或るパイロットの年代記   作:DOH

7 / 84
UC0079 キャリフォルニア(3)

 自分が確認したのは、護衛が『若』を、『若』が『山猫』を庇った姿と、宙を舞って紙幣を撒き散らすトランクケースの姿までだった。

 

「ああ畜生、勿体ねぇ! 『ブービー』、対空迎撃!」

「僕たちが前線を構築します! 指揮車両(CCV)の護衛任せます!」

 

 自分がジムのコクピットに飛び込む時には、もう第一小隊の二人は機体を立ち上がらせていた。牽制で上空に向けてマシンガンを一斉射してから、盾をかざして前進する。さすがは、H11でもエースチームだけのことはある。トップエースが不在でも、その動きはそつがない。

 

「負けてられない……とか言ってる場合じゃないか!」

 

 こちらもジムを立ち上がらせ、ホバートラックのカバーに入る。背中に積んでいる兵装コンテナの都合もあり、自分の機体は斬り込み役をやるには不向きだ。護衛を任せられたからには、任せられただけの結果を示さなくてはならない。

 

「見つけた……『付け馬』か!」

 

 盾でトラックを護衛しながら空を見上げて、遠くを一対の目玉が飛んでいるのを見つけた。その形状から、撃たれるまでジムやトラックの警報すら鳴らなかった理由を理解する。

 

 あれはジオンの重偵察機『ルッグン』。目玉のようなレドームを駆使して、ミノフスキー粒子の影響下でも長距離索敵と照準を実現している航空機である。本隊の支援に使われる偵察機であるため、『付け馬』の愛称を持つ。

 

 ミノフスキー粒子の影響下では、ミサイルの類は誘導性能を失う。強力な電波妨害が、無線通信はおろか、カメラの画像処理にまで影響を及ぼすためだ。ルッグンは、そのジャミングを突破する性能のセンサーと解析機を持ち、盲目の戦争においても未だに誘導弾を辛うじて実用域で使用できる。

 

 ジムやトラックの索敵範囲の外からミサイルを発射したため、センサーによる検出が遅れたと言うところだろう。そして攻撃を仕掛けてきたと言うことは、陸戦部隊も引き連れてきていると考えるのが妥当だ。

 

 その予想を裏付けるように、第一小隊が飛び込んでいった方から銃声が聞こえてきた。いち早く敵の足止めに飛び出していった第一小隊の場慣れぶりには舌を巻くしかない。

 

「だが、俺だって……!」

 

 再度爆撃を試みるためだろう、高度を落として接近してくるルッグンに対し、狙撃用スコープを引き出して照準した。

 

 こちらの装備は90mmマシンガン。射程的に少々心もとないものの、十分に引きつけていればぎりぎり当てることもできるはずである。航空機相手であれば、まぐれ当たりでも十分必殺の威力を期待できることでもある。

 

 火器管制システムにルッグンの諸元をセット。あの重偵察機は全幅が20メートルを超える巨大機で、ペイロードが巨大なので爆撃機としても機能する。

 

 こちらが迎撃態勢に入ったのを悟ったのか、ルッグンは大きく距離を置いて山嶺の向こうに消えた。と言っても撤退しているわけではない。音響センサーは、ルッグンが一定の距離を置いたまま、東側に旋回していると告げている。

 

 東側、つまり、太陽の方向だ。

 

「まずいな、逆光か」

 

 古来より戦闘機乗りから忌み嫌われる通り、モビルスーツ戦においても逆光は致命的なハンディキャップとなる。ミノフスキー粒子影響下での戦闘では、計器が撹乱されるため、最後に信用できる器官は自分の目と耳になるからだ。人間の目は逆光を見つめられるほど出来が良くないため、太陽を背に取られると、事実上音のみで対象を捉えることになる。もちろん、ニュータイプとやらとか、どこかの達人ではあるまいし、できるはずもない。

 

 故に、逆光での射撃は射手のカンと、誤差に振り回される火器管制システム頼りだ。そして、自分はどうにも、その手のカンだの何だのと言ったものとは相性が悪いのだ。

 

 が、苦手だと喚いたところで敵がいなくなってくれるわけではない。火器管制システムは無慈悲にルッグンの接近を告げる。

 

「当たれよ、畜生!」

 

 有効射程に入った瞬間、マシンガンのトリガーを引き絞った。

 

 唸りを上げて、弾丸が迸る。照準は的確。火器管制システムは「確実に命中し、80%の確率で撃墜」と予言している。

 

 だというのに。

 

