅なハンデを背負わせているのだから、よもや負けることはないだろうが……。

 

「そんな状況だからこそ、手加減はしちゃくれないだろうしな」

 

 それは、万が一を笑う軽口のつもりだったが。

 

 それがまったくもって冗談になっていなかったことを、後に自分は目減りした給与明細で思い知らされることとなった。




■対RX-78シミュレータ

 MSシミュレータは機体のOS上で動かせるシミュレーションプログラムであり、戦闘テストまで行えるのでパイロットが訓練に使うことが多いものだが、これはその隠しモードに仕込まれた「RX-78の戦闘データを元にした仮想エネミー」との対戦ゲーム。

 実はGMはもちろん、A.R.パッチ以降の連邦MS全機に組み込まれている。(時系列的な問題で、RX-79[G]にはなかったと思われる) 

 RX-78との1対1の空間戦闘を行うモードと、ホワイトベース隊とチーム戦を行うモードがあるが、チーム戦バージョンは発行元のトリントン基地に申請が必要で入手に手間がかかったのに対し、空間戦闘モードは手軽さと「一瞬で終わる」ことから認知度が高い。

 ジャブローにおけるRX-78のサンプリングデータが使用されており、空間戦闘のデータは不十分だった。しかしそれでも、このシミュレータに挑んで勝利した記録は、ユウ・カジマ大尉(当時)のたったひとつ以外残されていない。

(なお、後にジェシカ・ドーウェンの追跡調査により、使用された搭乗機がいわゆる『ブルー・ディスティニー』であったことが明らかとなった。他にもガンダムタイプを使用して勝利したという証言はいくつかあるが、原則機密兵器を使用している関係で公式記録に残っていない。BDが残っていたのはBDそのものが最高機密で、書類上はGMであるものとして扱われていたため)

 余談ながら、このシミュレーションの戦闘評価は、当時のH11第1小隊オペレータが担当することが多かった。

 しかし彼女の評価基準の最低値は「第一小隊最下位スコアの『優等生』」であり、結果「彼以下ですね」と散々煽られたパイロットから、『優等生』は謂われなき憎悪を浴びることとなった。
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