呉越同舟とは言うものだが。
まさに、自分たちは呉越同舟の一団となった。
「最後の確認だが、いいんだな?」
RX-84『ZAM』のシートから、直振回線で問いかける。
足元にあって繋がるのは、不格好なコート(のように見える増設ユニット)に包まれた『ザクレロ』……ザク・リ・ローダーの『ジャック・オー・ランターン』である。
「おそらく、クライアントを裏切ることになるぞ」
「非殺傷のプランだと言うから乗ったんだ。大量虐殺まで責任を被せられるなら、先に裏切ったのはクライアントの方だ」
ザクレロのコートの反対側から、『真鍮』が、静かな怒りを滾らせた。
結局、この事態は『サーカス』の依頼者が仕込んだものと判断するしかなかった。
隕石をサイド6通過軌道から内周へと遷移させる(最終的に大きくスイングさせてサイド3宙域に安定させるつもりだったらしい。できるのか?)計画に、余計な手を加えた何者かがいるということだ。
「サイド6擦過コースに入った段階で起動したのは、ここからなら下手くそでも遷移させられるからだろーな。そこからグラナダあたりを目指すだけなら、そう難しくはねーんだ」
ザクレロの後ろ席から『黒曜石』が補足する。何でも齢十歳ながら、航法計算やプログラミングの腕前は連邦の資格検定をまとめて蹴散らすレベルらしい。
「――途中にあるものを気にしなければな」
『真鍮』が唸る。すべての問題は、そこにあった。
「確認するぞ。隕石L44-223の軌道は現在、サイド6コロニーのひとつへの直撃コースにある。これを迎撃するには、
「ああ、対応するには、『黒曜石』とローダーが必要だ」
「『真鍮』がこの仕事のプロなんだろうが。なんでその機体に航法システム積んでねぇんだよ」
「ヅダは『ザク』ではないからな。試作機で終わったマシンだから、不要なソフトは積んでいないのだ」
基本的に廃物利用や不正規品しか回ってこない立場に加え、『サーカス』で高機動型のモビルスーツを操れるのが『真鍮』しかいないため、こうなったらしい。人材と資金はいかんともしがたい、ということだ。
「こいつは機動性はトップクラスで、小惑星にアプローチするなら最適な推力もあるが、欠陥も多い。細かい取り回しは調整不足で最悪だ。腕のいい専門技師がいれば使い物になるんだろうが、うちではムリだしな。06Rでもあれば、そちらを使っている」
「あの変なリミッターは俺が外しただろー? フル稼働60%くらいでエンジンがサボるやつ」
「お陰でどうにかカタログスペックは出るようになったがね……」
どうにも気持ちが悪い、と『真鍮』が薄い頭を掻いてぼやいた。レアものを扱うにも色々悩みがあるらしい。
その点ではZAMは大したもので、整備面やソフトウェア的な不満点はほとんどない。そこはさすがに連邦が誇る『V作戦の後継』の産物といったところか。
一方で、ザクレロ……『ザク・リ・ローダー』は、名前の通り『ザク』なので、航法システムが搭載されているのだという。MS-05の方にもあるらしいのだが、腕一本ではいかんともしがたい。
「とにかく、だ。隕石の軌道修正には、核パルスエンジンの再プログラミングが必要で、これは接近してのレーザー通信で行うしかない。速度を合わせられる機体が必要で、今のところそれをやれるのはヅダとZAMだけ、と」
ということになる。
「このGMでもいけなくもないが、精密操作となるとな……」
忘れがちになるが、『顎髭』の操縦技術はそれほど高くない。本来はもっとやれるのだろうが、やってみなければわからないし、やってみても、うまくやれるまでに「思い出して身体に馴染ませる」時間がかかる。
今回のようなぶっつけ本番の大仕事には向いていないし、それに。
「シャクルズとザクの護衛も必要だ。『サーカス』の足が隕石に行く以上、シャクルズで追従しないと月軌道から帰還できなくなる」
