『三馬鹿』の『先鋒』は、身動きできない機体に押し込められたまま、憮然とした感情を持て余していた。
状況は明白で、GMクゥエルのバックパックと本体背中のジョイントに、試作機ZAMの爪先が食い込んでいる。その結果、バックパックが異常停止し、かわりにZAMがクゥエルのメインブースターの役割を果たしているわけだ。
(問題は、俺からはまったく操作できないことだ)
つまりは、首根っこを掴まれぶら下げられた猫のようなものである。抵抗はできるが、下手なことをするとZAMと一緒に軌道を外れて宇宙の迷子だ。
「じゃあ、『顎髭』は反応がないのか?」
「また気絶したみたいで、漂流してるッス」
接触回線を通じて、ZAMが誰かと通信している声が聞こえる。おそらくは(彼らが本物のテストチームであるならばだが、そもそもこの通信はクリアさからしてティターンズのサラミスを中継して行われているはずで、偽物だとしたら中継されない)ルナツーのバックアップチームだろうと考えられた。
「高機動用スーツなしで、しかも怪我してる状態であんなエッジのライデン・フリップなんてやるから……」
「ライデン・フリップ?」
「……まあ、それはいいんス。なんかシャクルズの『青銅』さんが回収に行ってるみたいッスし。それで、ヅダの方は止まりそうなんスか?」
「機体内部からはもう制御できないみたいだ。今は脚部ブースターと相殺してなんとかターゲットとの相対速度をあわせようとしてるけど、土星エンジンが強すぎて完全に負けてる」
「加速のカタログスペックだけなら、最新のガンダムとも勝負できるマシンッスからねぇ……」
訛のある技師と割り込んで会話している声は、ずいぶん幼く聞こえる。それにしては技術屋と真っ向からやりとりできるだけの知識はあるようだが。
(いや、そもそもなんで子供がこんなところにいる?)
連邦軍の艦艇に子供がいるというのは考えにくいので、いるとしたらあのザクかザクレロの中だろうか。シャクルズを乗っ取られている可能性もあるが、この状況でわざわざ上陸制圧をしたと考えるのも奇妙だ。
(だとしたら、俺たちは子供殺しをするところだったのか)
ぞくりと、背筋が凍る。『先鋒』もまた戦争の大義で味方殺しすら受け入れた身だが、それでも子供殺しだけは別枠の話だ。
そもそも戦場に子供を連れてくるなと言うのは簡単だが、ジオン残党やゲリラが人材豊富なはずもなく、才能があるなら子供でも利用して不思議はない。人道主義を掲げて戦争をやれるのは、余裕のある間だけである。
だか、それを殺させられる方にとってはたまったものではない。
「プログラム修正した。これでZAMでも隕石の軌道修正やれるぜ」
あろうことか今度は、明らかな女子の声が聞こえた。やたら用語選びが粗野だが、声音は明らかに女子、それもローティーンのものだと思えた。
「よくやった『黒曜石』。インストールは終わってるみたいだが、どのファイルだ?」
「デバイスフォルダのMQ4だよ」
「シンプルすぎて逆に目立つな。サンキュー」
「何するんだ?」
「ちょっとバックアップにな」
『少尉』が言うや否や、クゥエルのシステムに、直振回線でデータが送り込まれてきた。敵対機なら普通自動的に拒絶されるが、ZAMとクゥエルは名目上味方であるから、ひとまずシステムの検疫フォルダに配置される。
『先鋒』が受け取り、インストールを行わなければ、ただのゴミファイルで終わるものだ。
「……どういうつもりだ、『少尉』?」
階級だけは把握できたため、そう呼びかけた。
「人材不足でね。もし俺に何かあって、手が足りなかった時は、頼む」
「……今し方まで殺し合ってた相手なんだが?」
「呉越同舟って言うだろ? それに、打てる手は全部打たないとな。それだけの価値はある」
「……一千万かよ?」
「一千万さ。それに加えて、今回はこのガキンチョたちの親父さんを助けにゃならなくなった」
つまりは、くだんのヅダとやらのパイロットが、先ほどから声だけ聞こえてくる子供たちの親ということか。
「一千万を救わないといけねぇのに、ひとりのジオン崩れを優先するのか」
「だから、まっとうな仕事の方を、かわりにできそうな奴に頼んでるんだよ」
ため息が漏れそうになり、『先鋒』は息の固まりを飲み込む羽目になった。本当にこの男は、目的しか見ていない。
「勝手にほざいてろよ。俺は知ったことじゃねぇからな」
「そこを何とか、頼む」
しつこく食い下がる『少尉』に、返答代わりに通信を遮断した。
結果、クゥエルの中は、ZAMによる加速の震動音と、『先鋒』自身の呼吸音だけの世界になった。
コンソールに映し出される、検疫ファイルのアイコンを何度も眺めて。
「……くそったれが」
『先鋒』はもう何度目かもわからない悪態を吐きだした。
※
止まらない土星エンジンをなだめすかしながら、『真鍮』は目標の隕石に接近していた。
脚部ブースターによる減速は、最接近のタイミングに温存しなくてはならない。すると、噴射しっぱなしの土星エンジンをどうコントロールするかが問題になる。
『真鍮』が選択したのは、移動距離を伸ばすやり方だった。
バネを巻いた針金が、大きく長さを縮めるように。噴射しながら機体を大きくスイングさせれば、螺旋軌道で実際の移動距離を短くすることができる。
そうすることで結果的に減速し、どうにか隕石まであとわずかのところまでこぎ着けた。
(だが、機体がもつか……?)
