或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0084 サイド6(14)

 ヅダは、目標最大速度に到達した。

 

 隕石を追い越すのが目的ではないから、ここからはいい感じに隕石にタッチダウンできるよう、緩やかに減速していくフェイズである。

 

(こちらは、順調か)

 

 蒸れてきた禿頭をかきむしりたい衝動と戦いつつ、『真鍮』は空間図に目を向けた。単純な加減速で終わる機動なので、基本的にはオートパイロット任せだ。人間の仕事は、専ら非常時の対応と、ミノフスキーのせいで狂う測距を補正することである。

 

 空間図の後方では、青と赤の光点が激しく明滅している。

 

 距離が離れているので、動いているということしかわからないが、赤がティターンズ、青がGMとZAMである。ちなみにザクレロ他『サーカス』機は緑色の光点となる。

 

「よくやってくれているようだな」

 

 連邦のテスト部隊による足止めのおかげで、『サーカス』は隕石迎撃に集中できている。

 

「でも、『青銅』が危ねぇ」

 

 『ジャコ』の『黒鉄』が不安を吐き出す。『青銅』は彼らの実母であるから、気になるのも当然だった。

 

 なるほど、飛び出してシャクルズを追いかけ始めたティターンズ機がいる。

 

 歯がゆいが、これはテスト部隊機……つまりは『少尉』に任せるしかない。

 

 一瞬瞑目し、『真鍮』は自らのプランに意識を戻した。

 

 減速の完了とともに、ヅダは隕石と相対速度を同じくする。そうなれば、あとは核パルスエンジンの操作に集中するだけだ。

 

 核パルスエンジンへの操作は、本来なら無線で通信できる(そのための対ミノフスキー強化アンテナがエンジンから延びて、三基でメッシュネットワークを構築している)。

 

 しかし現状、その無線は機能していない。何者かによって仕込まれた隠し機能によって、無線機能を停止した上で自動運転モードに変更されてしまった。

 

 これを修正するには、直接レーザー通信でプログラムを更新する必要がある。

 

「たぶん自閉モードになってるけど、おれのバックドアがあるから大丈夫」

 

 とは、ソフトウェア担当の『黒曜石』の言葉である。そんな危なっかしいことをしているなら最初から仕込みに気づけと思うが、子供に言っても詮ないことである。

 

 ともあれ。

 

 プログラム更新を行うレーザー通信の発信器は、ライフルのガンカメラを使用する。メインカメラよりも有効射程が長いためだ。普段はOSが統合処理しているために意識することは少ないが、MSのセンサー類は均質な性能ではなく、必要なところに高性能なものを使用している。(何が必要なのかわからないため高性能で固めている試作機のような例もあるが)

 

 書き込みに必要な時間は、およそ5秒。三カ所あるエンジンのセンサーに、それぞれライフルを突きつければよいというわけだ。

 

 書き換えるプログラムは、既に『黒曜石』が準備して、ヅダのライフルにインストールも終わっている。

 

 準備は、できる限り万端だ。リスクを考えれば本来二人以上で取りかかるべき作業だが、それはやむを得ない。

 

 あとは、減速が終わり、相対速度が合うのを待つだけ――

 

「『真鍮』、まだ減速しないのか? このままだと目標を追い越すぞ」

 

 『黒曜石』のその言葉と、『真鍮』が減速していれば当然生じるべき減速Gが感じられないことに気づいたのは、ほぼ同時のことだった。

 

「……どういうことだ?」

 

 コンソールを確かめる。確かに減速プログラムは動作している。しているのだが……。

 

 ここにきて、ようやく機体の方も異常に気がついた。

 

 モビルスーツの減速は、もっぱら脚部のブースターで行われる。AMBACで脚部を前に伸ばし、噴射。同時にバックパックのメインブースターを停止するのが基本的な手続きだ。

 

 脚部の噴射は行われている。これはカメラでも確認できる。

 

 だとしたら、減速されないのは何故かと言えば、何かが同時に加速しているからということになる。

 

 そこで、センサーが背部メインブースターの……土星エンジンと呼ばれる個性的なブースターの、異常加熱を警告した。

 

「……止まっていない?」

 

 ひやりとした汗が、スーツの下の背筋を流れた。再度、オートパイロットではなく、手動でメインブースターへの出力をカットする。

 

 止まらない。

 

「――なんだこれは!?」

 

 悲鳴に近い声が漏れた。

 

 

 

 

「…………欠陥品だ!!」

 

 ザクレロ『ジャック・オー・ランターン』の操縦席で、『黒鉄』が紛れもない悲鳴を上げた。

 

 すべての原因は、ヅダの野心的な構造の土星エンジンにあった。 

 

