或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0084 サイド6(16)

「『少尉』、あと一分でエンゲージ!」

 

 『黒曜石』の管制に、自分はコンソール脇のサブモニタを閉じた。

 

 眺めていたのは、ヅダのマニュアルだ。『黒鉄』から送られたそれは、本来のマニュアルに加えて何者か(戦中にヅダを運用した部隊の技術士官らしい)による大量の附箋と注釈が追加されていた。

 

 あの危険なマシンをせめて安全に運用するための努力だったものと思われる。

 

 折角のリミッターは取り外されてしまったが、かの技師はよほどの完璧主義だったのか、それでもなお暴走に至った場合の対策を講じていた。

 

 あるいは、それは何かの祈りでもあったのかも知れない。

 

 ヅダは、この資料の附箋を見る限り、一度暴走状態に陥ったらもう自分では止まれない。つまり、この技師は最低でもひとり、パイロットを機体とともに失っていると考えられる。

 

 だから、次は助けたいと。技術者にできる最大限の努力をしたのだろう、と思える。それは一種の祈りとも言える。

 

 だが、問題は。

 

「エンジンノズルの斜め下から特定の角度でヒートホークによる部分破壊、しかも必要以上の加熱はエンジンの誘爆を招く、か」

 

 しかも、暴走して加速中のヅダの背中にとりついて、である。

 

 祈りとともに紡がれた最後の手段は、最後の手段と言うだけのことのある難易度だった。

 

 もちろん、ZAMにヒートホークの持ち合わせはない。こうなるとわかっていれば、ザクレロから持ち出していたのだが、今更取りに戻ることもできない。

 

 となれば、現場合わせするしかない。

 

「調整は終わってる。ヒートホークとサーベルの熱量特性は計算済み。あとはタイミングだけ! 頼む、『少尉』!!」

 

 『黒曜石』が懇願するように理を唱える。これもまた、祈りだ。技術者にできることは、最善を尽くして後は祈ることだけ。

 

 祈りに応えるのは、神と、祈りを預けられた人間だということだ。

 

(預言者なんぞガラじゃないんだけどな)

 

 自分はそんな大したものではないし、しかも先程クゥエルの首を落とし損なった間抜けである。

 

「だが、やるしかないか」

 

 『英雄』も言っていた。望んでエースをやったわけではない。ただ、状況がそれ以外を許さなかっただけなのだと。

 

「きっと、あの時ガンダムに乗り込んだのが僕でなければ、その人がエースになっていたはずですよ」

「場合によっちゃ、赤い彗星に持って行かれた可能性もあったわけだ」

「ははは、そうなったら全部台無しですね。どんなことになっていたんだか」

 

 そんな益体もないやりとりも思い起こされる。

 

 状況に流されずに振る舞うには、相当な力がなければ適わない。赤い彗星ではないし、『英雄』でもない自分にできるのは、ただ愚直に目の前の問題に挑むことだけだ。

 

「おい、いい加減に下ろせ!! 隕石にぶつける気か!?」

 

 過去の記憶に浸っていると、足にひっかけたままの荷物が苦情を訴えた。

 

「ああ、悪い。それじゃ……リリース!」

 

 言われたからではなく、そのタイミングだったので、クゥエルを解放した。

 

 脚部関節のロックを外す。固定されていた足先が慣性に従ってぶらんと後方に伸びる。

 

 引っかけていたクゥエルが、放り出された。

 

「うわっ!? てめ……せめてカウント……!!」

「それじゃ、サポートよろしく!」

 

 直振回線が途切れ、途端にノイズに埋もれる罵倒を見送って、自分は意識をヅダに向けた。

 

 機体が、隕石を追い越した。

 

 

 

 

 

「お前たち、なんだこれは!?」

 

 『不倫男』がようやく腰巾着ムーヴから解放されたとき、事態はおおよそ終盤にさしかかっていた。

 

「あー、どこから説明したもんスかね……」

「いや、いらん。見た方が早い」

 

 自分から問い質しておきながら、技師の説明を手で制する。鼻白んだ技師をさておいて、『不倫男』の視線がモニターを駆けめぐった。

 

