或るパイロットの年代記   作:DOH

77 / 84
UC0084 サイド6(12)

 漂流するGMは、カメラを砕かれ、単眼のライトユニットが露出していた。

 

 GMとザクでは頭部の発光面積に差があるが、実のところ中の構造に大きな違いはない。ライトユニットと一体になった測距センサーがレールに沿って移動するのはザクのモノアイと同じで、カメラカバーでそれが一面発光しているように見えるだけである。

 

 そのライトユニットは消灯し、機体は失神――つまりはパイロットが動けない状態にあるように見える。

 

 その、コクピットの中で。

 

「――なんでスペースノイドのためにそこまで命を張る! 自分の命を賭けるほどのことか!」

 

 朦朧としていた意識に、開きっぱなしの回線から、無遠慮な罵声が飛び込んできた。

 

 誰だかは知らないが、無神経なことである。スペースノイドであろうと、アースノイドであろうと、同じ人間だ。ついでに、『彼』も紛れもないスペースノイドである。

 

 だが、その声の主の気分もわからなくもなかった。戦争をするからには、線引きが必要になる。まして前の戦争は、宇宙人と地球人というわかりやすい図式で2色に塗り分けられていたこともある。

 

「総帥には、わかりやすさこそが必要だったのだ」

 

 そんな、女性の言葉が蘇る。これを言っていたのは誰だったか。やたら紫色のイメージがわだかまるが。

 

 言葉の主は思い出せないが、そう言うことだったのだろう、と思う。『彼ら』は宇宙をひとつに纏める必要があったが、それをするには宇宙は、宇宙の人間は雑多で多様に過ぎた。

 

 その課題の解決を目論んだ結果、必要と判断したのだろう、あの殺戮を。

 

 もちろん狂人の結論だが。

 

 『彼ら』が地球と戦うには。

 

 ――ああ、どういうことだろう。意識が朦朧としている割に、記憶だけはいつになくクリアだ。寸断された記憶領域に、今だけは脳がアクセスできている。

 

 それは、視界の半分を閉ざす出血が故か。

 

 顎からじんじんと響く傷の痛みが故か。

 

 だが、どちらでもよかった。『彼』はもうリタイアしたのだ。背負わされたものはあまりに多く、失ったものもあまりに多く。幻獣の旗の元に集った者達はもはや行方も知れず。

 

 そして、『彼』もまた、行方も知れず。

 

 『彼』は倦んでいた。

 

 ただ研ぎ澄まされた剣であればよかったのに。イデオロギーや信念が勝手にのしかかってくる。

 

 だから、戦傷をこれ幸いにと隠遁した。肉体の操縦権を、何も知らない惚けた男(まあ、それも紛れもない自分なのだが)に預けて。

 

 ――その、はずだったのに。

 

「一千万人だぞ!? 命張るには十分すぎるだろうが!」

 

 ここ暫くで馴染んだ声が聞こえる。

 

 やや皮肉屋で、妙に自己評価が低くて、そのくせやたら人のいい男の声。

 

 確かにあいつなら、そう言うだろうと思う。あの男は、愚直に兵士をやっていながら、その価値観の根底に兵士がいない。戦争屋としては恐ろしいことに、その価値観に常に自分の正義感、『命を救う』というテーゼがある。

 

 勇者の気質だ。それは美徳のようでいて、極めて危険な思考でもある。

 

 命を救うだけのために命を奪えるのなら、ひとつ間違えれば大虐殺者にすらなれる。それを自分の価値観だけで決められるということだから。

 

 だが、それが危険なものだとしても。

 

 兵士の誰もが、本当は。

 

 そうでありたいと。自分の正義を貫きたいと、願っている。

 

 願っているからこそ、願いが叶えられないことに。

 

 叶えられない世界で、それを貫こうとした者達を罰する世界に涙するのだ。

 

「――――――――――――っ!!」

 

 声にならない苦悶が聞こえてきた。

 

 何が起きたのかはわからない。ただ、困惑と制止の声が聞こえてくる。

 

 ああ。

 

 わかる。

 

