或るパイロットの年代記   作:DOH

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断章 月軌道外縁

 昔、隼射という仕事があった。

 

 「隼のように正確な狙いの射手」という意味だ。鳥のハヤブサの正確さはもちろんだが、宇宙開発の黎明期にその名前を冠した探査機が、小惑星への往還を成功した事例に因むのだという。

 

 そんな由来であるから、隼射は宇宙開発に関わる射撃の匠を指す名前であった。

 

 アクシズやルナツー、ア・バオア・クーといった小惑星基地は、最初から基地であったわけではなく、くり抜かれた隙間に居住空間を据え付けたものだ。では当然の話として、くり抜いた岩石……希少資源を蓄えた鉱石には、行き先がある。

 

 かつて小惑星帯にあったその鉱石を、コロニー群の浮かぶラグランジュ点に投射するのが、隼射の仕事だった。

 

 手順としては、電磁カタパルト艦によって、カーゴフレームに載せた鉱石を、ラグランジュ点よりやや外軌道に撃ち出し、月の重力によって減速させる。ラグランジュ点は地球と月の重力が拮抗して安定する場所であるから、その外軌道で適切に減速すれば、ちょうどラグランジュ点で滞留することになるのだ。

 

 もちろん、形の不安定な鉱石を相手に、複雑怪奇な三体問題を計算する必要がある。だからこその、匠の称号であった。

 

 男は、その隼射だった。

 

 昔の話である。コロニー建設ラッシュが終わり、資源採掘の需要が低迷して失職した。

 

 だが、ジオンによって、需要が再燃した。

 

 原因は、下手くそな隼射による『落とし菓子』である。

 

 隼射は匠の技であったから、当然失敗することも多かった。失敗したそれらはラグランジュ点の付近で、地球を不安定な軌道で周回するようになる。

 

 これをいつからか、地球をサーカスの丸盆に見立て、丸盆を囲む観客が食べこぼした菓子のようであるとして、『サーカスの落とし菓子』と呼ぶようになった。

 

 資源に喘いだジオンは、これの回収を試みたのだ。つまりは、『落とし菓子の拾い食い』である。

 

 浅ましい行いではあるが、妥当性はあった。

 

 モビルスーツの出現である。

 

 高度な航法装置と極めて高い機動性、作業性に優れた手足で複雑な工具を使いこなす器用さ。それらを兼ね備えた次世代作業機は、軍事用の名目に則り採算度外視で開発された。

 

 その高性能が、『落とし菓子』の回収を可能にしたのである。

 

 もちろん、『落とし菓子』の中で地球もしくは月に落下せずに周回しているものは、大半が「減速が足りなかった」ものである(減速し過ぎたものは遠心力が重力に対して不足し、多くが地球や月に落下してしまう)。

 

 つまり、相対的に非常な高速であり、接近には非常な危険が伴う。

 

 これを減速させるためには、モビルスーツの性能だけでは不足した。あらゆる状況に対応できる操縦技術を会得し、様々な工作機器の扱いに習熟した専門家が必要になった。

 

 そのひとつとして白羽の矢の当たったのが、骨董品と化しつつあった隼射である、その男であった。

 

 他にも各分野からの技能者が集められ、その技能を生かせるツールが用意された。ツールと技能は相互作用でみるみるうちに進化し、戦術機動研究の名目も乗っかり、『落とし菓子』拾いに特化した技能者集団が誕生した。

 

 その自由な風体とちぐはぐな編成は、端から見れば大道芸人の一座であったが。

 

 その外聞もあり、もっぱら『丸盆の落とし菓子』を拾い集めることでその技量を証明する彼らは、サーカスで芸を仕込まれる子供のようであると評された。

 

 その結果、いつしか彼らは『サーカスの子供達』と呼ばれるようになったのである。

 

 

 

 

「『黒鉄』の空中ブランコ、間もなく標的とエンゲージ」

 

 かつて隼射であった男は、MSのコクピットの中で、地球周回軌道を滑走していた。

 

 なぜ滑走なのかと言えば、隼射の機体は加速しておらず、下半身をモビルアーマーに固定されていたからである。

 

 隼射の機体は『ヅダ』、そして足元の『黒鉄の空中ブランコ』の機体はモビルアーマー『ザクレロ』という。

 

「『真鍮』の射手、射撃態勢につく。『黒鉄』、安定させてくれよ」

「任せな。俺が『手渡し』して、あんたが落ちたことあるか?」

 

 ザクレロの『黒鉄』が嘯く。なるほど、確かに嘘ではない。

 

 『手渡し』とはサーカスの空中ブランコで、飛び移る役者の手を取る役割だ。そして『サーカス』の場合、それは超高速で推進するモビルアーマーであり、作業機を標的の岩塊にランデブーさせる役割を指す。

 

 失敗した役者は、超高速で地球周回軌道に放り出されるのである。つまり、失敗を体験した役者は生き残っていないのだ。

 

 幸いにして、『サーカス』の『射手』は、発足から現在まで『真鍮の射手』以外に交代したことはない。しかし、『空中ブランコ』は開戦から数えても既に2回交代している。

 