「……なるほど、EMS-10が暴走、それをRX-84で阻止行動中。優先度判断の責任問題は後だな。だが……まずいぞ、これは」

「これ以上まずいんス?」

 

 『技師』の問いにはまたも答えず、ぶつぶつと唸る。コンソールを叩き、軌道修正ミッションのタイムテーブルと機体のコンディションを何度も眺め透かす。

 

 そして、何らかの結論に至り、苦しげに唸った。

 

「……急いでRX-84と連絡を取れ。作戦中断、クールダウンと設定の変更を指示しろ」

「中断!? この局面で!?」

「中断だ。負荷が大きすぎる。このままだとRX-84のドラムフレームが……」

「んなこと言っても、もうアプローチ中ッス! 通信も届くかどうか……!」

「だが、RX-84を失うわけにはいかん!」

 

 鬼気迫る顔で技師に詰め寄る。その表情から、この『不倫男』にとってRX-84『ZAM』は最後の生命線に近いのだと察せられた。

 

 そして、何か技師が把握していない深刻な問題が存在していることも。

 

「――了解ッス」

 

 そう是を返して、通信を開く『技師』であったが。

 

 人の命がかかっている以上、今更伝えたところで『少尉』が止まるはずがないということも、おおよそ想像がついていて。

 

「『少尉』、作戦中断! 一度クールダウンして再アプローチッス!」

 

 結果として、その指示がZAMに届かなかったのか、それとも『少尉』がそれを黙殺したのか、確かめる機会が得られたのは数年後。

 

 『技師』と『少尉』がロンド・ベルの、フォン・ブラウン工廠で再会した後のことだった。

 

 

 

 

 何か聞こえた気がしたが、相手にしている暇はなかった。

 

 自分の操るRX-84『ZAM』が、隕石軌道から遊離を始めたEMS-10『ヅダ』にアプローチしている最中だったからだ。

 

 ヅダの背中の土星エンジンは噴射を続け、機体を明後日の方向に加速し続けている。

 

 幸い直線機動なので、ZAMであれば位置を合わせるのは難しくない。

 

 問題は、操縦士が失神しているようであり、そして。

 

 テレメトリから得られる情報からして、間もなく土星エンジンが爆発するか、機体が分解するであろうということだった。

 

 つまり「焦らず急いで確実に」が要求される。

 

 先ほどのクゥエルよりは位置が取りやすいが、かわりに狙うべき場所がシビアだ。成功率は差し引き同じくらいと言うところか。

 

 手に汗が滲む。ノーマルスーツのグローブ内に敷かれた吸汗フィルターで吸い取られるため操作に支障はないが、緊張感は取り除けない。

 

 機体内に響くアラームが、更に緊張を煽る。機体のあちこちにガタが来ているようだ。クゥエルを引っ掛けたあたりから、コンディションモニターは真っ赤に染まっており、怖くてもう見るのはやめている。警報の大合唱からしてろくな状態でないのは間違いないし。

 

 緊張から解放されるには、やり遂げるしかない。

 

 ヅダのターゲットマーカーを、真正面に捉えた。

 

 速度を合わせる。ヅダとZAMの相対距離を示すボックスがターゲットマーカーを取り囲む。

 

 ターゲットマーカーとボックスが重なるように動けば、ヅダに接触できるわけだ。

 

 アドバンス・ブースターを噴射する。相対距離ボックスがぐんぐんと縮小していく。

 

 縮小が速すぎる。減速し、ボックスの縮小速度を緩やかにする。そのまま、縮小を止めないように、しかし反応できる速度で安定させて――。

 

「こいつだ!!」

 

 口に出した瞬間、画面にヅダの機体と火を噴く土星エンジンが見えた。

 

 サーベルはもう抜きはなっていた。土星エンジンを破壊しつつ、その先にあるコクピットを破壊しない程度に、長さと出力を抑えたものだ。

 

 あとは、トリガーを引くだけ。

 

 ターゲットマーカーに、『黒曜石』が計算したアクションタイミングが重なる。先ほどのクゥエルと同じように、マーカーの周りに秒針が現れ、ぐるりを回る。

 

