「畜生、タイマーだ! 時間になったら勝手に噴射するようプログラムされてやがった!」
ザクレロのコクピットから、『黒曜石』が口汚く悪態を吐いた。境遇を考えれば仕方ないかもしれないが、10歳やそこらの女子にしては、なんとも貫禄のある台詞回しである。
(いや、そんなことより)
余計な考えを打ち消している間に、『顎髭』が問うた。
「この核パルスエンジンはお前達が作ったものじゃないのか!?」
「クライアントからの支給品だ。そのクレイ・バズーカも含めてな。プログラムは一通りチェックはしたんだが、ハードに何か仕込まれていたら、今のうちの面子では見落としてもおかしくない」
「おれを舐めやがって、くそぉ……!」
『真鍮』が唸り、『黒曜石』が吠える。どうやらソフトウェア関係はこの娘が担当しているらしい。この年齢で大したものだが、経験の不足を突かれた形ということか。
「経緯はあとでいい。変更後の軌道は?」
「まだ計算にかかってる。もう少し待て……」
「いや、だいたいわかる。標的はグラナダだ」
『顎髭』の言葉を制して、『真鍮』が答えた。
「これまでの軌道と噴射時間を考えれば、大ざっぱにはな。九分九厘、月の裏側に高速で落着させる軌道だ。だとしたら、ターゲットはグラナダくらいしかない」
「さすがはプロだな。阻止可能な時間は?」
「あと三時間はある。今のままなら、すぐに動けば
「推進剤と?」
「……このままだと、サイド6を真横に突っ切る」
「……」
思わず、その場の大人全員が黙り込んだ。元々、サイド6領域への突入を避けるべくして介入していたのが自分たちだ。当事者の『サーカス』はもちろん、我々も阻止可能な時間も把握しており。
「……いま、軌道変更限界点、越えた」
『黒曜石』が無慈悲に、最悪の事態の到来を告げた。
「ってことは、問題は『コロニーに当たるかどうか』か。そっちはどうなんだ?」
「まだ計算中だ、少し待て。こればかりは詳細を軌道計算しなければ……」
「計算終わった! 送るぞ『真鍮』!」
そう言っている間に、ザクレロの『黒曜石』が計算結果を弾き出した声(ヅダには軌道計算プログラムが入っていないらしい)と、続いて『真鍮』の絞め殺されたかのような呻きが聞こえてきた。
「『真鍮』、どうだった?」
「………進路上に、コロニーがある」
「つまり?」
いやな予感しかしなかったが、聞くしかなかった。
「この隕石は……グラナダに到達する前に、コロニーに衝突する」
そう。
『真鍮』は、最悪中の最悪の事態を、開陳した。
※
サイド6、某コロニー――。
サイド6コロニー群は、連邦から中立を維持できるだけあって、コロニーひとつひとつの規模が大きく、都市密度も高い。
旧世紀のニューヤークやトーキョーなどの過密都市をそのまま宇宙に持ち込んだようなもので、とくにこのコロニーは、トーキョーの都市構造を模倣している。
つまり、縦横に複雑怪奇なトラムが走り、スラムとビジネス街が半分溶け合いながら共存する、混沌そのもののような都市構造である。
その都市の小綺麗な部分を繋いだトラムで、血液よろしく運ばれるビジネスマンに混じって、女学生が吐き出された。
「あいたたた……まだ慣れないな」
改札に吸い込まれていく人波から逃れ、女学生は一息をついた。新開発区域にできた学習塾に三駅乗り越して通うようになって一ヶ月。まだ大人になり切れていない女子の身体では、満員電車の閉塞感はいささか拷問めいている。
(狭苦しいのは、トラムだけじゃないけれど)
そんな憂鬱も、いつもの溜め息で誤魔化した。コロニー暮らしというのは、そもそもが鳥籠の中にいるようなものだ。生まれてから今まで、孵卵器の中でぬくぬくと育ってきたような、そんな閉塞感。
強張った身体を小さくストレッチしてせめてもの自由を取り戻していたところ、端末(このコロニーでは『スマホ』と呼び慣らされている)が、耳慣れないドスの利いた警報を鳴り響かせた。
周囲の流れるビジネスマンたちも同様のようで、それぞれが足を止め、スマホを取り出す。女学生もそれに倣おうとバッグに手を伸ばしたが、その前に駅の広告モニタが一斉に赤黒く染まった。
「緊急避難警報レベル5……!?」
緊張感を煽る黒地に赤白の文字で描かれていたのが、それだった。それを見れば、スマホを確認するまでもない。
隕石の接近により、コロニー破損が危惧されるため、避難艇で脱出せよという指示だった。
「何が起きた……!?」
「レベル5なんて一年戦争以来だぞ!」
「隕石が衝突コース!? 嘘だろ?」
ビジネスマン達が悲鳴を上げた。表示板も手元の端末も、揃って同じ警報をがなり立て、それが何かの間違いではないことを証明していた。
緊急避難警報レベル5は、対象区域からの即時避難指示である。コロニーの外壁に穴が空き、空気漏れを起こした場合でレベル4。今回はその上であるから、なにをさておいても避難せよと言う、形振り構わない警報だ。
パニック寸前の緊張感で騒然とする駅改札前の中で、女学生は呆然と空を――大地と大地を繋ぐ窓の向こうを見上げた。
そこにまだ、なにが見えるはずもないのだけれど。
見えたときには全てが手遅れになっているのだけれど。
そこからやってくるという破壊の化身のような災厄の幻影を瞼に映して、少女は身を震わせた。
――それが、当たり前の恐怖だけではなくて。
鳥籠から自分を解き放つ、何かの先触れのように感じている自分に気づいたからだった。