「『白金(トクワン)』とは言わないまでも、せめて『黒銀(デミトリー)』なら安心できたんだがな」

 

 戦中の『ガンダム退治』に駆り出され、戦死した面々を思い出す。共に、モビルアーマーの操縦については熟練のパイロットだったが、それでも相手が悪かった。

 

 彼らに比べると、『黒鉄』はまだまだ未熟と言わざるを得ない。

 

 だが、ぼやいても始まらないのも事実だった。

 

 彼らは、仕事を選べる立場ではないのだ。

 

 士官教育をいっさい受けず、工作機械の操縦技術だけで食っていた彼ら『サーカス』に、敗戦が残したものは、『敗戦国の不正規兵』のレッテルだった。

 

 公国の命で作業に従事していたのまではよかったが、指揮系統の混乱、そして責任者の多くが戦死したことで、『サーカス』の戦闘行為の責任が誰にも証明できなかったのだ。

 

(おそらく、別の目的もあったのだろうが)

 

 隼射はそう推測していた。

 

 その理由は、彼らの今の仕事が、暗に示していた。

 

「『真鍮』、間もなく『回転木馬(カルーセル)』にエンゲージ。足場、頼むよ」

「了解。『青銅』、お前が一番危険な役割だ。気をつけろよ」

 

 ザクレロに掴まっているいま一機のモビルスーツ、ザクB(バルブス)が、足でハンドサインを示した。両足の先に腕部を取り付けた特別なザクだ。

 

 隼射のヅダ、黒鉄のザクレロ、青銅の四本腕ザクBが、今回の作戦の面子だった。

 

 そして、肝心の特殊作業とは。

 

「『回転木馬(カルーセル)』、スピン角ブレ12°、あと距離400。相対速度合わせる」

「『黒鉄』、真横に着けな」

「言われずとも。キスできるくらいまで詰めてやるぜ」

「青二才が粋がるんじゃないよ。100で出る」

 

 『青銅』の四本腕が、身を乗り出した。それに合わせ、隼射も武器を構える。

 

 クレイ・バズーカと呼ばれる、多目的グレネードランチャーだ。もっぱら粘着弾を装填して使われるためそういう名前が付いている。

 

 今回も、目的は破壊ではない。装填している弾頭は紫外線硬化ガムだ。しかも、それを三本束ねている。

 

「『真鍮』、始める」

 

 それを、岩塊に向けてトリガーを引いた。

 

 目の前でくるくる回転する(おそらくこのスピンが原因で軌道速度が計算より早くなり、減速し損なったのだろう)岩塊に、クレイ・バズーカの真っ赤な粘着弾がまき散らされた。

 

 三つではない。ひとつだ。それが岩塊の回転120°ごとに正確に一発ずつ撃ち込まれる。

 

「カウント、ラスト。……『青銅』、行け」

「あいよ!」

 

 そして一回転したところで、『青銅』のザクが飛び出した。

 

 ザクレロの尻に繋がったワイヤーを尻尾のようにたなびかせながら、猿のように両手両足を開いたザクが、空間を舞う。

 

「『青銅』様の、玉乗りにござい……!!」

 

 回転する岩塊の、粘着弾の打ち込まれたポイントに、両足に装着したワイヤアンカーを発射。岩塊の回転方向に逆行して飛び回る様は、確かに玉乗りの芸人のようだった。

 

 だがもちろん、見世物をしているのでも、命がけで遊んでいるわけでもない。

 

「ワイヤ結束確認、『綱渡り』撃ち込む」

「準備いつでも!」

「了解、ノズル送る」

 

 『青銅』の声に従い、『黒鉄』のザクレロからザクに伸びる命綱に、ノズルユニットを引っかけた。滑車を滑るように、モビルスーツの胴体くらいある核パルスブースターが、『青銅』めがけて『落下』してゆく。

 

「ひとつ!」

 

 まず一個が、ザクに激突寸前に切り離され、ザクの両手に掴まれた。そのまま『青銅』のザクは、命綱を両足で掴みながら、ロケットユニットを岩塊に向けて投げ込んだ。

 

「おっと……」

 

 反動が伝わり、ザクレロががくんと揺れた。

 

「『黒鉄』、しっかりやれ。トクワンなら揺らしもしなかったぞ」

「ちっ、『白金』と一緒にするなっての。第一ノズル、サーフェイサーに食いついた」

「よし、第二投、準備だ」

 

 自分でもカメラ映像で確認する。岩塊に塗布された粘土質のガムに、ドリルのついた小型核パルスロケットが突き刺さっている。

 

 岩塊の姿勢制御用ブースターである。これを、重量バランスの変化で軌道が大きく変わらない間に、連続で撃ち込む必要がある。

 

「ミノフスキー粒子がもう少し薄けりゃ、直接撃ち込めるのになぁ」

 

 『黒鉄』の愚痴はもっともであったが、そういう状況だからこそ『サーカス』の出番がある。

 

「愚痴るな『黒鉄』。第二投、送る」

「あいよ!」

 