 針が一周し、頂点に重なった瞬間がタイミングである。

 

 針がまわる。カウントが減る。南天を越え、西極を過ぎて、そして。

 

 針が、重なり。

 

 ――クゥエルの首を落とし損ねた瞬間が、脳裏を駆け抜ける。

 

 指が止まる。心臓がひとつ多く打つのを、待って。

 

 トリガーを、引いた。

 

 サーベルが、ヅダの背中、土星エンジンの吹き出す炎をかいくぐり、その根元に吸い込まれ。

 

 火花が、散って。

 

 荒ぶり赤熱する土星エンジンが、唸りを止めた。

 

 それはつまり、加速する力を失うということで。

 

 急減速(正しくはZAMが加速し続けている)したヅダの土星エンジンが、ZAMのシュツルム・ブースターをしたたかに打ち据えた。

 

「んがっ……!?」

 

 激しく振動し、警報音と『ブッピガン』が鳴り響く。どうにか左腕をフリーモードに切り替える。ヅダをギリギリで掴み、アドバンス・ブースターを振り回して軌道を隕石の逆方向に修正する。

 

 そして手放せば、ヅダはゆっくりと隕石の逆へと流れ始めた。

 

「『ジャコ』! ヅダを送った! あとは……何とかしろ!」

「了解! マジありがとう、『少尉』!!」

 

 涙声の『黒鉄』に敬礼でも返してやりたかったが、そんな余裕もなかった。

 

 いい加減身体も限界だ。だが、ZAMであれば、あと二カ所のプログラム変更も難しくはないはず。

 

「まず……っ、ふたつめ!」

 

 隕石に合流し、軌道を合わせる。アドバンス・ブースターが少しぐずるが、何とか回転軸と軌道を合わせられた。

 

 ライフルをつがえる。カメラが核パルスエンジンのアンテナを捉え、ソフトウェアをアップロードする。

 

 こともなく、第二ノズルの制御に成功した。

 

 一息ついたところで、完全に黙殺していたけたたましいアラームが聞こえるようになった。少し余裕ができたので、ひとつ深呼吸してからコンソールのコンディションモニターに目を向ける。

 

 笑ってしまうくらいの真っ赤っ赤で、機体のそこここが限界を示していた。とくに、腰のドラムフレームと背中のシュツルム・ブースターがひどい。ブースターはマシンガンを被弾している上、無理を続けた挙げ句、ヅダの土星エンジンでひっぱたかれている。

 

(これ以上の加速は必要ないし、捨てておいた方が良いか)

 

 そう判断して、リリースコントローラーを呼び出し、爆発ボルトによってブースターを切り離す。

 

 その、瞬間。

 

 

 ZAMの背中が爆発した。

 

 

 

 

 爆発したのは、ZAMの背中のシュツルム・ブースターだった。

 

 ヅダの衝突によってひしゃげた推進剤のタンクに、緊急切り離し用の爆発ボルトの回路がショートしていたのだが、それを『少尉』が知る由もない。

 

 通常の機体であれば、その類の異常もコンディションモニターが管理していたのだが、いかんせんZAMは急造の試作機、しかもブースターもやっつけで取り付けたものである。

 

 結果、爆発を予期する手段は『少尉』にはなく。

 

 背中からの衝撃で、ZAMの上半身は前に向けて激しく押し出された。

 

 結果、クゥエルとヅダの重量を支えて振り回し、規定を遙かに越える負荷をかけられてきた、ZAM腰部のドラムフレームに限界が来た。

 

 上半身を繋ぐマグネットコーティングで制御されたリニアブレーキが、破断したのである。

 

 結果、ZAMの上半身はフレーム上を滑り、胸部をしたたかに下半身にぶつけることとなり。

 

 パイロットである『少尉』に、全身をハンマーにくくりつけて殴りつけるような衝撃を与えた。

 

 さしもの『少尉』も、全身の骨を砕かれ、そして。

 

 次に目覚めるのは数ヶ月後、サイド6のバウアー財団病院のベッドの上だった。

 

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