あの、やたらキツかった八百長試合から数日が過ぎて。
ルナツーでの任務が恙なく(自分の減俸はひとまずさておいて)終わり、次の任地が決まるまでの休暇の準備に勤しんでいたはずの自分だったが。
「それが、なんでこんな所を飛んでるんだかな……」
暗黒に閉ざされたコクピットの中で、自分は己の巡り合わせの悪さと、無理難題を強いる『不倫男』への呪詛をブレンドして天を仰いだ。
「何度繰り返す気だ、『少尉』」
さすがに辟易した様子で、『顎髭』の抗議が帰ってくる。足場にしたシャクルズを通じて、裏側からの接触回線だ。
「仕方ないだろ、暇なんだから。コクピットに閉じこめられて、これで何時間だ?」
「おおよそ四時間で、そのセリフも四回目だ。『少尉』は時報に転職したか?」
「いいね、今の給料なら時報係も悪くない」
自棄気味に笑って、自分はコンソールを叩き、スケジュールを確認した。
ルナツーを発した自分と『顎髭』のモビルスーツは、二機搭載型サブフライトシステム『シャクルズ』に乗って、月軌道を巡航中だった。
このモデルのシャクルズは、近年様々なメーカーから発表されているサブフライトシステムの中でも、宇宙用に表裏両方にMSを搭載できるのが特徴だ。だから、自分のマシンと『顎髭』のマシンは、シャクルズを隔ててお互いの姿を見ることはできない。
ゆえに、シャクルズを介した直振回線だけが――つまりはとりとめのない雑談だけが、自分と他人の存在を確かめるための手段だった。
ともあれ、コンソールから本日9回目のスケジュール確認をする。ルナツーのカタパルトから射出されて、シャクルズのブースターでさらに加速。現在はそれも終了し、目的地への軌道に乗って慣性飛行を続けている。
「目的地の小惑星まで、あと二時間か」
「小惑星L44-223か。元ルナツーからの採掘鉱石だったらしいが」
コロニー開拓時代に採掘され、ルナツーがかつて存在した宙域から、地球圏のラグランジュポイントまで投射された鉱石。それが現在自分たちが向かっている小惑星の由来だった。
ルナツーは小惑星帯に浮かんでいた大型の岩塊から資源をくり抜いた後、その残骸を地球周回軌道に移動させたものだ。実際には移動させた後も採掘が進んでいたとも聞くのだが、まあ細かいことはどうでもいい。
要点は、L44-223というのが、宇宙開拓時代の初期から中期のコロニー建設ラッシュ時代に採掘され、現在まで残された岩塊だということである。
「そんな古いものが、まだ月軌道を周回してたとはね」
「『落とし菓子』は一度安定すると、地球か月に落ちるまではぐるぐる回り続けるからな」
こういう由来を持つ小惑星が『サーカスの落とし菓子』などと呼ばれているというのは、つい先ほど聞かされて知ったばかりだ。細かい理屈はさておき、食べ残しだというのは確かに言い得て妙かも知れない。
「しかし、よく知ってたな『顎髭』。出身はどこかのサイドの採掘業者か天体監視機構か?」
「そのあたりがどうもはっきりしなくてな……用語はふっと思い出せたんだが」
顎髭を撫でながら首を傾げる様が、通信窓から見えた。相変わらず過去のはっきりしない男である。
ちなみに機体内は当然与圧されているので、戦闘時でなければバイザーは開けていてもいいし、ヘルメットを脱いでいてもいい。自分も『顎髭』に倣ってメットを脱ぎ、汗ばんだ髪を軽く撫でた。
「その全幅1kmばかりある『落とし菓子』のボーリング阻止が今回のミッション、か」
休暇待ちのパイロット二人を強引に引っ張り出した理由が、それだった。
岩塊のボーリングと言っても、穴を掘る方ではない。玉を転がす方である。
昨日、月軌道近くを周回する隕石L44-223が、突然姿を消した。
一年戦争で無節操にばらまかれたミノフスキー粒子のために、天体観測は大きく阻害されることとなった。何しろミノフスキーは、電磁波であれば何でもねじ曲げる(可視光ですら!)のである。
微量であれば不安定なミノフスキーはすぐに霧散してしまうのだが、大量に撒かれたり、発生装置が稼動(破壊されたムサイからこぼれ落ちた、太陽電池によるスタンドアロン型などが結構な数稼動している)していたりして、現在でもそこここに暗礁宙域を作り出している。
L44-223も、そんな暗礁宙域に遮られたのかと思われた。しかし再度姿を現したとき、その小惑星はいささか看過できない問題を抱えていたのである。
