ルナツーの一画、プロジェクトZAMのオペレーションルームにて。
「トライアル2意識途絶! トライアル1がティターンズ部隊と交戦開始ッス!」
作戦概況を読み上げるオペレータが不在なので、技術士官である男がかわりに声を張り上げた。
元よりプロジェクトZAMはそれほど人員が豊富な計画ではない。戦闘もテストの範囲ではあるが、実戦が行えるほどの人員も装備もない。
故に、畑違いの『技師』がこういう仕事を兼ねることにもなる。
不満はある。大いにある。しかし。
視線だけを背後に向ける。そこでは、冷や汗を吹き出しながらモニタの向こうの厳ついゴーグルの将校と問答する責任者……つまりは『不倫男』の姿があった。
「つまりこれは事故であって……! 今軌道修正作戦を遂行中であり……!」
「ジオン残党と協調しての作戦とは、言い訳にしてもくだらんな。テロリストと内応していたと考える方が自然であろう」
「それは偶然であって……!」
『不倫男』が必死に抗弁しているが、旗色は相当悪いと言わざるを得ない。
ゴーグルの将校はティターンズの実質的な総司令であり、同組織の行動は概ね彼の掌で操作される。そして通話での彼の態度と、そもそも予めティターンズ部隊に与えられていた命令からして、「関係者はすべて抹殺する」レベルの対応が企図されていたのは想像できる。
その一方で、『不倫男』をそれたらしめる『不倫』の相手は、他ならぬゴーグルの将校の秘書のひとりである。それはつまり『不倫男』がゴーグルの将校を後ろ盾にするための足場にしていたということであり。
つまり『不倫男』は、点数稼ぎのつもりでよりによって飼い主の虎口に飛び込んでしまったのである。
阿漕なことをしてきたツケが回ったのだ、とすら思える有様であった。
(天網恢々、ってヤツッスかねえ)
何とか自分の成果を守ろうと食い下がる『不倫男』を、『技師』は無視することに決めた。幸い、指揮官が多忙であれば、自身の裁量でプロジェクトを動かせる程度の権限は、『技師』に与えられている。
つまりは。
(今なら、アレもアレも試せるッス!)
上司が機能しない今なら、こっそり仕込んでいた様々なギミックを使用することもできる、ということであった。
モニターの戦況に、意識を戻す。
状況は、芳しくなかった。ティターンズと交戦状態に陥った段階で最悪に近かったが、『顎髭』のGMが損傷してパイロットが意識途絶、今は『少尉』がひとりでティターンズの部隊三機を相手取っている。
ティターンズは機体も連携も一級品で、『少尉』はまるで対応できていない。ZAMの機動性も巧みな包囲戦術で封じられ、手足を少しずつ削られている状態だ。
(遊ばれている、少なくとも手を抜かれているのは間違いないッスね)
ティターンズかその気でないならば、時間稼ぎをする目もある。しかしそうなると、一方的に嬲られるだけではない、何らかの抵抗を見せなくてはならないだろう。遊びだけでも、限界がある。
この状況を打破できるだけの力。エンジニアの立場で繰り出せる、乾坤一擲の一手は。
「仕方ないッス。『少尉』、確か耐G適性は15オーバーッスよね!」
「そうだが……ッ!!」
いきなりの問いへの反駁がブッピガンで途切れる。まったく余裕がないようであるが、三機からの袋叩きの真っ最中に応答する余裕があるだけでも称賛には値するし。
「返事ができるならやれるッス! 裏モードの一番下起動してくださいッス!」
「裏……モード!? どれだ……はぁ!?」
裏モードリストを表示したようで、『少尉』の声も裏返り、ついでに被弾警報でもうひとつひっくり返った。
「くそっ!! いや待て、これって確か」
見覚えがあるとは意外だったが、『技士』は、そう言えば『少尉』は左遷基地で『英雄』と懇意だったな、と思い起こした。
「知ってるなら好都合ッス! 今の状況打破にはこれしか使えないッス!」
「ああ、マジか畜生!」
説明が要らないのは本当に楽である。それがどういうもので、それを起動したら自分がどんな目に遭うのか、全て承知しているにもかかわらず、『少尉』の指は隠しモードを起動する。
『技士』が見上げるZAM のコンディションモニタが、赤文字で警告を発した。
《規格外のドライバが選択されました。パイロットと機体の安全は保障されません》
「――言われるまでもねぇ! RX-78MAモード、行く……ぶぐっ!?」
その宣言が。
蛙を挽き潰したような呻きで上書きされて。
しかし、RX-84の名を冠するマシンは、偉大なる先達の残したプログラムに全身を染め変えられて。
操縦者の苦悶など意にも介さず、迸った。
反撃――否。
狂い果てたダンスパーティーの、始まりだった。
※
「あの野郎、よくこんな機体設定で――!!」
急加速に急減速。変幻自在に体を蝕むGに苦悶しながらも、悪態を吐き出せる余裕があるのがびっくりだった。
タイプ78MA。話には聞いたことがあった。
早い話が、高機動特化モード。MSというよりは小型の戦闘艦のように振る舞うものだ。
両足が推進器であり、背部アクティブブースターの推進力を加算できるZAMは、その気になればその推力の大半を前進方向に集約できる。
かつてRX-78が下半身にGパーツを取り付けた状態に近づける、性能的にはそれを凌駕できるわけだ。
そこに、RX-78の最終データを元にしたドライバを組み込むことで、MSをビグロあたりの高機動MAのように振る舞わせる。
つまり、我ら一般的な連邦パイロットの多くが教習に使った『
が。
それが強いなら、我らが連邦宇宙軍はジオンのMS相手にボロ負けを喫してはいないということである。