 弾丸は、ルッグンの下を通り抜けた。

 

「なっ……クソッ!?」

 

 驚愕と悪態を吐き出す間もなく、ルッグンの反撃のミサイルが飛来した。即座にモードスイッチを対ミサイル防御モードに切り替え、マシンガンと頭部機銃を駆使して接近するミサイルを迎撃する。

 

 1つ、2つ、3つ。的確にミサイルが撃墜され、火球が周囲の山肌に墜落してゆく。それらの隙間を縫って更に2発が飛来するが、1発は頭部機銃で撃ち落とし、ホバー狙いで横をすり抜けようとした弾頭は、盾で叩き落とす。

 

 高価な誘導弾を使用しているが、ミノフスキー粒子の影響を受けにくい正面からの射撃ならば、こんなものだ。現代の火器管制システムを搭載したモビルスーツにまともにミサイルを当てようと考えるなら、有線精密誘導弾を近距離からばら撒くか、迎撃不能なミサイルを打ち込む(ビグ・ザムの『爪』とか)か、本物の飽和攻撃の三択しかない。

 

 悔しげに翼を振って離脱していくルッグンの尻に、牽制のマシンガンを撃ち込んで追い払った。

 

「よし。無事ですか指揮車両(CCV)?」

「こちら問題なし。しかし敵機は旋回中。『パン屋』と『優等生』にミサイル攻撃を仕掛けたのち再攻撃の見通し。『ブービー』、次来たら、今度は外さないでくれよ!」

「了解、でも当ててほしいならそいつはやめてください!」

 

 ホバーに手を触れ『お肌のふれあい通信』で情報を交換した。センサーについては、ホバートラックとジムでは性能に雲泥の差がある。受け取ったデータを反映し、ジムのモニターのルッグンの推測位置と移動方向、高度などが鮮明に修正される。

 

 ついでに、診断プログラムをチェックし、ジムのコンディションを確認する。盾でミサイルを防いだ左腕に若干の不具合があるが、ソフトウェアでカバーできる範囲だ。それ以外に問題なし。右腕、マシンガン、メインカメラ、深度センサー、音響センサー、すべて異常なし。

 

(でも、だとしたら何でさっきのは外した?)

 

 ミサイルを全て叩き落としたことからしても、ジムの火器管制システムに異常はない。しかし、ルッグンに命中しなかったとき、明らかにマシンガンの弾道が下にずれていた。地球上では、弾丸はおしなべて重力に引かれて下向きに曲射される。だとすれば重力成分の計算ミス? そんな暗黙のうちに処理されている計算が今更狂うとも考えにくい。

 

 そこで異常に気づいた。ジムのOSが、敵ルッグンのサイズにエラーを示している。

 

 ――推定全幅、40メートル。

 

「……は?」

 

 連邦軍共通データベースの諸元によれば、ルッグンの全幅は22メートルである。最初は、ミノフスキー粒子による計測異常かと疑った。しかし、ホバーとジムのセンサーのダブルチェックで算出されている数値なので、そうそう間違えているはずもない。

 

 ――確かに、もしそれが事実だとすれば、最初の射撃が当たらなかったのも納得できる。敵機の諸元をもとにして距離を算出していたのだから、機体幅が想定の倍あれば、距離も倍あるのが三角関数的な道理だ。

 

 通常ならジムのカメラが視差で距離とサイズを計測しているが、ミノフスキー粒子の影響下では計測結果にかなりの誤差が生じる。CGによる画像補正もフレームごとにガタガタだ。詳細なサイズの計算に時間がかかっても不思議はない。(余談だが、その観測距離のずれによって、CG補正の敵機の姿はひどく歪なものになる。古典的表現として『作画崩壊』などと揶揄されているやつだ)

 

 だが、そんなことがあり得るのか? サイズ違いにも限度というものがある。

 

 戸惑うこちらにはお構いなしに、巨大ルッグン(とりあえず存在は認めるしかない)が山嶺の向こうを旋回し、三度目の降下爆撃に迫った。

 

 侵入ルートは前回と同じく、太陽を背にしての直線飛行だ。

 

 盾は先ほどの爆撃で半壊している。(計算より被害が大きいが、まさか搭載する爆弾まで大きいのだろうか?) 完全に捕捉されている以上、指揮車両を逃すこともできない。防いで第四小隊の合流を待つか? いや、盾が保たない見通しであるからには、ここで踏みとどまり、何とか撃墜するしかない。

 

指揮車両(CCV)、俺のジムから少し離れて! コンテナを開ける!」

 