軌道が、大きく変化していたのだ。
しかも、天体軌道計算システムが、レッドアラートを発するほどに。
天体監視機構の軌道計算システムは、全自動で地球圏内の観測可能な全天体の軌道を計算し、数ヶ月後の軌道までを予報している。そしてそれが人類の重要領域(地球や月はもちろんルナツーや各サイドなど)に接近する軌道にさしかかるとわかれば、即座に警報を発してデブリスイーパーや
その天体軌道計算システムの発するレッドアラートとは、つまり。
小惑星の軌道が、人類の居住圏……今回の場合、サイド6コロニー群への突入コースに乗っていることを知らせるものだった。
「つまりは、『コロニー落とし』より前時代的な『
「質量と速度は時代で変わるものじゃないからな。ジオンが隕石じゃなくコロニーを落としたのも、コロニーの軌道監視なんぞろくにしてなかったのと、事前の核パルスエンジンの設置工事が楽だったからとか諸説ある」
つまり、隕石を落とせるなら、それで用が足りるということだ。
「しかし、ジオン残党め。戦争は終わったってのに、また何千万人殺す気だ」
悪態を吐いた。北アメリカに落着したコロニーの半分がもたらした破壊は、自分も現地で嫌と言うほど目にしてきた。荒野に突き刺さった破片、焼け焦げた大地。舞い上がった埃で遮られた太陽と、黒い雪。
コロニー本体の落ちたシドニー『湾』の映像も見た。かつてそこに大地が、都市があったなど信じられない、まっ平らな海。そこに遠く墓標のように突き立ったコロニーの残骸が、崩落していく姿を呆然と眺めた。
ジオンは、明らかにどうかしている。同じ人類だとは考えたくない。
かつて同僚の『パン屋』が言っていたように、奴らはもはや地球人ではない、異なる価値観を持った『ジオン星人』なのだと。
そう線引きをして考えなければ、やっていられなかった。
だが、『顎髭』は同意しかねるのか、難しい顔で唸っているのが、通信窓から見えた。
「…………どうかな」
「……ん?」
「いや、何かな。どうも釈然としなくてな」
「釈然?」
問いかけると、『顎髭』は言っていいものかしばらく逡巡しているようだったが、一瞬瞑目してから疑念を語り始めた。
「ジオンが近隣のサイドを毒ガス攻撃したのは、サイド3への緊急核攻撃のできる拠点潰しが目的だったと聞く。ルウムに全戦力を集中してるところに、側背を突かれる可能性を潰すためだと」
「……それだけのために何億殺したんだかな」
「そこには言い訳の余地はないが、それをしていなければ、ムーアあたりからの攻撃で、サイド3は壊滅的なダメージを負っていただろう。ジオンの電撃作戦を成立させるためと考えると、合理性が見えてこなくもない」
ルウム戦役ではモビルスーツによる奇襲作戦が功を奏して大勝を得たジオンであったが、例えば近隣のサイドに駐留していた連邦軍が即座にサイド3制圧に動いていた場合、そこでモビルスーツを使用せざるを得ず、ルウムの奇襲の効果は半減していた可能性がある。さらに、近隣サイドからの攻撃に備えて相当量の戦力を、本国あるいは周辺サイドに割く必要も生じるだろう。
そして、ルウムはジオンの勝利で終わりはしたが、半減した攻撃力で勝てる戦いでもなかった。
「狂人の選択であることにも違いはないがね」
肩を竦めた。合理であっても妥当であるかは別というわけだ。
「……それはわかるが、それで何の違和感だ?」
「ギレン・ザビは狂っていたが、合理的ではあった。だが、今ジオン残党が、サイド6をわざわざ敵に回して虐殺をする合理性が見いだせない」
「……虐殺に合理性もあるか?」
「重要なのは、行動じゃなく成果だろう? 仮にサイド6のコロニーひとつを爆砕したとして、死ぬのはまあ、多めに見て一千万人くらいか。隕石の飛来なら、避難する時間も取れるからな」
「宇宙世紀以前では想像も付かない大虐殺だな」
「ああ。だが、それだけ殺しても、サイド6にとっては致命的な損失じゃない。もちろんそれ自体は許されざる超犯罪だが、国体の維持とかそういうレベルの話だと、大きな影響はない、というのが実状だろう」
「――ん?」
「サイド6の人口は何人だっけ、3億くらいか?」
「あーー、社会科は苦手でね。確かサイド3がそのくらいだった気がするが」
サイド3に関しては、座学でやった記憶がある。人口の何割までを戦力化できるか、どこまで戦力化したら産業がどこまで衰弱するかなど、仮想敵の数字を元に課題でレポートを書かされたものだ。