無理の代償としてヅダのコクピットは、緊急警報のフルコーラスで満たされていた。
オーバーヒートアラームは土星エンジンだけではない。噴射しっぱなしであるが故に各部の姿勢制御ブースターも赤熱し、放熱器が追いついていない。
そもそも機体のフレームがそれほど頑強ではない(元よりMS-05や06とザクを競った機体である。強度も大差ない)こともあり、各部の関節や構造材への負荷も甚大だ。すでに脱落している部品もある。
だが、もはや止まれない。
(止まれないのなら、やるべきことをやるだけだ)
感覚がなくなりつつある指先で操縦桿を握りしめ、『真鍮』は隕石へのアプローチを開始した。
隕石の回転と、ヅダのバレルロールの向きを合わせる。通常ならば機体をワイヤーで隕石と繋ぎ、姿勢制御ブースターで相対位置を固定するやり方をする。
しかし、荒ぶる土星エンジンがこれを許さない。常に加速し続けるヅダを、固定することはできない。
故に、相対速度を極限まで小さくして、あとは手動での照準補正となる。
「ん、ぐぐ…………!」
螺旋軌道を隕石の回転軸に合わせる。口で言うのは簡単だが、土星エンジンが噴射しっぱなしである以上、その進行方向成分を相殺するには、とてつもなく急な旋回軌道を採る必要がある。
当然、身体に大きな旋回Gがのしかかる。強烈な重圧で視界が霞む。
しかも、標的である姿勢制御ノズルを捉えられるスイートスポットでは、可能な限り減速しなくてはならず。
脚部ブースターを、全開で噴射した。
ぐっと加速が和らぐ。土星エンジンと相殺する向きに脚部が火を噴いて。
そして、人間が捉えられる程度の速度で、隕石表面の核パルスエンジンの姿が、見えた。
(……次だ!)
通り過ぎるノズルから速度の目算を得て、次に巡ってくるひとつに狙いを絞った。
次の、次はない。全身が悲鳴を上げている。機体も、『真鍮』も。
首筋のあたりにちくりと痛みが走った。ノーマルスーツのインジェクターから鎮静剤が投与された感覚だ。長くは効果ないが、手ぶれと体の痛みを誤魔化してくれる。
薬に頼ろうと、機体が爆散しようと、やらねばならない。
子供たちに。『サーカス』に。そして、これ以上、ジオンに。
「大量殺人の汚名を――!!」
未来に罪を、残してはならないから。
ライフルの照準が、ノズルを捉える。ロックする。自動追尾開始。データ通信確立。
右足のヒートゲージが、レッドゾーンを越えた。
警報音のボルテージに合わせ、出力を調整。カメラが追従できる程度までブレを押さえ込む。
あとは機械に任せた方が安定する――何事も起こらなければ。
ロックしたセンサーを、照準が追尾する。照準の周りで、データ送信の進捗を示すゲージがじりじりと色づいていく。
3秒目で、ヅダの右脚が吹き飛んだ。
「――!!」
とっさに全開噴射のまま左足を振る。アポジモーターも総動員して、姿勢を安定化させる。
照準が標的を見失ったのは、わずか1.2秒。これこそが、機械任せにできない理由だった。
そして、改めてのデータ送信が、2秒を刻んで。
*データ送信完了*
と、モニターに結果が素っ気なく表示された。
(よし、次――!!)
と『真鍮』の意識だけは『次』を目指して動き出したが。
身体とヅダは、逸る意識にまるで追従できず。
操縦桿を握る腕が、つるりと滑って宙を泳ぎ。
そこでようやく『真鍮』は、もはや自分に操縦桿を再び握りしめる力すら残されていないことに気がついた。
(ここまで、か――)
そして、ヅダは噴射しっぱなしの土星エンジンにせき立てられたまま、隕石軌道から遊離した。
土星エンジンが、レッドゾーンを突破したのも、おおむねそのタイミングだった。
■連邦軍の軍艦に子供などいるわけがない
一般的にはそう認識されているが、『英雄』の母艦たるホワイトベースに子供が搭乗していたのは有名な話である。