ということだ。腕一本だけになったザクを残してはいけなくて、ザクレロに背負わせていては、隕石に追いつけなくなる。
「なら、シャクルズに乗せておくしかないな」
と提案すると、『真鍮』が目を丸くして、『顎髭』が何か苦笑しているのが見えた。何かおかしなことを言っただろうか。合理的な判断だと思うのだが。
「本気か? この男」
「信じられるか? さっきまでこいつ、悪のジオン星人許すまじとか抜かしてたんだぞ」
気恥ずかしいので言い返しはしないが、せめてひそひそ話は個別回線でやって欲しい。
「とにかく、編成は決まったな。ヅダのガムは全部取れたのか?」
「ワックス掛けまでとはいかねぇけど、一通り終わったぜ」
そう回答するのは、ザクレロの操縦士の方の子供『黒鉄』だ。そちらは操縦技術に優れており、ザクレロの『舌』と作業アームをうまく操って、瞬く間にヅダを絡みついた粘着ガムを取り去ってしまった。(何でも薬剤を塗布しつつレーザーで加熱すると、覿面に粘性が失われるらしい)
「なら、行くか。軌道変更限界時間まで二十分もない」
「しっかり捕まってろよ、『真鍮』も、連邦のおっさんも」
「まだ二十代だっての! 任せた――」
そうして、ザクレロが推進器に点火し、隕石の追跡にかかろうとした瞬間。
『顎髭』のGMが発砲し。
「――しまった!?」
撃ってから、悔恨を吐き出した。
※
サラミス改から離床した男の部隊は、ベース・ジャバーに乗って宇宙を滑走していた。
「なんで天下のティターンズ様が、こんな僻地で哨戒なんぞをね……」
黒いGM……GMクゥエルと呼ばれる高品位改修機のリニアシートで、男はぼやいた。
「そのおかげでテロ対応に間に合うんだから、地道な仕事も馬鹿にしたもんじゃないだろ」
隣のベース・ジャバーから、馴染みの同僚が窘める。一年戦争以来、もういない隊長の下で、『三馬鹿』としてやんちゃを繰り返していた付き合いだ。
「たまに当たりを引いたからって、普段の負けが帳消しになる訳でもないがな」
と、これまた『三馬鹿』の三がぼやく。三馬鹿の中では『中継ぎ』もしくは『ほどほどに馬鹿』と、はなはだ不名誉な渾名を付けられた男だ。
『中継ぎ』の不満は、男も――『三馬鹿』の『先鋒』と呼ばれる彼も抱えるものだった。
昨年の『デラーズ紛争』が終結し、ティターンズが結成されてから一年近く。当初はエリート部隊に配属と浮かれていた『三馬鹿』であったが、組織の運用を体験するにつれ、そのテンションは急転直下で転落した。
ティターンズは、昨年の『コロニー落とし』を阻止できなかった反省から、予防的に強権を与えられた組織だった。
その目的のためには査察対象(つまりは反乱や破壊工作を目論む『可能性のある』コロニー自治体など)への強引な介入を行う。つまりは嫌な顔をされながらも強権を振り回すのが仕事の基本であり、必然、制服を見られただけで表情が硬化するような、そんな『嫌われ者』になり果てた。
そして、『三馬鹿』はそのティターンズの実行部隊であり、もっとも嫌われる立ち位置でもあった。
(つまりは、愚連隊のツケってことか)
今では、そう思っている。素行や思想に問題があったり、疑わしい立ち位置の人間を集め、きつい、汚い、嫌われると三拍子のKが揃った職場に縛り付ける、そういう組織がティターンズ、少なくともその末端であった。
そして『三馬鹿』の直属の上司は、そういうお払い箱の中間管理職であり。
「目標は南極条約違反の隕石テロリストだ。発見し次第殲滅せよとの命令である! しくじるなよ、愚連隊ども!」
そういう鬱屈した立ち位置に無頓着なのか、いつものように部隊の最後尾からやる気を垂れ流していた。
「……だとさ。何を好き好んでこんなクソ仕事を頑張るかね」
「成果を上げて栄転狙いとかじゃないのか」
「望み薄だと思うがな。もう、軌道修正は間にあわねぇだろう」