画面の向こうで、顎髭が揺れた。
「だったな。仮にサイド6もそのくらいとすると、コロニー爆砕の結果、ほぼ3億マイナス一千万人の怒り狂ったサイド6市民が残る。国民感情も、『殺されるかもしれない』だと大きな問題だが、『殺された』になると話は『どうやって殺されないか』から『どう報復するか』に変わるだろうしな。しかし仮にも中立のサイド6が独自の軍事行動でジオン残党を攻撃するってのも考えにくい」
「……連邦軍に
そこで、気が付いた。確かに違和感がある。
「……ジオン残党にとって、まるで得にならない?」
「そういうことだ」
顎髭を揺らして、頷いた。
「そもそもテロというのは、リスクを顕在化させることで、そのリスクを交換条件として取引を行う交渉手段だ。少なくとも、馬鹿でなければ指導者はそう考える」
テロリズムそのものは、革命政府が密告によってギロチンにかけられる恐怖をもとに、お互いを監視し、裏切りを抑止するシステムが元だったという。しかし、ギロチンにかけられる人間が増えるにつれ「ギロチンの境界線」が明らかになり、相互監視の力が薄れた。揺らいだ基盤を立て直すため、革命政府はさらなる恐怖……安易に振り下ろされるギロチンに頼らざるを得なくなったという。
テロというものは、実行されてしまうと致命的なまでに鮮度が落ちるのだ。そして一千万人を殺すテロより巨大な恐怖を編み出すのは難しい。必然、数をこなして恐怖の総量を維持する必要が生じる。
そして、一千万人を殺し続ける手段が、ジオン残党に残されているとは考えにくいし、それをやったが最後、ジオン残党はパブリックエネミーとして、今度こそ根こそぎ駆逐されざるを得なくなるだろう。
ジオン残党が自らの存続を望むのであれば、大量虐殺は「可能性がある」に留めておかなくてはならないのだ。
「だが、それは指導者が後先考えてる場合だろう? 後先考えない馬鹿だった場合は話が成立しなくなる」
「まあな。歴史上にも、理屈の合わない惨劇を引き起こした例には事欠かない。それに、実際にはこの手の話では、利害関係者が実行者じゃない場合も多いしな」
「――?」
顎髭の独り言のような呟きを質そうとしたタイミングで。
コクピット内に、ルナツーからの通信を告げるアラームが鳴り響いた。
※
「現状は、スケジュール通りか」
モニターが、『不倫男』の仏頂面で満たされた。
「お陰様で、足下以外全方位暗黒宇宙ツアーを堪能してますよ。閉所恐怖症のかわりに、空間恐怖症になりそうだ」
せいぜい嫌味で挨拶する。今回の無理筋の出撃は、当然この『不倫男』の横車である。
かつてはコクピットは四角いモニターに囲まれていたが、この機体には全天視界モニタが搭載されている。GMII規格から標準搭載になったというそれは、首を巡らせれば全方位に死角のない素晴らしい視界を確保できる。合成によって自分の機体すら見えない。手先だけは見えるので、まるで安っぽいFPSを遊んでいるように見えるのが難点のひとつだ。
「『少尉』のは最新型の全天視界モニタとリニアシートだからな。GMIIからはそれがスタンダードになる。慣れろ」
「うぇー」
『不倫男』の冷たい宣告に呻いた。もっとも実際は、リニアシートは「空間に放り出されている気分になる」「簡素すぎてオプションがつけられない」など不評の嵐で、数年でモデルチェンジされることになるのだが、この時点では誰が知る由もない。
「それで、石ころの周囲にいる機体は特定できたのか?」
『顎髭』が尋ねた。そう言えばそういう問題があった。
そもそも自分達がこの小惑星の軌道変更を『ジオン残党の仕業』と特定しているのは、ふたつの理由からだった。
ひとつは、小惑星が常に薄めのミノフスキー粒子を纏っていること。これは小惑星自身が何らかの形で粒子を撒いていなければ有り得ない状況だ。
そしていまひとつが、望遠映像にぼんやりと映る、何かの塊の存在だった。小惑星と併走し、時折周囲を巡っているように見えるそれは、モビルスーツかそれに関する何か以外に考えられない。
そして、天体監視機構を無視してこんな作業を行う可能性があるのは、海賊かジオン残党のどちらかである。
故に『ジオン残党』との扱いに相成ったわけであるが、問題はそれが『何』なのかということだった。
「そいつがモビルスーツでなきゃ、