 ホバーが移動を開始するのを確認し、それを庇うように前に出て、ジムの膝ほどの崖に盾を突き立てた。それに身を隠しながら、背中のコンテナを解放。爆発ボルトで替えの銃を放り出す。

 

 折りたたみ式の砲身を持つ、180mm滑腔砲だ。

 

「地形上、あっちの進入角度は限られる。なら、重要なのは射程と貫通力と照準精度……!」

 

 滑腔砲を拾い上げ、伸長させる。一応新型のこれは、取り回しが良くなったが、旧型に比べて命中精度が低下し、反動も大きいのが欠点。しかし贅沢は言えない。

 

 ジムの膝を落とし、砲を構える。照準精度を上げるため、シールドがバイポッドがわりだ。この新型にはご丁寧に砲身に補助アームも付いているのだが、今回は装着している時間が惜しいし、おあつらえ向きの高さに崖があるので、省略。

 

「ブービー! 11時から進入! 射程内まであと8秒!」

「了解!」

 

 ホバートラックからの有線通信でデータが送られてくる。誰かが、ジムの足にでも『お肌の触れ合い通信』用のワイヤーを打ち込んだのだろう。

 

 正直ありがたい。この角度では、逆光になって視覚はほとんど役に立たない。ホバーの音響センサーと照準を同期受け入れする。

 

 あと五秒。音響、気温、風向補正。

 

 あと四秒。光学測量と相対位置補正。

 

 あと三秒。朝日に紛れて黒い点が近づいてくる。クソッタレのミノフスキー粒子め。カメラ画像が乱されて細部が見えないが、計器を信じるしかない。

 

 あと二秒。トリガーに力を込める。

 

 一秒。それはそれとして。

 

「『ブービー』って言うんじゃねぇよっ!!」

 

 輝きに向かって、トリガーを引いた。

 

 

*

 

 

「……でけぇな」

 

 襲撃してきたジオン陸戦部隊(ザク3機構成だったらしい)を撃退し、ホバーと合流した『パン屋』の、開口一番吐き出した感想がそれだった。

 

 彼のジムの目の前には、煙を上げて地面にめり込んだ、巨大ルッグンの残骸が横たわっている。機体の胴体を滑腔砲で撃ち抜かれ、そのまま山肌に突っ込んだものだ。

 

「データにある『付け馬』より三回りは大きいですね。普通、こんなサイズ違いはそうそう作らないものだと思うんですけど」

「おそらく、『ビルダー』の産物だ」

 

 『優等生』の疑問に、『若』が護衛に包帯を巻かれながら答えた。爆弾から『山猫』を庇った時の傷だ。ちなみに護衛の方はさすがと言うべきか、一番外側にいたにもかかわらず、目立った傷はないように見える。

 

「『ビルダー』は課題を与えられた時、それをもっとも実現しやすい部品を使い、常識的な構造の設計を提示する。それをそのまま作れば、こんな単純なサイズ違いも作られるだろう。例えば、モビルスーツ運搬性能を向上させた機体を作ろうとした、とかな」

 

 この時点では名前を知らなかったが、ジャブローでジオンのMSを運搬していた『ド・ダイ』を思い起こした。あるいは、この巨大機はあれを作り出すための実験機だったのかもしれない。

 

「サイズが変われば空力特性とかも変わるんじゃ?」

「影響が小さい、デザインを変えるほどの必然性がないと考えれば、アップサイジングして細部をいじるだけで済ませる判断もあるだろう。少なくとも、新規開発に比べれば『飛んだ』という実績があるぶん信頼度は高い」

「でもそれで実際に作るのがこのサイズですか? スケール違いの模型じゃあるまいし」

「……うーん、ジオン星人やっぱ頭おかしいな?」

 

 そこについては全面的に同意できる。

 

 『パン屋』の感想に内心相槌を打ちつつ、自分はコンテナの中身――180ミリを放出するため中身がめちゃめちゃに散らかった――を整理していた。『若』をはじめ、小隊の面々が悠長に残骸の検分をしているのも、こちらの準備を待つ暇を潰してのことだ。

 

 急がなくてはならない。『山猫』の正体が露見したことで、作戦を前倒しにする必要が生じた。小隊長チームは、既に先行してベースに移動を開始しているはずだ。

 

「大丈夫? 少尉。手伝いましょうか?」

 

 外れかけた90mmのマガジンをコンテナに固定していたところ、背中に女の声がかけられた。今この部隊にいる女性は『山猫』一人しかいない。

 