 直視できなかったのだ。正しくあらんとして、正しくあり続ける者が。

 

 より正確には、その輝きに照らされた、己の卑小さが。

 

 だが、まずいことになった。飛び出したクゥエルが、『サーカス』に追いすがっていく。 

 

 それを食い止めるべきZAMは、いま二機のクゥエルにまとわりつかれたままだ。

 

 ――仕方ない。

 

 一度は手放したものだが。

 

 それが、正義のためならば。

 

 霞んだままの視界だが、コンソールの位置は、文字通り手に取るようにわかる。

 

 隠しボタンを、ツー、ツー、トン。

 

 メニューを転がし、一番下の機動セッティング……『モードZZ(ZION・ZAKU)』を選択。

 

 機体が、不気味に蠢動する。本来あるべきでない形に歪められる。実際は各部のアクチュエーターを最適化しているのだが、身をよじる姿は苦悶するようにも見える。

 

 そして、その震動が収まって、モニターに『MODE-MS-06 READY』と表示されるや否や。

 

「――今だけだぞ、ウェイライン」

 

 かつて存在したが今は存在しない誰か、そしてここにいるのにここにいない誰かに、そう告げて。

 

 そして、白い巨人の眼が、赤く光った。

 

 

 

 

 『後詰め』のクゥエルのシステムが、警戒音とともに、聞き慣れたアラームをかき鳴らした。

 

「…………ザクです?」

 

 MSのシステムは、観測した新たな脅威が識別可能なものであったとき、それに対応するアラームを奏でる機能がある。

 

 その音は聞き慣れた、ザクに割り当てられたもの。すなわち俗に言われる『ザクのテーマ』だった。

 

「今更、ザクの増援? しかも単騎で、どこから?」

 

 今現在、彼らは隕石に追従しながら慣性機動している。速度ポテンシャルはかなり高く、わざわざ合わせるにはかなりの加速が必要になるはずだ。

 

 さらなる異常に気づいたのは、『中継ぎ』が先だった。

 

「――なんだ、この速度!? 三倍とは言わねぇが、速い!」

「機体識別修正、これは――」

 

 集積されたデータから、クゥエルのシステムが、機体の識別を修正する。

 

 そこに表示された機種は。

 

「――高機動型ザク(MS-06R)!?」

 

 その言葉を証明するように、『後詰め』の視界を肉薄した『赤いザク』が埋め尽くして。

 

 それが、消えた瞬間。

 

 彼らは、その機体の頭部と右腕、そして。

 

 ザクの機種識別の隅っこに『仮想敵モード』と表示されていることに、気がつく余裕を失った。

 

 

 

 

「――ライデン・フリップ……!」

 

 ルナツーのモニタから戦闘を監視していた『技師』は、赤い光点の刻んだ軌道に、思わず声を漏らし、慌てて語尾を飲み込んだ。

 

 慌てて周囲と、特に背後で通信先に頭を下げている『不倫男』の様子をうかがう。

 

「どちらにせよ、状況はもう動かん。こちらから今後のプランを送るから、それに従え」

「しかしそれではプロジェクトZAMが……!」

 

 話は佳境のようで、『不倫男』はもちろん通信先の将校も、『技師』の呟きに気づいた様子はない。

 

 小さく息を吐き出し、『技師』はモニタに向き直った。

 

 『不倫男』はもちろん、あのゴーグルの将校に気づかれると、かなり厄介なことになる案件だった。

 

 『顎髭』のGMの光跡。それは、『ジオンの』MS戦闘教本に必ず記載されている、模範的マヌーバのひとつだったからだ。

 

 標的へと斜めに肉薄し、わずかに超過した位置でターン、さらに引き戻した先でターンして元の軌道に復帰する。一瞬の減速で、標的の背後から射撃しつつ、即座に元の速度を取り戻す。

 

 現在の、例えばZAMのようなフレキシブルブースターを持つ機体ならば難しくない機動だが、古いザクやGMで行うには、AMBACを熟知して機動モーメントを操作する必要がある。

 

 その描く光跡が、まるで稲妻のようであることから、その発案者の異名の由来ともなったもの。

 

 それが、仮想敵を演じる都合で赤いシグナルを与えられていた結果。

 

 刻んだ軌跡は、まさに『真紅(あか)い稲妻』。

 

 戦技教本に掲載されていると言っても、それを誰もが完全に再現できるわけではない。

 

 戦後、連邦の技術士官として、小惑星ペズンでジオン系技術を学んだ『技師』には、その機動の凄まじさが見るだけで理解できた。

 

(間違いない、本物だ――!!)