ミノフスキーによって誘導装置を無力化された結果、直線での突撃を余儀なくされた宇宙機、空中機は、MSの
その折の轍を踏まないために必要なのは、自動迎撃システムの反応を越える複雑な機動と装甲、そして何より速度だった。
それを併せ持っていたからこその、ジオンのMAの脅威であり。
「今のMS相手じゃ、ガンダムの装甲と火力で普通にMAの真似しても、対宇宙機戦術採られて終わるだけですよ」
とは、当時RX-78による高機動特化戦術を実践した、連邦最高のアグレッサーの言葉である。
「なら、なんでお前は勝てたんだよ」
「相手が反応するより速く近づいて、確実に撃ち抜いていっただけですね」
「参考にならねぇ!」
その機動で射撃が命中するなら苦労はないのである。当然の苦情にかのパイロットは、はんだ小手を振りながら唸り(危ないのでやめて欲しかった)。
「……なら、狙わなければ、いいんじゃないですかね?」
出てきたのは、あまりにも大ざっぱな提案。
しかし、その雑な助言は、ことこの状況では有効に機能した。
可能な限りZAMの速度を上げて、もっとも強靭な部位でぶち当たる。
衝突から再加速に繋がる激烈なGが、自分の身体を殴りつけた。
「んぐぐぐ……ぎぎ」
サンドイッチのボイルチキンよろしく平たく押しつぶされながらも、操縦の手を休める訳にはいかなかった。最高速度を維持したまま、ひたすらに一撃離脱を繰り返す。
激しく機体が振動し、轟音と『ブッピガン』が重なりわめき散らす。背部カメラが吹き飛ばした
そして、さらに加速。ターンして再び、今度はサーベルで迎撃を試みる『後詰め』を狙う。
サーベルは、メガ粒子をIフィールドで剣状にパックしたものだ。それは高熱で対象を焼き切るが、当然、装甲の熱の拡散性能や、暴露時間によって熱の伝導量が変わる。
そして、高速で衝突するガンダリウムの塊は、そこらのビーム・サーベルで両断できるほど長時間の暴露を許さず。
つま先のカウルが歪みはしたものの、サーベルの熱刃をすり抜けて、剣を握るクゥエルの腕を吹き飛ばした。
「くそ! 何なんだお前は! なんでいきなり強くなりやがった!?」
先ほど通信を交わした『先鋒』が怒鳴る。気持ちは分かるが、実際のところなにが変わった訳ではない。敢えて違うところを述べるならば……
「勝ちを取る戦いじゃなく、ひたすらぶっ壊す戦いをしてるからかね!!」
ということになる。
訓練は、あくまでお互いの機体を必要以上に破壊しないように、破壊判定を取られたらそこで中断するなどの対策が採られる。
手足を積極的にもぎ取ってくる動きをする相手は、なかなか経験することがないということだ。
もちろん、それだけでは勝ちは取れない。機体は手足が欠けた程度ではまだ動くし、パイロットが無力化されることもない。
しかし、相手が対応できない速度で嫌がらせのような突入を繰り返せば。
「こっちは、てめえらの足を止められればいいんだからなぁ!!」
『サーカス』が隕石の軌道修正に向かった以上、自分たちの仕事は彼らが仕事ができる状況を作ることだ。
たとえクゥエルのどれかがZAMを振り切って『サーカス』を追ったとしても、背後から蹴飛ばされる可能性を抱えたままではままならない。
そのために、自分とZAMは、全速を維持したままでクゥエル共にかみつき続けなくてはならなかった。
もちろん、身体にかかる負担は絶大だ。一度ぶち当たる度に、意識が持って行かれそうになる。正直、次ぶち当たったときに身体が保つ自信はあまりない。
だが、奴らに『サーカス』を追わせるわけにはいかない。
一千万の命を守るためには。
「身体くらい……いくらでもっ!!」
覚悟を咆哮に乗せて、再びZAMをターンさせた。
■耐G適性
耐久、格闘、射撃、感応、指揮、魅力で示される、パイロット能力の評価点。GG評価とも呼ばれる。1~20で評価され、10で優秀、それ以上は超人クラス。
『少尉』は耐Gを含む能力を示す『耐久』のみ18という最高峰クラスの成績であり、他は10以下の凡庸なパイロット。
『顎髭』は射撃などの攻撃力に関して18の成績を持つが、耐久は12。『英雄』ですら耐久は12ほどであった。
■『ガンダム』の最終データ
RX-78-2が最終改修を施された際に改修されたもの。マグネット・コーティングなどの革新的技術を適用される前のものであり、仕様上の限界性能を引き出していたと言われるもの。
何しろRX-78は汎用白兵戦型モビルスーツの初号機であり、それに対抗して「勝ちを狙える性能のものを投入する」をやられていたのだから、苦戦するのは当然のことだ。(ザクレロは単純に「それしかなかった」なので事情が異なる)
これに対策するため、『英雄』はRX-78に様々な工夫をして対応していた。このデータが、後のマルチプル・モビルスーツ構想の大きな一助となり、その主導者となった『技師』の研究の礎となったのだが……。
厳密には、RX-78-2の最終データはもう一世代後のものがあり、宇宙要塞ア・バオア・クーから脱出したコア・ファイターに記録されていたものがこれにあたる。
コア・ファイターは『英雄』の脱出後太陽周回軌道に乗り、その後偶然地球~火星航路と重なって星間往還船によって発見されることになるが、回収までに実に20年近くが経過していた。そのため普通のMS開発では既に時代遅れとなり(データだけであればMSZ-006などがより多くの優れたものを残している)、もっぱら別の用途に活用されることとなった。
――すなわち、パイロットの再現である。