「大丈夫ですよ。もう少しで終わりですし、怪我人に手伝わせるような軍人はやってませんって……よっと」

 

 気合いと一緒に、マガジンのフックを固定した。額に浮き出る汗を拭き取り、コンテナの閉鎖スイッチを押す。……何かが引っかかっている。ジムで無理矢理閉じるしかなさそうだ。つくづく爆発ボルトなど不用意に使うものではない。

 

 気を取り直して振り返ると、そこにはアーミージャケットを肩に羽織った『山猫』の姿があった。爆弾の破片で頬などに多少の切り傷を負っていたが、応急処置は終わっているようだ。

 

「そういえば、戦闘中に通信ワイヤー繋いでくれたの、あんただったんですってね。ありがとう、お陰で助かりました」

「ああ。車長さんが通信できないっていうから、こう、窓から、ね」

 

 『山猫』は指で銃を作って、自分のジムの足に向けて「ばん」と口まねをして見せる。ルッグンにはミノフスキー粒子散布装置があるため、通信妨害が極めて強い状態になっていた。短距離ですらデータ通信ができなくなっていたのを、ワイヤーガンで機体とホバーを繋いだのが彼女だった、というわけだ。

 

 もちろん戦闘中のことで、もしミサイルが爆発した瞬間だったらどうなっていたことか。このほっとする笑顔が削り取られるようなことにならなかったことを、心底安堵する。

 

「これから我々はベース攻略に向かいますけど、あんたはどうするんです?」

「そうなのよね……バイクは吹っ飛んじゃったし、ここから歩いて帰るのは無理があるし……ジオンに見つかるとさすがにまずそうだし」

 

 思案げに視線を宙に彷徨わせるが、実際彼女の立ち位置はかなり深刻だ。正体が露呈したスパイの扱いは概ね最悪なことになる。

 

 状況的に、小隊長に伺いを立てることもできない。通常であれば、「歩いてでも帰れ」というのが筋だろうと思うが……。

 

「ベースまで、同行して貰うしかないだろう」

 

 意外なところから、意外な提案が飛び込んだ。巨大ルッグンを見ていた『若』である。

 

「いいの? ミスタ・ジョンソン」

「車長には言質を取った。それ以上は依頼者の権限で私が責任を取る」

 

 果たしてどうだろうか、と思う。自分達に同行すると言うことは、敵基地への殴り込みに巻き込まれるということだ。そして、指揮車両は脆くて、もっとも優先して狙われる、もっとも危険な場所だ。

 

 そんな場所に、非戦闘員の女性を連れて行くというのは、正直抵抗がある。この場に残して身を隠させる方が賢明なのではないだろうか?

 

 だが、『山猫』は悪戯っぽく笑った。

 

「そう、それじゃ……遠慮なく、狭いところにお邪魔しますね」

 

 本人にそう言われてしまえば、自分がどうこういう筋合いはない。

 

 しかし、これだけの状況でありながら、大した胆力だ。そういうところが、仏頂面の『若』ですら彼女を無碍にできなくしているのだろうか。

 

 あるいは、『若』はそれ以上に『山猫』を気に入っているのだろうか。いや、まさか。

 

「おい、『ブービー』! 手を止めてねぇでさっさと箱片付けろ!」

「あー、わかってますよ! 今やります!!」

 

 まったく、あちらに比べてパイロットは色気もクソもない。『パン屋』の罵声に嫌気混じりで返して、自分の棺桶(ジム)に駆け上がった。

 

 

 こうして、自分たちのキャリフォルニアベース奪回作戦が始まった。




■現在公開可能な独自解釈

▼ルッグン(40m級)
 ジオン公国キャリフォルニアベースで開発された、ルッグン型偵察機のビッグスケールモデル。ルッグンの基礎設計を流用しつつ、生還率の向上や攻撃力の付加などの可能性を検討するため作られた試作機。
 『ビルダー』にルッグンの基礎設計と、ザクを運搬できる推力と強度というオーダーを与えた結果制作されたもので、この試験結果をもとにYS-11ド・ダイとの比較が行われた。結果として搭載したモビルスーツが火器を使用でき、空中戦が行えるド・ダイの方に優位性があるとなった。
 結果、本機は数機の試作のみが行われ、量産は行われていない。
 ミノフスキー粒子散布装置のサイズが大きく、またミサイルペイロードも大きいため、偵察兼爆撃機としての運用が行われた。一見通常機と違いがないため、サイズの違いが一種の欺瞞装置として機能し、生還率は高かったという。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。