 ザクレロから取り外したブースターが、再びワイヤーの上を滑り落ちる。『青銅』がそれを受け取り、ちょうど目の前にきた『サーフェイサー』のガム地に投げ込んだ。

 

「ふたつ!」

 

 『青銅』の声が聞こえたが、今度はザクレロも揺れなかった。『黒鉄』も同じミスを繰り返す素人ではない。

 

「いいぞ、第三投、準備」

「続けて来な」

「了解、送る」

 

 三度目ともなれば、安定したものだ。『サーフェイサー』に核パルスロケットが突き刺さり、モニターにそれぞれのブースターの固定と、通信が確立したことを示すサインが表示された。

 

「では、こちらの仕事だ」

「抜かるなよ、『真鍮』」

「誰に言っている。『青銅』、戻れ」

「了解」

 

 『青銅』のザクが鉱石から離脱した。『黒鉄』のザクレロの背中へとワイヤーを手繰るのを横目に、『真鍮』の隼射はコンソールを叩く。

 

(スピン角速度、補正。分解時加速、補正可能。軌道予測、想定範囲。すべて想定通り)

 

 内心でチェックリストを読み上げ、コンソールのファンクションボタンに指をかける。

 

 冷たい汗がパイロットスーツの中で吹き出すのが感じられた。これでいいのか、やってしまっていいのかと、恐怖が胸中を荒れ狂う。

 

 それは、迷いだった。

 

 隼射としての仕事は、『うまくやること』に何の迷いもなかった。

 

 だが、この仕事はそうではない。ある意味において、正逆の行いとすら言える。

 

(だが、俺達が生き延びていくためには)

 

 国家の後ろ盾もなく、戦争犯罪だけを押し付けられた身の上で、それでも生き延びていくために。

 

「……シュート」

 

 冷たく、小さく呟くように宣言して、隼射は。

 

 核パルスエンジンにプログラムされたシーケンスを、起動した。

 




■MS-05B ザクB

 空間作業用に脚部を腕部に交換したザク。素体は旧ザクを使用している。
 脚部と腕部両方に高精度マニピュレータを搭載しているため、何かを掴む、引っかけるなどの操作に長けている。
 ジオン公国でザク・コンセプト(航法計算、単独空間機動、AMBAC等の機能を集約された作業機)を達成するために研究された機体のひとつであり、陸戦はもちろんコロニー内での運用すら想定されていない。(保護カウルは装着されているものの、腕部の強度と構造では重力下で立ち続けることは困難であるため)
 後に両手両足でビームライフルを使用するモデルが開発されたという説もあるが、少なくともこの時点ではビーム兵器のドライブは一丁のみですら実現できない。

■ザク・リ・ローダー

 ザク・コンセプト確立のために研究された、宇宙機の高機動化・高性能化実験の検証機『ローダー』の改修機。
 原型の機能的には連邦で使用される『ボール』と同じ宇宙作業機であるが、『ザク』として機能させるため、推進器によるAMBAC推進の基礎データ構築などが行われ、稼動効率は半分以下ながらザクと同等の空間機動が可能。さらに大型の機体に大量のプロペラントを搭載することで稼動時間の問題をカバーしている。
 動力についても旧式ながら大型のジェネレーターを搭載することで、機首には収束性能こそ劣るものの拡散ビーム砲を搭載することも可能。(『黒鉄』の機体は工作用のプラズマトーチを搭載している)
 ザク・コンセプトを達成可能なローダーの改修機ということで『ザク・リ・ローダー』の名前が与えられた。
 改修される際に『サーカス』的なリペイントが行われたほか、名前が訛って『ザク・リ・ロ』→『ザクレロ』となった。

■ザク・コンセプト

 ジオン公国が提唱した、宇宙用人型機動兵器『モビルスーツ』による空間運用戦闘コンセプトの総称。高度な起動計算機能にAMBACの採用や固定武装の排除など、戦闘用宇宙機としての運用に必要な機能を含む。
 そもそも『ザク』とはこのザク・コンセプトを体現する存在である。戦闘宇宙機動が可能な宇宙機の総称として定義されたものであり、MS-05とMS-06が同じ『ザク』呼びなのもこのため。
 ザク・コンセプトには必ずしも人型モビルスーツであることは含まれていない。コンセプトを満たしているという点で、『ザク・リ・ローダー(ザクレロ)』もまた『ザク』である。しかし後に出現する『ザクIII』『ザクIV』などは(あくまでアクシズがザクに倣って名付けただけの機体であるため)ザク・コンセプトには必ずしも合致していない。一方ではるか未来に開発される『ザク50』は明らかにモビルスーツですらないのだが、紛れもなくザク・コンセプトを満たしている。
 一方で地上機であるMS-07はこのコンセプトを満たさないこと、さらにRX-78やRGM-79に対抗するにあたって多様なモビルスーツ・モビルアーマーが模索され、結果『ザク・コンセプト』はMS-06まででほぼ破綻した。
 定義上はMS-14も『ザク』に含まれるはずなのだが、その時点で既に多種多様な名称のモビルスーツが前線に投入されており、そもそも観念的な名称にそれほどの意味があるわけでもなかったので、『ゲルググ』は『ザク』にはならなかった。
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