 

 速度と、稲妻を稲妻たらしめるフリップの鋭さ。バーニヤの噴射だけで再現するには、変幻するベクトルにパイロットの肉体が耐えられない。

 

 しかし何故、何故。疑問はいくつもあったが。

 

 今は、そんなことより。

 

 囲みを食い破ったなら、猟犬がすべきことはひとつ。

 

「今ッス、『少尉』――!!」

 




■ザクのテーマ

 MS内で鳴り響く接近警報のこと。この場合、MS-06ザクシリーズとの遭遇時のもの。
 いくつか有名なものがあるが、最終的には『迫り来るシャア』と呼ばれるものに落ち着いている。
 ちなみに、当のシャアには別のテーマが割り当てられていたと言われるが、個人個人が勝手に設定していたため、記録が一貫していない。
 もっとも有力なものは、軽快なテーマの『シャアが来る』だと言われる。
 
■仮想敵モード

 GMに設定されたZZモードに付随した、GMを設定された仮想敵として表示する機能。MSのシステム上では、捕捉した機体の情報を、データにあるMS-06に即して入れ替えて表示する。そのため、実際の機体とは異なる姿でモニターに表示される。度々語っているが、『MSのモニタに映る映像は、必ずしも現実そのままの投影ではない』。
 MS-06(R)と表示されたのは、機体の突入速度から、クゥエルのAIが「おそらくそうであろう」と判定した結果。この当時のMSのAIは、曖昧な情報からできるだけそれらしい情報を表示するため、データベースから勝手な情報の補完を行っている。そのため、記録映像の中で時たまそこにいないはずの機体が表示されたり、手が入れ替わったり、彩色が一瞬食い違うなどのミスが発生する。
 クゥエルに搭載された(そしてグリプス戦役中に使用されていた)OSは、とくに一度確定した情報をもとに止め絵をスライドさせて機体の機動を表現する仕組みがあり、一度間違うと延々と同じミスをしたまま表示し続ける悪癖があった。

■ライデン・フリップ

 戦中後期から戦後のジオン軍MS操縦教本に掲載されている、空間戦闘機動パターン。インメルマンターンやバレルロールのような基本機動ではない、プガチョフズ・コブラのような、曲芸に近い機動である。

 高機動MSで標的を確実に破壊するための機動パターンであるが、パターン化された機動はすなわち読まれやすいということであり、基本的にはそのまま使うものではない。

 そのまま使えるのは、マヌーバタイムトライアルの上位を占めるような達人……通常では追従できないほど速くマヌーバをやってのけるパイロットだけということである。

 記録によると、ライデン・フリップのタイムアタックランカーは、最上位がイングリッド・ゼロ、次点がユーマ・ライトニング、その後にシャア・アズナブルなどが名を連ねている。意外なことにその名前の中にジョニー・ライデン本人の名前はなく、自分由来の技能であるからこそ記録に参加していない説、偽名を使用して参加している説などがまことしやかに語られている。

 ちなみに『技師』は偽名説の支持者で、最高ランカーかつ消息不明であるイングリッド・ゼロこそがジョニー・ライデンであると考えていた。

 なお、実際のキマイラ部隊の構成は不明な点が多く、ライデン・フリップを含むキマイラ・スペシャルとでも言うべきマヌーバの達人だからキマイラ部隊に所属していたのだ、というような逆説的な判定が行われている。しかし、その基準を馬鹿正直に適用すると、赤い彗星のシャアもキマイラ部隊にいたことになってしまう。
  
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。