 設計資料(よく見れば念入りに附箋が入っていた)を紐解き眺めてみれば、詳細なメモが残されていた。かつてこの機体を評価試験し、実戦運用までした部隊の技術士官が残したもので、そのまとめた資料を見れば、『黒鉄』であれば即座に問題が理解できた。

 

「エンジンのサプライがジェネレーターと直結してる……! しかもオーバーヒートで途中の制御チップが加熱されて暴走してるんだ! 誰だよ空間戦闘兵器のエンジン系に耐熱80℃の部品使った奴!」

 

 エンジンのような超高熱体が相手だと耐熱よりは遮熱の方が重要ではあるが、ことここに至れば些末な問題である。

 

 このような構造では、ジェネレーターからエンジンへの動力供給が、中枢の制御と無関係に行われてしまう。もちろん正常な制御ができれば問題は起きないが、一定以上に加熱したとき、電子制御に異常が発生するのだという。

 

 こんな構造になっては、エンジンの加熱を抑止するしか対策はない。抜本的対策としては、ジェネレーターと土星エンジンを繋ぐ経路を遮断し、機体胴体の制御中枢を通して供給をコントロールする必要がある。しかしそのためにはバイパスを新造する必要があるし、おそらく迂回路の容量では土星エンジンが安定して動作しない。

 

「リミッターはそういうことか! 雑な仕事しやがって! いや、しくじったのはオレか、畜生!!」

「どうするのさ、『黒鉄』!?」

「今調べてる! くそ、コマンドを受け付けないならパージもできない。切り落としたらどうだ? ダメだ、背中にヒートホークは届かないし、確かヅダには持たせてない! なんで人の可動範囲でしか動かさないんだよ、人型してるだけのマシンだろ!?」

 

 モビルスーツの様式美への呪詛を吐き散らすが、そもそも持っていない武器を論じても詮無きことだ。

 

 子供らしく視野は狭かったが、『黒鉄』は聡明であった。先駆者の配慮を無碍にした愚かしさを噛みしめつつも、思考と資料をめくる指は止めない。

 

 そして、おそらく同じ悔恨を噛み締めながら書き込んだであろう対処法のメモを見つけ、『黒鉄』は手段がもうひとつしか残されていないことを理解した。

 

 だから、残されたその手段に、彼は懇願したのだ。

 

「――グレイを助けて、『少尉』!!」

 

 

「助けてって……言われてもなぁ!!」

 

 飛び出したクゥエルを追いかけるZAMの中で、ザクレロとヅダの会話は聞こえていた。

 

 要は、あの機体が欠陥機で、一定以上加速するとどこかのタイミングでエンジンが制御不能に陥るらしい。そう言えば、戦中になんかそんなプロパガンダ映像を見たような記憶がある。

 

 しかし、助けろと言われても、こちらもクゥエルに襲われる『青銅』のザクを救援中だ。こちらが間に合うかもわからないのに、二兎を追う余裕があるかどうか。

 

「だが、やるしかないか」

 

 ギリギリに減速し、サーベルでクゥエルに背中から一撃の予定だったが、ヅダに追いつくには、速度を落とさず仕掛けるしかない。

 

(……やれるか?)

 

 かつて、『英雄』が、発射されたミサイルをサーベルで斬り捨てたという逸話を思い出す。だいたい『まぐれ』だと当人も言っていた行いだが、こいつの難度は相対速度的にそれよりなんぼかマシくらいだろうか。

 

 だとすれば。

 

「操作系を『お子さま仕様』に設定。タイミング優先、微調整はなし……」

 

 操作系を切り替える。通常、パイロットの操作に対して、MSの動きは機体の速度や状態に合わせて動作を自動選択する。MSが操縦桿とコンパネだけで人間の動きができるのは、そのサポートのおかげだ。

 

 しかしそれでは特殊環境でのアクションが、操縦士から見て『どう動くのかわからない』状態になる。

 

 それを忌避するとき、あるいは操縦者が機体に習熟していないときなど、『ボタンを押したら必ずこの動きが出る』よう設定することができる。『お子さま仕様』というのがそれだ。

 

 この状態では、機体の動きは『上下左右移動』『加速・減速』『射撃』『攻撃』のようなシンプルな動きに絞られる。これだけ絞られていれば、猿でも操縦可能になるというわけだ。(そのかわり感情表現がわりにスクワットをするような羽目になる)

 

 選んだアクションは、一番馴染んだ、もっともスタンダードなサーベルによる袈裟懸けの一閃だ。タイミングだけが問題になるアクションであるから、このような設定に変更した。

 

 設定変更がシステムに適用された頃、コンソールがシステム変更完了アラームと、標的接近警報を同時に鳴らした。

 

「……やるしか、ないか」

 

 言葉に出して、腹を決めた。

 