本来ならば餅は餅屋のところを、薄給軍人が駆り出された理由が、その『何か』だった。迂闊に近づいて迎撃でもされては、パブリクの親玉を飛ばす業者ではひとたまりもない。
こちらの問いに、いつもの技師が首を突っ込んできた。データ表示が七分に技師の顔が三分という、ある意味技術者らしい表示画面がモニターに割り込む。
そこには、小惑星の部分拡大映像に、側に浮かぶモザイク模様の『何か』が映し出されていた。
「画像解析はやりましたけどね。ミノフスキーによるブレとサイズの変化でどうにも。でも、少なくとも母艦と艦載機ってわけじゃなさそうッス」
「てことは、モビルスーツとシャクルズあたりか?」
「その辺が可能性としては高いッスけど、それにしちゃデカい気もするんスよね、これ、もしかしたらジオンのモビルアーマーかも……」
「モビルアーマーが何日も連続稼働できるか? ビグ・ザムなんて確か三十分動かないんだろ?」
「……『ローダー』ならあり得るかもしれん」
『顎髭』が、額を抑えながら唸った。由来のわからない記憶を呼び起こすとき、この男はいつもこんな顔をする。
「ローダー?」
「ジオン版のボールみたいなもんで、ザクの基礎実験をやってたマシンだ。基本的には作業機の改造機ってところまでは同じだが、素体が採掘作業とかに使われたモデルなんで、長時間稼働できる」
「……もしかして『ザクレロ』のことッスか?」
技師の推測とともに、モニターに、やけにユーモラスな面をしたモビルアーマーが表示された。いわゆるシャークマスクというやつの類なのだろうが、空間戦闘でこれが突然目の前に現れたら、さすがに意表を突かれて呆然とするかもしれない。
「……すごいデザインだな。だが、こいつだ」
面食らったように語尾が震えていたが、『顎髭』が肯定した。
なるほど、存在は聞いたことがあった。確か『英雄』も、そんな感じの変なMAと戦ったという話をしていた気がする。
「なるほど、『ザク・コンセプト』の実証機か。工作機としてなら今でも通用するかも知れんな」
「で、こいつは戦えるのか? 確かガンダム相手ではおおよそ瞬殺だったって話だが」
写真ではやたらやる気なナタが両手にぶら下がっているが、腕が短すぎて攻撃が届くのかもいささか怪しい。口(そう、なんとこいつには『口』がある)に何か飛び出しそうな装置も見えるが、主力はここに装備する何かだろう。
「ガンダムと戦ったモデルはメガ粒子砲を搭載していたようだ」
「ちっ、確かに
聞こえよがしに舌打ちした。残念ながら、やはりことは戦争屋の領分らしい。
「それも警戒はするべきだが……この目的だと、モビルスーツも同行している可能性を考慮した方がいいな」
「同行?」
「ザクレロは推力はかなり余裕があるようだし、もとが作業機ならハードポイントの増設も楽だろう。プロペラントをしこたま追加すれば、モビルスーツを載せていくのも難しくはないはずだ。サイズがまちまちだっていうの、何割かは積載機が動いてたんじゃないか?」
『顎髭』の指摘に『不倫男』はふむ、と唸った。
「精確な分析だ。こちらの推測とほぼ同じだな。……やはり、RX-84はそちらに任せるべきだったか」
「今からでも交換は歓迎しますがね」
「勘弁してくれ。こちらはそんなバケモノを扱えるほど器用じゃない。ただでさえよくわからんシュツルム・ブースターなんて背負わされてるんだ」
『顎髭』の嘆きももっともだった。ここからは見えないが、彼のGMは背中にジオン製の加速補助ブースターを背負っている。近年、接収されて連邦軍で使用されるようになったジオン機のオプションのひとつだ。
だが、正真正銘のフランケンシュタインの怪物なこちらよりはマシである。
さらなる苦情を申し立てようとしたところで、アラームが鳴り響いた。小惑星へのランデブーのための、シャクルズの減速が完了したサインだ。
小惑星との相対速度がだいたい零になっているため、ここからは同一慣性系でのモビルスーツによるアプローチが行える。
つまり、出撃の時間だ。
「ふむ、では作戦の完遂を期待する。『少尉』、RX-84の性能を証明してくれたまえ」
「了解」
それだけ応えて、通信を切った。
「……RX-84の性能、と言ってもな。胴体以外全部やっつけパーツだろうが」
自分の機体のプロパティを表示するコンソールを眺めて、自分は嘆息ともにリリーススイッチを押した。
がくん、と揺れて、モニターにRX-84MS『ZAM』と書かれたマシンが、シャクルズから遊離した。