コンソールを叩き、くだんの隕石――サイド6を抜けてグラナダを目指す破壊的なコースに突入したL44-223の軌道を表示させる。
その現在位置を示すマーカーは、つい先刻サイド6回避の軌道修正限界時間を超えたと表示されていた。
「軌道の再修正ができる装備があるわけじゃねぇしな。『二号機』でもありゃ別かも知れねぇが」
「おい」
『先鋒』の愚痴を、『三馬鹿』の尻拭い役――『後詰め』と呼ばれている――が窘めた。
「アレの事は禁句だろう」
「わかってるっての。ちゃんと『指揮官』殿には聞こえないようにしてる」
「俺らが油断してたらどうするんだよ。まったく勘弁してくれ」
軽口を本気顔で窘められては、冗談だったと反論もできない。『先鋒』はため息を吐き出し、意識を憂鬱な任務に向けた。
ベース・ジャバーのセンサーが、隕石付近を浮遊するモビルスーツと『何か』を捕捉した。
「標的付近に機影確認。シャクルズに乗ってるのは……ザク?」
「捕虜か?」
「かもしれん。付近にいるGMはルナツー所属のやつだ。部隊名は……プロジェクトZAM? なんだそりゃ」
解析結果を『後詰め』が読み上げる。この手の解析は、だいたい支援機がやるのが効率いいし、実際このメンツでは、『後詰め』が一番冷静に物事を判断できる。
「他はわかるか?」
「モビルアーマーが一機。正直こいつはよくわからんが、その側に……よくわからんジオン系MSが一機と、データなしのモノアイ機がいる」
「モノアイ?」
「見たことのないマシンだ。背中に可動式ポッドがふたつ……なんか、ウラキのアレに似てるな?」
「言ってる端から『アレ』絡みか?」
『指揮官』に聞こえる会話をしているので指示語が増えるが、『三馬鹿』の間では手に取るように通じた。
デラーズ艦隊のエースと互角に渡り合った、若造のガンダムを思い起こす。化け物じみた機動性で、かつて乗っていたGMではまるで追従できなかった。
もし、それと同程度の性能があるとしたら。
「……クゥエルの性能はカスタムと大差ねぇからなぁ」
「条件はあの時とほぼ同じか。包囲撃破できるか?」
「キースの奴みたいなのがいなけりゃいけるか。あいつ地味に嫌なとこ攻めてきやがったからな」
集団戦は支援機の使い方で優劣が決まると言ってもよい。場に与えるプレッシャーが、前衛の行動を大きく制限するためである。
かつて行った『ウラキのアレ』相手の模擬戦は、包囲して行動を制限すれば十分勝機はあった。それが勝ちに繋がらなかったのは、『アレ』の性能はもちろんのこと、加えて支援機の妨害があった故である。
「まあ落ち着け。まだ殲滅すると決まったわけじゃない。一応識別信号はアレもルナツーの……」
「いいや、殲滅だ!!」
『後詰め』の窘めを蹴散らして、指揮官が一喝した。
「命令は、隕石落としを行ったと思わしい敵機すべての殲滅だ! この状況で隕石に追従している段階で、主犯そのものかそれに協調しているものと判断できる!」
口から泡を吹き出す勢いでまくし立てる。
「……だとよ」
『中継ぎ』が肩を竦め、どうしたものかと『先鋒』に目配せした。
しかし、命令通りだとして、言われるままに攻撃すれば、行き着く先は味方殺しである。いくら彼らが『三馬鹿』と言われていようと、それを甘受するのは
「『部隊長』殿、せめて向こうから撃ってでもこないことには……」
「貴様等、命令に従え! さもなくば軍法会議で――」
そう叫びながら、率先してビーム・ライフルをシャクルズのザクに向けたティターンズ『部隊長』は。
次の瞬間、GMから迸ったビームの直撃を受け、爆散した。
■ウラキのアレ
『三馬鹿』の部隊に所属していたガンダムのこと。可動式ポッドによる変幻自在な機動性は、UC0090年代に至るまで最高水準を維持していたと言われるが、記録が抹消されているため厳密な比較は困難。