 猛烈な速度で、クゥエルが近づいてくる。否、猛烈なのはこちらのスピードだ。普通に激突したら粉々になりそうな相対速度で、クゥエルの背中を狙う。

 

 レティクルが、ランデブーモードに切り替わる。ターゲットコンテナの周囲に時計の針のようなゲージが現れる。

 

 ミノフスキーの影響で針がぶれる。標的との距離計測が揺らいでいるのだ。そのぶれを織り込んで、レティクルを一周した針が頂点と重なった瞬間に、トリガーを引く必要がある。

 

 針が近づく。クゥエルが近づく。心拍と、針の歩みがシンクロする。

 

 そして、針が、頂点に重なった瞬間。

 

「止まれよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 トリガーに指をかけ、何千回と繰り返した袈裟懸けの斬撃で、クゥエルの首を……。

 

 熱剣が、薙ぎ払って。

 

 ――素通りした。

 

(外した!?)

 

 タイミングが、ほんのわずかに早かった。

 

 空を切ったサーベルが粒子を散らす前に、判断しなくてはならなくて。

 

 斬撃を仕掛けられたことを察したクゥエルが反応する前に。

 

 とっさに、さんざん振り回した、足が出た。

 

 右足をポップアップし、クゥエルを勢い任せに蹴り飛ばす。

 

 推進器と脚部カウルが膝軸を起点に独立可動のZAMである。推進力を一切失うことなく、伸ばした爪先がクゥエルのランドセルを捉えて。

 

 ――――衝撃!!

 

「んがっ…………!?」

「ぐぉっ!?」

 

 機体が激しく揺れ、『ブッピガン』が鳴り響く。

 

 接触回線から、『先鋒』のパイロットの悲鳴が聞こえて。

 

 直後、推進器と機体の腰がレッドアラートをがなり立てた。

 

(機体質量が倍増してる!? しかも、クゥエルの声が聞こえるってことは)

 

 衝撃でちかちかする視界でどうにか読みとったコンソールから、それだけ理解した。

 

 それ以上は。

 

「……っ、おいてめぇ! 足がバックパックに挟まってんだろうが!!」

 

 質量倍増の理由は、クゥエルからの苦情が説明してくれた。

 

 なるほど。つまりこうだ。ZAMの伸ばした足先が、クゥエルのランドセルと胴体の隙間に食い込んだのだ。

 

 強靭なクゥエルのランドセルは楔のようなZAMの足でも引き裂かれることなく、ただがっちりと食い込んだまま、ZAMによってまとめて加速されるに至ったのである。

 

 無性に笑いがこみ上げてきた。

 

「は……っ、ははははっ!! 挟まっちまったか!」

 

 『英雄』の真似なんぞするからこの有様だ。格好のつかないことである。

 

「笑ってんじゃねぇ! 足を戻しゃ外れるだろ! 早いとこパージしやがれ!」

 

 クゥエルからの指摘はもっともだが、撃破できなかった以上、シャクルズのザクを守るには、ここでこいつを手放す選択はない。

 

「はっはぁ! 悪いな、この際お前も一緒に連れて行く!!」

「どこにだ!?」

「『隕石掃除』さ! 『博士の奇妙な愛情(ドクター・ストレンジラブ)』は好きかい!?」

「知るかこの馬鹿野郎!!」

 

 さんざんわめき散らしているようだが、礼儀正しく黙殺した。もはや一蓮托生。最終戦争(アルマゲドン)待ったなしである。

 

「さあ、やることが多いな畜生め!!」

 

 『真鍮』のヅダを救い、隕石も動かす。何もかもが致命的要件なのは、もはや笑うしかない。

 

 テンションが振り切れたのか、にやにや笑いが剥がれなくなった頬を正す余裕もなく。

 

 鳴り止まないレッドアラートを括った腹で聞き流して。

 

 自分のZAM+クゥエルは宇宙を駆け抜けたのである。

 




■ジェネレーター直結のエンジンサプライ

 実はこの問題はMS-06ザクでも発生しており、問題解決のためにわざわざバックパックのジェネレーターから本体に太いパイプで動力を伝達し、その上で本体からエンジンにパワーを送る構造になっている。MS-05では出力がそれほどでもなかったため問題にならなかった。

 この問題の把握と改良についての情報をジオニックは秘匿し、それがヅダの欠陥が実機になるまで露呈しない原因となった。実機トライアルの当日、ザクIIにサプライパイプが増設されていることに気がついたツィマット付きのテストパイロットは、ジオニックが仕掛けた欺瞞情報に気づき、烈火の如く怒り狂ったという。

 後継機になって腰のパイプが消えるのはこの問題を解消したため。

 サザビーで腰のパイプが復活するのは象徴的な意味合いと、後付けのメガ粒子砲へのサプライのためである。
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